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19話 光る石

 こんなところに鳥居があったんだ……


 何度も目に付いていたはずなのに、気にも留めていなかったのは何故だろうか。不思議に思う。

 何本だろ? 二十本くらい?

 私は、少々小ぶりな鳥居をくぐってどんどんと進んで行った。


 いわゆる境内の裏にある神社で、摂社(せっしゃ)というやつだろうか。

 石段は土と(こけ)が小ぶりついていて滑りやすすくなっていた。途中からは、くの字に曲がって周囲は木々に覆われ閉塞感が漂い始めた。厳かな雰囲気に妖艶(ようえん)さが増していく。


「アイツどこ行ったんたい」


 重さんの方言の(なま)りがうつった。

 そういえば、とふと思う。くぐる前に一礼するの忘れていた。私はサッと立ち止まり、ごめんなさい、と目の前の鳥居に向かって一礼した後に魔女の猫のあとを追った。


 最後の鳥居を通過したあとも、何段もの石垣の階段が続いた。更に暗さが増し、閉鎖的な空間が一気に増し、冷んやりと少し肌寒くなってきた。

 ——まさか?


 『老衰で死んじゃったって聞いたわよ——』


 昨日話していたお母さんの言葉が蘇る。

「もーお化けは勘弁してくださーい……」

 弱々しく声を溢し、歩くピッチを上げていく。


 気づけは太鼓の音が小さくなっていた——

 登っていく道ははっきりとしていたけど、石の階段はもうなくなった。足下は土まみれの頼りない丸木を頼りにしていた。

 斜面も急で息も切れてきた。倒木がちらほらあったりとおっかない。ぶっちゃけ怖い。

 今さらだけど来たことを後悔した。ぶつぶつと文句を垂らしつつ、石やら木やらゴツゴツとしたけもの道を一歩一歩、足を進める。


 でも……

 ぱきっと小枝のようなものを踏んづけて心が折れた。


 そもそも、猫はここまでは来ていない可能性もある。ただの見間違いの可能性だって十分に考えられる。むしろそうだと思い込んで、私はゆっくりと月あかりに背を向けた。

 てか魔女の猫じゃなくて別の猫だったのかも。一歩前へと足を出した。


 ——ミャオ。


 絶妙のタイミングだった……

 足を止め、振り返ると魔女の猫が、じっと見つめていた。

 やっぱ居るんかい……。

 おまえは神の使いかよ。


 月の光に照らされて、目が宝石みたいに神々しく輝いて見えた。そう思わざるを得ないオーラを(まと)っていた。

 でも、何だか腹が立った。魔女の猫の表情は、冷たく私のことを見下しているように受け取れた。とっとと来いよ、みたいな。

 魔女の猫は、ぷいっと背を向けて歩き出す。

 

 ——結局、私は魔女の猫の後ろを一定の距離を保ちながら歩いていた。

 この距離が生まれたのは近づくと露骨に逃げるからで、こいつは何故だか触らせないのだ。

 手が届くな、って距離になると離れて行く。ずっとそれの繰り返しだった。

 私としては早く触れて、現物を確認したいのだけれど。

 今起こっていることは異世界なんかじゃないって信じる。


 ──道の先に、小さな星空が見えた。だいぶ登ってきた。あと少しだと思った。

 浴衣を着てこなくて正解だった。お気に入りの真っ白なスニーカーは台無しだけれども。

 これじゃあすっかり山登りだ。

 そろそろ小春も気がかりだった。私には、こんなしゃくにさわる猫に付き合っている時間なんてないのだった。


 ──魔女の猫許すまじ。


 私は、早く進めよ、と促すように詰め寄った。すると魔女の猫は逃げるように上へ上へと進んで行く。

 よしよし、急げ急げ急げ——

 

 はあはあはあはあ……

 見失った。ぼりすぎたか……。


 私は両膝に手をおいて立ち止まり、呼吸を整えようとしたが、まだ半分も回復しなかった。

 そろそろ限界かも。ラムネを置いてきたことをここへ来て後悔した。

 運動不足かも……いや違う。私は運動全般、得意ではない。顔を上げ、先の方を見るけど、猫の姿はなかった。

 どうしてこんなところに来ちゃったんだ、と浅はかな自分を責め、また弱気になる……

 というよりも、今度は帰り道の方が怖く思えてきた。佇む森の主たちは不気味に見えた。ぶつぶつと魔女の猫の悪口を口にしながら進むけど、呼吸も浅くなり、次第にやけくそになってきた。

