0-1.それぞれの日常とはじまり。1
本編開始前の真壁龍之介視点になります。
「それでは真壁君、研修頑張ってくださいね。」
「は、はい!頑張ります!短い間ですが、よろしくお願いします!」
優しく微笑む自分の教育担当の先生に、しっかりとあいさつをする。
緊張のせいもあって、思ったよりも大きな声が出てしまい、周りにいる先生方もこちらを見ては微笑ましそうにしている。
顔が熱い。鏡を見ればきっと、茹でだこのように真っ赤になっている自分の姿が映るだろう。
…この程度で落ち込んでいられない。
しっかりしろ、失敗はしてなんぼだろ。
そう自分に言い聞かせ、職員室から退室する。
今日は実習初日、しっかり見て覚えないと後が面倒だ。
気合を入れ、研修をこなしていく。
…やっぱり、実際に授業を見ると違うものだ。教師それぞれに特徴があって面白いし、勉強になる。
教え方のコツから話し方、板書の仕方や生徒への注意など気にしなければいけない点が多い。
これを後日、自分がやることになるかと思うと不安しかない。…胃が痛い。
怒涛の如く初日の時間が流れていく。
俺は廊下を歩きながら、授業で取ったメモをまとめる。
すれ違う生徒からは好奇なまなざしが向けられる。まあ、普段いない若い男がいるんだ、気になるのは当然だろう。
そういった子達は、あいさつをしてやると返事をして去っていく。この研修中に少しでも仲良くなれるといいんだが…
そう考えながら去っていった生徒を見ていると、背中に誰かがぶつかった。
振り返って確認してみると、女子生徒だった。
すぐに謝ろうとしたが、その子を見て思わず固まってしまった。
「……」
…なぜだろうか、背中に悪寒を感じる。
いや、理由は分かり切っている。目の前の小さな女の子だ。
銀色の髪をしたその子は、タブレットPCを見つめ何かをしている。
…その目が、あまりにも怖かった。
子供の頃に見た、日本人形のような無機質な目。いや、それ以上に冷え切った目をしている。
まるで、何もかもが抜け落ち、人間の形をしているだけの存在。
見た目は女子生徒にもかかわらず、そんな人形のような目をしている少女の異常さに恐怖を感じずいられなかった。
その為、その場から動けずにいると、その子は何事もなかったかのように横を通り去っていった。
本当なら注意するべきだったのかもしれない。でも、自分にできたのはその背を見送ることだけだった。
それほどまでに、あの子は異常だった。
「な、なんだ…あの子…」
「すみません!結ちゃ…神代さんが迷惑をかけたようで。」
「え?っ…!」
また背後から声がし、振り返る。
瞬間、雷を撃たれたような衝撃が走った。
オレンジの髪をした女の子。申し訳なさそうに笑いながらこちらを見ている。
さっきと違い、普通の子。それだけで、安堵のため息が漏れる。
でも、それだけじゃない。この子を見た瞬間感じたこの気持ちは…
「あの…」
「え、あっえ?な、なんでしょか?」
「…ふふ。いえ、先ほどあたしの友人がぶつかりましたよね?なので代わりに謝罪をしようと思いまして。」
「あ、ああ!だ、大丈夫だ。気にしなくていいぞ。」
「…すみません、あの子少し事情があって。またご迷惑をおかけすると思います。」
「そうなのか。わかった、気に留めておくよ。ありがとう。」
「いえ、こちらこそ。それでは。」
そう言って、さっきの子を追っていった。
その背が見えなくなるまで、ぼーっと見ていた。
キーンコーンカーンコーン…予鈴が聞こえ、正気に戻る。
「っやべ!移動教室だった!」
目的の教室へと急ぐ。さすがに初日に遅刻するのはまずい。
少しばかりまずい状況だというのに、俺は別の事を考えていた。
…名前聞いとけばよかったな。
そんな考えが、心に引っかかて取れなかった。…そのせいか、授業には遅刻した。
なんやかんやあって、研修は進んでいった。
なぜだか自分でも分からないが、研修はかなり上手く行った。
先生方に指導されたことが、スポンジが水を吸うように吸収し身についていく。
あまりにも覚えがいいためか、先生方の評価は上々。
生徒たちとも、積極的にコミュニケーションをとることができたおかげで、関係は良好だ。
…正直言って、自分でも信じられないほど上手くいった。
教えてくださった先生方も、今すぐ教師としてほしいぐらいだと太鼓判を押してくれたほどだ。
どうしてここまでやる気が出たのか…不思議でならない。
はっきり言って俺は、大学の成績があまりよくない。
成績は平凡だし、講義中に居眠りすることもあり、あまり褒められたものじゃない。
そもそも教師を選んだのだって、他にやりたいことが見つからず何となくで決めたことだ。
本心でやりたいと思ったことがない。そのせいで、いまいち身が入っていなかった。
…だというのに、今回の研修は驚くほど上手く行った。
いや、理由は分かっている。それは…
「っ!おう、雨宮。それに神代も。調子はどうだ?」
「こんにちは。調子は、いつも通りですよ。」
この子が原因だろう。オレンジ髪の笑顔が可愛い女の子、雨宮雫。
初めて会ったあの日から、なぜかこの子の事が気になって仕方なかった。
そのせいなのか、雨宮を学校で見かけることが多く、会えば世間話をするほどの仲になることができた。…無意識のうちに、彼女を探していたのかもしれない。
なぜそんな風に思うのかって?それは…
「真壁先生、肩にゴミがついてますよ?」
「え、どこだ?」
「動かないでください。…はい、取れました。先生?」
