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31話 前に夢で見たような日

 部屋へ戻るとマリアが帰り支度をしていた。


「あーそうそう。妙子さん、この前はお世話になりました」

「ぜんぜん、ぜんぜん~。こちらこそお世話になっちゃって~」

「ほんとご立派なお屋敷でびっくりしたわ」

「またまた、すみちゃんお上手なんだから~。あ、七ちゃん、パピちゃんの夕飯作らなきゃだから、もう行くね~。友美さん、お(いとま)させていただきます~」


 私はマリアと入れ違いにリビングへと進む。すると、まるで初めまして、と言わんばかりの話ぶりだったせいだろう。語尾の弾みがちょっと不自然だった。


「あら、七海ちゃん。いらっしゃい」


 すみばあちゃんの声に反応したマリアは振り返ってから、私にウインクをした。よろしくね、と言いたいのは伝わってきた。

 私は軽く手を上げて了承すると、またね~、とマリアは去って行った。

「七海ちゃんもコーヒーでよかったわよね?」玄関のドアが閉まると同時に、すみばあちゃんは言った。

「あら、マドレーヌなくなっちゃったわね。妙子さんからいただいたチョコレート食べましょうか」


 何だろ? この、いたたまれない気持ちは。



 すみばあちゃんは、二人分のマグカップを手にしてダイニングテーブルの席に座ると、コーヒーを飲みながら自分について話した。

 実家は九州であることや、海外の男性の元へと嫁いで行ったきり音信不通の姉がいること、それと実家が長らく空き屋となっているため、自分が対応しなければいけないということ、などなど。

 さらにすみばあちゃんはマリアの親戚にお世話になっているとも言った。


「妙子さんの実家も九州で、すごい大所帯で驚いちゃった。お兄さんも物腰が柔らかくて良い人だった~」

「あー見えてマリアはお嬢様育ちだからね。部屋数十個以上あるとか言ってたし。てか何でマリアの実家に?」

「私の実家の相談に乗ってもらってたのよ」

「空き家の?」

「もうボロボロだから取り壊さなきゃいけなくて母親の私物を整理してたら、生前に妙子さんの親戚の方と古くから交流があったみたいで」

「そうか」


 これまでの一連を理解した。たしか、マリアの一族の親戚付き合いは深く、果てしなく広いと聞いたことがあった。建て壊しなども容易に想像がついた。


「私はぜんぜんわからないんだけど、なんか歴史的に重要な物とかたくさんあったみたいで、びっくりしたわ」

「歴史的重要文化財的な? すみばあちゃんのお母さん一体何者なの?」


 訊くと、すみばあちゃんは冗談をほのめかすように言った。


「なんだか超能力使えたみたいよ」

「え、うそっ?」


 それはそそるかも。

 嬉しそうに話をする、すみばあちゃんに相槌をうちながら、私は思った。少しは祖母孝行できているのかなと。



 夕食までは時間があるので、友ちゃんの部屋で待つことになった。どこかしらカフェのような一室だった。

 古い木製の模様が美しく彫り込まれたテーブルには、格子状のフレームが敷かれ、上には黄金色のアンティーク調の小物が繰り広げられていた。

 友ちゃんが丸テーブルと座布団を用意してくれたので、私は誘導されるままに腰を下ろした。

 パソコンが置かれた机の上の棚には、すみばあちゃんの思い出の写真が数えきれないほど飾られていた。昔の自分の息子たちが大多数を占めている。中学生くらいまでのものが多いだろうか。


「ここ、元はすみばあちゃんの部屋だったんだね」

 友ちゃんは机に向って座り「そうだよ」と、少しだけ後ろを向くけど、すぐに元通りとなった。パソコンを操作し始めた。

(けい)さんは元気?」お父さんの弟で、できの——

「できの悪い方は、週一くらいで様子を見に来てる。仕事も順調みたい」

 私が頭の中で考えていたことも含めて、友ちゃんは切り出した。

 できの悪い方、と言うのは、すみばあちゃんがよく口にする言葉だった。圭さんは、高校を卒業してから、大学受験を二浪したのちに、家に引きこもるようになったと記憶していた。

 しかしそのあと、浪人期間中に全く勉強していなかったことが発覚し、それを皮切りに一向に評価が好転しない叔父さんであった。

「圭君を元にした定義だと、私は超できの悪い人間になるけどね。小学生から引きこもりで卒業すらしてないから」

 それだと、私も似たようなものだ。

「でも、今はちゃんと圭さん仕事してるんでしょ?」

 たしか、お父さんの会社を引き継いでいるはずだった。従業員が二十人くらいの。

「本人が言うには、順調。地元で人気。でも忙しすぎて、この会社を押しつけてきた兄を少し恨んでる」

 ほんとにそうかな? 何となく思った。あまりお父さんのことを悪く言う人はいなかった。思い当たる人は、お母さんくらいなものだ。

「私もそう思う。圭君ができる職業を選んだんだと思う。たくさんの人に必要とされて喜んでもらえる仕事って言ってたし」

 友ちゃんは、私の心をまるで見透かすかのように話し出した。徐々にパソコンを操作する高速の音が、不気味に思えてきた。……でも、弟のためとはいえ、

「大学をやめてまで何で?」

「ああそれか。始めは、何でも屋、みたなことからスタートしてるよ」

「何でも屋かー」

「早期に大きなお金が必要で、バイトしながら大学、高卒で社畜化。どちらも現実的ではないでしょ?」

 まあ、たしかにそうなのかも、とは思うけど、早期に、とは?

