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前編

悪役令嬢ライラから見た婚約破棄に至るまでの話

それは悪夢のような婚約破棄。身に覚えのない罪に、哀れっぽく我が婚約者たる王弟殿下にすがるように抱き締められている恋敵。ええ、数え役満です。詰みです。


此処から花丸円満。ハッピーエンドなど不可能。ならばこれだけは言わせてくださらないかしら?


夜闇のような黒髪を持った乙女。ライラ・リバイバーは凛々しく背筋を伸ばし。突き刺さる殺意にも似た視線を真っ向から受け止めて立っていた。その紫色をした瞳は怯むことなく前を見据え。艶然と蠱惑的に嗤った。


「フッ。私が殿下の愛を得ようとあの手この手を尽くして悪逆三昧?ちゃんちゃらおかしくって堪りませんわ!!」


私の理想の男は!殿下のようなはなっ垂れでなくてよ!私の!理想像は白馬に乗った王子様ではなく断然オスカル様ですわ!!


「同じ顔面キラキラでも殿下はまっったく好みではありませんですことよ!そこ勘違いだけはなさらないで下さいましね!!」



少女漫画と生きてきた。幼少期、母からの英才教育とばかりに見せられた少女漫画の主人公こそが私の初恋だったと断言が出来る。母が私に見せた少女漫画では白馬に乗った王子様は騎士で。そして女の子だった。


そう、フランス革命のあの方や。リボンを着けたあの子である。彼女たちは大人で格好良くて。絵本の男の子の王子様よりも輝いていた。


幼稚園に上がって。それから小学生、中学生、高校生になっても幼少期の刷り込みは強かった。気づくと少女漫画ばかりを見ていた。私にとって少女漫画を読むのはライフワークで。


だからと言って熱心な少女漫画ファンからしたら門前の小僧。詳しい知識がある訳じゃない。それでも、少女漫画を観ればご機嫌になるのは。


たぶん、少女漫画の金字塔なあの漫画が愛読書だった母親からの遺伝的なものだろう。

紙面の向こうに居る主人公の可愛い女の子たちが私にとってヒーローだった。


私の死因はなんだったのだろう。勤務形態が労基もびっくりの真っ黒くろなヤベェ御社から始発電車で自宅に着替えに戻る最中。凄まじい横揺れと共に窓の向こう。


虹色の、オーロラのような光が蠢いていたのだけは覚えている。

気付いたときには私はもうライラ・リバイバーという伯爵令嬢になっていた。


断片的にライラの記憶から察するにこれから婚約発表の場である学園の卒業式のパーティで。婚約破棄をされる。かもしれないそうだ。


成る程、打てる手を打ってなおも防げなかった現状に悲観して本来のライラの精神は疲弊してしまい。

前世のなにかと図太い私の人格が浮上して、統合したという訳だ。ハッキリと言ってよろしいかしら?


「詰みですわ。数え役満でツモって奴では??」


此処から入れる保険があれば、入りたい。人生百年計画ではありませんこと??ドナドナされる気分で学園卒業式パーティに。案の定、繰り広げられる茶番劇に溜め息すら出ない。なんて見本的な断罪かしら。


(あー、もう。ダメですわね。婚約者はカーディナル“王弟”殿下。)


その王弟殿下から婚約者足りえない。不足ありとこの婚約破棄で示された以上。私に今後まともな婚姻は望めないのです。どう足掻いてもバッドエンドコース。ああ、ならばこそ。言ってやりましょう。高らかに。


「───私はカーディナル殿下のようなはなっ垂れはまったく好みではなくってよ!白馬に乗った王子様はお呼びじゃないわ。オスカル様のような騎士様になってから出直してらっしゃい!!」


そう、私になる前のライラも。私も理想の相手は居るのである。私は白馬の王子様ではなく。白馬に乗った騎士だった。それがオスカル様のような格好良い女性だったらもう言うことなしだ。


