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15 魔族ミルルリカ






 フェンリルは主を乗せて風となる。

 一気に城の下まで走ると、高い城壁を軽々と飛び越えて、城の外側に爪を立てる。そのまま垂直に上り、瞬く間に最上階の窓を割り、中に飛び込む。


 ――そこは玉座の間だった。


 丹精込めてつくられただろう城壁も、中に設置されているだろう罠も、フェンリルの前では無意味だ。

 あまりにもあっさりと到達した暗い部屋の中では、赤髪の少女が石の玉座に座っていた。


「く……曲者?!」


 少女が驚きながら飛び退る。頭に生えた獣耳がピンと反らして強い警戒を示している。

 どうやら猫科の半獣の魔族のようだ。


 リディアーナはフェンリルの背で日傘を手にしたまま、半獣半人の魔族を見下ろした。


「あなたがこの城の主ですか」

「――そうよ。あたしが次代の魔王ミルルリカ!」


 堂々と胸を張るミルルリカを眺めながら、リディアーナは城内の様子を確認する。

 石造りの広い空間に、玉座がぽつんと一つ。壁にロウソクがぽつぽつと置かれ、小さな炎が揺らめいている。


 室内に他の魔物の姿はない。城の中には魔物の気配はあるが、玉座の間にはひとりだけのようだ。まさか窓から飛び込んでこられるなど想定もしていなかったのだろう。甘い。


「人間風情がよくここまでこれたわね。褒めてあげる。でもここまでよ」

「あなたにひとつ聞きたいことがあります」


 ミルルリカは口元をぴくぴくと引きつらせる。


「ふ、ふふん、あたしのことが知りたいの? いいわよ、地獄へみやげになんでも聞きなさい」

「本当に魔王になるつもりですか?」


 ミルルリカは大きな瞳をきょとんと丸くする。ふと我に返り、大きく胸を張る。


「――なるに決まってるじゃない! このあたしが、このミルルリカが! 混沌とした魔王継承戦を勝ち抜いてみせるわよ!」

「いいですね。まっすぐで、とてもいいです」


 リディアーナはうんうんと頷く。大昔の自分や仲間だった魔女を見ているようで微笑ましい。応援したくなる。だがいまは人間なのでそういうわけにもいかない。


「ふふん、あたしも一つ聞いてみようかしら」

「なんなりと」

「そちらの狼、もしかして……フェンリル……?」


 リディアーナは頷く。

 ミルルリカの顔がさーっと青ざめる。


「あの、地獄に囚われていたフェンリル……? 《氷の魔女》の従魔を、なんであんたが連れてるの……?」

「さて、どうしてでしょう?」


 リディアーナは首を傾げて見せる。


「たぶんいま頭の中にある考えが、正解です」

「――まさか。そんなこと。あるわけない。ないないない。そこにいるのもフェンリルじゃなくてただのおっきい犬。そうただの犬」


 何やらぶつぶつと自分に言い聞かせている。

 そして覚悟が決まったのか、ミルルリカは勢いよく顔を上げた。


「あなたたちはあたしの餌になるのよ! 光栄に思いなさい!」



獣化(バーサクモード)



 ミルルリカの身体が変化する。人の部分が消えて、獣の部分が増える。赤い毛並みは逆立ち、爪が伸び、四つ足の獣となる。

 そのままリディアーナに飛びかかる。疾風よりも早く。



女王の氷華(オートデバフ)



 ミルルリカの鼻先に、金色の花びらがふわりと触れる。

 その瞬間、ミルルリカの全身から力が抜けて、ぺたりと地面に倒れ伏した。


「な……? な……?」


 訳が分からず地面に這いつくばるミルルリカは、地面に爪を立てるしかできない。

 リディアーナはフェンリルの背から降りる。

 金色の花びらは降り続ける。いずこからともなく。


「まさかほんとに、《氷の魔女》なわけ……? だってあんた人間じゃない!」

「ええ。私は人間です。人間として十五年、生きてきました」


 石床を鳴らしてゆっくりとミルルリカに近づく。


「そして魔族だったときの記憶もあります」

「誇り高い魔族が……人間なんかに……? そんな……」

「あなたの選択肢は二つ。私に従うか、このまま消えるか」

「選ばせる必要はありません。消しましょう」


 フェンリル――ヴァルターは人の形を取り、リディアーナに自信たっぷりに笑いかける。


「俺以外の従魔は必要ないでしょう」


 ――この妄信はどこから来るのか。

 ヴァルターではなかったら、味方の顔をした敵ではないかと思うところだ。だがそれがヴァルターだ。昔から変わらない。


 従順で、嫉妬深くて、力がある。第一の従魔。

 リディアーナはそれをよく知っている。だからこそ。


「ヴァルター、控えなさい」

「はっ……」


 ヴァルターは不服げに、だが頭を垂れて素直に後ろに下がる。

 リディアーナは黄金の花弁に覆われかけているミルルリカを見た。


「さあ、どうしますか?」

「なる……従魔にでもなんでもなるから、これ、やめてよお……っ」

「よろしい。――では、ミルルリカ。今後は人に危害を加えないこと。人間の土地を奪おうとしないこと。魔界を広げようとしないこと。魔王になろうとなんて思わないこと。これを破れば、ヴァルターに食べさせるわ」


 ミルルリカは地面に伏したまま涙を流し、必死でこくこくと頷く。


「イエス、マスター……!」

「いいこ。いまからあなたはミーちゃんよ」


 あっさりと陥落してくれたことを喜ぶ。その瞬間にミルルリカの弱体化は解除され、ミルルリカは白い猫の姿となった。

 リディアーナは小さな猫を己の影に住まわせる。


「呼ぶまでゆっくりしていなさい」


 影にミルルリカが溶けたのを見届け、リディアーナは顔を上げヴァルターを見上げる。

 言いたいことがありそうなのに口を閉ざしたままだった。どこか不機嫌そうでもあった。リディアーナは手を伸ばし、精いっぱい背伸びをして、ヴァルターの頭を撫でた。


「ヴァルター、あなたが私の一番の従魔に変わりはないわ」


 ぎこちなく目が合い、リディアーナは笑いかける。上手に笑えているかは自分ではわからない。

 だがヴァルターの表情が少しだけ安心したように、リディアーナには見えた。


「さあ、討伐隊とかが来る前に帰りましょうか。私のヴァルター」




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