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43話 ひかるの宝物

 その後、身なりを整え星崎神社の丘へとやってきた私は、まるで憑き物が落ちたような、晴れ晴れとした表情だったと思う。


「やっ」


 神沢も同じ様に見えた。


「やあ」


 振り向いた顔は、ぱっと月明かりに照らされ、まるで私がここへ来ることを予期してるかのようだった。


今宵(こよい)の星たちはどうですか?」


「今宵は絶好の観測日和です」


 神沢は答え、にっこり微笑んだ。

 なんだか眩しくて、私は視線を逸らしてしまう。


「星宮。南のあの辺を見てて。肉眼でも見えると思うから」

 私は神沢に言われた通り指差す方を見つめた。

 すると、突然火の球みたいな光が流れ、末端でぱっと弾けるように光が消えた。

「え、何? 今の?」

「十八時三十六分十九秒。対地速度五十一・二キロメートル毎時、突入角八十・一度で落下」

 もう少し見てて、と神沢は興奮する私を制止し「あと二つ来るから。流星群の散在流星が」と、スマホと南の方角を見ながら淡々と言う。


 しばらく眺めていると再び雲の隙間から一筋の光が走って消える。そしてもう一つ続けて光が走り、今度は大きく広がって暗闇を照らし出した。

 それはまるで花火のように美しく色鮮やかだったけど、なんだか私の心に静かに包み込むように落ちてきたようだった。



「時間、平気? 良ければだけど寝転ぶ?」


 私は、うんと返事をしてから、レジャーシートの上に仰向けになった。

 言葉はいらなかった。

 隣で寝転んでいる神沢の鼓動も一つ一つ感じとれる。この広大な宇宙の星空の下なら、私でも最強になれた気がした。


「ごめん。うちのお父さん、死んじゃってたみたい」


 ほんの少し間が空いてから「そっか……」

 と、神沢はそっと話し始めた。


「海外のニュース記事に出てたから」


 むしろ星宮はそれを踏まえてるんだと思ってた、と言って、さらに弱々しく、「ごめん」と溢した。


「そっか」


 不思議だった。何となくだけど、神沢の言う、ごめん、の意味も深く理解できた。謝る必要なんて全くなかった。でも、これも不思議だった。それを言わずとも神沢には伝る気がした。

