4 傲慢令嬢恐喝
公爵家への継続的な納品が決まって六日後、フレデリカの家の前に公爵家とは違うが、貴族のものと思われる豪華な馬車が止まった。
まず侍女が降りてきて、フレデリカの店に入ってきた。
「こちらは薬師様のお店でしょうか」
「ああ、そうだが?」
店番をしていたフレデリカの同居人ジョシュアが答えると、侍女はジョシュアが薬師だと思ったようで、頬を赤く染めて言葉がたどたどしくなった。
「あ、あの、私の主人が、是非薬師様にお話があり、…その…」
明らかに自分に興味を持った態度にもそっけなく、ジョシュアは奥にいるフレデリカに
「フレイ、客だ」
とだけ告げると、さっさと奥に引っ込んでしまった。残念そうにジョシュアを目で追う侍女に、フレデリカが
「治療のご相談ですか?」
と聞くと、待っているのに飽きたらしく馬車から女が降りてきた。女は大きな羽根飾りのついた帽子をかぶり、白色のドレスの上にワインレッドのオーバードレスを重ね、鳥の羽を使った扇で口元を隠しながらもたつく侍女を睨みつけて中に入り、部屋をじろじろと眺めた。
一般的な薬師に比べると扱う薬は少ない方だが、乾燥させるために吊している薬草のせいで部屋の中には薬草の匂いが立ちこめていた。
「ここですごいパックを作ってるらしいわね」
「…パック?」
「アデルノ公爵夫人が手のしみによく効くパックを手に入れたって噂を聞いたのよ。ここを探し当てるのに苦労したわ。ねえ、私にも分けてくださらない?」
フレデリカはあのぷるぷるのシートのことだとピンときた。
「公爵家にお渡しした物のことでしたら、あれは治療用の素材で、怪我の様子を見て必要な方に必要な分をお渡ししています」
「もうすぐ公爵家に納品予定でしょ? 全部わかっているのよ」
女は居丈高く声を荒げたが、フレデリカは怖じ気づく様子もなく、変わらぬ応対を続けた。
「あれは多く作れるものではありません」
「公爵家に納品する分があるでしょう? 倍の金額を出すわ。こっちに回しなさいな」
「それはできません。信用問題に」
女は持っていた扇でフレデリカの顎を押し上げた。
「とっとと持ってくるのよ。こんな店くらい、私の力でどうとでもできるのよ。商売を続けたいでしょう?」
こういう商売をしているとよくある脅しだ。貴族は金にものを言わせ、それが通じないとなると力にものを言わせる。
フレデリカは奥の部屋に行くと、ジョシュアに黙って見ているよう合図し、試作中のシートが入った壺を一つ手に取り、店に戻っていった。
「これでよろしければ。一壺金貨十枚です」
提示された金額に、さすがに女も驚いた。
「ずいぶん高いのね」
「先にお申し出いただいたとおり、倍の値段でしたらお譲りしようかと思っていましたが…。やはり無理ですよね、こんな金額では」
フレデリカは早々に壺を持ったまま女に背を見せ、奥に片付けようとした。
「待ちなさいっ。…払うわ」
女は少し文句を言いながらも金貨十枚を払い、侍女に壺を持たせると、
「お邪魔したわね」
と言って派手な笑みを浮かべて出て行った。特別なものを手に入れた喜びと、人のものを横取りできた嘲りだろう。客ではあったがフレデリカは礼もせず、
「ふうん…?」
と意味深な笑みを浮かべた。
「何だあれは」
奥で様子を見ていたジョシュアが、片手に本を持ったまま店に出てきた。
「うちをパック屋さんと間違えてるみたいね」
「あんな奴に売ったのか? …あの手の貴族ってのは、結構しつこく、えげつないもんだぞ。ようやく店も軌道に乗ってきたところなのに」
心配するジョシュアにフレデリカはふふんと笑った。
「明日公爵夫人に納品する物は渡してないわ。別の実験中のものだけど、害はないでしょ。何の説明も聞かずに持って行っちゃったけど、貼るだけと言えば貼るだけだし」
来なくていい客は来て、待っている人は来ない。フレデリカは窓を覘きながら、
「…今週の納品、まだ来ないわね」
と溜息交じりにつぶやいた。薬の素材の納品を待っているのだ。今回はとっておきの上物がとれたと聞いているのだが…。
「裏にいるから、来たら声をかけてね」
フレデリカは家の裏手にある小屋に入った。小屋の中では今日も素材が元気に育っている。ゲージ毎に与える薬草を変え、そろそろ五番ゲージは次の過程に移る頃だ。
「みんな、いっぱい食べてね」
フレデリカの声に素材達はゆるゆると揺れ、薬草をねだった。
翌日、フレデリカは公爵家に注文の品を納めた。その日もおいしいフルーツタルトが用意されていて、フレデリカは遠慮なくいただいた。
「このシートのこと、どなたかにお話になられました?」
公爵夫人に尋ねると、
「いいえ。手がきれいになったと最近お褒めいただくことが多くなったのだけど、お話しするときっとご迷惑をかけると思って、話していないわ」
夫人の賢明な判断にフレデリカは
「ありがとうございます」
と礼を言った。しかし今日も公爵家の馬車が迎えに来ており、フレデリカが公爵家に出入りしていることは周知の事実になっているだろう。
「もうこれを注文した方がいらっしゃるのかしら」
夫人の目はフレデリカへの謝罪と共に、しつこい貴族達への対応を検討し始めたらしき鋭さを秘めていた。
「ええ、まあ。ですが誰もに同じ効果があるとは限りませんので。今回納品したものは、香りの良い素材を入れてみました。匂いをお楽しみいただける反面、効果に影響が出ないとも限りません。よろしければ、またご感想をお聞かせください」
「ありがとう。今回も楽しみにしているわ」
夫人はいつもの穏やかな瞳に戻り、にこやかに微笑んだ。