ようはそこの浮気癖のある軽薄なカーディナル王弟殿下にあらずとハッキリと告げた。

ポカンとするカーディナル王弟殿下と。なにをいってるのかと間抜け面を晒す恋敵の男爵令嬢メアリー嬢に。スッキリしましたわと目を伏せて笑う。


泣くものか。泣けば惨めになるだけだ。このとき私はいまの自分が前世の年の離れた妹がしていた乙女ゲームの悪役令嬢である、国家転覆を謀った大悪女。


後に稀代の大淫婦と呼ばれていたキャラクターに成り代わっていることに気づきました。悪女、か。悪役ならばエレガントに嗤ってやりましょう。

悪に涙など似合いませんわ。悪辣に。そう、悪辣に。憎たらしく。


(さぁ、上手く嗤いなさいライラ!)


「いいや、ライラお嬢さんに悪役なんて務まらないさ。うん、まったく似合わないのだから止めておきなさい。どう足掻いてもライラお嬢さんは私の可愛いお姫さまだからねぇ。」


声がした。緋に近い赤い髪を翻し。異国情緒のある褐色の肌をした眼帯をつけた隻眼の麗しい女性が気だるげに。


それでいて。猛禽のような金色の瞳をニッと細める。年相応に刻まれた皴。うわ、とんでもない美女が来たな。私の好みドンピシャなのでは??


「貴方はローズ・ホーセズネック騎士団長?」


カーディナル王弟殿下が信じがたいというように告げた名前で私は思い出す。女辺境伯である母の親友で。幼い頃から屋敷に出入りしていた人が居たと。


いえ、その方を忘れたことなどなかった。うっそりと獰猛な笑みひとつで場を掌握し。

ドラッヘ王国。近衛騎士団、その頂点。“ドラゴンレディ”と称されるローズ騎士団長である壮年の女性は私に告げた。


「なぁ、ライラお嬢さん。みながみな君をいらないと言うのであれば私がお嬢さんをかっ拐っても構わないよなァ?」


「ローズ、さま。」


「お嬢さんの価値をわからん輩にお嬢さんは勿体ない。だから私がお嬢さんを貰う。嗚呼、女王陛下には許可は得ているよ。という訳でな。あとはお嬢さんの気持ちひとつあれば私がお嬢さんを拐ってあげよう。···なぁ、ライラお嬢さんはどうしたい?」


いつも、何時も。この人はそうだった。私がどうしたいか。なにをしたいのか。言葉少なげに。けれども私の意思を尊重してくれる人だった。


リバイバー家は代々辺境伯で。国の境を隣国から守るお役目を頂いて来ました。それ故によく騎士団の方がリバイバー家の領地を訪れる。その関係で若くして騎士団長に任されたローズ様が母を訪ねてきた。


女学校で母とローズ様は知り合ったらしい。一回り年の離れた母とローズ様はそれでも仲がよく。お茶を飲み交わしながら話をしていた。そんな二人の元に何時もお邪魔して。


私はローズ様にお話をせがんだ。当時のローズ様はとんでもなく寡黙でした。しかも身の回りに小さな子供が居ない環境で過ごされていたから。


やけに懐く私に困った顔をしては母がそんな親友を見て笑っていた。後に辺境出身で喋ると独特な訛りがあるので寡黙な振りをローズ様がしていたと聞かされた。


樹に登ってうっかり落ちかけた私を見て、ぽろりと出た独特な訛りの言葉を。私が素敵だとはしゃいでからはよくお話をしてくれるようになった。


私の、ライラの初恋は不器用な質のローズ様でした。緋色に近い赤い髪に猛禽のような金色の瞳。出身である辺境では多いという褐色の肌。背はそのとき二十歳であられましたが。


先祖帰りに未だに伸びている最中だと図体だけがデカクなるとぼやかれていた。それでも見目よく凛々しい顔立ちのローズは。たいそう、おモテになるとは母の話。


ただ、本人が見た目に反して内向的で悲観的。ベシミストという訳ではありませんが。

常に後ろ向きに後ろ向きに考えるので。ありとあらゆるマイナスの可能性を考慮して動くから。


それがある意味ローズ様を戦場で助けているということでした。本人は一人、本を読みながら過ごしていたいのに。本人の持って生まれた特質が優れた騎士にしてしまい。


気づけば女性ながらに騎士団長という肩書きまで与えてしまったせいで。戦場になど出来れば行きたくないのに。苛烈極まる戦場の最前線に送り出す。しかもローズ様は責任感が強く。


