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1 公爵令嬢重傷

 レブラント王国のアデルノ公爵家の娘、マルガレーテは夜会で見知らぬ令嬢から突然グラスに入った赤い液体をかけられた。一見ワインのように見えたが、液体がかかった右の頬と右の手の甲はビリビリとした痛みを感じ、すぐに洗い流したが赤くただれ、時間が経つほど傷は悪化していった。


 液体をかけた令嬢はすぐに捕まった。自分の恋人に手を出したと言っていたが、男が勝手にマルガレーテに想いを寄せていただけ、勘違いの恋の逆恨みだった。


 貴族の令嬢の顔に瑕疵があるなど許されるはずもなく、公爵はすぐに治癒の力を持つ魔術師や神官を呼び、治療に当たらせたが、その液体には呪いがかかっており、治癒の魔法をはじき返し、効き目はかなり悪かった。それならばと高名な薬師を呼び、高い金で買った薬も慰め程度にしか効かず、もはや諦めるしかないと思っていた。そこへ侍女の一人が森の近くに住む薬師が傷によく効く薬を売っていると聞きつけ、早速その薬師が呼ばれた。


 薬師は名前をフレデリカと言った。黒色の髪を一つに束ね、栗色の服に腰から下に白いエプロンを着けたその姿は実に地味で、田舎の村娘にしか見えなかった。

「おまえは傷によく効く薬を持っていると聞いたが、本当か?」

 公爵に呼ばれながら物怖じすることなく、フレデリカは深々と頭を下げ、

「ええ、皆さんよく効くと言ってくださいます」

と答えた。

「娘の治療を頼みたい。成功すれば金貨一枚を支払おう」

 金貨一枚は平民にはかなりの大金だった。しかしフレデリカは安易に喜ばす、

「治せるかどうかは、傷を見てみなければわかりません」

と言って金額の交渉をすることもなく、早速マルガレーテの待つ部屋に向かった。


 顔の半分に包帯を巻かれ、流す涙が傷に当たらないようハンカチを手にしたマルガレーテは絶望的な顔をしていた。すぐそばにいる母親も周囲にいる侍女も皆暗い顔をしている。

「失礼ながら、傷を見せていただけますか?」

 フレデリカはマルガレーテに笑顔を向け、マルガレーテが小さくうなずくのを待った。

「きれいな布と水の準備を」

 フレデリカは侍女に声をかけると、マルガレーテが痛がっていないか確認しながら包帯をゆっくりと巻き取った。その下には薬を塗ったガーゼが貼り付けられていた。

「痛みますか?」

「少し…」

 フレデリカは慎重にガーゼを取った。傷は掌ほどの大きさがあり、真っ赤に腫れ上がり、所々紫色に変わっていた。フレデリカは傷を見ても笑顔を崩すことなく、頬についた薬草を丁寧に拭い取り、傷を水で洗い流すと、自分の鞄の中に入れていた大きな壺のようなものを取り出した。

 蓋を開けると、トングを使って中から乳白色の薄くぷるぷるしたシート状のものを取り出し、マルガレーテの傷を覆うように貼り付けた。

 ひんやりとしていて気持ちよく、しっとりとした感触。傷に触れても痛みもない。フレデリカは傷全部を覆ったシートをゆっくりと押しつけて密着させると、その上から新しい包帯を巻き付けた。

 続いて手も同じように包帯をほどくと、高価な薬を塗ったガーゼを取り、傷を丁寧に洗い流してぷるぷるしたシートを貼り付けた。顔と違って手の治療はマルガレーテにもよく見えたが、きれいにした傷にただシートを貼り付けただけ。手にも新しい包帯が巻かれ、治療は終わった。

「一週間、剥がさないようにしてください。傷のあるところがぶよぶよになり、色が変わったりしますが、そのままにして取らないように。顔を洗うこともできませんが、治ればいつでも洗えますからね」

 マルガレーテはフレデリカの言うことにこくりと頷いた。その場にいた誰もが初見の女の治療を怪しいと思うことなく、藁にもすがる思いで期待を込めていた。

「もし、剥がれてしまったら…、もう治らなく、なりますか?」

 マルガレーテが恐る恐る不安を口にした。

「傷を乾かさず、貼り続けることが大事なんです。…そうですね、予備をお渡ししましょうか? 一シート金貨一枚になりますが」

 マルガレーテがじっと父を見ると、

「…二枚もらおう。…治療に二枚使っていたから、金貨四枚、それに約束の一枚、合計五枚でいいか?」

 公爵は、先ほどの褒美、金貨一枚を含めた金額を提示した。ずいぶん高額で、効果がなければ鞭打ちされることだってあるかもしれないが、フレデリカは

「まずは四枚で。実費以外は一週間後、納得いく結果をご覧いただいてからのお支払いで結構です」

 そう言って金貨四枚を受け取ると、蓋のついたきれいな容器を求め、持参した瓶に入った液体で軽く洗い流すと、その中にぷるぷるしたシートを二枚取り分けた。そして一週間後の午前中に来る約束をし、行きに乗ってきた馬車を辞退して歩いて帰って行った。


 フレデリカの言ったとおり、包帯を取ると傷のあるあたりはぶよぶよと黄色く変色し、黒ずんで見えるところもあった。肌にむずむずとした感触がある時もあるが痛くはない。つい動かしてしまう手は端が少しめくれ上がり、剥がれそうになっているところもあった。

「張り替えましょうか」

 侍女が気にして進言したが、マルガレーテは

「一週間、待ちましょう。きっと治ると信じて」

 そう言って気丈に笑みを見せた。


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