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10話 八年前-るるぽーと.1

 八年前の夏。

 チリンチリンチリンチリーンッ——

 もっと丁重に扱ってくれと言わんばかりに鳴り響くドアベルと共に、快晴が家の中に飛び込んできた。「父さーん! 父さーん!」

 まるでベルの音と張り合ってるようだった。その音に助長されたかのように、玄関へと向かって行くお父さんを私は追いかけた。


「おーどうだー? 合格したかー?」

「じゃーん!」


 と快晴は見せつける。教科書くらいの大きさの紙には『一級合格』の文字が書いてあった。


「やるなー。さすが快晴だなー」


 お父さんは快晴の頭を手でクシャクシャした。髪の毛は濡れたままでビショビショだ。

 快晴は照れ臭そうに、やめろよー、とお父さんの手を嫌がる素振りをしているけど、嬉しそうな顔をしていた。

 目には、スイミングの青いゴーグルがついている。


「楽勝だって余裕、余裕!」

「よく言うわ。泳法の順番間違えたくせに」


 お母さんも帰ってきた。小馬鹿にする態度に快晴は、うるせー、と悪態をついている。


「先生のご好意で合格にしてもらえたけど。技術は申し分ないって」


 お母さんは、そう呆れた顔で言い放ってから、今日も暑すぎー、と手で顔を仰ぎながら私たちをよそにして、靴を脱ぎ真っ直ぐキッチンへと足を運んだ。

 すぐに冷蔵庫を開ける音がした。


 ——この頃の玄関は清潔感があった。

 靴の方向は全部統一されてたし、お母さんの靴が三足も四足も転がっていることもなかったと記憶している。


「まあ、合格もしたことだしお祝いだな!」


 お父さんの言葉に、快晴は、やりぃー、と飛び跳ねた。五年越しで最終関門を突破したのだから嬉しいのは当然のことだった。

 ちなみに、習い始める前に『一級合格したら辞めていい』という約束を交わしている。

 当然、私もだった。

 絶対に合格するまで辞めちゃ駄目よ、とお母さんに念を押されていた。お父さんには、楽しくないなら辞めていいよ、とは言われていたけど。


「父さんー。約束してた石、今からじゃダメー?」


 リビングへ向かうと、鼻息荒い快晴がお父さんに詰め寄った。

 お母さんはもういなかった。テーブルの上のコップは汗をかいていた。


「父さん今から行こ行こ!」「七海もいくー!」


 快晴の大きな声に負けじと私も続いた。

 お父さんは少し困った表情をしていた。超がつくほどマイペースな人間だ。これから家を出ることは想定してなかったのだと、私は思った。


「これからかー? すぐに夜ご飯の時間になっちゃうぞー?」


 言ってお父さんは、ふうーと大きく息を吐き出してから、北欧風というか若草色のソファーにゆっくりと座り一点を凝視していた。

 何か考え事をしているようだった。

 頭の中で、残りの今日一日の予定を組み直しているのか、目の前でふざけている私たちの変テコな歌や変テコな踊りも、視界に入っているのかすら定かではなかった。

 でも、このパターンはおそらく有りで、私はふざけながらもお父さんの様子をちらちら伺い、これはいけるな、と思った。

 私の直感は良く当たった。

 それから、ゆっくり十秒経ち、お父さんは膝に手を当てて立ち上がり「よし! 行くかー」と言うのである。

 私の直感は良く当たる。

 お父さんは、やれやれといった顔をしてるけど嬉しそうだった。表情で見て取れた。


 ——私はそんな顔を見ていつもニヤニヤしていた。


「もーあまり遅くならないでよー」


 キッチンにきていたお母さんは、やれやれと呆れた顔をしている。


「よっしゃー! 七、行くぞー!」


 もう快晴は走り出していた。待ってましたと言わんばかりに、一目散にリビングを飛び出し玄関へと向かって行く。

 しまった。ノリ遅れた。

 チリンチリンチリンチリーンッ。

 ふたたび激しく鳴り響いたドアベルは嫌がるけど、「快晴ーまってよおー」私は気にすることもなく必死に快晴を追いかけた。

 それと同時にお父さんの大きな声も追いかけた。

「快晴ーー! ゴーグルは外してけーー!」

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