 てか、月あかりがなかったら無理ゲーだった。私は目線を上げ残りの力を振り絞る。

「くそ、魔女の猫めー」

 そう口にした瞬間、すーっと風が吹き抜けた。


 あ。


 何だか突き抜けた気がした。樹木の圧迫は消え、いつのまにか開けた場所に辿り着いた。風が熱った顔を一瞬で冷やす。


 こんな場所が……


 魔女の猫は? 「ミャオ」

 やっぱ、いるのね。

 安心をしてしまった自分を悔しく思った。

 薄暗いせいか、辺りの様子はいまいちはっきりとはわからなかった。奥のほうに微かな町の灯りがぼんやりと見えるけど、人工的な物の存在を感じることはできなかった。

 暗闇で耳が研ぎ澄まされたのか、様々な音が鮮明に耳についた。まるで全ての存在が、自分に向かって何かを語りかけられているのかのような。

 やっぱ怖い……

 そんな弱気な気持ちを見透かしたかのように、ギャーギャーと、ガラガラガラガラという、得体の知れない鳴き声が響いた。


 ——はい、撤収っ。


 即座にそう思った。

 この異様な雰囲気……

 やっぱ幽霊だ、と思った。

 どこかに連れて行かれるのも嫌だし、(たた)られるのもごめんだ。私は考える前に、そっと後ろ足を引いた。


「ひゃっ!」


 次は一瞬で背筋が凍った。

 ガチャ……と、はっきりと聞こえた音は、向こうの方からだった。静寂に人工物が紛れ込んでいる。

 人の気配……

 私の研ぎ澄まされた感覚が察知する。

 誰かいる、と。

 地面と靴底が擦れる音がしてから、ガサガサガサ、と音がする。

 しどろもどろした感じだ。あちらさんも私の飛び跳ねるような声にびっくりしたのだろうか。私も、おそらく生まれて初めてこんな奇声を発した。

 こっちの方が怖いわ、と思いながらも私は反射的に声をかけた。そしてすぐに小春の元へ戻ろう。今度こそはほんとに。と心に決めた。

「あの、すみません。怪しい者ではないんです。私、猫追いかけてきただけで」

 できるだけ相手を刺激しないように丁寧を心がけ、ジリジリと少しずつ後ろ足を下げる。音が立たぬよう慎重に。

 すると心なしか優しげな声が聞こえてきた。

「猫ならこちらにいますよ」

 そのはっきりと通った声は若い男の人のようにも思えた。

「こちらこそ驚かせてしまったようで、すみませんでした」

 男の人はそう続けると、向こうの方で何かが光った。

 スマホのライト——

 魔女の猫を照らしている。何回もミャオミャオと聞こえてきた。じゃれ合い方からずいぶんと懐いている印象を受けた。

 なんか……悪い人ではなさそう?

 極悪人を想像してたせいか、ギャップで誠実さがより増した。動物好きの特権ともいえるけど。

 まあ、ひとまず猫は幽霊じゃなかった。

 私はそう確信する。

 一瞬このライト男も幽霊なのでは?

 と頭の中を過ったけど、幽霊がスマホのライトをつけるわきゃないと速攻で切り捨てた。というのも、私はとにかく安心したかった。

 これで一先ず疑念は消えたのだ。一つゲームのイベントをクリアしたんだ、そう思い込むことにした。

 しかしながら……

 この暗がりの中だと、ライトの光が異様に特出していた。

 その不自然な光は周囲の妖艶さを幼稚なアトラクションみたいな空気へと変化させていた。いつかの宝石狩りみたいな。それと三脚のような物体も見える。

 というよりも、何故ここまでの道中にスマホを使用しなかったのだろうか。起点の利かない自分の頭の悪さに辟易(へきえき)とした。

 まあいい。

 とりあえず、薄っすらとだが、人のシルエットは確認できたのだ。私は一歩一歩近づいてみることとした。


「ほら、いってこい」


 するとふたたび柔らかくて丁度いい声と魔女の猫の鳴き声が聞こえてきた。魔女の猫はあきらかに嫌がっているように見受けられる。なんでやねん、とツッコミたくもなったけど、私は「あー、別にいいんですいいんです。魔女の猫が幽霊じゃないか確認したかっただけですから」

 と言って足を止めた。

 早く帰りたい。


「魔女? 幽霊?」


 小さく耳に届いた声に、しまった、と反射的に思った。このままだと、ますます怪しい人物と思われてしまう。早く誤解を解かなければ。

 私は一歩前へと足を出した。

 すると猫はミャオとどこかへと走り去って行く。また逃げられた——


「あ、クローーー」


 そしてまるで草のような声はあたふたと風になびいていった。

 ライト男は細身で私と同年代くらいではなかろうか。独特でどこかフワフワした雰囲気がなんとなくそんな気にさせた。

 暗がりにもだいぶ目が慣れてきた……

 私は前方の物体を凝視しながら、一歩ずつゆっくりと近づいて行くが、

 ——ん?

