33話 並行世界
常識的な科学か……
部屋を離れ、広野さんの後ろ姿を見つめながら、私はリザ教授の言葉を思い返していた。
おそらくリザ教授は、今は自身の研究に没頭してるのだと思う。だから常識的な見解しかできないのだと。——そして、星宮ひかるは非常識的な発想の持ち主だったいうこと。
リザ教授は、その才能に賭けているのだと思った。
私たちを送り出したとき、そんな眼差しをしていた。
広野さんに感謝を述べてから、キャンパスを出て、私たちは駅前のファミレスへとやってきた。
ここへはちょっと早い昼食を、と思ってきたのだけど、お互い手にしていたのはドリンクだけだった。
ストローでジュースを吸い上げる音で、胃がもたれたようにもたれきった感情を整理する。音は何度か交互に行き交うが、そこに達成感みたいなものはなかった。
「なんか、すごすぎたね。盗聴されてるとか、政府機関とか。陰謀論みたい。世界を牛耳る闇の支配者たち、みたいな」
最初に口火を切った自分を褒めてやりたい。
「そうだね……」
軽い。
神沢の返答は、私が思い描いてたのとぜんぜん違った。
「ほんとに地球滅亡しちゃうね」
と、私は苦笑いしてその場をやり過ごした。
神沢は、コップの中の氷をストローで突いて考えているように見えた。
そして、そのあとに神沢が溢した言葉で私は初めて知る。
「まあ、どのみち、今のおれたちにできることなんか何もなかったね」
神沢は、真剣に世界を救おうと思っていたのだということを。
気の利いたこと気の利いたこと、と私は何十回と思考を巡らせ言葉を絞り出した。
「そうだっ。無数の並行世界! 無数の並行現実へ移動することが可能ならば、回避することは可能って言ってた。AIが」
すると神沢は予期せぬ言葉だったのか、きょとん、とした表情をしてから笑い出した。
「やっぱ星宮は変わってるっ。面白いっ」
褒められているのか貶されているのかは知る由もないけど、いつもの神沢飛月だった。
ひとまず良しとした。
「でも……せめて衝突する日時だけでも知りたかったな」
「あー、あと数ヶ月くらいなんだっけ……」
衝突する日の予測は、前に神沢から聞いていた。
たしかに、正確に日時がわかってさえいれば、少しは気の持ちようも変わるのかもしれない。
気まぐれで明日に落ちてくる、なんてこともあるかもしれないしな……
リザ教授の話しを聞いて、そんなふうに思った。
あれ?
私は、ふと気づいた。自分が何故こんなにも楽観的なのかと。地球滅亡だぞ? 少し前から、自分と神沢との温度差に違和感を感じてはいたけど。
オレンジジュースをすすりながら考える。
「リザ教授なら把握してるとは思ってたんだけどな」
それは私もワンチャンあると思っていた。その日がわかれば、お父さんが帰ってくる日がわかるから。
ん? 帰ってくる? ふと、声が漏れた。
「星が降る日には帰ってくる——」
「え、なに?」
と少し困惑気味の神沢に、「あ、ごめん」と言いかけて、『言ったことは必ず守る人』と以前話していたお母さんを思い出した。
あとリザ教授の台詞も。
『皆、彼の言う言葉を疑う者なんていなかった』
とても力強い言葉だった。とん、と軽く背中を押された気がした。
私は知らず知らずのうちに、都合よくこれらを解釈し、明るい未来を創造する。
そしてもう一度声に出した。
「星が降る日には帰ってくるっ」
そうだ、ほんとうに並行世界なんてものが存在するのであれば、今、私がいるこの世界は、滅亡しない世界線に決まっている。
「行こ。神沢も私のおばあちゃんの所へっ。今から」
『昨日は来てくれてありがとう。毎週土曜日に剣道の稽古してるから、七海ちゃんもよかったら来てね』
私はスマホを手にして、今朝すみばあちゃんから届いたメールに返信をした。