愚直なまでに真面目な方であったからこそ。騎士団長として精進してしまい。更に周りから頼られてしまう。母は、彼女ほど不器用な人間は知らないと苦笑混じりに仰った。


事実、ローズ様はとんでもなく不器用な方でした。手先は器用。むしろ人並み以上にあらゆることが出来る方ですが。その生き方はあまりにも不器用で。


そんなところに私は酷く惹かれました。恐らく私の魂に刻まれた日本人的な感性がこの方メッチャ好みと騒いでいたのでしょう。


『私は戦うのは嫌いなんだ。命の取り合いなんて正直くだらないと思ってる。···なぁ、お嬢さん。戦場では気が良くて勇敢な奴から死んでいくんだ。」


そして私みたいな臆病モノだけがなんでか最後まで残ってしまうのさ。何時も思うよ。


『───なんで私が生き残ってしったんだろうって。本当なら私みたいモノからはやく死ななきゃいけないって分かってるんだがね。ライラお嬢さん笑うかな。こんな弱虫の私を。』


その年、隣国から一方的な宣戦布告があり。隣国と接していたリバイバー家の領地は酷い有り様になった。それでも直ぐにローズ様たちが駆けつけたから最悪な事態は免れた。


リバイバーの領地の女子供は。隣国の、捕虜にした女性や子供の扱いの悪い評判はよく聞いていた。時に隣国から逃げ出してきた人たちを匿ったりして。


その評判が本当のことだと知っていたから。私たちはローズ様たち騎士団の方々に感謝している。

けれどもこの不器用で臆病な人は奪った命に。救いきれずに奪われた命を悼んで。それは自分の罪だと恐れ戦慄き罪悪感で今にも潰れそうだった。


野戦病院さながら。我が屋敷に運び込まれる重傷者。臨時基地として母と祖母と。それから使用人の人々と炊き出しをしたり。拙いながらも治癒術が使えた私は治癒術士でもあった父について怪我人の世話をしていた。


どうにか一息ついた頃にローズ様が居ないことに気付き。姿を探せば屋敷の裏庭で。屋敷の壁に背を、預けて。ぼんやりと月を見上げていた。口許には紙煙草。それは独特な香りがした。苦くて、どこか甘い。


『ローズ様は煙草をお吸いになるのね。』


『ん。これか。私は、魔力保有値は凡人だが先祖帰りのせいか。魔力を過剰なぐらい生成してまう体質なんだ。魔力を貯めておけないから魔力はみぃんな垂れ流し。』


だから薬を染み込ませた特別製の煙草を吸って、魔力の生成を抑えてるんだがね。ちょっと薬がおっつかないかもだ。


『えらくしんどいわ。と、また訛ってしまった。いかん、だいぶ気が弛んでるな。』


『ローズ様は私とは反対ですのね。私は魔力生成値は二翼から一翼と平均かそれ以下ですのに魔力保有値。ようは魔力を貯めておける値だけは大きいのです。位階は八翼ですの。』


『···位階が八翼。一番、上だ。私も魔力生成値は八翼なんだ。』


この国、ドラッヘ王国は赤い竜と人が興した国でした。その竜は美しい八つの比翼を持つ竜だったことから、それに準えて様々な位階は翼の数で表されてきた。


最下位が無翼。最上位が八翼。


ローズ様は騎士団きっての魔術の使い手です。たった一人で二十人掛かりの大規模な魔術を行使すると。戦場にあって空中に立ち。無数の赤雷を操るその様から国の名からとって。


ドラゴンレディと敵対者を震え上がらせている。それが魔力を過剰生成する体質であることが関係していたのだとこのときに知った。


紫煙をくゆらせるローズ様の目は虚ろだ。此処に居るのに心だけが何処か遠くにあった。死の影に今にも絡め取られそうなローズ様に気がついたら抱き着いていた。何処にも行かないでと。


