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EDEN  狂気と裏切りの楽園  作者: スルメ串 クロベ〜
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3-2.”非”日常の始まり

インフルの後遺症がつらたん…

神代さんの言葉を飲み込むのには少し時間が掛かった。

舗装された道路に、立ち並ぶ住宅街。電柱から伸びる電線が各家へと繋がっている。

記憶の中にある日常と同じ風景が視界に入るたび、これが本当に偽物なのかと混乱する。

ここがまだ地下だと言われても、どうしても本当はもう外なんじゃないかと思えてしまうほどに日常の景色が続いている。


…けれどその考えは数分もすればすぐになくなり、自分がまだ地獄にいるのだと理解させられた。

歩いていくごとに、日常の景色の中に異物が混じり始めたからだ。


最初はひび割れた地面。何かを叩きつけた跡から、波紋のように伸びている。

次は倒れた電柱。なにかが強引にへし折ったようで、繋がれた電線につるされるように宙に浮いている。

その次は何かのひっかき傷がついた壁。獣が付けたような爪痕が、固い石の壁を抉り刻まれている。


進むたびに日常の風景を非日常が侵食していくようで気味が悪かった。そのせいかおどおどしてしまい、足取りが重くなる。

そんなわたしと龍之介さんを無視して歩き続ける神代さん。慌ててわたし達も後をついて行く。


異常な光景を何度か通り過ぎる。

そんなものばかりを見てきたせいか、徐々に異常な光景の方が正常なんじゃないかと思えてくる。

ふいに前を歩いていた神代さんが足を止めた。危うくぶつかりそうになるが、何とか足を止める。

彼女の視線の先には、薄暗い路地裏。細長い路地は暗闇へと続いている。


光が家々に遮られ奥がよく見えない。

…けれど、見えなくてもすぐに分かった。この奥で何かがあったと。

その理由は、


「うっ…」

「なんだこの臭い…」


吐き気を催すほど酷い臭いが、そこから漏れ出ているからだ。心なしか空気がよどんで見れるほどに。

これ以上ここにいたら気分が悪くなる。すぐに立ち去ろうとしたが…

なぜか神代さんは、その路地へと入っていった。


後を追おうと思ったが、立ち込める異臭から足踏み、動けない。

どうしたものかとしばらく待っていると、


「来て。」

「え?ど、どうしてですか?」

「見てほしいものがあるからよ、いいから来なさい。…あんたはそこで待ってなさい。」


何事もなかったかのように戻ってきた彼女は、そうわたしに声をかける。

わたしだけどうしてと思ったが、よく考えれば筒浦さんを背負っている龍之介さんを連れてくるのは酷だ。…それとは別に彼に対する視線が痛かった気もするが。

あきらかになにか嫌なものが待ってると思わず顔を引きつつも、意を決して路地裏へと足を踏み入れた。


入ってすぐは明るさの違いでよく見えなかったが、少しずつ目が慣れてくると何があるのかが分かり始める。

まず視界に入ったのは、粉々にされた何かの機械。ものすごい力で上から押しつぶしたのかU字にひしゃげており、中の部品が地面に散乱している。

その隣にもう一台あったのだろう。引きちぎられたパイプと、支える土台が設置されている。

ここで何かが争ったのだということは分かる。けれどこれだけなら、神代さんがわざわざわたしを呼ぶはずがない。


もちろん、その理由はすぐに分かった。


目が慣れ、路地の奥が少しずつ見える。

…それが視界に入った瞬間、わたしは吐き気をこらえきれず吐いてしまった。


あちこちに飛び散り付着している赤黒色。

それの元は間違いなくこの、頭を潰された死体の物だろう。


先ほど行方が分からなかった室外機が、座り込む人物の頭に生えている。

首から上を付け替えたように、動かない死体に飾り付けてあった。

元々そこにあったであろう頭は、押し付けられた壁と室外機から破片に混じって飛び散っている。


これだけでも気分が悪いのに、その死体から血で書かれた線が伸びている。

口元を押さえながらその線を辿っていくと、再び人間の死体が転がっていた。


…その死体も異常な様相をしている。

その体は、まるで子供が気まぐれに動かした人形のように、手足と頭がおかしな方向へ曲がっていた。

