0-4.壊れた少女の存在価値
子供の頃からずっと、思っていたことがある。
どうして自分はこんなにも不幸なんだろう…と。
過去を振り返っても、思い出せるのは苦しみと痛み記憶ばかり。
周りが楽しそうにしているのに、自分はその輪の中に入れてもらえない。近づいただけで、異物を排除するように拒絶される。
どうして?そんな疑問ばかりがずっとあった。
最初はその理不尽さに泣いてばかりだった。
けれど、いつしか涙が出なくなった。苦しみを異常だと感じられなくなっていたのだと思う。疑問に思う事すらなくなった。
そんな時、手を差し伸べてくれた人がいた。
その手を取ってから、あたしの人生は少しだけ明るく…ならなかった。
彼女と一緒にいられる時間は短く、日常を変えてくれることはない。
でも手放すことはできない。暗闇の中でも、あたしを照らしてくれるろうそくの火を握り続けていたかった。
そうすれば、壊れてしまったあたしの心も少しだけ正常に戻っている気がしたから。
そうして日常を耐え抜き、高校へ進学するとなった時だ。ふと、あたしの中で何かが燻った。
桜が咲き、あたし以外の皆が別れを惜しんでいる。おそらく普通の人にとっての人生の1ページ。
けれど、あたしにはそれがない。あたしには別れを惜しむ人なんてここにはいない。
周りが騒ぐ中、一人机に座って俯いている。周りの邪魔にならないように。誰の目にもとまらぬように。
笑い声があふれる。
楽し気な会話。未来への期待と希望。友人たちとの最後の時間を楽しんでいる。
それを見ても何の感情も浮かんでこない。雑音にしか聞こえない。心は動かない。
だから、
「……どうして?」
その言葉が、自分の口から漏れ出たものだと理解するのに時間がかかった。
どうして?いったい何に対しての疑問だろう。
疑問に思う事なんて別にない。あと少しで、この生活から抜け出せる。それまで耐える事なんてわけない。
?…なんであたしは、今の生活の事なんて考えた?
「ッ!」
「うおっと!…ってこいつかよ。チッ!」
「……」
クラスの男子がぶつかってきた。
彼は謝ることもせず、会話へと戻っていく。お調子者の彼の周りには、それを囲むようにみんなが笑っている。
きっとこの先も彼は、そうやって人に囲まれていくのだろう。あたしと違って。
…どうして違うのだろう。
そもそも、なんでこんな目に遭っているんだろう。
始まりは、父子家庭で育ち、少し裕福だからという理由だった。
なにが気に入らなかったのかは分からない。でも、そんな些細な理由でいじめは始まった。
あたしに落ち度があったわけじゃない。悪い事なんて何もしてない。だというのに…
なんであいつは同じ目に遭わないんだ?
「あん?なんだお前その目は…なんか文句あんのか!?」
そう言って机を蹴られる。周りはそれを見て笑っている。
…ああ、そうか。だからどうして…なんだ。
あたしが何年もこんな目に遭っているのに、どうしてこいつらは笑っていられるんだ?
なんでひどい目に遭わないんだ?同じ目に遭わないんだ?未来への希望を話し合えるんだ?
どうして…まだ生きているんだ?
だから消してやった。一緒にいた担任も。
だってそいつらには、未来への希望なんて持つ資格はない。
他の奴らも同じ目に遭わせてやりたかったが、手が足りなかったのであきらめた。
けど、あたしが手を下さなくても、あいつが死んだことで勝手に震えていた。だから今はそれでいいと思った。
そして、あたしには希望を持つ資格がある。
高校は彼女と同じ学校。それだけで、今まで感じたことのなかった喜びが沸き上がってくる。
…だというのに。
その彼女は、少し合わない間に感情をなくしていた。
たった数日合わなかっただけで、別人になっていた。
どうして?と彼女に聞いても何も答えてくれない。それどころか、肩を掴んだ手を強引に叩き落とされた。
状況を飲み込めず、困惑しているあたしに、
「…ごめん雫。結の事を頼めない?あなたしかいないの。」
彼女の姉は頭を下げ頼んでくる。…何を言っているんだろう。
やっとあの苦しいから抜け出したのに。これから来るであろう楽しい日々に期待していたのに。待っていたのはこれ?
どうして?あたしが何をしたっていうの?どうして…あたしはこんなにも不幸なの?
…今は考えても仕方ない。とにかく彼女の世話をしないと。
話によれば、いずれ元に戻るそうだ。それまでの辛抱だ。むしろ、彼女への恩返しとでも思えばいい。
大丈夫。きっと望んだ未来は来てくれるはず。
けれど、その未来は数か月経っても、来ることがなかった。
「ねえ雨宮さん。この後暇?よかったらカラオケ行かない?」
高校に進学して数か月。放課後帰り支度をしていると、クラスの女子数人が誘ってきた。
その後ろには男子が数人、ニヤニヤと何か話している。きっと合コンでもするのだろう。
あたしは、
「ごめーん!今日も神代さんの付き添いがあるの!」
「あ~やっぱり?」
「ほんとごめんね!神代さんの体調が戻ったら付き合うから。」
「分かった!楽しみにしているね!」
そう言って男子を連れ教室から消えていく。
…ああ。
本当に目障りだな。
たいして仲もよくないのに、馴れ馴れしく話しかけてきてほしくない。
顔を見るだけで吐き気がする。さっきも思わず、首を絞めそうになるのを抑えるので大変だった。
あいつ…いつも結ちゃんを睨んでいる。あたしが知らないとでも思っているのだろうか?
