3.初めての…
後4時間…外出禁止時間がどんなのかは分からないけど、いい予感は全くしない。とにかく探さないと。
服屋を出て通路に戻ってみたが、とりあえず見える範囲に怪物はいない。
「…よかったぁ。」
とにかく移動しよう、そう決めて少し歩く。
歩きながら周りを見渡していると、反対側の通路の奥に気になるものを見つけた。
「ん?あそこってもしかして…。」
奥へと続く場所。その入り口に立ち並ぶ、料理の写真。
お店の前には、立てかけるように看板が置いてある。看板には可愛らしい文字で何か書かれており、近づいて確認してみると、どうやらアイスクリーム屋のメニューのようだ。
その店以外にも、至る所に看板や料理の写真が飾られている。
「ここってひょっとして…もしかしたら、食べ物があるかも!」
そのことに気づき、少しテンションが上がる。
あたしは、足早に奥へと足を踏み入れた。
最初に目に入ったのは、大量に並べられた椅子と机。
そして、壁に組み込まれるように設置されている店舗の数々。
「おーやっぱり、フードコートだ…。」
思わずそうつぶやいた。
フードコート。飲食店が数多く並び、それを食べるための椅子と机。おそらく間違いないだろう。
けれど店舗の中には誰もおらず、並べられた椅子も全てが空席。
それを見て、少しだけ物悲しい気持ちになる。
「…もしかしたら食べ物とかがあるかもしれないし、急いで探してみよう。時間もないし…」
そう自分に言い聞かせ、気持ちを切り替える。
すぐに、近くの店から確認していく。
…結果は散々だった。
ハンバーガーショップや、ステーキハウスなどには生肉があった。
が、全て冷凍されており、解凍や調理する手段がないため見送った。
もしかしたら、セーフルームに設置されている可能性もあるが、怪物がいる場所で生肉を持って歩くのはかなりリスクがある気がする。その観点からも、置いていくことに決めた。
他の店舗も何件か探したが何も見つけられない。
出来れば護身用に、包丁が欲しかったが見当たらない。
他の調理器具も軒並み置いてないのを見ると、元々置いていないのだろう。
鉄板や、皿などは見つけたが、持って歩くのにはかさばるし、護身用にはあまり向いていない。
少し諦めが出てきたところで、イタリヤ料理の店舗でそれを見つけた。
鞄だ。背負うタイプの鞄。膨らんでいるのを見ると、中に何か入っているのだろう。
「…銃とか入ってないよね。」
セーフルームで誤射したせいだろうか。できれば出てこないでほしいと思っている自分がいる。
それに今は、食べ物のほうが重要だ。
最初にいたセーフルームには食べ物はなかった。水は最悪シャワーの水を飲めばいいかもしれないが、それだけだと持たない。
ここで見つけておかないと、しばらく何も食べずに過ごすことになる。
それは、ここでは死活問題だ。いざという時に動けるように、食料は確保しておきたい。
祈るように鞄を開ける。
「…やった!」
中に入っていたのは携帯食料。クッキーブロックのもので、いくつか入っている。
それとペットボトルに入った水が数本。これで、シャワーの水を飲まずに済む。
それに、カバンも手に入った。これで何か見つけた時に、手に持たずに運べる。
その場にあるものを鞄に詰め込み、その場を後にする。Gフォンも落とすと面倒なので、鞄に仕舞っておく。
飲み水を入れすぎたせいだろうか、少し重い。多少ふらついたが、すぐに慣れるだろう。
食料を手に入れ、後はセーフルームを見つけるだけ。
そう考えフードコートを出ようとした。その時だ、
「…ん?何か聞こえる…。通路からかな。」
何か言ってるような声が聞こえる。声からして男性のようだ。
そこであたしは閃いた。その人達なら、あたしがいたセーフルーム以外の場所を知っているかもしれない。
そう思った時にはすでに駆け出していた。
来た道を戻って主通路に出る。
左右を確認すると、目的の人物はすぐに見つけることができた。
先ほどの声の主であろうその人は、学校の制服を着ている男性だった。少し幼さが残る所を見ると、おそらく自分と同い年ぐらいだろう。
すぐに声をかける。
「ねえちょっと!そこの人!」
助かった。食料は見つけられたが、セーフルームを見つけられなければすべて無駄になってた。
自分以外にも人がいると分かり、少し安心した。
一人じゃない。それだけで不安や恐怖が和らぐ。
色々なことを考えながら、その人へと駆け寄っていく。
…けれど、
「うっ!……うぷっ!」
振り返ったその人を見て、あたしは声をかけたことを後悔した。
混みあがってくるものを必死に抑え込み、声を押し殺す。口を抑えた手が震えているのが分かる。
…そもそも声をかける前に気づけたはずだ。なぜなら、彼の右手に持っている斧が何かで真っ赤に染まってる。
