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35話 偽物の月

 星崎駅をあとにすると、ぼんやりと刺す夕陽が心地良かった。

 黄昏時(たそがれどき)とでもいおうか。足元に広がる地面にも、夕日の赤みが強く反映しているのがわかった。


「星宮のおばあちゃん、可愛らしい人だね」


 神沢は自転車を引きながら私を見た。

 私が、うんと(うなず)くと、「最初は怖い人なのかと思ったけど」と神沢は目尻に(しわ)を作る。


「はは、よく言われる」

「星宮がときどきおかしなこと言う理由がなんかわかった気がした。鹿毛(かげ)家ってすごいんだね」


 いやいや、あんな現実離れした話しを間に受ける、あなたも大概(たいがい)だと、思いながら、私は笑う神沢を見つめた。


 その昔、言葉を交わすことなく意思の疎通が可能だった文明があったとかなかったとか——鹿毛家はそれらの叡智(えいち)を後世に伝承していく役目を果たしていた。


 今は数少ない文献や口伝でしか残ってないらしいのだけど。

 過去を書き換えることだってできちゃう。そんなんほんとか⁈

 あと、『私も最近知っただけで、よくわかってないから冗談半分で聞いてね』とのことだった。


 過去ねえ……

 昔、誰かさんが、未来に行く方法を思いついたとか言ってたっけな。

 ただでさえ、大学経由でキャパオーバーだったのに、脳みそが異常検知しまくりだ。

 きっと私はまともだった世界線を一つ大きく踏み外したのだと思う。

 いや、三つだな……。



 にゃお、と鳴いた白黒の野良猫が目の前を横切り、私たちは自販機で飲み物を買い、側にある公園へと向かう。


 ——ああ。


 おかしな出来事が起こり出したのは、あいつが現れてからだった。私は、ふと魔女の猫を思い出した。



「ここ座っっちゃおっか? 誰もいないみたいだし」


 ブランコが二つしかない小さな公園だ。神沢に言われそれぞれ座った。


 懐かしい……。何だろ? この心の奥底に染み込んでくる感情は。


 ちょっとだけこいでみた。少しだけ上下に揺らす程度だけど。


「きっと、星宮のお父さんは隕石落下の日を知ってるんだろうね」

「どうして?」私はブランコを止めてから訊いた。

「星が降る日に帰ってくるって、夜のことなんじゃないかな。たぶん」


 たしかにそうなのかもしれない。私も星といえば無意識に夜だろうとは思い込んでいた。

 結局のところ、すみばあちゃんも、お父さんからは、星が降る日に帰ってくる、とだけしか聞いてなかった様子で、巨大隕石については、特にめぼしい情報は得られなかった。

 でも、星宮ひかるが、鹿毛のおばあちゃんと接触している可能性が高いことはわかった。

 私のブレスレットの石は、鹿毛のおばあちゃんからもらった物なのではないかな、とすみばあちゃんは言っていた。


「おれさ……ルーク・ブルーウォーカーって、星宮のお父さんなんじゃないかと思うんだ」


 突然、神沢が憧れている研究者の名前が出た。


「どうして?」


 神沢は「快晴さんと星宮の名前の七海って青じゃない? 今はオレンジだけど」と、天に向かって指を差した。

 私は青色の空と海を頭の中でイメージしてから、その単純そうな命名のしかたは——たしかにお父さんならあり得るなと思った。

 SF映画の主人公の名前をパロってるところも。ちょっと吹き出したように笑ってしまった。「お父さんらしいかも」

 でしょ、と神沢も一緒になって笑った。


「でも、どうしてその研究者のことを?」


 私が唐突に訊くと、神沢はゆっくりと話し始めた。


「星宮、前にるるぽーとの宝石狩りの話したでしょ?」


 神沢と視線が合って、どきりとした。


「あの景品の望遠鏡……何が何でも欲しかったんだ。父親との約束だったから」

「そうなんだ」と、私がとりとめのない返事をしたあとに、神沢は無理に押し出したように笑みを浮かべ「病床だったけどね」と溢す。

 私が、適当な単語を幾つか思い巡らせるも、言葉を見つけることができずに、ただ前だけをじっと見つめていると、神沢は、ふっとため息をついてから口を開いた。


「喜ばせれば病気も治ると思ってたんだけどね」


 こっちを向いて、また無理に笑みを作る。その深く澄み切ったつぶらな瞳は、今にも線香花火のように落ちそうだった。

 当時の神沢少年の気持ちを思うと、涙が出そうだった。視線を上げるけど、まだ星は見えなかった。

 西の低い空に弓なりに曲がった月はあった。

 穏やかでゆったりとした色をしている。

 神沢は黄昏月(たそがれづき)を見つめて続けた。


「それで、父親が死んだあと、なんか自暴自棄みたいになってたのかな……。この世界の何もかもが嘘みたいに思えてきてちゃってさ」


 そして夕陽に染まった頬で私の方を向き、「あの月もねっ」と言い、バカみたいでしょっ、と少しばかり恥ずかしそうに笑いブランコを大きくこぎ始めた。


「何それ?」


 と、私も笑い大きくブランコをこいで追随(ついずい)をする。もうそこには恥じらいはなかった。

 そして立ち上がりさらに加速を加えて叫んだ。


「ばぁっかみたいっ」


 思いっきり靴を遠くの方へと蹴り飛ばした。

 

 まだ目には見えないけど、きっと今も光っているはずの遠い星へ向けて。


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