『···嗚呼、ライラお嬢さんはこんなどうしようもない私でも死ぬのを惜しんでくれるのか。』


そしてローズ様はポツポツとその胸中に溜まった澱みを吐き出すように話始めた。私は、死ぬのが怖いよ。全戦全勝。救国の英雄。


『ドラゴンレディなんて持ち上げられても。私は今も昔も臆病者な弱虫だからなぁ。』


国王を守り。雄々しく戦場で果てた兄上のようにはなれないと苦悩を吐露したローズ様に。死ぬのが怖いと恐れては何故いけないのか問う。


『ローズ様。私は貴女のように戦場に立った経験はありません。それは貴女が私たちを守ってくれていたからです。』


今日までそのことを知りもしなかった私が。なにをと、ローズ様は思われるかもしれません。けれども、伝えるべき言葉があります。


『貴女は臆病者でも弱虫でもない。貴女は、ただ人より優しいだけなのです。命を奪うことも。奪われることも恐ろしいことです。それでも貴女は一度でも逃げたことはなかった。』


自分がそうすれば。助からない命があると理解なされていたからです。そんな貴女がどうして臆病者なのでしょうか。貴女は強い。背負ったものを投げ出さずに今日まで抱えてきた。


『貴女は強くて優しい人です。····そのことをローズ様だけがお知りではないのね。死ぬのが怖いと思うのは人が持つ当然の権利です。貴女は決して。弱虫なんかじゃありませんよ。』


見開かれた金色の瞳からほとりと落ちた涙を。私は、綺麗だと思ったのです。嗚呼、この方に。これまでそのままで良いのだと。その弱さを。生来の優しい気性を。


認めて受け入れてくれる人は居なかったのだろうか。痛いと叫ぶ。その心を許してくれる人は。側に居なかったのだろうか。


くしゃり顔を歪め。前髪を乱雑に掴んで声なく慟哭するローズ様が私は酷く悲しかった。

この方は泣き方すら知らないのだと。


『ライラのお嬢さんには情けないとこを見せてしまったなぁ。』


『構いません。僅かなりともローズ様のお心を慰められたなら良いのだけれど。』


『あはッ。ライラお嬢さんは大人だなぁ。私よりよっぽど人が出来てるよ。今年、お嬢さんは何歳になった?』


『七歳ですわ!』


『え、そんなに幼かったのか??七歳児に慰められる二十四歳って情けないにも程があるなぁ。』


『ローズ様は情けなくないですわ。私が人より大人だけでもの!!王弟殿下の婚約者という立場にありますから。そういう、立ち居振る舞いが求められるのです。』


『王弟殿下の、』


よいせとローズ様の隣に腰掛ける。ドラッヘは現在、女王が治めているが対外的な理由で未婚。その為、暫定的に年の離れた弟である少年が王位継承権がある。

家格的に王弟殿下の婚約者になり得る年頃の娘が私一人しかいなかったのです。


十二才になれば王立の学園に入ります。恐らくそのまま王宮に入り。二度と私的にはこの領地には帰ってこれない。現女王に跡継ぎはおられませんから。


王弟殿下が王位を継ぐことになる。未来の国母。それに相応しくあれと勉強、勉強の毎日。それを息苦しく感じてうんざりしていましたが。


私は、私の為すべきことがあると。今回のことで。ローズ様と話してわかりました。


『私はこの国から戦を無くしますわ。ローズ様のような優しい方がもう泣かなくても良いように。この国を強くて豊かな国にする。王妃だからこそ出来ることです。ローズ様、見ていてくださいまし。必ず貴女を私が守りますわ──!』


『どうしてお嬢さんはそこまで私なんかを気にかけてくれるだい?』


『あら、初恋の方を守りたいと想うのは乙女としては当然でしてよ。この身は、この血は、国に余さず捧げます。でも、私の恋心だけはローズ様に差し上げるわ。···どうか私の代わりに大事になさってね。』