いや何かじゃない…彼の足元。そこには、頭を潰され、血溜まりになっているところに倒れ込んでいる人がいる。
潰れた頭部からは、ピンク色の物体が飛び散っていて、所々に固い頭蓋骨の破片が見える。
「あっ…ひっ……」
全身の血の気が引いていく。悲鳴を出さなかったのは奇跡だ。
狂った状況を見て、あたしにできたのは後ずさる事だけ。
吐き気を抑えながら、頭によぎった考え。それは、前に似たようなものを見たことだ。
それはすぐに思い出せる。瞬きをすれば、脳裏によみがえる光景。
…あの怪物がやった血溜まりだ…。
え…なんで?どうして?疑問が浮かんで止まらない。
頭が真っ白になって現実から逃げ出そうとする。
それもそのはず、これをやったのはあの怪物じゃない。…目の前にいる、この人だと理解できてしまったからだ。
彼はあたしを血走った目で睨み、口から涎を垂らしながら近づいてくる…。
「!近づかないで!それ以上近づいたら撃つから!」
すぐに手に持っていた拳銃を構える。鞄に仕舞わなかった自分をほめてあげたい。
撃ったところで当たる保証なんてないが、こうすれば近づいてくることはないだろう。
そう思っていた。が、
「ちょっ!?」
拳銃なんて見えていないのか、斧を振り上げながら走ってくる。
予想してなかったことに反応が遅れたが、なんとか倒れこむように躱す。
「あああぁぁぁあああ!!!!」
大きな音と共に地面に斧がめり込む。
砕かれた破片が周囲に飛び散り、近くのガラスが砕け散る。
…もしあれが体に当たっていたら。そんな想像をしてしまい、寒気がする。
けれど、座り込んでいる暇はない。
「っ!時間がない…!」
食べ物を探すことに時間をかけすぎたせいで、残された時間はあとわずかだ。
これ以上、彼に関わっている余裕はない。
あたしは拳銃を構える。足に当てれば、動けなくなるはず。
狙いを定め、引き金を引こうとした時だ。あたしの声で、こんな言葉が聞こえた。
「人間を撃つの?」
「っ!」
その言葉のせいで、引き金にかかった指が金縛りにあった様に動かなくなる。
迷っている場合じゃない。ここで彼を撃たないと殺される!頭では理解できているはずなのに…
指が動かない。どうしても、躊躇してしまう。
手が震える。もし、体か頭に当たったら?そんな考えが、さらに引き金を重くしていく。
「お前モ!俺ヲ殺すツモリか!あアアぁぁぁあああ!」
「ち、ちが…あたしは!あなたを殺すつもりなんてない!ただ話を!っ!」
こちらのためらいなんて相手には関係ない。
血走った目で、雄たけびを上げながら容赦なく斧を振ってくる。
話をしたくても錯乱していて話ができる状態ではないのは明白だ。
どうする?どうすればいい?
自問自答しても、答えなんてわかり切っている。
だというのに、どうしても撃つことができない。放った弾丸が体を、頭を貫き絶命させる。そんな光景がうかんでしまうから。
……もう時間がない。あたしは……銃を下ろした。
そして、
「がアアあぁ!死ネぇ!」
「っ!今!」
斧を振りかぶって、無防備になっている体に体当たりをした。
相手も体当たりしてくるとは思わなかったのだろう。後ろに倒れ込み、じたばたと地面で暴れている。
…でもそれを気にしている時間はない。
震える足に活を入れ、走る。
どこに行くべきか。考えを巡らしたが、あるものが視界に入った。
フードコートばかりに目が行っていて気づかなかった。
反対側の通路。そこには、奥へと続く空間が広がっていた。
それを見てあたしはどうするか決めた。
このままあてもなく主通路を走り回ても、セーフルームを見つけられるとは限らない。
それよりは、あの空間に行って探した方がまだ見つけられる気がする。
背後で金属のこすれる音が聞こえる。混乱から戻った彼が起き上がっているのだろう。
焦る気持ちを抑え、通路へと走った。
空間に移動し、周囲を確認する。奥の方まで様々なお店が並んでいるのが見える。
この辺りは知識としてあるショッピングモールと同じだ。
そうやって周囲を確認している時だ。それを見つけた。
「あった…。」
入り口に立って、周囲を見ているときに気が付いた。右側を見ると、細い通路が続いており、その奥。壁に設置された見覚えのある扉。すぐ横には、Gフォンをかざすであろう機械が取り付けてある。
間違いない。セーフルームだ。
喜びのあまり声を上げそうになる。けれど、
「ガアあああア!」
「えっ!?ちょっ…!?」
背後から迫ってくる雄たけびを聞き、すぐに横へ飛ぶ。
瞬間、先ほどまでいた場所がはじけ飛んだ。
彼は相も変わらず狂った形相で、あたしを睨んでいる。…よく見ると、斧を持っている手が血に濡れている。おそらく、あのすさまじい威力に体が耐えきれていないのだろう。
互いににらみ合い、膠着状態。仮に、彼を無視してセーフルームまで走ったとしても、扉を開けている間に捕まってしまうだろう。
…どうする?
