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22話 星が降る町

 翌朝、起きたそのままの足でお父さんの部屋に向かった。中二階にぽつんとある。

 部屋は一階と二階の階段の中間地点にあるのだけど、私はずっと入口の引戸を壁だと思い込んで過ごしてきた。


 ——ここへやってくるのは、ほんと久しぶりだった。


 当初は、ひょっとしたらお父さんはここに隠れてるんじゃないかな、なんて思って、出たり入ったりとしていた記憶もあるが、だんだんと積み重なっていく悲しみの蓄積の限界がきたのを最後に一度も足を踏み入れたことはなかった。

 というか、今現在お父さんの書斎として存在してるいのかさえ謎だった。

 恐る恐る引戸を開ける。

 六畳半の和室には、壁の三方を天井から床まで本棚が覆い尽くしていて、部屋の真ん中にはちゃぶ台が置かれていた。当時の物と同じだった。


 ——あの頃のまま。


 一歩踏み入れると、部屋中を満たしていた畳と本の匂いが、まだあの頃のままで立ち込めているような気がした。

 やや色あせたやまぶき色の畳はずいぶんと老いてみえる。

 しかしながら……

 すごい数だった。改めて見ると本の量に驚いた。

 本棚にはびっちりと隙間なく本が詰まれ、溢れた本はあちこち床に山積みされていた。

 どんな本を読んでたんだろ、と思い、手始めに足元に視界に入った山積みの本をちゃぶ台へと運ぶ。

 ——何かを踏んだ。反射的に舌打と足元を確認した。

 お菓子の箱だ。

 すぐに察した。あいつしかいない。

 呆れたまま箱を拾い、ゴミ箱へ捨てて、目を凝らして床を見渡せば、他にも食べ終えたお菓子の袋や鉛筆、丸まったティッシュ、脱ぎっぱなしのくたびれた服などが落ちていた。漫画も何冊かある。

 これはきっと快晴の仕業だ。

 あの親子はどうしてこうもスリッパをきちんと履けないのだろうか。スリッパが片方だけ転がっている。リビングでもよく蹴飛ばしてやるからいつも思う。履けないのならばスリッパなんてやめちまえ、と。


「……まっ、いいや」


 少し想定外ではあったけど、私は他にも何冊か本を手に取ってから、ちゃぶ台に向い、穏やかに腰を下ろした。今日の私は、割りかし機嫌がいい。

 まずは『重量崩壊を起こしてブラックホールを生み出す』から。起きてすぐの脳には難儀なタイトルではあるけど……

 ぱらぱらぱら、とめくり、全てのページが余すところなく字で埋め尽くされているということだけを確認する。

 他の本も手に取って一通り目は通したけど、どの本も似たり寄ったりだった。お堅いタイトルばかり。『物理学の統合・統一理論』『チェレンコフ放射と呼ばれる光』『拡張するブラックホール』『量子力学の不確定性原理』『ワープする五次元空間』。

 うう……頭が痛い。

 私でも読めるような本はないのだろうか。

 こんな本、一ページ解読するだけで一時間以上かかる。本棚を端から端までざっくりと眺めた感じでは、それらしい本は見当たらなかった。

 投げやりになって後ろに反り返ると、あぁーーー、と声にもならない声が漏れた。快晴に相談してみようかな?

 そう思ったとき、山積みされた一角が目についた。

 逆さまに見えるタイトルは『星が降る土地、星崎』。

 そのまま一番上の書物に手を伸ばした。論文みたいなやつかな? A四サイズで厚みは漫画の単行本と同じくらいだ。

 私は、よいしょ、と座り直してからページをめくる。


「なになに。西暦六三七年?」


 聖徳太子の時代……

 テストでは、私の得意としている西暦ではある。でも……

 これも一緒だった。

 専門的な単語が多すぎて、こんな本を一つ一つネットで検索していく余裕は、さすがにない。それこそ頭がパンクしてしまう。

 なので、こちらもそれとなく目を通すこととした。

 西暦六三七年。飛鳥時代の話に、聖徳太子からの小野妹子。それから遣唐使(けんとうし)がやってきました、と……

 一気に日本史かよ、って気持ちになった。

 暗記した歴史上の人物が頭の中で次々と浮かんできた。

 まあ、ざっくりまとめると、もともと星崎町があるこの土地は島状の松巨嶋(まつきょじま)と呼ばれていて、尾張の古代豪族の尾張氏(おわりうじ)が住んでいた。(誰かは知らんけど)で、すごい人だから星がよく見えるリッチな岬を選んだのではないかと諸説ありますと。

 それから、星崎の地名に関係する出来事や伝説は、六三七年、七星が下り星崎社を建てて、九三五年に隕石が落ちた伝承があり、一二〇五年には入江に明星が降って、一六三二年に南野隕石落下。これらの事象は複数の書物から確認できました、とある。

 あとはそれにまつわる裏付けに関する文字ばかりだった。

 ——この圧倒的な文字圧。気が狂いそうだ。

 意気消沈しつつも可能な範囲で読み解こうとした。すると引用された地図が目につく。


 絵……?


 全て筆で描かれていて、当時の物なのだと思う。私は目を凝らした。

 描かれた半島の先っぽには、『星崎』の文字が書かれていた。あと、星崎の周り一帯は海となっていて、小島が幾つかあり、その小島の名前を見ていくと、私が聞きなれている町名や地名などがたくさん見受けられた。

 昔は、星崎町の目先に海が広がっていたのだと思うと不思議で仕方なかった。

 ふと頭の中で、この地図と現代の地図を照らし合わせると、島国日本が、海に浸かるイメージが浮かんできた。

 歴史は繰り返す。

 何げに終末論が好きだったりする私。

 よく都市伝説などでいわれている大洪水に、氷河期に核戦争。巨大隕石もあるか。


『星が降る日には帰ってくる』


 お父さんの言葉……

 一瞬、あのときのお父さんの後ろ姿が蘇る。

 まさかね。

 私は書物を元のあった位置へ戻しながら我に返る。

 さてどうしたものか。この専門的な書物の数。お父さんは一体何者だ?

 とても壁紙を貼れるリフォーム屋だったとは思えない。

 しばらく当てもなく、ぼーっと目の前だけを見つめて途方に暮れた。


「あら、珍しい」


 突然の声に、私は飛び上がった。振り向くと、お母さんが部屋の入口に立っていた。


「あーそうそう、今日の夜。パピとマリたちがうちに来るから」


 私は、ことさらに感情を抑え「はーい」とだけ返事をすると、お母さんは「ちゃんと勉強しなさいよー」と言い放ってから階段を下りて行った。

 言われなくてもわかってるっつーの。

 あの人は顔を合わすたびに、勉強しろっ、と口にしているような気がする。

 私は、べーっと舌を出しから本を元にあった場所に戻した。

 何だかコソコソしてるようで嫌だな……。

 思い切って、お母さんに聞いたほうが早いのかも、とも思う。

「あーそうそう! あとで庭の草むしりするからよろしくねーーー」リビングから咆哮(ほうこう)が届く。

「あと、この泥だらけの靴も自分で洗いなさいよーーー」


 勉強ばばあ。だめだこりゃあ。

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