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11話 八年前-るるぽーと.2

 車で二十分。るるぽーとへやってきた。


 店内は平日のせいもあってかいつもより人が少ないように感じた。子供連れのお母さんがちらほら見受けられる程度だった。家電量販店の電化製品たちの賑わいがえらく目立って見えた。


「おっ先っーー」


 声を上げるなり快晴は走り出して行った。

 ちかちかちかちかと騒々しく、何かを訴えてくる大きな液晶テレビたちに気を取られたせいで、私はまたノリ遅れた。


「おーい、快晴走るなーー。危ないぞーー」


 お父さんの声は届くこともなく、快晴は目の前のエスカレーターを一直線に走って行く。

 私は必死に追いかけたけど、さすがに快晴の足には勝てない。というより、かけっこは苦手だ。——いや、見栄を張った。運動全般、得意ではなかった。


「七海ー、気をつけろよー。石屋さんだからなー」


 私は、はーい! と、出せるだけの声を張り上げ、振り返ることなく慎重に出来るかぎりの速さで足を進めた。

 けれども……

 やっとの思いで、石の店にきたのに快晴の姿は無かった。

 辺りを見る限り、同年代の子が一人、二人お母さんと一緒にいるくらいだった。私は周囲を何度もキョロキョロとするけど、やっぱり人影はなかった。不安はつのるばかりだった。

 そんなとき、聞き覚えのある声がした。「七ちゃん?」

 私は反射的に後ろを見た。

 すると小春が立っていた。驚いた顔をしている。

 当然、私も驚いて振り返った勢いそのままに言葉が出た。


「小春ちゃん! なにしてるのー?」

「パパといっしょにお買い物ー。七ちゃんはー?」

「七は快晴のお買い物についてきたー」


 夏休みで顔を合わせてないせいだろうか。私の気持ちは弾んだ。小春からも伝わってきた。


「ねー一緒にあそぼーよー」小春は私の手を引っ張って行く。

「いこー!」引く力と駆け出す速さに、私の気持ちも引っ張られていった。


「どこにいたのー?」


 私の問いかけに快晴は見向きもしなかった。

 『石ころハウス』の看板がかかった店内は、すぐに全体を見渡すことができ、快晴を見つけることも簡単だった。でも、ずいぶんと道草を食った気もするけど……

 私たちは、石ころハウスに来る前に、二件隣のおもちゃ売り場を経由してきていた。

 ピンク色のキラキラドレスを体に当てみたり、頭にティアラをのせたりと、私たちはすっかりプリンセス気分を堪能してからやってきた。キラキラかわいいー、と言う小春の言葉で、はっとして、慌てて石の店へやってきた次第だった。


「ねー快晴ー、探したよー」


 私はもう一度しらじらしく問い詰めた。

 しかし快晴は「わるい、ちょっとゲーム見てた」とだけ悪びれることなく応え、熱心に直視を続ける。

 なにを見てるんだろ? 私も同じように視線を移した。


 ただの石ころ……


 覗き込んだ先の棚には、隙間なく並べられたたくさんの石と、『こちらは原石コーナーです!!』とややラフな文字体で書かれたPOPの紙に目がついた。

 いくつか手で触れてみるけど、どれもごつごつとしていて手触りいいとは言えなかった。輝きも周囲にある石と比べて輝きは見劣しているし、形も不恰好な物ばかりだった。

 私ならもっと宝石みたく光輝く石がほしい、と思った。

 現に店の中はキラキラした天然石やパワーストーンのアクセサリーが店いっぱいに溢れていたし、足元にある、石ころすくい、と書かれた籠の中にあるたくさんの小さな石でさえキラキラとしていた。


 私なら絶対こっちだ。


「快くん、なに見てるの?」


 小春も訊いて一緒に覗き込んでいる。


「どれにしようか悩むんだよなー」


 なんだろこの感じ……

 変にお兄ちゃんぶった感じに振る舞う快晴が、私には何だか鼻についた。


「まじかっ。これなんか激レアだぞ⁈」


 そんなお兄ちゃんを見て、私は恥ずかしい思いに駆られる。いちいち大袈裟なんだって……

 そのへんに落っこちてる、ただの石ころじゃんか、と私は思った。

 すると小春は、五百円玉くらいの石を一つ手にする。


「小春はこれがいいー」


 ごろごろとした石で色は黒色。質感はややマットな感じだろうか。やっぱり私には道端で転がっている石ころにしか見えなかった。

 でも意外だな、とは思った。理由は小春の普段の装いからは想像つかなかったからだった。

 小春の今日の装いも、薄いピンクのワンピースに、頭にはお花の髪飾りと可愛らしいかった。


「ガチか! モリオンかよー! それ黒水晶だぜ! ガチでチートやん」


 快晴お兄ちゃんは興奮している。

 なんでだろ?

