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EDEN  狂気と裏切りの楽園  作者: スルメ串 クロベ〜
123/126

3-1.見慣れた風景と壊れた日常

生きてます。


わずかな振動と、駆動する機械音を静かに鳴らしながらエレベーターは昇っていく。

円形に広がる空間は、数十人は乗れそうなほど広い。わたし達4人はそれぞれ離れた位置に立ち、上階に着くのを待っていた。


神代さんは、手すりにもたれかかり目をつむっている。時折腕をさすっているが、空調のせいだろうか。

龍之介さんは床に座り込んでいて、そのすぐそばには鞄を枕にして筒浦さんが寝かせられている。

この空間が醸し出す緊張感のせいか、わたしを含め誰も話そうとしない。


未道さんが去った後、わたし達は扉をくぐりこのエレベーターへとたどり着いた。

すぐに後を追おうとしたが、上階へと上がるエレベーターが次に下りてくるまでに数時間かかり、それまでただ待つことになってしまった。

幸い、それなりの広さはとソファーなどは設置されていたため休息をとることができた。

けれどみんな、どこかそわそわしているというか、落ち着きがないように過ごしていた。

…それも当然だ。


先に行った未道さんたちはどうなったのか、その事がどうしても気になってしまう。

それに、雫さんに至ってはすでに1日経ってしまっている。

怪物に襲われていないかとか、誰かに酷いことをされていないか等ずっと心配してしまう。

…それと同時に、彼女が誰かを傷つけていないか…と考えてしまいそうになる。

すぐにでも上階へと行きたいのに、行くことができない現状に憤ることしかできない。


上を見上げても、暗闇が広がっているだけで何も見えない。足に感じる振動がなければ、昇っているか分からないほどだ。

…このエレベーターの先には何があるのだろうか。

もしかしたらこの先は地上で、この施設から出ることができるのではないだろうか?