両腕はカマキリのようになっており、足は曲がらない方へ無理やり折りたたんだようになっている。

そのせい関節部分から骨が露出しており、直視できない程悲惨な状態だ。

それは1、80度逆に回った彼の頭部に残った表情からも読み取ることができた。


…そして、その死体からもまた血で書かれた線が伸びている。

薄暗いその先、何か円柱状の物が見える。

片側からのみ、イソギンチャクの様に何かが生えているそれを見てわたしは限界に達した。

その先に何があるのかは考えるまでもない。わたしはすぐ彼女に声をかけた。


「か、神代さん…これ以上は…」


すぐにでもこの場を立ち去りたかった。

これ以上進んでもいい事なんて何もない。すぐに引き返したほうがいい。

そう言おうとした時だ、


「雪原さん。これをやったのは…おそらくあの子よ。」


彼女の言葉で思考が止まった。

一瞬誰の事だと考えたが、すぐにそれが誰を指しているのかはすぐに分かった。

…わたし達が探している人。雨宮雫さんだ。








確かに彼女ならこれくらいできるかもしれない。目の前で何度も見てきたから分かる。

あきらかに人間離れした身体能力を持っている彼女なら、この惨状も作り上げる事は可能だろう。

それにこの路地裏は、わたし達と同じように下の階から上がって来た場合は通る可能性がある。

だから彼女がやったと考えるのはおかしくはないのかもしれない。


けれど…わたしはそうは思えない。。

別に人殺しをしたことを責めているのではない。

良くないことだけれど、この場所ではそんな事を言ってられない状況ばかりだからだ。

誰かに襲われて、やむを得ず殺してしまうことだって…


だけど、この人たちを殺したのが彼女がだと思いたくないのは別の理由にある。

…それは、ここの死体の状態が普通じゃないからだ。

ここにあった死体はただ殺されただけじゃない。明らかにもて遊んだ形跡があった。

正直、人間の死体なんてあまり見たことがない。この施設で初めて見たぐらいだ。

そんなわたしでも分かるほど、彼らの状態はまともではなかった。


わたしの知る彼女なら絶対にそんな事はしない。こんな非道な事をする人じゃない。

こんな…子供がおもちゃで遊ぶように、人を殺めるなんて…

だから、彼女の言葉は信じられなかった。…でも、


「……」


神妙そうな顔でその場を確認している神代さんを見ると、簡単に否定もできなかった。

その表情の裏に、悲しみを隠しているように見えたから…


路地裏から出て、見た物を龍之介さんにも話した。

異常な死体。もて遊ぶように殺されたそれら。そして…それをやったのが雫さんじゃないかという事も。


最初、龍之介さんもわたしと同じように考えると思っていた。

彼女がやったわけがない、きっと考えすぎだと。そう怒ってくれると。

けれど、わたしが期待した返答が返ってくることはない。それどころか、全て事実だと肯定するかのように黙って聞いているだけだ。

その態度に腹が立ち、少し声を荒げながら彼に尋ねる。


「なんでそう簡単に受け入れられるんですか!?もっと雫さんの事を信じてあげても」


怒るわたしに彼ははっとし、わたしをたしなめながらその理由を話してくれた。


「前のフロアで俺達があいつを助けに行った時、あいつが捕まってた場所…さっきお前が話してくれたのと似た状態だったんだよ。」

「え…」

「…いや、正直もっとひどかったと思う。何十人もの人間を使って、飾りつけをしてるようじなものまであったんだ。だから…納得しちまったんだよ。ああ、やったのはあいつなんだって…」


聞けば、前のフロアでも同じようなことをしたらしい。

それも、こことは比べ物にならないほどの規模で。

…彼が嘘をついていないのは心を読まなくても分かる。

話している間彼は、今にも泣きだしそうなほど辛そう顔をしていたからだ。


「なあ舞。正直俺は…あいつに会うのが怖いんだ…」

「……」

「俺の知っているあいつは、誰かのために自分が傷つくのもいとわずに助けに入るやつだ。どれだけ辛くても、俺達に心配をかけないようにいつも笑っている。」

「そう…ですね…」

「だからこそなんだ。俺の知っているあいつが、あんなことをするなんて俺も信じたくない。…信じたくないから、あいつに会って、それが本当の事なんだって思わせるような奴に変わっちまってるかもって考えると…」