そう、ローズ様の騎士服の襟を掴んで。掠めるように口づけて過剰に生成された魔力を奪い。笑いながら駆け去る。視界が滲む。笑い声は嗚咽に変わる。本当はローズ様以外の妻になるのは嫌です。


でも、今回。王弟殿下の婚約者だからこその我が領地は復興に着手出来るだけの御支援を頂けるという話でした。元より家格の高い家に生まれた以上。婚姻は家と家同士の結び付き。


そこに私情は挟めないのです。王弟殿下にはこれっぽっちも惹かれない。

それはもう私の胸の奥の一等柔らかなところにローズ様が居られるからです。


一目惚れでした。初恋でした。ローズ様以上に愛せる方などいないと。七歳の私でも分かっています。それでも決めたのです。あの優しい人が。もう哀しまなくても良いように。


私は、私の出来ることをするのだと。ふと屋敷の廊下の窓の向こう。まんまるい月がありました。ローズ様の瞳のように金色の。唇を指先でそっとなぞる。甘くて苦い、恋の味がした気がした。


『嗚呼···、“月が綺麗”ですわね。なぜだか分からないけれど。それが愛を告げる言葉のように私には思えるのですよ。』


十二才の歳。私は王立の学園に入りました。五年制。主に魔術の類いを習うのです。基本、魔力を持つ者ならば誰にでも入学資格があり。


貴族の子弟のみならずに庶民であれども優れた成績ならば卒業後、王宮に勤めたり国の研究機関に配属されて出世コースに乗れるとあって学園に通う生徒はみな勉強意欲の高い方々が多い。


此処で蓄えた知識は力になる。王弟殿下の婚約者として。未来の国母として。勉強漬けの日々に邁進していた筈なのですが。


最近、カーディナル王弟殿下と顔をあわせてないなと思っていたら。既に、カーディナル王弟殿下はとある少女に首ったけ。


波打つ金色の髪。宝石のような青い瞳をした殿方の思い描くまさに理想な儚げなその少女の名はメアリー。ディニッシュ男爵の妾腹の子であり、魔力があることから手元に引き取られ。


この学園に入学したという話を聞いた。嫌な予感がしなかった訳ではない。でも、まさかカーディナル王弟殿下が。婚姻発表の場で、婚姻破棄を告げるような浅慮な方だとは思わなかったのだ。


いえ、まあ。美しいと見れば誰彼構わずに声をお掛けになるし。自身の容姿の良さを理解して。学園の、様々な女子生徒と浮き名を流しておられましたが。そこまでのド阿呆だとは。