そんなわけがないと思いつつも、少しだけ期待してしまう自分がいる。それほどまでに、ここでの生活は苦痛で満ちていたからだ。


もし本当に外に繋がっていたとしたら、雫さんはわたし達を待っていてくれているだろうか。

それとも、既に施設から脱出しているのだろうか。…そして、わたしの時みたいに他の人を傷つけているのだろうか…

ダメだと思っていても、彼女の事を考えるたび、誰かを傷つけているのではないかと考えてしまう。

それほどまでに、最後に会った彼女は別人へと変わり果てていたからだ。


けど、どれだけ変わっても、雫さんはわたしの大切な人だ。

だからこそ、誰かを傷つけようとしていたら絶対に止めないといけない。これ以上彼女に…友達に罪を犯してほしくないから。


「……」


…だけど、わたしに彼女を止めることができるのだろうか。

いや考えるまでもない。それができないことは、自分が一番分かっている。


最後に襲われた時、わたしは何もできなかった。

近づいて注射を打とうとしたが、気づいた時にはお腹を貫かれ気を失ってしまった。


全身から熱が消え、現実との境界が曖昧になっていくあの感覚。

痛みを感じることもできなくなり、体から血液が流れ出て死へと向かっていく。もう二度と味わいたくない。

…あんな状態になったにもかかわらず、どうしてわたしは生きているのかが分からない。

神代さんは、変異したことによって回復力が上がったからと言っていたが…それだけじゃない気がする。


それに、お腹を貫かれるあの感覚。…あれにはどこか既視感があった。


貫かれた瞬間、フラッシュバックするように過去の光景が脳裏に浮かんだ。

一体いつ?施設に来る前にそんな大けがをした覚えはない。だけど、確かに覚えがあった。

…分からない。大切なことだと思う。だけどそれがいつだったのか、思い出すことができない。


これからわたしは、どうすればいいんだろう。

もちろん目的はある。友達を助けて、施設から一緒に出る。

だけど、どうしたらその目的を達成できるのか…方法が分からない。

目的はあっても、そこへ至るために何をすればいいのかが全く思いつかない。


こうやって自分で悩むようになって、ようやく彼女の苦悩を理解できる気がする。

今までのわたしは、全てを彼女に押し付けていた。目的も、方法も、それを実行することすら全部だ。

もっとできる事があったはずなのに、全てを彼女に押し付けて考えようともしなかった。

その結果、彼女は一人で行ってしまった。…いや、行かせてしまった。


わたしには足りないものが多すぎる。

力も、経験も、知識も、覚悟も。何もかもが足りていない。

何かをしようとするための力が何一つ足りていない。そんな当たり前のことに、大切なものを失うまで気づけないなんて…本当に情けない。


でも、まだ失ったわけじゃない。まだ、取り戻せる。

だから…


「…着いたわ。」


今度こそ、完全に失ってしまう前に取り戻そう。必ず…








振動が徐々になくなり、静かに目的の場所へとたどり着いた。

エレベーターがたどり着いた先に見えるのは、数人が入れるようなわずかな空間とその先に鎮座する扉。

非常灯のわずかな明かりが、殺風景な空間を照らしている。

わたし達が降りると、地面から柵が伸びてくるのと同時に、エレベーターが下の階へと移動していった。

…もう後戻りはできない。


「あなた達、拳銃を取り出してすぐに撃てるようにしておきなさい。」

「?どうしてですか?」


わたしがそう問いかけると、神代さんは若干呆れながら答えた。


「…先に行った連中が待ち伏せしている可能性がある。そうじゃなくても、何が待っているか分からないわ。」

「そ、そうですね。すみません…」


今まで危険な目には何度も合ってきたはずなのに、未だにそんな事に気付かないなんて…


「死にたくなかったら、常に注意を張らいなさい。…あの子を助けたいのでしょう?」

「っ…はい!」

「私が先行して様子を探る。あなた達は背後を警戒しつつ後に続きなさい。…じゃあ、行くわよ。」


彼女が扉横の機械にGフォンをかざす。


『認証しました。扉を開錠いたします。』


音声の後、扉が開く。

扉の隙間から、薄暗い空間に向かって光が差し込み視界を白く染めていく。

あまりのまぶしさで目をつむってしまい、何があるのかが見えない。

それでも言われた通り、拳銃だけは握りしめる。


「行くわよ。」


神代さんの声に続いて外へと踏み出した。

未だに目がくらんで何も見えないが、足に感じる地面の感触が変わったことが伝わってくる。

少しずつ目を慣らそうと、薄く目を開けるわたしを、少し冷たい風が撫でるように吹き付けてくる。


…風?


疑問と共に目が慣れ、目の前の光景を映し出す。


「……え?」


視界に飛び込んできた光景に、わたしは呆気にとられることしかできなかった。

あまりにも当たり前で、だけど…ずっと目にすることができなかったものがそこにはあった。

それは隣にいた彼も同じだった。わたしに問いかけるように彼がつぶやいた。


「おい…あれって、家…だよな…てかこの街並み…」


彼の視線の先には、赤い屋根の住宅。

その周りにも家やマンション、アパートなどの建物が立ち並び、電柱から伸びる電線が至る所へ伸びている。

それだけじゃない。今立っている地面は、ガードレールに囲まれた歩道で、その先には黒く舗装された道路が続いている。

ごくごく当たり前で、記憶の中にある日常の光景。ずっと帰りたかった場所が、目の前に広がっていた。


「おいおいマジかよっ!やったな舞!俺達外に出られたんだ!」

「はい!はいっ!本当に…嬉しいですっ…」


嬉しさのあまり涙があふれる。龍之介さんも、筒浦さんを落とさないように気を付けながらも喜びを隠せない様子だ。

よかった…本当によかった…

これで後は、雫さんを見つけて止めるだけ。それも、外に出ることができた以上、上手く行きそうだ。

ここなら警察の手を借りられる。それ以外にも方法はいくらでもある。

そうわたしが考えていた時、ふと神代さんが視界に入った。


わたしと龍之介さんはこの状況に喜び、はしゃいでいる。

当然だ。目的の一つを達成できたし、もう一つの方も上手く行く算段ができたのだ。喜ばない方がおかしい。

だというのに、神代さんは険しい表情で辺りを観察し続けている。それが気になった。


「神代さん?なにかありましたか?」

「…ぬか喜びさせるようで悪いけど、ここは外じゃないわ。」

「…えっ…そ、そんなわけ…」

「あまりにも静かすぎる。それに車の1台も通らないのはどう考えても不自然よ。よく見れば地面も真新しいし、それに…あれを見て同じこと言える?」

「…っ!」


彼女が指をさした方を見て、わたしは愕然とした。


「なんだ…あれ…」


隣にいる龍之介さんも、困惑の声が漏れ出ている。


そこにあったのは、1本の線。


住宅街の奥から、空へ向かって伸びる何か。地上から空のはるか彼方まで続いている。

どれだけの大きさなのか検討もつかない大きさ。だけどわたしは、外でそんなものを見た覚えはない。

…いや、何かじゃない。わたしはあれを知っている。だって…さっき乗ってきたじゃないか。

下から上へと移動する場所。…あれはエレベーターだ。


つまり…ここはまだ、地下だということだ。


そう認識し目を凝らしてみると、いろいろと不自然なところに気付く。

神代さんの言った通り、自動車や電車など、乗り物の音が一切しない。

建物も、築年数が経っていそうな建物もそう見えるだけで、触ってみれば真新しい素材を古く見せてるだけだ。

空を見上げれば雲は動いておらず、青空のところどころに線のような物が見える。

顔に当たる風。空を流れる雲。暖かな太陽の光。見慣れた街並み。

そのすべて…全部が作られた偽物だった。


「…あれ、映像だ。…ああクソッ!…マジかよ…」

「……」


わたしよりも目がいい龍之介さんが、顔をしかめながら言った。


…もう疑いようがない。目の前に広がる光景が、どれだけ望んでいたものだとしても、全てまやかしの物だった。


希望を持った分、それが嘘だと分かった時の落胆は大きい。

わたしは膝をついて、座り込んだ。…触れた道路は本物にしか感じられない。だけど、そうじゃない。

…ここは外じゃない。まだなにも解決してない。


…わたし達はまだ…この楽園に捕らわれたままだ。

モチベーションになりますので、感想コメント、いいね、評価お待ちしております。

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※1/12追記 胃腸炎→インフルのコンボでくたばってました。

体調もだいぶ戻ってきたので、少しずつ続きを書いていきます。

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