 身内がはしゃぐと恥ずかしくなるのは。

 おそらくモリオンと黒水晶は、同一の物を指しているのだろう。私はこれ以上火に油を注がぬように、少しずつ距離を取っていった。


 しかしこの場はもっと熱を増すこととなるのであった。


「あ、いたいたー」


 お父さんはケロっとした表情をして、わざとらしく小走りして現れた。


「わるい、わるい」


 遅くなったことを悪びれる様子もない。言葉から、私たちとはぐれたことを良い口実にして、あらかた自分の興味のある店を見てきたのだろうと推測をした。

 そう、お父さんは、超がつくほどにマイペースな人間で、悪く言えば、ただの自己中、だと自分でよく口にしていた。

「お父さん、遅いよー」

 私はお父さんの手を引っ張った。すると背後から声が聞こえる。


「小春ーー、遅くなってごめんーー」


 小春のお父さん。田中さんである。

 こちらのお父さんは星宮家とは対照的で、物腰穏やかで、表情からは本当に申し訳ないと思っているのだというのが伝わってきた。

 パパには一度も怒られたことがない、と小春が言うのも納得できる気がした。


「あ、どうも田中さん。いつもお世話になってます」


 この二人はかねてから相反する性格のような気がしていた。そのせいか、二人はいつもどこかぎこちなく、共通の話題もないのかなっと私は思っていた。


「あー、星宮さん。こちらこそ小春がいつもお世話になってるようで」


 やはり、二人のやり取りは滑らかではない。苦手意識をヒシヒシと感じた。続けて出てくる言葉もなさそうだった。

 ほんの数秒の間も居心地が悪いのか田中さんは、「じゃ小春、お母さん待ってるから帰ろうか」と、田中さんは控えめに言葉をかけた。

 私は、小春と別れるのがちょっぴりさみしかった。でも子供ならがに受け入れた。これは仕方ないことなのだと。


「わかった」


 返事をした小春も同じ気持ちなのだと思った。

 田中さんは腰を低くしてから、そっと小春に手を差し出す。


「七ちゃん、またね」

「うん、またね」


 私が言葉を返すと、田中さんは小春の手を引こうとする。でも、なぜだかやめる。

 田中さんの表情は、小春の手にしている石を見た途端にみるみると表情が強張った。


「こ、こ小春っ! それ、モリオンじゃないか!」


 見るからに興奮していた。目を見開いて鼻息も荒い。


 いや……あんた、どんだけ石好きなんだ。


「快晴くん、天然石好きなの?」


 どれどれ、と身を乗り出し、これは本物だなと、頷いて覗き込む田中さんの姿はどこかの大学教授みたいに見えた。メガネをキラリと光らせる。


「今、学校で流行ってる。ガチで」

 そう快晴が答えると、「ひょっとして田中さんもですか?」


 こっちも意表をついてが割り込んできた。


「お好きなんです? 天然石?」


 二人は顔を見合わせた。

 お父さんの好きな石は、本人の誕生石のシトリンだ。るるぽーとへやって来る道中で、そう話していた。


「お恥ずかしながら私も小学生の頃から好きでして」


 田中さんは、ははは、と照れ臭そうに笑った。そしてここからモリオンの石について熱心に語り出した。

 モリオンは希少で偽物がよく出回っているのだとか、人気があるにも関わらず産出量が少ない邪気祓(じゃきはら)い効果をもつ石の中でも最もすごいのだとか、邪気、悪念、不安、恐怖、あらゆるマイナスエネルギーから持ち主を強力に守ってくれるから最強の石なんだとか。