しかも、誰が流したのかありもしない悪事で私は孤立させられていて。どうにか事態の打開をはかりましたが。最早、打つ手はなし。気の強い顔立ち、堅い口調。


自他共に認める悪役顔な私と天使の如き少女とならば。当然、後者に好意は向きますが。卒業パーティにて殿下からグラスに入ったワインを頭から掛けられた、私に。


集まる目線はどう考えても悪意しかありません。ポタリとシャンパンゴールドのドレスが赤く穢される。

ローズ様のように綺麗な色だったそれが汚されたことが、ただ哀しい。


囁く声がする。国家転覆を謀った大悪女。稀代の淫婦だと。

王弟殿下を陰から操ってこの国の中枢を握ろうとしたとか。敵国に寝返って情報を流していただとか。


嗚呼、私の努力は無駄であったのだと目を伏せる。未来の国母として、政治経済をよく知る必要があったから。数多の学者と会い。教えを受けた。


そんな私に女王は同盟を結ぶ国の親善大使との交渉のテーブルに就かせてくれた。全てはこの国の為。ローズ様の為だった。


私が八歳のとき。再三に渡ってこの国を攻めてきた隣国と大規模な戦が始まった。ローズ様は最前線に赴かれ。

以来、私はローズ様には会っていない。時おり母を通してお手紙のやり取りをするだけ。


それでもローズ様を思わなかった日はない。どうか無事で。また生きて会えますようにと祈りを欠かさなかった日もなかった。早く、早く。戦のない国にしなくては。


あの優しい人が。死んでしまうかもしれないと。気ばかりが焦る。それでかなり強引にあらゆる物事を押し通そうとした自覚はあるのだ。


それが独善的で強情な人間に。カーディナル王弟殿下には見えたのかもしれない。ポタリと髪を伝って落ちた赤い雫に唇を噛み。それでも意地を張った。


ローズ様に抱いたような激しい想いではなくとも私は確かに穏やかな想いをカーディナル王弟殿下と育んでいた。


そう、思っていた。恋敵であるメアリー嬢がカーディナル王弟殿下にすがるように抱き着き。歪に弧を描く口許を隠しきれずに笑う。こんな場面を私は知っている。


前世、私の歳の離れた妹が熱心にやっていた乙女ゲーム。そのアニメ版での一場面に似ている。

確か、ゲームのタイトルは『恋は月夜の下に花開く酔夢──』だったか。大手の絵師がキャラデザをして。


大御所、新人声優入り乱れる携帯アプリのゲームで。隠しキャラのルートに入れないィと妹が嘆いていたような···。そして、そう。アニメにもなったが。


妹曰く。アニオリ。アニメオリジナル展開がどうたら。原作者公認だったというが。妹は、テレビの前でビーフジャーキー化していた。


大抵、なんでも美味しく食べれる雑食のオタクな妹が。あんなにからっからに干からびていたのは初めて見た。ただ、そのアニメを見てから妹の推しは悪役令嬢のライラになったとか。


なんにしろ、私はこの場面を知っている。女主人公がアニメの終盤に自分を虐げた黒幕に攻略対象キャラと決着をつけるというもの。おや、と疑問が過ります。


“ゲームの女主人公”と“アニメ版の女主人公”は“名前が違った”気がすると。妹情報。流し視聴で。定かではありませんが。メアリーという名であることからアニメ版の流れをなぞっているとして。アニメでは終盤に黒幕。


悪役である伯爵令嬢ライラ・リバイバーにグラスに入ったワインを女主人公メアリーは頭から掛けられる。

実際のところワインを頭から被ったのは私なのだけれども。なんにしろライラにとっての。


私にとってのバッドエンドをまさに迎えている訳だ。


(ならば最後まで私は凛々しくありたい。)


悪役だというのならば憎たらしいほど悪辣であろう。私が好きだった少女漫画の悪役はみんなそうだったのだから。


勧善懲悪。実に良いじゃないか。

悪は悪らしく華々しくあらねば。そういう幕引きを悪役である私は望まれているのだから。


だから嗤えとへの字口を描きそうな口角を上げたとき。その人は現れました。颯爽と少女漫画の女騎士のように。


ずっと夢でしか会えなかったローズ様がそこに居た。隣国との戦いにようやく終わりが見えてきたとは王宮に出入りした際に聞いていた。

此処にローズ様が居るということは。長い戦いがやっと終わったのだ。


更に背丈が伸びてカーディナル王弟殿下を見下ろす位置に頭がある。体格もどこかガッシリとなされた。服の合間。見える肌には夥しい傷痕があり。


いかにローズ様が過酷な戦場に身を置いていたか分かる。片目を覆う眼帯。

その下にはケロイド化した火傷の痕。そんな姿にしたくなかったから私は今日まで頑張って来たのに。


(····私、役立たずでしたのね。)


カーディナル王弟殿下に婚姻破棄を言い渡された時には流れなかった涙が頬を転がり落ちていく。悔しい、哀しい。····嬉しい。


こんな惨めな姿を。誰よりも見られたくなかった相手に見られたのに。また会えたことが堪らなく嬉しいと。


「近衛騎士団の団長が何用で、この学園に。失礼ながらこの祝いの場に貴方は相応しくはないのではありませんか?戦場帰りの騎士団長はテーブルマナーがお分かりになられないかと。もう騎士団長はお忘れでしょう。」


