36話 赴くままに
「ほんとにー?」
「ほんと、ほんとだってっ」
「えー。ぜったい、そんなの嘘だってー」
「ぜーったい、ほんとっ」
「またあー。神沢、笑っちゃってんじゃんー」
私の家に向かう道中も笑いがずっと絶えない時間が続いていた。
「ルークは、『私は自分で見た事しか信用しない』って言ってただけだけどね」
神沢は眉毛を、くいっと上げて得意げに視線を向ける。「月を引き合いにしてねっ」
「そんなんぜんぜん理解できませーん」
と私は間のぬけた顔をする。
これまでで、神沢が、ルーク・ブルーウォーカーという人物を心底尊敬をしているということは、よくわかった。
ちょっとでもルークについて私が訊くと、「そうなんだって! 彼はあらゆる世の中の常識に疑問を投げかけてて、一般相対性理論・量子力学の知識もズバ抜けてて、世界平和を夢みてたり、色んな国の子供たちに寄付して支援する組織を作ったり——ワープする余剰次元なんかいまだに、おれなんかじゃ理解できなくって——」神沢は前のめりになって、子供のような顔で喋り迫ってくる。
はいはい——と私が強目に冷たくあしらわなければ、いつまで経っても止まらない始末だった。
おまえは小学生の物知り博士かよと、ついつっこみを入れたくなる。
「あ、この辺でいいよ。神沢も濡れちゃうし。走って帰る。ありがと」
公園にいたときに、ぱらついてきた小雨が本降りへと変わってきた。
「そうだね。びしょ濡れだ。急いで帰らないと」
神沢は足を止め、自転車の方向を転回しようとする。「あ——」
「何?」
何か気にかかかった様子の神沢に私は訊く。
雨はどんどん強くなってくる。服が肌に、ぴたりとくっついてきた。
「いやなんでもない。ごめんっ」神沢は後ろを向き急いで立ち去ろうとする。「あっ」
すると、何か思い立ったようにまた向き変えした。
「これ、よかったら着て。フードも付いてるし」
慌ててリュックから上着を取り出して、私に渡した。
「え、わるいよ。いいって、いいって。神沢着なよ」
さすがに申し訳と思い、返そうとするけど、神沢は、大丈夫大丈夫と言ってペダルに足をかける。「おれ自転車だし」
じゃあまたね、と言い神沢はこぎ始め、私は「わかったー。ありがとー」と背を向けた。
しかし、すぐに神沢の、あーー、という大きな声が聞こえ、私は立ち止まり、今度は何よ? と振り返えると、神沢はこっちを見て、
「おれも星宮ひかるについて調べてみるからーー」
と叫ぶ。
「わかったーー」
私が大きな声を上げると、お互いに手を振り上げ、急いで駆け出した。
「疲れたああーーーー」
私は帰宅すると、寝るまでの過程で行うべき行程を一切の無駄なく実行し、倒れ込むようにベッドへダイブをする。
もう微塵も動けん。
布団にへばりつきながらリモコンに手を伸ばして明かりを消した。
なんて日だ。
もう絶対に目を開けねーと誓い、まぶたを閉じ、横になる。
——暗闇が心地いい。
次第に目の前の黒色が濃くなっていく。
黙想か……
幼いころは言われるままに目をつむっていただけだったけど、お父さんが事あるごとに、落ち着ついて深呼吸しろ、と言っていた理由が少しだけわかったような気がした。
呼吸に意識を向けて深く息を吐き出すと、意識がだんだんと広がっていくような感じがした。
目まぐるしく行き交い渋滞する感情たちも徐々に緩和され、しつこく浮かぶ不快な考えやイメージが取捨選択されていく。
今、自分が、できること、できないこと、そして、やりたいこと……
もっと遠くの方へと、不思議な一体感と共に集中力が吸い込まれていくようだった。
今、見えていると意識している黒色が、真ん中への方で研ぎ澄まされ、さらに深いステージへと進んでいくと、霧かかったモヤのようなものは消えていて、すとんと頭の中が軽るくなる。
……ああ。そうか。
お父さんへの闇の感情から始まった私の旅も、一つ区切りが見えてきたのだと思った。
私は、地球が滅亡しようがなかろうが、お父さんに会いたいのだ。それが世間にとっては何の意味のないことだとしても。
今はこれっぽっちもわからないけれども、星宮ひかるを追いかけることが、この先、何十年と自身の人生を考えたとき、多大な影響を与えるのではないかと予感している。
たぶん神沢も同じだ。
何となくだけど、同じ感じのエネルギーというか、そういった類いの何かが伝わってきたような気がした。
意味なんかなくたっていい。
私は——
感情の赴くままに突き抜けたいんだ。