8話 竜の石.2
「快晴と七海は今年、山車引くのかー?」
しばらく、食べながらたあいのない会話が続いたあとに、お祭りの話になった。
お祭りでは星崎神社の縁起書に残る『七星』にちなんで、七台の山車が町内はもとより国道を通行止めにして催される。その絢爛豪華な彫刻が施された山車は、県外からも一目見ようと見物客がやってくるほどだ。
「やるやる」快晴が口にしたあとに、私は、まだ未定~、とだけパピヨンに答える。
悪気がないのはわかるが、思考が現実逃避してる今は、勉強の話は避けたかった。パピヨンも若かれし頃は山車を引いてたことから、この話題は長引くことが予想される。
他の話はないものかと考えを巡らせる。そのときだ、救われたのは。
「頑張れ! 快晴!」
ここで楽園の老婆の登場だ。
「いよっ! 快晴っ」マリアの突拍子のない言葉に、快晴は、任せて下さい! と皆に腕っぷしを見せびらかしている。
ここぞとばかりのタイミングだった。さすが伊達に長生きしてないわ~、と私は上から目線で褒め称え、安堵してからラーメンをすする。
一気に魚介だしと豚骨を組み合わせた独特の風味が、鼻から頭へとに抜けていくと、思わず声が漏れた。
「おいひぃ~~」
東海地区のラーメンといえばこれだろう。それに加えて、このセットで付いてくるデザートだ。
白玉ぜんざいの上にのったソフトクリームを、私が上品に口へと運ぶと、甘すぎないさっぱりしたミルク味が口の中でとろけた。はあああ、このまま昇天しそうだった。
するとパピヨンと目が合った。驚いた表情で見ている。
「はあー? 七海はデザートを先に食べるのかー?」
真面目な顔で言うから少しおかしくなった。
「アイス溶けちゃうじゃん。てか、この塩味と甘さ加減が絶妙なんだって」
私はソフトクリームを一口入れる。
「パピちゃんもやってみたらー? おいしいかもよー」
にやにや茶化すマリアに、パピヨンは、はあー? しか言わない。
「今、流行ってるんだって!」
何かを知った風のお母さんは、ちょっとまってよー、と得意気にスマホをタップし始めた。
「はあー? そんなの目立ちたいだけだろー?」とパピヨン。
マリアは、炎上? 炎上でしょ? と皆をじろじろと見て目を合わせようとしているけど、私が思うに、おそらく微妙に意味合いが違う。皆の素振りからもそう読み解けた。
慣れた手つきで操作するお母さんは、その辺の噂好きのおばちゃんにしか見えなかった。
「あったあった!」
皆、お母さんに注目する。
「ソフトクリームとラーメンは不思議とマッチする味わい。ソウルフード奇跡のコラボ。ラーメンにソフトクリームを入れると激ウマ説は本当だった。だってぇー」
まるで雑学王にでもなったかのような振る舞いだった。
「ラーメン台無しじゃーん」
パピヨンは否定するも、「マリアちゃんもやってみようかしら」「おれも密かに美味いって思ってた派」
肯定的なマリアと快晴に、
「はあー?」
と、パピヨンは眉を寄せる
そんな不満顔のパピヨンにお母さんは、まだある! とスマホちらっと見せた。
ちょっと待って、と熱心に操作している。今度はただのお節介ばばあに見えてきた。
そんなコントをよそに、私はとんこつ特有のクリーミーで白濁したスープを一口含み、ソフトクリームを一口運ぶ。
……おいしーー。やっぱこれ考えた人、天才だわ。
「これこれ見てっ!」
お母さんは、ほらほら、と身を乗りだし皆にスマホの画面を見せる。
「もっとすごい人いるって!」
天才を超える天才……
皆、言われるままに覗き込んだ。
え、何これ? 画面にはラーメンの器の中にソフトクリームが真っ逆さまに突き刺さっていた。
芸術? アートというべきか……
画面からは何ら迷いは感じられなかった。激しくロケットがラーメンにズドン。
コーンの部分もラーメンと一緒に食べるのだろうか?