「あはッ。これが祝いの場に見えるだったら王弟殿下様はよっぽどのド阿呆なのだねぇ。随分とおめでたい頭の作りをしているらしい。嗚呼、腹を抱えて笑ってしまいそうだな!大爆笑だ!!」


流石、王都だ。ジョークの切れ味が違うなとローズ様は鋭く重たい一瞥をカーディナル王弟殿下に。メアリー嬢に追従する攻略対象たちに向けた。


「────よってたかって私の大事なお嬢さんをなぶってえろう楽しみはったみたいやねぇ。金で爵位を買ったボンクラ貴族の坊っちゃん共がええかげんにしぃや!!」


何時もは舐められないように。人前で出さない故郷の訛りで吐き捨て。肌が粟立つような殺気をローズ様が蠢かせたのが分かった。ビリビリと空気が震えていた。


獰猛に猛々しく。ローズ様が嗤う。嗚呼、私は王弟殿下様が言うように。この九年。ずうっと戦場に居たものだからなぁ。


「テーブルマナーなんてとうに忘れてしまった。舐めた口を利きはる新兵の扱い方なら分かるのだがねぇ。」


先ずは上下関係を叩き込む。命令、指示が。きちんと理解できん奴は直ぐに死んでしまうからなぁ。


コツコツと革靴を響かせて。ローズ様は己に視線を集めながら王弟殿下に近付いていく。隻眼がひたとカーディナル王弟殿下を見据えた。戦場では色々と見てきたよ。この世の地獄をぎょうさん見てきた。


「だから私は女子供を粗雑に。悪意で玩ぶ輩が一番嫌いでなぁ。それが惚れてる相手なら尚更だとも。お前さんがた。私のお嬢さんに何をした。」


お嬢さんはね。片腕が吹き飛ばされたり。腹から腸が出た人間を見ても気丈に泣かずに。そいつを助ける為に必死こいて覚えたての治癒術を限界まで使って鼻血噴いてブッ倒れるような子なんだ。


「なぁ、私のお嬢さんにお前さんがたはなにをした。···ふふ、なんてな。別に言わなくても良いさ。ぜぇんぶ調べはついてるからなぁ。私が此処に来たのは女王の指示でな。」