さっきみたいに、体当たりをして体制を崩せればいいが、あれがそう何度も上手く行くとは思えない。向こうも警戒しているはずだ。
それに、もう一つ問題があることに気が付いた。
…Gフォンが鞄の中だ。あれがないと扉が開けることができない。
入れている場所は、鞄の横ポケット。取り出すのにそう時間はかからない。
けど時間はかかる。だから、どうにかして転ばせる必要がある。
頭の中で、時計の針が進む音が聞こえる。…もう迷っている時間はない。
…やるしかない。
あたしは拳銃を構える。
狙うは足。反動で銃が跳ね上がらないように、しっかりと両手で握る。
後は、引き金を引くだけ。でも、その前に…
「ねえ!あたしはあなたと争う気なんてないの!お願いだから追ってこないで!そうしたら何もしないから!」
乞うように叫ぶ。
お願い。これで引いて。そうしてくれれば…。
…けれど、その願いは叶わなかった。
「うるサイ!お前も俺を殺すつもリなんダロ!アイつモソウだった!協力するトカ言って、俺に殴リカかってきやガッテ!」
耳障りな声で叫ぶ男。
先ほどの無理な力の影響だろうか。体の至る所に血が滲んでいる。
露出している肌は内出血を起こしており、紫色に変色している。
血走った眼は無造作に動き回り、もはやこちらを見ていないようにすら感じる。
…そしてそいつは、こう言った。
「どいツモこいツも俺を殺す気なンダロ!お前の顔を見れバワかる!【ニタニタと笑いやがって!】」
彼の言葉に、あたしは凍り付いた。
…は?
…え今なんて…言った?あたしが……笑ってる?
嘘だ…。嘘だ。嘘だ!嘘だ!!あたしは!
「あたしは笑ってなんか!」
「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
あたしの言葉を遮り、彼が動き出す。
斧が迫る。あたしは否定することに必死で、躱すことができなかった。
スローモーションのように、周りの時間が遅くなっていく。
このまま何もせずにいれば、待っているのは…死。
でももう躱すことはできない。0,001秒後にはあたしという存在は潰され、存在しなくなるだろう。
…いやだ。いやだ!いやだ!いやだ!
そんな未来をあたしは否定する。それに呼応するかのように、握っていた拳銃に力が入った。…入ってしまった。
クラッカーよりも大きな破裂音と共に、拳銃から衝撃が伝わってくる。
衝撃が体を駆け抜け、後ろへ倒れこんでしまうほどの衝撃。
瞬間。柔らかいものを貫き、グチュりと何かをつぶす音が聞こえた。
体を起こし、前を見る。…目の前の男性が、ゆっくりと地面に倒れた。
…腹からは血があふれ出して止まらない。流れ出る血で赤い水たまりができていく。
辺りに、鉄臭い匂いが漂ってくる…。
「う、嘘。あたしが…撃ったの?」
あたしが撃った…。あたしが……殺した……?
「ち、ちが…あたしは殺そうだなんて思って……。だってあ、足を狙おうとして…。」
少しずつ地面が赤く染まっていく、あたしの足元までも。
……………もう嫌だ!これ以上なにも見たくない!
全てを拒絶し、目の前の惨劇を否定する。これ以上何も見ないためにも、あたしは扉へと駆け出した。
カバンからGフォンを取り出して機械にかざす。すると、
【解除操作を確認いたしました。扉を開錠いたします。】
そうアナウンスが流れ扉が開いた。
そのまま逃げるように扉の中へと入った。
扉が閉まる直前、振り返る。…見なければよかったと、後悔するだろう。
「あっ…ああ…」
全身から血を流した彼が、助けを求めるようにこちらに手を伸ばしていた。
その表情は先ほどまでと違い、ただの人。どこにでもいる一般人。
そんな彼が必死に手を伸ばしている。
何かを言おうとしているのだけど、口を動かすたびに血があふれ出て声にならない。
あたしはそれ以上見ていられなくて、目をそらそうとした。
けれど、彼の口の動きを見て、彼の言おうとしていることが分かった。…分かってしまった。
助…けて……。
そんな悲痛な声が聞こえた気がした。
「!待っ」
彼へと手を伸ばそうとしたが、間に合わなかった。
無慈悲に…扉は閉じた。
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