13話 八年前-るるぽーと.4
「制限時間は三十分ですー。鍵を見つけた人は出口で教えて下さいねー」
がんばってね、と優しく微笑む受付の女の人に、お椀と宝石を入れる小袋を受け取ると、快晴は「よっしゃーー」と勢いよく走って行く。
「よーし、おれたちも行か!」
お父さんは私の手を引いて「隕石ゲットするぞ」と、私の頭をちょこんとした。
よしっ、絶対に隕石を見つけるぞっ。
私には、石でできた水槽はとてつもなく大きく感じた。中には水と砂がぎっしりと敷き詰まっていた。
この中に宝石が埋まっているのか……
私は前のめりになって水槽の中を覗き込んだ。
すると、ん? この手触りは……
水槽の縁に触れた感触に違和感を覚えた。固くはなかった。本物の石ではなかった。
水槽は石の模様がプリントされたビニール製だった。
辺りを見回すと、各々散らばってそれぞれ思うがまま砂をかき分けまくっている。どちらかといえば、大人が騒がしい気がした。
快晴は、一人でピラミッドの中へと入っていった。私たちは人のいない水槽の中の砂を掘る。
ひんやりとした水が心地が良かった。私は必死になって小さな石や砂利を掻き分けていく。何度も何度も繰り返した。
しかしそれらしき石は全然見つからなかった。
「お父さん、ぜんぜん見つからないよ~?」
出てくるのは愚痴だけだ。もしかしたら想像以上に難しいのかもしれない、と思った。
「やっぱピラミッドの中なんかなー」「お父さん中にいこーよー」
それでも私たちは、一生懸命手で掻き分けて探した。
すると、そんな親子を見兼ねたのか、隣で水槽の砂利をならしてるスタッフの人が「ここにありますよ~」と教えてくれ、すぐに掘ってみると何個か石が出てきた。自分たちで探していたときには見つからなかったのに不思議だった。
あとから聞いた話では、スタッフが砂利をならしながら宝石を散りばめていたらしい。
「んー、お目当ての石もないな~」
そのあともしばらく同じ水槽の中を探索して、色とりどりの艶やかな石と、そうでない石ころも二十個ほど見つけたけど鍵はなかった。
お父さんは私のお椀を覗いてから、「よし! 中いくぞ!」と私の手を引いてピラミッドへと向かった。
このピラミッドは、薄暗い上に急な階段なんかもあったりして、足元に十分注意して進んで行った記憶があった。しかも、じゃんじゃんと泣き散らしている子も何人かいて、恐怖が伝染してきたのをよく覚えている。
ピラミッドの中は迷路のようになっていた。
壁には光る象形文字のようなものや、動物の絵、他にも様々な模様が描かれていて興味をそそられたけど、それ以上に、まず暗いっ、と思った。
ぽん、と両肩に軽くお父さんの手が触れた。
「ピラミッドも同じだな~。水槽ん中を掘って探すだけだ」
行き止まりへやってくると、外にあったものと同じ水槽があった。何人か先客の姿もあった。皆、石はいくつか手に入れて鍵を探している。私たちはその場をあとにした。
「お父さん?」
思うがままに進んで行くと、ヘンテコな絵が光っている場所にきた。よくわからないけど、私はUFOやら宇宙人の一種だと思った。
「なんか、きな臭いな~」
私も似たような感触を得ていたから、すぐに二人して夢中になって掘り始めた。
——それはほんとにすぐだった。
「お父さんっ!」
砂に埋もれていた鍵は、金色にきらりと輝きを放ち、石らしからなく光っていた。大きさは五センチほどあった。私は急いで鍵をお椀の中に入れる。
気がつくと、やった、と思わず右手を握りしめてガッツポーズをしていた。
得意げな顔だけど、ちょっと恥ずかしい、なんともいえない顔。そんな表情だったと思う。
今振り返ると、あのときにできる精一杯の自己表現だったのだろう。
そして、このあとのことはよく覚えていた。嬉しそうな表情と優しい手の温もり。今でもはっきりと記憶している。
私と同じ目線まで腰を落としたお父さんは、にこりと笑い、いぇーい、と両手でハイタッチをした。
「よし、そろそろ時間だし快晴を探すか」
お父さんは立ち上がると、「出口あっちだよ!」と私は力強くお父さんの手を引っ張り歩いて行った。
「快晴いなかったなー」
あちこち歩き回ったけど、けっきょく快晴の姿はなかった。
出口に差しかかったところで、時間終了のアナウンスが流れた。「お椀を返却のさいは、鍵を見つけた人は声かけて下さいねー」
それと何人かのスタッフの人たちは声を張り上げて、待ち侘びる次の参加者たちの誘導を始めていた。
お父さんは、誘導の仕事に差し支えのないように、「すみません、これって」と、一人のスタッフに鍵のことを教えてもらい、私たちは急かされるように交換所の列に向かった。
快晴はそこにいた。
ちょうど鍵と景品を交換していた。
「おー快晴ー」
お父さんは手を振って快晴の元に駆け寄る。
「当たりの石なんだー? 七海も鍵みつけたぞー」
私も近寄った。隕石? と想像するだけで、わくわくした。
でも、何だか様子が変だった。快晴は、ちっと舌打ちをして「くそがっ」とか言っている。