なんでもお前さん。真実の愛とやらに目覚めたんだってね。はいはい、おめでとう。いやはや、お熱いなぁ。


「そのまんま男爵令嬢んトコにお前さんは婿入りしろって御指示だ。お前さんからしたら願ったり叶ったりだろう?よかったな、元王弟殿下様。」


「はァ!?な、そんなこと、絶対に姉上には出来ないはずだ!後継者は私だけなのに!そ、それでは私は···!!」


「王位継承権剥奪ってことだな。臣籍降下って奴だそうだ。いやぁ、顔に泥を塗った弟にお優しいお姉さまだなぁ。感謝しとけよ。ああ、そうだ!ついでだから言っておくが。」


王位継承権があるのはお前さんだけじゃない。女王陛下には姪御がいらっしゃるだろ?まだ十歳だが優秀でなぁ。その姪御さんを跡継ぎに指名なさったんだ。


「あ、それとな。経費だと使い込まれたお金について女王陛下はぎょうさんお前さんには聞きたいことがあるみたいだ。」


そんな訳で今日からお前さんはただのカーディナルだから。どうぞ思う存分。男爵令嬢と真実の愛とやらに勤しめば良い。


「嗚呼、ちなみに今回のくだらない馬鹿騒ぎに乗った輩はそれ相応の沙汰が女王陛下から下されるみたいだが。ま、当然だな?」


バタバタとパーティ会場を、出ていく関係者に私だけがついていけていません。ローズ様はやはり慌てて会場を後にしようとしたカーディナル王弟殿下。


元がつくようになったカーディナル様に。忘れものをしているよ、ボンクラ坊っちゃんと笑顔のままそれは見事な右ストレートを入れました。


私、ローズ様が穴持たずと呼ばれる五メートル近い熊をその右ストレートで撲殺したことがあるの。母から聞されているのですが。昏倒したカーディナル様には目もくれずに。


ローズ様は凄惨な笑みから一転。眉を下げた、優しげな顔でライラお嬢さん。たぶん言いたいことだとか。聞きたいことはぎょうさんあるかもしれないが。


私の奥さんになってくれないかと笑って膝を着き。ライラ・リバイバー嬢に婚姻を申し込む。どうか私の妻になって頂きたいと。隻眼が、金色の瞳が真っ直ぐに私を見る。


「···どうか頷いてくれへんかな。お嬢さんに釣り合うだけの爵位は戦働きで手に入れてきたんよ。女だから妻には出来んって文句ばかり言う輩はぜぇんぶ。うちがこの拳で捻り伏せてきたわ。」


いや、うん。こんな傷だらけの野暮ったいうちの嫁さんになりたかあらへんかもやけど。


「これ以上。うちの大事なおひぃさんを誰かに傷つけられんのは嫌なんよ。」


口調を気にする余裕もないのだろう。乞う、その言葉は。その分だけローズ様の気持ちを語る。


「どうしてローズ様はそこまでなさってくださるのです?」


「そ!それは、その言ってもライラお嬢さんは引かないかな?ラ、ライラお嬢さんがな。私の“推し”だからなんだ!」


「推し。」


なんかものすごく耳に馴染みのある言葉が出ましたわね。ローズ様は早口に語る。曰く戦地では。過酷な戦いが続くなかで。

騎士団内で貴族令嬢名鑑なる書物が出回った。


国内有数の令嬢の姿絵が載るそれに。気付けば各自推し令嬢なる概念が生まれたそうで。私たち、貴族令嬢はいつの間にか騎士団員たちのアイドルとなっていたと。


ローズ様は真っ赤になった顔を覆う。つまりローズ様は私を推しているのですか。素直に頷き、真っ赤に染まった顔を恥ずかしげに手の甲で隠すローズ様にくすくす笑った。


「なら、こうして実際に顔をあわせたら。さぞ落胆なさったでしょう?その貴族令嬢名鑑ではどんな、描かれ方をされたのか分かりませんが。このように実物はキツい顔立ちをした強情な。」


そして婚約者一人。己に引き留めることも出来ない魅力のない小娘。····どのような形であれローズ様に想われていたことは嬉しく思いますが。


「このライラ・リバイバー。同情で買えるほど安い女ではありませんわ。それとも傷物となった私を貴女は大枚を叩いて買ってくださるとでも言うの?」


私は気位の高い女を演じました。だってローズ様には私より相応しい方が居る筈です。初恋の方に拐って頂く夢を見れました。私は、それでもう十分だと。


けれどもローズ様はライラのお嬢さんは私の推し。それは確かだ。でも、お嬢さんに本気で惚れてなかったらこぉんな面倒な真似はせぇへんと笑う。


「なあ、ライラのお嬢さんは私のことはもう嫌いになったかい?」


「私はローズ様を嫌いになったことなどありませんわ!」


寂しげに問うローズ様に思わず答えるとローズ様はニンマリ微笑む。なら、私はお嬢さんを拐う。


「まぁ、嫌がられたとしても。私はお嬢さんを逃がしてやる気はなかったのだけれどねぇ。」


私の手を掴み。立ち上がると私を横に抱き上げて歩き出すので慌ててローズ様の首にしがみつく。ローズ様は笑う。悪い大人を惚れ込ませてしもうたね、ライラと。


「そうだ。ライラお嬢さんにだけ。私のとっておきの秘密を教えよう。私はな、真っ赤な真っ赤な竜になれるんだ。」


竜は宝物はだぁれにも渡したりしないのさ。お嬢さんは私が守ってあげよう。宝物のように。大事に、大事にする。


「····だから、私から逃げ出したらいけないよ。私はお嬢さんがいなくなったらなにをするかわからないのだから。お嬢さんは竜の心臓を射止めてしまったんだ。」


観念して私に仕舞われてくれるよなぁ。うっそりと細められた金色の瞳に宿る熱に。私、ライラは。そこはかとなく身の危険を感じるのでした。



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