「あっえ?!ああ…ありがとうな。」
この子の事が好きだからだ。
今だってそうだ。肩に手が触れただけで、飛び跳ねそうなほど緊張したし、嬉しかった。
顔が熱くなっているのも分かる。それを悟られないように、必死に別の事を考えて静めようとしても雨宮の姿が見えるたびに熱くなる。
最初は少し可愛いぐらいのつもりだった。けど、彼女の事を知るたび、気持ちが膨れ上がっていった。
雨宮は、神代と一緒にいることが多い。いや、多いというよりも絶対に一緒にいる。
それは神代に原因があるように思えた。あの子たちの関係を表すなら、こうだろう。
介護する人と、される人。前者が雨宮で、後者が神代だ。
雨宮と一緒にいるからか、神代の事もたまに見る。…彼女の行動は、はっきり言っておかしかった。
まるで機械の様だった。常に手元のタブレットを操作して、何かをしている。
授業中も、休憩時間も、登下校時も。一心にタブレットを操作し続ける姿は、まさに異常だ。
誰とも会話せず、関わりもしない。とても学生とは思えないその態度には、先生方も困り果てていた。
普通なら退学になると思うが、なにか事情があるのかそうなっていない。
そんな彼女を支えているのが雨宮だ。
常に彼女の後を追い、手助けする。
食事をしない彼女に、ご飯を食べさせ。何かあれば彼女の代わりに謝罪する。
はたから見ていても、可哀そうだった。どうして、そこまで神代に固執するのだろうか。
…だけど俺は、そんな献身的な彼女の姿がとても魅力的に見えた。
ああやって、誰かのために動ける人はそういない。それも1日中。俺には無理だ。
だけど彼女はやってのけている。俺が研修に来てからずっと。本当に尊敬するレベルだ。
そうやって、彼女の事を考えるたびに気持ちが大きくなっていく。
…そして、ついには抑えきれなかった。
「雨宮。」
「なんでしょうか?」
「…ほ、放課後ちょっと体育館裏に来てほしい。」
気づけばそう口にしていた。
その日、何をしていたのか全く覚えていない。気づいたら放課後だった。
すぐに片づけを終わらせ、体育館裏へと向かう。
…彼女はそこにいた。
「真壁先生。どういった要件でしょうか。」
「あ…う…えっと、その…」
ほぼ勢いだけで呼び出したせいか、いざとなると言葉が出ない。
…言え。伝えろ。今まで生きてきて、こんなにも真剣な気持ちは初めてだろ。ちゃんと伝えるんだ!
「雨宮!お、俺は…!お前がっ…」
「はあ、あたしが。」
「お、お前が好きだ!俺と付き合っ…え…」
…その時の事を俺は一生忘れない。
目の前にいた雨宮雫。いつも、キラキラとした彼女…のはずなのに。
そこにいるのが同じ人物とは思えなかった。…雰囲気が、完全に別人だった。
その姿に、背筋が寒くなっていく。手のひらは汗で湿っており、口の中から水分が抜けていく。
…この感じには覚えがある。あの時と同じだ。
彼女を見る。…見覚えのある瞳がそこにあった。
「……」
無機質で、何もかもが抜け落ちた目。光がない死んだ瞳。
…いや、それだけじゃない。その奥になにか…黒く、深く……
「っ!」
思わず目をそらした。見ているだけで、吸い込まれそうな闇がそこにある気がした。
「真壁先生。」
彼女の声がする。いつもと変わらない声…のはずなのに、今はその声が恐怖を掻き立てる。
視線を戻して彼女を見る。…首から下は、いつもと同じ彼女の姿。だけど…
「すみませんが用事を思い出しました。これで失礼します。」
「あ、ああ…」
言葉を発する彼女は、完全に無だった。そこに何の感情もなかった。まるで、地面の石ころを見るような目だ。
黒く濁り、光も届かない、深く沈みこむような闇。…神代がしていた目なんて比較にならないほど、人に恐怖を植え付ける目をしていた。
それを見て、俺は何も言えなかった。横を通り抜けていく彼女を見ることができなかった。
そしてこう思った。
「…あいつは…誰だ?」
その後俺は、逃げるように研修を終わらせ大学に戻った。
しばらくは、そのことを忘れようと日常を過ごした。
時折、あの時の目が夢に出てきてうなされることもあったが、しばらくするとそれもなくなった。
伝染した狂気が抜けきり、退屈な日常へと戻っていく。
…多分、彼女に会うことはもうないだろう。
あんな目をする彼女の事が、気にならないと言ったら嘘になる。
だけど、それ以上に恐怖が勝って俺を縛り付けた。…忘れよう。
雨宮や、神代の事を忘れて平凡な日常を生きよう。そうすればきっと、平和な毎日が続いていく。
…だが俺は、それを選ぶことができなかった。
秋。研修先だった学校から、文化祭の招待を受けた。
将来役に立つからと、好意での誘い。ほかの人なら二つ返事で受けるだろう。
俺は迷った。…また、あいつらに会うことになる。
1年経った今、あいつらはどうしているのだろう。
断ることもできる。行かなければ、もう二度と関わらずに済む。
けれど俺は行くことにした。
あの二人がどうしてあんな目をしていたのか、それを知りたい。
本音を言えば、今でも雨宮の事は好きだ。だからこそ、彼女の事を助けてあげたい。
…俺はその選択を後悔することになる。
ちょっと1章の文章を変更しようと思います。今読み返しても、ギャグ色が強いような気がするので。
その為、3章の更新が少し遅れるかもしれません。
もしよかったら、書き直した1章を読んでみてください。
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