どしたの? と、私とお父さんが目を合わせて不思議に思っていると、畳みかけるように元気くんが近寄ってきた。「快晴ー! おれにも隕石みせてくれよー」
慌ただしい重戦車は全くもって障害物を物ともしない。おそらく、普通の常識のある人ならば入ってはこないだろう。ここにいる人たちは、イベントを終えた人たちしかいなかった。
太い眉をひそめる元気くんに「アイツだめだ。ガチで」快晴は首を傾げ、なんだか納得がいかない様子だった。
その合間に金色の鍵を『黄鉄鉱』に交換してきた私は、今すぐにでも皆に自慢をしたかったのだけど、どうもそんな空気でもなさそうだった。
私には不可解なお兄ちゃんたちが、何とも頼りなく見えた。
「バカ! なんだよそれ、きたねーなー」
血相を変える元気くん。
「ガチかよ、それ?」
快晴は「ガチ……」とだけ溢して放心状態——。
後日、聞いた話では、快晴が鍵と引き替えにもらった石は、恐竜のうんちの化石だったのだという。元気くんの、絶対に鍵が採れる場所、という情報の元に採掘したらしいけど。
そのあとに探索へ出た元気くんも同じ、うんちの化石を手にしている。
——けっきょく、
黄鉄鉱は金色でキラキラ綺麗な石だったけど、隕石ではなかった。
快晴と元気くんのあの顔———
今でも笑える。
私は二人が連呼していた『くそが』という言葉と、うんちの化石を重ね合わせ、笑いながら回想していた。
そのあとは何だっけな?
——あ、アイスクリームだ。
皆で食べながら小春たちを待っていた。今思い出した。
……あと、田中さんの白いハチマキ。
また笑いが溢れた。
あのハチマキは運動会に参加する人みたいだった。もちろん走る役で。
あれ? でもあれか——小春も鍵はゲットしたけど、隕石じゃなかったんだっけな……
てか、コンドライトってなんだよ。今度は笑いが吹き出た。
そんなにすごいのか? コンドライトって。宇宙からってのはロマンがあるっちゃあるけれど。
——そういえば。
帰り際……
何かざわついてたな。
人だかりが出来ていた。
「ミャオ……」
おまえじゃない。魔女の猫。
私は部屋の中に入れるように、窓を少し開けた。どうせな来ないのだけれど。一応、形だけ。
私はそのままベッドに、ごろんとする。
——あ、思い出した。
私と同じくらいの背格好の男の子。いかにも頭の良さそうなメカオタクって感じで、絶対いいとこの子の。その子が一つしかない当たりの鍵を見つけたんだ。
あと隕石も見つけたのか、皆で、すごいすごいって騒いでた。
——鍵の景品は、たしか天体望遠鏡だったような。
快晴は「へっ、どーせ父ちゃんが張り切ったんだろ」とかケチつけていたけど。
あの男の子……
くしゃっと笑う顔が印象的だった——
ずーっと星、眺めてそうな。
そんな感じだった——。
「ミャオ……」
「はいはい、忘れてませんよ~。いつ見ても素敵な目をしてらっしゃいますね~」
こいつはかまったらかまったで嫌がるくせに、相手にしないとそれはそれで可愛く訴えるように鳴く。
すっかりこいつの手のひらの上で転がされてるな私は、と思いつつそのまま魔女の猫を覗き込んだ。
透明度の高い澄んだ瞳……
夜だと妙にミステリアスに見えた。
私は身体を伸ばし机の上のブレスレットを手に取った。
魔女の猫の瞳と同じ色……
手首につけて眺めていると、天井についた白い円盤型のシーリングライトの光と相まって引き込まれる。
そして、はっとした。
——これ。
メカオタクきっかけでもらったんだ、と。
お父さんが「もう家に帰ろうか」と口にしてから、メカオタクに三人で背を向けて歩いているときに、私が大泣きをしちゃって。
そうだ、涙腺崩壊してやったんだった。
緊張の糸が切れたのもあったけど、悔しかった。何となく隕石=竜の石、というような期待もあったし、いまさら引くに引けずに「私も隕石ほしいーー!」と、大グズりしたのだった。
そのあとは、やれやれ、と困惑したお父さんに、駐車場に停めてあった車まで、おんぶしてもらった。
快晴には「小一にもなって、おまえバカか」とか言われたけど。
そのあと近所のケーキ屋さんにも寄ってから、シュークリームも買った。
——で、家に着いてから、この石をもらったんだ。
お父さんに、「おれがずっと大切にしてたやつだ。大切にな」とか言われて。
隕石だと聞いて当時はすっかり信じ込んでたけど、あとで調べたら、どっからどう見てもアクアマリンだということにいきついた。
それからは毎日のように、お父さんと星を眺めていた……
流れ星を見つけては願い事をしていた。
何だっけ? 願い事は。
頭の中で回想してみるけど思い出せなかった。
私には、百三十八億年前に宇宙がビッグバンと呼ばれる大爆発によって誕生したことくらい、途方もない歳月が経っているかのように思えた。
まただ——
私はベッドに寝そべって、どうしたものか、とブレスレットを漫然と見つめていた。
——こんなとき、きまって悪魔はやってくる。