 田中さんは、とにかく子供の頃から、ありとあらゆるパワーストーンを集めてたんだと豪語する。

 絶対……息継ぎしてないだろこの人。顔真っ赤だ。


 すると、こちらも続いた——


 お父さんも小学生の頃に、おまじないが流行っていて、『マイ バースデー』というおまじない雑誌を見て天然石の効果とか調べていたのだとか。それからしばらくして、天然石とか誕生石とかのアクセサリーの店が流行りだして、また天然石好きに火がついて、ありとあらゆる石を調べ始めたのもこの頃なんだと。 あと、シトリンは十一月の誕生石で、古くから用いられている和名(わめい)は『黄金水晶』といい、子供ながらに名前の響きが格好良くて友達に自慢してたのだとさらに熱量は増していった。

「父さん、黄金水晶チートすぎ! ガチで」

 ガチ、とか、チート、だとか、こいつはさっきからなにを言ってるんだ……


 快晴も十一月生まれだった。


「それな!」


 今度はお父さんがおかしなことを言い出した。


「父さん、上手い上手い」

「お、使い方あってた?」


 快晴は嬉しそうに照れながら言う。「それな!」と。


 ——どうもこの時期、学校で、それな、という言葉が流行っていた。ブームは半年と経たずに終わったと思うけど。

 

「父さんーありがとー」


 快晴は黄金水晶を手にして喜び、小春は黒水晶を買ってもらってご満悦だ。

 けれども私は何も買ってもらえなかった。

 自分の誕生石がほしい、と懇望したけど駄目だった。今日は快晴のお祝いという手前できたのだからと言われて。

 自分だけ仲間外れにされた気持ちになって涙が頬を伝った。頭では理解しているのだけれど、私はその場を動こうとしなかった。


「七海ちゃん、七海ちゃん」


 見かねたのか、田中さんが優しく肩をトントンとして、あれあれ、と指を差した。


「ここで天然石ゲットできるんじゃないかな?」


 レジの横に貼られた告知には『いざ宝石探し! 隕石をみつけろ!』と書いてあった。

 小春も訊いて一緒に覗き込む。

 見ると、なにやら砂がしきつめてある箱のような中から、天然石を掘って見つけるイベントみたいだった。


「父さん! これ、コンドライト出るんだって! ガチで」

「まじか!?」


 驚くお父さんに「ガチ。元気(げんき)のやつが言ってたからガチ」と快晴は返す。

「本当? 快晴くん!?」「ガチ、ガチ」と快晴は田中さんに答える。


「コンドライトってなに?」


 まるで異世界に迷い込んだかのような雰囲気で小春が訊くと、大きく目を見開いた田中さんは、小春の両肩を掴んでまじまじと話し始めた。


「コンドライトは太陽系が誕生したときに宇宙を漂っていた物質のしずくが固まったもので、この岩石が四十六億年もの間ほとんど姿を変えずに地球に落下したものがコンドライトと呼よばれる石質隕石なんだ。コンドライトは、太陽系誕生の頃の物質が固まった太陽系のタイムカプセルのような隕石なんだよ」


 隕石と聞いて、私はすぐに竜の石を思い浮かべた。

 でも、口に出すのは控える。


「隕石ほしい!」


 小春がぴょんぴょんと跳ね上がると「よし! 参加しよう」と田中さんは力強く言う。

 二人のやり取りを側に、私も「七海も隕石ほしい!」とお父さんの手を握り、おれもおれも、と快晴も続いた。


「決まりですな。星宮さん」


 田中さんとお父さんが目を合わせる。

 そして、お父さんは、「ですね!」とにこりと笑ってから「よーし! 明日も、るるぽーとだなっ」と言った。

 こうして奇しくも私たちは、宝石探しイベントに参加することとなったのだった。


 ——あのときのお父さんと田中さん、おかしかった。

 少年時代にタイムスリップしたかのような、それこそ天然石みたいに輝いていた。

 これがきっかけで、星崎神社のお祭りでも、二人はえらく意気投合して楽しんでいたのを記憶しているし、このあとだったかな?

 お父さんがお祭り小屋を新装したのは。

 快晴も『おれも手伝う!』とか言って、お父さんの作業を何度も見に行っていた。今でも地域の人たちに感謝されるくらいだから快晴はさぞ鼻が高かったのだろう。

 てか、この頃の快晴が言う、おれ、って発音、変だったな。

 通常は『オレ↓』。『レ』を下げるよね? 快晴のは『オレ↑』。『レ』が上がっていた。何でだろ? 今は通常の発音なのに。

 まあ、知らんけど。


 宝石狩りか……


 パワーストーンも流行ったけど、

 これも一年と経たずにブームは去ったと思う。

 しかし——あの日も暑かったな……。

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