 あれ……

 足が止まった。

 え……


 もしかして——


「神沢ーっ?」「星宮ーっ?」


 そして二つの声が重なり頭が真っ白になった。


 静寂に微かな余韻が残る。


「神沢っ何してるん? こんなとこで」「そっちこそ!」

 また合唱みたいに声が重なる。

「て、てか眩しいって」


 咄嗟に傾いたライトが私のおでこに直撃していた。神沢はすぐに「ごめんごめん」とライトを消した。おいしい芸人にでもなったみたいで少し恥ずかしかった。

 ラストを消したため、また月あかりが頼りとなる。

 じりじりじり、と靴と砂が擦れる音だけが耳につく。


「星宮お祭り平気?」神沢は落ち着きを取り戻すように口にした。でも声に安定感はなく「ところで」と続ける。

「さっき言ってた幽霊って?」


 意表を突かれた——

 私は神沢のことをそよ風みたいなイメージを持っていた。何事にも動じない。そんなキャラクターを勝手に。

 でも、目の前の神沢はあきらかに幽霊というワードに動揺していた。

 そんな姿を見ていると、私の恐怖心はどこゆく風となっていた。

 とはいえ、猫を幽霊と思ってたなんて口が裂けても言えなかった。それは恥ずかしすぎる。

 私は平静を装いつつ「あー幽霊はこっちの話、話」と遠くの方を眺めすぐさま話題を変える。


「夜景きれいだねーー」


 目先には星崎町が見渡せるほど広がっていた。


「そんなに高くはないけど、この辺じゃ一番見晴らしいいかな」


 神沢はどことなく謙遜している様に見えた。


「これ、天体観測だよね?」


 私は三脚みたいな物を指を差した。三つの足に長い筒状の物が夜空に向かって伸びている。

 そうだよ、とにこりとして神沢は望遠鏡を片付け始める。私は正面からそれを見る。

 一つ一つの作業が丁寧に行われ、きっと大事な物なのだろうなと思った。すごい高価な物なのかな、とも思う。


「ここ、星もめっちゃきれいに見えるね。頑張って登ってきて良かった」


 神沢は手を動かしながら、澄み切った精悍(せいかん)な顔を私には向ける。お月様がなお助長させていた。


「また、たしかに今日は特によく見える方かなー」


 神沢は、くしゃっと笑ってから、よいしょ、と望遠鏡をケースにしまい、それを背負う。

 背丈とはいかないが、その望遠鏡はとても重そうだった。


 そのとき、スマホが鳴った。

 ヤバい。小春だ。


 私は慌てて小ぶりのショルダーバッグからスマホを取り出した。でも……手からスマホが滑り落ちてしまう。


 ——あ、しまった。


 こんなときに何をやってんだ私は。焦りは更に募る。

 そんなパニックに陥った私を見かねたのか、神沢は「あ、これ、はい」と、ずいぶんと落ち着いた声のトーンで地面に転がったスマホを拾ってくれた。

 私も神沢に習って、心を落ち着かせることだけを心がけた。


「あ、うん」


 しかし、何? この大量の汗はぁぁー⁈ 体中から変な汗が滝のように噴き出くる。恥ずかしい。


 どうすればいいっ?


 内心を悟られぬようにひっそり平常心を装つ。私はこんなキャラじゃないんだってっ。


「えっ?」


 それは拾ってもらったスマホを受け取ろうと手を伸ばしたときだった。変な汗は一瞬にして引いた。


「……何? これ?」


 自分の左腕のブレスレットに目をやる。

 目を見開いた私を見て、神沢もブレスレットに視線を移した。


「——星宮……それって」

「ね! これ光ってるよね?」


 ブレスレットの石は淡く微かに光っていた。ぼんやりとした水色の光はその場を神秘的な空間へと変貌させた。

 神沢も不思議そうな面持ちで石を覗き込む。「これって……」

「ん、何?」

 少し聞き取りにくかった。私は神沢の顔を見た。目が合うと、神沢は服の中からおもむろに首から下げたネックレスを出した。


「えっ……」私の声が小さく落ちた。


 紐の先端に付いた石は光っている。私の石と同じように淡く、神沢の方は緑色に。

 神沢は首から外しネックレスを私のブレスレットに近づける。「これって……」

 わずかながらだけど光が増していた。現実離れした光景に私はにわかに信じがたかった。


「この石どこで?」


 神沢も別次元に迷い込んだような顔で私に問いかけた。


「お父さんにもらっ——」


 ──トゥルートゥルルー……


 すると遮るようにスマホが鳴った。

 やばいやばい。さすがにまずい。

 眼鏡の奥の鋭い眼光が容易に想像ついた。

 さすがに戻らないと。

 私は、すぐに戻ることを小春に伝え「ごめんっ! 行かなきゃ」と神沢に向かって思いっきり両手を合わせてから、急いでその場をあとにした。

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