私はサクサク食したい。絶対。こんなのなんだかぞんざいだと思った。
これには満場一致で、「はあー?」となる。
何度すくってもスープの中の麺がフォークにかからなくなったとき、お母さんが「二人も来るの?」と訊いた。
食事も終盤にさしかかり、皆コップを手にして口直ししていた頃だった。私はショルダーバッグからウェットティッシュ取り出し、手元を簡単に拭いて帰り支度を始めた。
「もちろん! 去年の分も楽しまなきゃね」
お母さんの問いに、マリアは親指を立てている。
そんなことを言われると、勉強を放り投げてでもお祭りに行きたい気持ちになった。
「ほんと去年の天気おかしかったからねー」
そう言ってお母さんは水を飲む。
「異常気象、異常気象。あんなゴロゴロ、ピッカピカの雷、マリアちゃん初めて」
マリアは目を大きくした。
そう、たしかに去年は異常気象といわれた台風がいくつも発生したり、全国各地で局地的な大雨に見舞われたのだった。
「なにか不吉なことが起きないといいんだけどな……」
「日本沈没……なんてねっ」
お母さんは、パピヨンの言葉を笑い飛ばす。
でも、パピヨンが言うのも一理あるかもと思った。そもそも星崎神社で祀られている石は、神様の竜が落ちた物とされているわけで、雷雨は神様が怒ってると考えてもなんら不思議でなかった。
私は、ふと疑問に思う。
「神社に落ちた隕石って、ほんとにあるの? 」
ご神体の竜の石。唐突すぎる気もしたけど思いのまま口にした。皆の視線が私に集まった。
「んなのただの伝説だって」
快晴は言って、うどんの汁を飲み干した。少し蔑んだ感じだった。
「本殿のどこかに眠ってるとは聞くけど」
お母さんの言葉に、快晴は、ないない、と手を横に振る。
「ま、だれも見た人いないからね」そーそーと快晴はお母さんに相槌をしている。
やっぱ、伝説はただの昔話みたいなもんなのかな……私も思い当たる節がなかった。
これ以上、蔑まれたくない。私は話題を変えなきゃ、と、お尻の位置を奥にずらして椅子に深くもたれかかり、小さく息を吐いてから、気持ちを切り替えようとした。
そのときだった。
「マリアちゃんあったわー」
「え?」
私は顔を上げ、体を前のめりにしてマリアを見た。すごく得意気な顔をしている。
「ほんと?」
訊き返した私の言葉が面妖だったのは、実のところ、地元では暗黙の了解で、石はない、というのが常識となっていて、この話をする人はほぼいないからだ。
学校で、石はある、なんて言おうものならクラス中から馬鹿にされるのがオチで、自分もその一人だった。
「そういえばキラッキラした石、マリアちゃん見たことあるのよ~」
「何それ、めっちゃ初耳なんだけど! マリアちゃん、すごいじゃん」
「はあー? それほんとかぁ~?」
お母さんとパピヨンも初耳のようだ。
私も腕組みをしたまま、キラキラした石を想像した。
「ずいぶん前の話だけどね~」
「いつ?」
平静を装ったつもりでも、テーブルの上の私の両手は力みで汗ばんでいた。
少し間を置いてから、マリアは、小学校……一、二年生くらいかな、と言った。
するとお母さんが茶化す。
「マリアにもそんな頃があったんだ」と。
「当たり前じゃな~い。マリアちゃん、お人形さんみたいに可愛かったんだから~」
てへ、と舌を斜め上に出してマリアは照れ臭そうに謙遜した。
「で、どこで見たの?」
お母さんは、じっと見て確信に迫った。
「マリアちゃんのおじいちゃんに見せてもらったんだ~」
おじいちゃん?
たしか——呉服屋をやっていたと聞いた覚えはあったが、私にはさっぱりだった。謎は深まるばかりだ。
「んー……マリアちゃんの家だったかな~」
「家?」快晴はそう訊いて水を飲んだ。
「そう、お家。ねえ? パピちゃん?」
はあー? パピヨンは含んでた水を少し吹き出す。
「おれは知らんわあー」と笑いながらマリアの方を見ている。
「じいじの家?」
お母さんの問いにマリアは少し詰まった。
「そう、じいじのお家だったと思うけど、大昔の話だからマリアちゃんの記憶曖昧かも~」
そう言うと、マリアはコップをテーブルに置いて腕を組んだ。首をかしげながら可愛こぶっている。
「てか、なんでじいじの家に竜の石があったん?」
何だか、はぐらかしている様子のマリアに、快晴が真面目な顔で訊いている。
「大昔の話だからな~」
私は、なあーんか雲行きが怪しいかも、と思った。
皆の視線を浴びるマリアは、んー……と少し間を置いてから続けた。
「厳密に言えばなかったかな」
「なかった? どういうこと?」
お母さんの声が大きく響いた。
私の頭の上でキラキラした石がぐるぐる回る。
「マリアちゃんが見たのは絵なのよ~。おじいちゃんが描いてくれた」
「絵?」皆の口が揃った。
私には理解できなかった。じいじの空想、という認識でいいのだろうか。
「そうなのお~」
「もーマリア紛らわしい!」
マリアはお母さんに向かって、てへっとまた舌を出してぶりっ子する。
「はあー? ほんと紛らわしいわ」「なあーんだ」というパピヨンと快晴の声も落胆している。
「ごめんね~。皆んな真剣な顔するからなかなか言い出せなくって~」
マリアはお茶目にきょとんとしてから、
「よし! 次はショッピング、ショッピング」
と、今度はちょこっとだけ舌を出して、てへっと笑って見せた。
この顔、絶対悪いと思ってない。
はああー。結局、真相は闇のままか……。