48話 ひかるの法則
部屋に戻ってから机に向かうと、魔女の猫の余韻みたいなものを感じた。
あいつは、知らぬ間に居なくなった——重さんとの会話の最中に。
きっと、あの猫は神沢の家に入り浸りなのだろう。重さんにも懐いていたし。いや違うな、と思い返して、すぐに思った。あの毛嫌いよう……そうは見えなかった。
『飛月は家におりますが、呼びましょうか?』
帰り際、おじいさんにそう訊かれ、
私は『いえ、今日は帰りますっ』と答えた。
そしてそのあとに『ありがとうございました』と心からの感謝を伝え神社を後にした。
おじいさんとはあと、何回会えるのだろうか。
最近、そんなことをよく思うようになった。
当たり前のように過ぎていた出会いと別れ。まるでそれぞれの糸が織り成してできていくシナリオを一つ一つ大切にしたい。おじいさんに関しては、もしかしたらあと三回も会えないのかもしれない。
思わず、手に力が入っているのに気付き、ふっと息を吐く。
さあ、勉強だ。
私は気を取り直し鉛筆を手に持った。
こちらの時間も限られている。
よしっと気合いを入れ、国語の問題集は何度も読み込みこんでいく。テストのときに読解の必要がないように。
そう思って小春直伝のパワポに目をやったとき、向こうから声が聞こえてきた。
あいつだ、とすぐにわかった。
仕方なしに顔を上げると、魔女の猫は、中に入れろ、と視線を使って言っている。
「ミャオ」
窓を開けるなり、魔女の猫は部屋に飛び込んで、じっと私を見た。
「ミャオ……」
いつになく不機嫌な様子の猫。憎らしい、と思いつつも、私は「わかった」と机の引き出しを開けた。
何だか、この猫の言いたいことが理解できるようになってしまったことに、うんざりとする。
私は百均で購入した手のひらサイズのメモ帳を手にし一枚切り取り、それっぽいペンを手にした。
最初の書き出しは引用することにした。『この猫は、魔女の猫と呼ばれているようです。わたしはこの魔法を願います』その先に、自分の願いを書いた。
*****
あははは。
温かい笑い声が聞こえる。
家族四人の。
リビングの窓に当たる音は、リズミカルに弾んでいる。
私と快晴は子供部屋で、あーでもない、こーでもない、と不平不満を並べている。
皆でテレビゲームをして遊んでいたけど、二人に許されていた所要時間は消費してしまったため、他にやることがなく、暇だ暇だ、と二人で大騒ぎしている。
「あと一回だけゲームしたいー」
と、私が言うも、お母さんは「今日はゲームお終いっ」の一点張り。
でもその表情は柔らかく優しさで溢れていた。
お母さんはゲーム機を片付けながら、他の遊びは? と訊く。
「ゲームしかねぇ!」
と快晴は力強く答える。
ほらどした? と言ってお父さんは快晴の頭を、ぽんと触れる。「得意だったろ? 次考えろ」
「おれはスマブラやりてーんだよっ」「七海はあつ森!」
それを聞いたお父さんは、おいおい~、と呆れたような顔をして「二人はゲームがないと遊べないのか?」と言う。
にたにたと悪そうな笑みを浮かべて。
私たちは真剣に考えているけど、何か思いつくような様子もない。
すると見かねたお父さんが言う。
「二人ともバカになっちゃったんじゃないか~?」
わざとらしくバカにしたような表情で。
私たちはすぐに反抗する。
「おれはバカじゃねー」「七海は、もう小学校の漢字かけるしっ」
それでもお父さんは態度を変えない。
「だったら遊びくらいいくらでも思いつくだろー? 二人共、昔はもっと色々なことをして遊んでたぞー」
私たちは尚もむきになって考えるけど、お父さんはその最中に間に入ってくる。「あ、おれもう思いついたわ」と。
更に何一つも思いつく気配のない私たちを見て「ほんとに何にも思いつかないのか?」と言い、ははと笑ってから「バカなんじゃん?」と私たちに向かって言い放った。
そして見かねたお父さんは、落ちつけ、と促してから「よしっ」と手を叩いて大きな音を出すと、
「はいっ! ここで一旦考えるのやめよ」
と言う。
不思議に思うも、私たちは言われるがままに部屋の片付けを始める。快晴はぶつぶつと文句を言っている。
そのときだった。私の頭の中に一つ、二つ、三つ、と考えが降りてきたのは。
*****
近ごろは、夢の中で見たことをなるべく覚えておこうなんて考えるようになったせいか、ずいぶんと記憶に定着することも多くなった。
このときの夢に関しては、過去にタイムスリップした感覚に近く、ほぼ私の記憶と一致していた。記憶が確かならの話だけど。
このあとに、お父さんは、この願いを引き寄せる技を『ひかるの法則』と言った。
けっして、ひかるの法則を意識したものではないけれど……
結果、その後……
私は魔女の猫に願いを託し、ひかるの法則を使用するという形になるのだけれども。