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5 駄目王子脅迫

 それから一週間後、フレデリカが一人で店にいると、いきなり三人の兵隊が店に入ってきた。白い制服は城の近衛兵のものだ。

「この店の薬師だな」

「はい、そうですが。何のご用でしょう。怪我のご相談には…、見えませんが」

「一緒にご同行願おう」

 兵はフレデリカの都合も聞かず、用件も言わずにいきなり腕をつかむと馬車に乗せた。馬車の進む先には城が見えた。


 そろそろ戻るだろうジョシュアに置き手紙の一つもできなかった。ジョシュアが留守なのはちょっとタイミングが悪かったが、いたらいたで大騒ぎになっていたに違いない。

 時期からして、あの強引な女の「パック」の効果が出た頃だろう。劇的に効いて全部買い取りたいと言うか、副作用でも出て首をちょん切るつもりか。何にしてもまるで罪人のように強制的に馬車に詰め込むこの行為にフレデリカは怒りを感じていた。しかし、短気を起こすにはまだ早い。ようやく貯金を取り崩すことなく、店の売り上げだけで食べていけるようになったところだ。


 王城に普段着のまま連れて来られ、着替えもしないということは、王を相手にした商談といった穏やかなものではないだろう。

 フレデリカは前後を兵に挟まれ、城の中の一室に連れて行かれた。そこには王と言うには若い男、おそらくは王子と、先日「パック」を買いに来た女がいた。

 左右に立った兵に腕を捕まれてその場にひざまずかされたが、推定王子が手を振ると両腕をつかんでいた手が離れた。

「よく来てくれた」

 フレデリカは何も答えず、表情も硬かった。それをおびえているとでも誤解したのか、二人の態度はむかつくほどに尊大だった。

「先日、このアガーテがおまえの所で買い求めた商品が実にいいと褒めちぎっていてな。王家の御用達にしてやろう。ありがたく思え。今後王家が独占的に取り扱うので、言われた量を準備しろ」

 アガーテという名の女は満足そうに笑い、推定王子に甘えるように頭をもたれかけていた。しかし

「無理です」

 フレデリカの端的な一言に、二人は固まった。


「…失礼ながら、あれが何をするためのものかご存じですか?」

 フレデリカの問いに、アガーテは

「なかなかいいパックだったわ。寝る前に貼ったら、翌日には効果満点だったわよ。せっかく殿下にお話ししたのに、出し惜しみするなんて、王に対して不敬だわ」

 フレデリカはフッと乾いた笑い声を上げた。

「王がパックをなさると?」

 フレデリカのバカにした物言いに、推定王子はフレデリカを睨みつけ、

「ばっ…」

と言いかけたが、全く笑っていない目のフレデリカに威圧され、言葉を飲んだ。

 何でこんな街の薬師ごときに…。

 しかしひるんだのは一瞬で、気を取り直し、すっかり冷めた怒りに語気を和らげた。

「使うのはアガーテと母上、…王妃になるだろうが、王も気に入れば使うかもしれない。民の心を掌握するには、見た目も大事だ」

 するとフレデリカは納得したように数回うなずき、

「それはごもっともですね」

と答えた。

「ですが、あれは多く作れるものではありません。私一人で作っておりますし、手間暇がかかり、一つお納めするにも一週間以上かかります」

「あんなものに?」

 アガーテの面倒そうな言い方にも顔色一つ変えず、フレデリカは深々と頭を下げた。

「元は薬でございます。手を抜けばそれだけ薬効も減ります。ご理解くださいませ」

 すると、いいことをひらめいたかのように王子はうなずき、フレデリカに命じた。

「それならば、作り方を教えろ」

「それは…」

 フレデリカが慌てたのを見て、王子は胸がすくのを感じた。さっきの威圧はやはり錯覚だった。こんな女ごときに萎縮するところだったとは。自分のことながら不愉快になり、仕返しとばかりさらに強気で命じた。

「よもや教えないとは言わないだろうな。これは王命だっ」

 おまえは王か! と反論したくなるのをぐっと我慢し、フレデリカはとりあえず王子を説得してみることにした。

「薬師にとって、薬の製法は限られた信用のおける者以外には秘匿するものです。安易に作られても同じ効果を得られないこともあります。それに私の扱う素材は多少なりとも魔法が使える者でないと…」

「この城には魔法使いもいる。心配無用だ」

「ですが、」

「明日、魔法使いを連れておまえの薬を作るところを見に行く。これは決定だっ」

 問答無用な決定に、フレデリカはちっと舌打ちしそうになったのをこらえ、打ちひしがれたようにうなだれた。

「…せめて、家に戻り、明日の準備をさせていただけますでしょうか。素材をそろえておきたいのです。決して逃げたりはいたしません」

 フレデリカの頼みをアガーテは

「信用できないわ」

と一言で切り捨てた。しかし、このままここに捕らえられ、ジョシュアが動くと厄介だ。

「お疑いでしたらこれを…」

 フレデリカは首にかけていたペンダントを外し、すぐ近くにいた兵に渡した。兵はそれを受け取ると、王子に手渡した。

「これは私の母の形見でございます。明日、お越しになった際にお返しいただくということでいかがでしょう」

 それは少し古びたペンダントだった。涙の粒の形をした親指ほどの大きさのサファイア。濁りなくつややかに光輝く石にアガーテはゴクリとつばを飲み込んだ。

 これならもし逃げられたとしても、このペンダントを渡せばアガーテは満足するだろう。

「わかった。家に戻ることを許そう。明日、おまえの店に魔法使いと向かう。逃げればこれは没収する」

「承知しました。あと、お越しになる際は、魔法を使える方は三名以内でお願いします」

 いかに王子とはいえ魔法使いを自由に城から連れ出すことは難しい。せいぜい二人が限度だ。自身にもアガーテにも魔力はない。この注文を受けるのは簡単だったが、

「仕方ないな、そうしよう」

と見栄を張った。


 王子は上機嫌でアガーテを連れて部屋を出て行った。

 それからずいぶん遅れて、フレデリカは兵に連れられて裏口に行くと、用意されていた粗末な荷馬車に乗って家に戻った。



 荷馬車の馭者台に乗って帰って来たフレデリカを見て、出迎えたジョシュアは眉を潜めた。フレデリカは馭者の老人に感謝を告げると銀貨を一枚握らせた。老人は礼を言って軽く手綱を打ち、去って行った。

「隣村の金物屋のおじいさんよ。私を送るため、わざわさ遠回りを命じられたようなの。王子もバカなら使用人も大したことないわね」

「王子? 城に行ったのか」

「行ったと言うか、連れて行かれたと言うか…」

 腰につけた剣を握り、今にも城を潰しに行きそうなジョシュアの腕に手を添え、フレデリカは微笑んだ。

「まずはご飯にしましょう? もうおなかペコペコ」


 ジョシュアの用意した牛肉のワイン煮込みを堪能しながら、フレデリカは今日あったことをジョシュアに話した。ジョシュアはずっと機嫌が悪いままだ。

「それは恐らく第三王子のフィリッポだな」

「バカで有名?」

「まあ、そこそこ知られてはいる」

 運悪く、そのバカの恋人?に引っかかってしまったらしい。この国に来て一番のハズレだ。

「明日来たら、殺していいか?」

 物騒な物言いにも、フレデリカは笑みを浮かべたまま

「あなたは剣を抜いちゃ駄目よ。それも修行だと思って」

と答えた。

「明日はおもてなししなくちゃね」


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