「あと最初は軽トラック一台で、必死に駆け回ってたって聞いてるよ。今の形になったのは、この辺りで鹿毛の親戚が大規模な建設業やってるからじゃないかな」

 お父さんも苦労してたんだな、とも思った。

「それと、七海ちゃんが思ってる通り、当時は今ほどSNSも当たり前じゃなかったし、自身の様々な状況下の中で最善の策を投じたんじゃないかな。職業安定所に人が溢れてたような時代だったしね」

 また心を読まれたような気がした。何故、急ぐ理由があったのだろうか。謎は深まるばかりだ。

「ああ、そういえば、圭君も九州行くときに付き添ってたよ。私は行かなかったけど。あの家、苦手だから」

「そうなんだ」


 そのときだった。

 あれ?


 一つの写真に目がとまった。剣道の大会? 防具を装備したお父さんだ。

 隣の男の人って——

「友ちゃん、あの写真って」

「ああ……あれね」友ちゃんはちらっと写真に目を移し、再びパソコンを操作し始めた。

「あれはひかる君が中学最後の大会で優勝した写真」

「隣りに写ってる人は?」

「準優勝した人。二人は小学生の頃からのライバルで親友」

 防具の腰、中央につけられた、垂れネーム、と呼ばれる袋状の名前には『神沢』の文字が。


「そうだよ、星崎神社の息子さん」

 すると、テレパシーが届いたかのように、神沢からのメールを受信してスマホが鳴った。

 その瞬間、友ちゃんから発せられている空気みたいなものが変化したような気がした。言葉にはしないけど、気にしないで返信して、と言っているような類いのメッセージを。


「七海ちゃん。感度良いみたいだから伝わるみたいだね」


 すみばあちゃんの言葉が頭の中でよぎった。


「え、ひょっとして超能力っ⁈」


 友ちゃんはこちらを向いて、不健康そうな顔で笑った。

 そして全てを見抜かれてしまったのか、こうつけ足す。


「七海ちゃん。あと、私に聞きたいことはメールしてくれればいいよ。知ってることは答えるから。ひかる君もそうしてた」


 あわよくば友ちゃんにいろいろと質問を投げかけるつもりでいたけど、それが伝わったのだろうか?

 鹿毛(かげ)(とも)。本を一度読んだら一言一句全て記憶できるという頭脳に、心を読むサイキック能力。食事は一日一回に、睡眠は三時間の好燃費。最強だろ。


「あ、私は夜ご飯は食べないから、どうぞ」

 リビングから、すみばあちゃんの声が聞こえる。



 すみばあちゃんお手製のご馳走を楽しく食べ終えると、お母さんがバイト帰りに迎えに来てくれた。


「七海ちゃん、今日は来てくれてありがとうね——」


 すみばあちゃんと別れの挨拶を交わしてから車に乗り込むと、私は神沢からのメールを確認した。

『N大学の教授から返信があった!』

 この前、話をしていたことだった。迫り来る巨大隕石について意見を求めるメールを送った、と言っていた。

 私は、いかにも、すごい! と跳ねているウサギのスタンプを送った。

 しばらく走ると、お母さんが訊いてきた。


「すみばあちゃん元気だった?」

「思ってたよりも、元気だった」

 私が平然と口にすると、

「そう。それは良かったわ」

 と、お母さんも同じように答えた。



 家に到着したのち、私は自分の部屋に直行し、椅子に腰を下ろす。

 そして今日、一日中モヤモヤしていた気持ちを改めて考察した。内容は、私がときどき、ふと思っていること。


 ……なんか。

 今日体験したことを、前にも同じような経験をしたような気がするような。そうでないような。


 もちろん、気のせいに決まっているのだけとわ、夢でみたのかな?

 スマホが鳴った。

 神沢からのメールだった。すぐに既読の文字が浮かび上がって、私は考える。

 N大学はお父さんが通っていた大学だ。——たしか世界的に認知されているという、宇宙物理学科の教授。

 しばらく思いを巡らせていると、一定のリズムを保ち、人差し指でスマホの縁に触れていた。とんとんとん、と何回目かの音が耳について気づいた。


 ……。


 ——何を悩んでんだ。勉強がなんだっ。

 意を決して、その指を画面へと移した。それからは早かった。『私も一緒にN大行く!』と返信をした。

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