その時だ。静かな空気を壊すように、数発の銃声が響いた。

神代さんを筆頭に、わたし達はすぐに周りを警戒する。


幸いなことに周りには誰もいない。だけどまだ気は抜けない。

誰かが銃を使ったという事は、どこかで誰かが争っているという事だ。

今はまだ姿が見えないが、もしもその場に出くわした時、その人たちがわたし達に危害を加えないという保証はない。

だからこそ、どこにいるのかを知っておかなければいけないのだが、音が反響してどこからの音なのか分からない。


「ひとまず大通りの方へ向かいましょう。ここより見通しのいい場所の方が人を見つけやすいわ。」


その言葉に同意し、走り出した神代さんの後を追う。

銃声に混じって誰かの叫び声が聞こえ始める。それはまるで、何かが始めるのを告げるように。

先ほどまでの静かさが嘘のように、銃声と悲鳴が鳴りやまない。

あふれ出そうになる恐怖と涙を必死にこらえ、何かないかと周りを確認しつつ走り続ける。


もう少しで大通りにたどり着くという時だ。チリッっと何かの気配を感じ取った。

瞬間、わたしは考えるよりも早く、後ろを走っていた龍之介さんの方へ振り返り、彼を突き飛ばした。


「ちょっ!?」


とっさの事で、彼もわたしも受け身を取れずに地面に転がった。

かろうじて彼は、背負っている筒浦さんを潰さないようにしていたが、前に抱えている荷物と共に地面に倒れこんだ。


「いっつつ…なにし」

「伏せて!」


声を出すとともに、彼を地面に押し付ける。

刹那、彼が通ったであろう場所を銃弾が通り抜け、地面に突き刺さる。

アスファルトが砕け、小さな破片が飛んでいく。…もしもあのまま走っていたら、小さな破片は、彼自身から出ることになっていただろう。


「建物の影へ!筒浦さんは私が抱えるから急ぎなさい!」


彼女の言葉に従い、直ぐに移動する。

龍之介さんと一緒に地面に倒れた筒浦さんを神代さんが素早く回収し、わたしの後を追って直ぐに身を隠した。

…だが、


「龍之介さん早くっ!?」

「分かってるって!」


彼はなんと、リュックからこぼれた荷物を集めるのに必死になっている。

確かに食べ物や武器は大事だけど、今はそんな場合じゃない。

そう思っていると、再びあのチリッ…という感覚が首筋をかけ抜ける。

気付いた時には走り出していた。神代さんの制止を振り切り、彼のそばへと走り寄る。


落ちた荷物を拾うのに必死なのか、わたしが来たことにすら気づいていない。

そんな彼を無視し、引っ張っていこうと腕を取った。

その時だ。掴んだ右手に痛みが走る。


「え…」


一瞬思考が止まった。

なぜなら、引っ張っていこうとするわたしの手を彼が払いのけたからだ。

こちらを見ることもなく、邪魔をするなとでも言わんばかりに。

彼の行動が理解できず、なんで?どうして?と疑問ばかりが頭を駆け巡る。


「雪原さん!」


その言葉にハッとして、慌てて彼の腕をとり走る。

後ろで彼が何か叫んでいたが無視し、飛び込むように建物の影に入った。

その後を追うように、建物の壁が軽く弾ける。…あと少し遅れていたら、当たっていたかもしれない。

息を整えながら、彼が無事なのを見て安堵のため息が漏れる。


「ふぅ…怪我はないですか?」


怪我がないか知りたかったのもあり、そう声をかけた。

けど、


「…なんで邪魔したんだ!あれがないと困るだろ!」


わたしの心配など意に返さず、荒れた返答が返ってくる。

怒っているのか、目を細め睨んでくる。


「た…確かに困るかもしれませんが…わ、わたしの持っているのを分けますから、ここはあきらめて…」

「うるさい!今ならまだ取りに行ける!」

「ダメですって!出て行ったら撃たれちゃいますよ!?」

「だったら撃って来てるやつを先に殺せばいい!そうすれば」

「黙りなさい。」


突然、彼が横に吹っ飛んだ。

飛んでいった龍之介さんは、何が起こったのか分からないようで、目を丸めながら頬を押さえている。

そんな彼を、神代さんが冷たい目で見降ろしていた。


その視線に怯んだのか、さっきまでとは違って落ち着いたようだ。

今の内だと思い、彼に声をかける。


「お、落ち着きましたか?」

「お、おう…」

「龍之介さん、この状況で食べ物や武器が大事なのは分かります。けど、それは」

「分かってる舞。さっきは悪かった…俺、少しどうかしてたみたいだ。」


そう言う彼は、先ほどまで切羽詰まった様子は薄れ、いつもの彼に戻っていた。

どうやら少しばかり混乱していたようだ。こんな状況だ。仕方のない事なのだろう。

彼がいた場所を見ると、集めきれなかったどころかまた零れ落ちた缶詰や飲み物が転がっている。

全部集めれば、数日分ぐらいの量はあるだろう。


確かにあれだけの量なら、なくすのは惜しいけれど…そもそも荷物が多すぎたのでは?

少しばかり呆れたが、今は無事だったことへの安心の方が大きい。

…でもさっきの彼の様子。なんだか少し腑に落ちない。

いくら物資が惜しいからって、あの状況でそっちを優先するものだろうか?

いつもの龍之介さんなら、そんな事すぐに分かると思うのだけれど…


「本当に悪かったな舞。」

「え?」


わたしの考えを遮るように、龍之介さんが謝罪をしてきた。


「あ、いえ…もう気にしてませんから。でも、次からは気を付けてくださいね?」

「ああ、気を付ける。」


…きっと気のせいだろう。危機的状況のせいで混乱しただけだ。

そう結論づけ、これからの事を相談しようと神代さんを見た。

神代さんは遠巻きにわたし達を見ていた。…いや、見ているというよりも、観察しているように思える。

その視線は主に、龍之介さんへと注がれているように感じ取れた。


「神代さん?」

「…ねえあんた。」

「な、なんだ?いやさっきは本当に迷惑かけた…悪かった…」

「そんな事はどうでもいいわ。それよりあんた…いえ、まずは安全な場所を探しましょう。話はそれからよ。」

「?お、おう。」


何かを言おうとするのをやめ、小道を先に行ってしまう。

わたし達は少し疑問に思いながらも、その後をすぐに追いかけた。


きっと、この時点で彼女には分かっていたのだろう。


龍之介さんの身に起こる異変に。

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