 今はきっと、あの(まる)く光り輝いて見える月を眺めているはず。


 何だか……


 今、二人でいるこの瞬間も、この時間も、空間も、描写も、いつの日かの夢での一コマだったような、そうなふうにすら思えた。


「今も偽物に見える?」


 私は月を指差して、ちょっぴり意地悪っぽく訊いて、

「見えないって」

 と言って笑う神沢の顔に見惚れるのだ。


 ほんとは、皆、全てのことを知ってて生きてるのでは? などと私はまたバカげた考察をしてしまう。

 そして私たちはその呪いを解く方法を探しながら、また違う呪いを皆それぞれかけ合って生きている。


「おれ……」


 私は察した。

 その彗星のように流れる、どこかさみしげな振動から。秋の虫たちも感じとっているようだった。

 ほんとに、テレパシーなるものが存在するのであれば、今の私ならお父さんの気持ちだってわかる。そんな気がした。

 距離なんか幻想で、何億光年と離れたところにさえ線さえ繋げば届くはずだ。意識ならば。


「卒業したら引っ越すんだ。岐阜の天文部がある学校を受験しようと思ってる」

 私の心は穏やかだった。

「そっか」

 と、私はちょっとだけ弾むように言う。

 他にわずらわしい言葉は必要ないと思った。ここからはただの勝手な憶測かもしれないけれど、お互い受験に集中しよう、と言っているのだと感じた。


 私もそのつもりで、ここへやって来た。


 おそらく、巨大隕石は落ちてくるのだろう。今年中に。

 きっと神沢は今も毎日のように、それについて調べているのだろう。でもわからないのだ。リザ・カスミールすら言っていた。『正確にはわからない』と。

 ここで一つ疑問に思った。


「何で隕石が落ちてくるの、二0※※年なの?」


 見ると神沢は月を見ている。


「父親が言ってたんだ」


 しずかな声だった。


「空が灰になり大いなる清めの日が近づいたとき、欠けた石を持って戻った竜が、世界を邪悪から清め、平和に導きいれる……」


 前にも聞いた話だ。


「この石をもらったときに父親に言われた」


 神沢は服の中から、首にかけた石のペンダントをそっと取り出して私を見た。「それが二0※※年だって」

 ペンダントと私のブレスレットが寄り添うと、石は互いに淡く微かに光り始めた。


 ぼんやりと青と緑色に光る石。


 ひょっとしたら、私たちがその救世主なのかもしれない。

 以前、N大学に行った帰りのファミレスで見せた、神沢のやるせない表情を思い出し、私は悟る。


 そのとき、ちょっとだけ光が増した。


 と思いきや、神沢の記憶が突然、私の中に飛び込んでくる。

 幼少期にお父さんと過ごした思い出たちが彗星みたいに。家族で楽しくピクニックしていたり、きびしい表情で取り組んでいる剣道から、かなしい病床の記憶まで。走馬灯に映る影のように目まぐるしく次から次へと影絵がまわって流れていく。

 私は一瞬で、はっと我に返る。ほんと一瞬の出来事だった。


「この石……」


 と、神沢は口ずさんでまた空を見た。

「ん、なに?」

 満ち足りた星空はひろびろとしていた。

「この前、おじいちゃんに聞いた」

「何を?」

 私が訊くと、神沢は少し間をおいてから、

「ご神体の竜の石なんだって」

 と言った。


 複雑な感情が私の身体中に絡みつく。

 幼い頃から追い求めてきた事実を今、知れた。神沢と会う前の私なら、きっと飛び跳ねるように喜んでいた。

 なのに、何故だろう。


 プレッシャー?


 私は得体の知れない重圧に押しつぶされないよう、無意識に気づかないふりをしていた。

 でも、石を巻いた左手腕は、まるで(なまり)のように重く感じた。



 帰宅するなり私は真っ先にお父さんの部屋へと向かう。

 ぽっこりと穴の空いた襖を開きスマホを確保すると、すぐに画面をタップして、問題なく作動する事を確認し、ほっと胸をなでおろす。いくつかのメールを受信した順番に素早く返信していく。小春からのメールもあった。

 私は立ちあがり、うんと背伸びをして、やっと収納ボックスの上にある段ボール箱に手が届く。

 それは思いのほか重く、(ふた)はかろうじて役目を果たしている程度で、中に入っている物が今にもこぼれ落ちそうだった。

 部屋に戻り机の上に、段ボールでできた収納ボックスを置く。


 蓋には黒色のマジックペンで『ひかるの宝物』の文字。


 ちょっとばかり丸まった字で。

 私は蓋を外し、封が切ってある手紙もそうでないものも、あえて目に留めないように探っていく。すると、三年、星宮快晴と書かれた通知表の中身をみて、即座にできの悪さに驚く。

 体育以外、全部だめ。かたや私の通知表にまつわる記憶といったら褒められたことしかなかった。

 思い返すと、あの頃の私は、お父さんとお母さんに褒められたい一心だった。人間なんて、ただただ褒められたいだけなの生き物なのかもしれない。


『ななみより』


 次は、五さい文字、で書かれたポップな創作物が目に留まった。

 私がお父さんに宛てた手紙だった。表には私の名前と、にっこりシールが貼ってあった。三つ折りを開くと三面の内、一面は茶色の画用紙をセロテープで貼り合わせてあった。

 我ながら良いセンスしてるわ、と関心をした。薄いピンク色の毛糸で蝶々結びされた装飾が可愛いくて、思わず指でさすった。


『おとうさんへ おたんじょうびおめでとう いっぱいあそんでくれてありがとう。だいすきだよ。ななみより』


 手紙にはそう書いてあった。

 箱の中には、他にも私たちがプレゼントした物たちで溢れていた。

 折り紙で作られた謎の物体に、絵の具で描かれたお父さんの似顔絵。子供なりにアニメのキャラクターが丁寧に描かれたプラバンの自作キーホルダーから、適当に落書きされたスーパーボールまで。手にするたびに記憶が胸に沁みてきた。

 そして、思う。


 どれだけ、うちらのこと、好きなんだ、と——。

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