16話 お祭り
二人して遠足に行くように、騒ついたいつもと違う、いつもの道をしばらく歩いて、今日は好意的な遮断機と警報を待ってから、踏切を渡り、静かな住宅街をしばらく歩いて行くと見えてきた。
視界の遠くの方まで屋台が並んでいる。桃色の花飾りと色とりどりの笹飾りが連なって風に舞う。
段々と夕日で色づきはじめた薄明るい空に光は散らず、提灯の明かりが杏色に靄り、六三七年続く伝説に思いを巡ぐらせる——
一歩一歩と祭囃子は大きくなっていき、笛のメロディにテンポのよい鉦と下打ち太鼓に心が躍るけど、ふと懐かしさと湿っぽい感情に刹那の一しずくが落ちて波紋を広げた。
「七、七。すっごい人」「やばいね——」
私たちは星崎神社へと足を進めていた。町内は通行止めとなっているため、いわゆる車が走る道路の真ん中を歩いている。すでに人と祭りの騒音で、通常の声量では会話できなくなっていた。
——太鼓の振動と心臓の鼓動をシンクロさせ、自らを鼓舞するかのように石畳の階段を上がって行く。
境内は厳かな雰囲気だった。
緑深い砂利道が広がり、辺りは森林で覆われ、全く別の世界だと思った。不恰好な感情も少しは洗われる気がした。ジャリジャリと音が続いた。
玉砂利の『玉』は、魂と御霊という意味だと聞いた覚えがあった。
じゃりは、君が代にでてくるさざれ石のことだということも。神聖なる石を一歩づつ慎重に踏み込んで行き、何だか神様に見られてるような気になって身体に力が入った。
ちなみに神社の神様は天津甕星神で、日本神話に登場する星の神様である。
また一つ鳥居をくぐると、こちらも右も左も屋台と露店でごった返していた。目の前には子供たちが数人、散らばってしゃがみこんでいる。皆、スーパーボールをすくうために、針金の枠に薄い紙が張りついた『ぽい』を手にしていた。
「お父さんもやってー、もう一回ー」
幼ない声が耳についた。私の膝丈くらいの身長の女の子。隣で女の子を気にしながら張り切っているのはお兄ちゃんだろうか。
——不覚だ。ここでもやつがちらついてしまう。
ここ何日か取りつかれたように思い出していた。
こんなときにまでと、他ごとを考えてみるけど、思考は振りほどこうとすればするほど執着して、蜘蛛の巣みたくまとわりついてきた。
だめだ、とすぐに観念した。不思議と受け入れたとたんに映像が鮮明になっていった。
昔、無駄に集めていたスーパーボール。大小さまざま色とりどりのボールがバケツ一杯分もあったと思う。でも、熱心な収集家ではあったけど、ボールすくいの方はてんで駄目だった。いつも快晴が器用に、ひょいひょいと、すくっている横で、私は即どぼん、と失敗をした。
そのあとは、お約束のように大泣きをしてから、お父さんにおんぶ——
あの頃は我ながら情けない小学生だった。
泣いては、おんぶばかりだった。
どうしてあんなにも泣けたのか自分でも不思議だ。ひょとしたら——あの頃に泣きすぎて涙が枯れてしまったのかもしれない。
「七ーどーするー?」
小春の声が大きくなった。それくらい張り上げないと耳に届かない状態だった。すごい人だかりができていた。うっかりとよそ見なんてしようものなら波に押しつぶされそうな勢いだ。
あと、こっちはだいぶ煙たい。
えーと、と口にしながら、私は匂いにつられるがままに、辺りをなめるように見回した。まずは腹ごしらえだ。
「お腹ぺこぺこだってー。早く~」小春が急かすように服を引っ張った。
たこ焼き、焼きそば、フランクフルト、クレープにかき氷。チョコレートバナナもあった。私は玉せんも大好きだった。ぴかぴか光る『電球ソーダ』なるものもあった。電球型の容器に色鮮やかなドリンクが入っている。ぐるーっと一通り見て思った。これは……
「小春っ」
私の興奮気味な声に小春が反応して目が合った。
そして小春は、へへへと、悪そうな顔をして言う。「おっ、今年もいっちゃいますか?」
そう、これしかない。
「ストレス発散発散っ」
私の弾む声に、二人でうなずき合い声が重なる。
「全部食べっ!」
だ。