あたしの親友に敵意を持っている奴なんかと、誰が一緒に行くわけがない。
そう思っているのに、かまわず踏み込んでくる。さっきの誘いだって、おそらく人数合わせだろう。
そのたび笑顔を張り付けて、心にもない言葉で取り繕う。本当に疲れる。
そんな生活をずっと続けている。それもひとえに彼女のためだ。
「結ちゃん、放課後だよ。今日も病院行くでしょ?」
「……」
虚ろな瞳でタブレットを操作している彼女。
動こうとしない彼女の代わりに、荷物をしまい帰宅の準備をする。
彼女の鞄を持ち、手を引く。それに何の反応も示さず、ただ黙ってついてくる。
これが今のあたしの日常。
でも不満はない。昔に比べれば、今は十分幸せだ。
それに、いつかは結ちゃんも元に戻ってくれる。それまではあたしが彼女を守ってあげないと。
元に戻ればきっと、昔みたいにいろんな人を助けてくれる。そんな、優しい人に戻ってくれるはずだ。そう思えば少しは苦労が報われる。
前みたいに、みんなのために頑張ってくれる人に。そう、みんなの…
ズキリと胸が痛む。…まただ。でも理由は分かっている。
もし結ちゃんが元に戻ったら、きっとまた人助けをするだろう。
そうなったら、昔とは違ってきっとみんなが彼女に感謝する。きっと人気者になれるだろう。
…でも、そうなったら…あたしは?
他人を助けたいなんて思えないあたしは、彼女と一緒にいられないかもしれない。
もしかしたら、あたし以外の誰かが彼女のそばにいることになるかもしれない。
そうなったら…あたしは必要ない。
必要なくなったら…その時は…
いや、そんなはずない。大丈夫…なはずだ。彼女はあたしを捨てたりしない。
…本当に?
どうしても不安がぬぐえない。そうなった絶望が想像できてしまう。
あたしは彼女と違って優秀じゃない。あたしよりも頭のいい人なんて周りにいる。運動もそうだ。
あたしの代わりはいくらでもいる。だからいつでも捨てられる。
…嫌だ。それだけは嫌だ。捨てられたくない。必要とされたい。
でもどうすればいい?どうやってあたしの必要性を示せばいい?
あたしにできることなんて…
悩みながら下駄箱へと向かっていると、
「ほんっとうざいよね!せっかく誘ってやってんのに!」
さっきの奴らの声がした。
「ほんとだよ!あーあどうすんのさ?人数足りないじゃん。それと、引き立て役も。」
ケタケタと不快な笑い声と共に聞こえてくる不愉快な会話。
どうやらあたしの思った通りだった。こいつらと一緒に行動することは、今後一生ないだろう。
今すぐ出て暴言を浴びせてやりたいが、それをするとどんなことをしてくるか分からない。
…仕方ないここは耐えよう。
見つかると面倒だと思い、そいつらがいなくなるのを待つ。
「マジむかつくよね。だまって従ってりゃいいのに!」
「だよね~。」
「ほんっと!あいつも、その飼い主もきもいっての!」
「それな!いっつも何かしてるのに、センコーも何も言わないのって理不尽だしー。」
「…ねえ。あいつらに少し、痛い目に遭ってもらわない?」
「何々?いやがらせでもするの?きゃははは!ひっどー!」
「いじめじゃないって、躾だよ!躾!あたしらが、ちゃんと教育してやんの!」
「きゃははは!!それ最高!いいじゃんやろやろ!」
胸の内から黒いものが湧き出てくるのを感じる。
…ああそうか。こいつらは、あいつと同類か。
あたしをいじめて楽しんでいた、あいつらと同じだ。
自分たちの快楽のために他人を攻撃し、尊厳を貶める畜生共。
このまま放っておけば、前みたいないじめがまた起こる。それもあたしだけでなく、結ちゃんも巻き込んで。
そのなる前に、何とかしないと。でも前はいじめがなくなることはなかったし、どうやって止めたらいいのだろう。
…いや、簡単な方法があるじゃないか。
いじめは、それをする奴がいるから起こる。だったら?
そいつを消せばいい。
すごく簡単で確実だ。前にもやったことだ、やり方は知っている。
それに丁度いい。
これをすれば、きっとあたしは彼女にとって必要な人になれる。
そうか…これか。これが、あたしにしかできないこと。あたしの存在価値。
今回はどうやって排除しよう?前みたいに、捨てた後見つかると面倒だ。
…そういえばお父さんが、実験に使う動物を欲しがっていた。今回は父にあげればいいか。
そうと決まれば、明日から準備を始めよう。
「大丈夫だよ結ちゃん。あたしが…絶対に守ってあげるから。」
隣にいる彼女を抱きしめそう語りかける。返事はないけれど、きっと喜んでくれるはず。
大丈夫。あなたの邪魔をする奴は全員、あたしが始末する。だから安心して。
それにこれをやれば、あたしにも価値があると分かってもらえる。
そうすればきっと、あなたはずっとあたしを愛してくれる。
…その為ならあたしは、どんなことでもやる。
だって…そうしないと、誰もあたしを愛してなんてくれないのだから。
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