2-46.わたしの目指すべき戦いと…
おそらく、あと4話ぐらいで2章も終わります。
「はあっ…はあっ…」
何とか体を起こし、静かに近づき、蔓木が動かないことを確認する。…ナイフを突きつけても、動かない。
他にも銃を突きつけたりもしたが反応なし。それは、さっきまで感じていた殺気を感じないことからも分かった。
…殺してしまった?そう思ったが、わずかに呼吸をしており、気を失っているだけだと分かる。
「や、やった…出来た。私の役割…ちゃんとこなせてっ痛!」
張りつめていた糸が緩み、地面に座り込んだ。
しかしそのせいで冷静になってしまい、さっきまで感じていなかった痛みが全身を襲った。
刺し傷、銃創、打撲、捻挫など、体中傷だらけで、呼吸をするたびひどく痛む。
だがそれを労わっている余裕はない。…わたしは、決めなければいけない。
「……。」
蔓木をどうするのかを。手足を縛って、動けなくするのか。それとも…この場で殺すのか。
彼女を見る。…衣服は所々が焦げて破れている。残っている部分も、血が滲んで黒くなっている。
彼女自身も、床に突っ伏し動かない。かすかな呼吸音だけが、彼女がまだ生きているという証明。
…この場で彼女を逃がしても、生き残るのは難しいだろう。
むしろ、まだ生きているのが不思議なほどだ。
それにここで殺してしまった方が、わたし達にとってもメリットしかない。…結ちゃんにした、仕打ちも忘れていない。
ゆっくりと拳銃を構え、彼女に向ける。
…相手は動かない。距離も近く、外すことはない。
歯を食いしばり、心からあふれ出る善意をねじ伏せ、そして……引き金を引いた。
「…う……ここ…は…っ!」
「目が覚めましたか?」
「!…どういうつもり?なん…で、私はまだ生きてるの?」
「……わたしが、殺したくなかったからです。」
「…は、はあ?」
わたしは彼女を撃てなかった。
この期に及んでまだ、人を殺すことへの忌避感を捨てることができなかった。
…情けないとは思う。けど、これでよかったんだとも思っている。
確かに彼女がしてきたことは悪だと思う。人を洗脳して、手下のように扱う。
さらにはわたしの友人を攫い、傷つけた。許せない気持ちは今も、胸の中で燻っている。
今も彼女が話すたびに、胸の奥の怒りが顔を出そうとする。
…だけど、そのたびに相手を殺して、恨みを晴らして、消してしまうのは違うと思う。
そんなことを続けていれば、その先に待っているのは…怪物への道。
たとえ体が人間だったとしても、心は化け物へと変わってしまう…そんな予感がする。
だから…これでよかった。わたしはこの先も、人間であり続けたいから。
それに、気になっていることもあった。
「なに?お情けのつもり?それとも、自分の手が汚れるのが嫌だった?」
「…そうですね、そういった理由もあると思うので否定しません。」
「なにそれ!この期に及んでまだそんな甘えた考えを持っているなんて馬鹿じゃないの?!」
「かもしれません。あなたを生かしておく理由よりも、殺してしまう理由の方が多い。…でも、それでもわたしはあなたを殺しません。」
「………あきれた。あなた、よくここまで生き残ってこれたわね。どれだけ他人に迷惑をかけてきたの?」
「ずっとですよ。あ~今もですね…ほかの人が知ったら、なんて言われるでしょうか…」
「知らないわよ……まあ、いいわ。今は気分がいいの。久しぶりに頭がはっきりしてる。こんなのは、ここに来た時以来ね。」
「…聞きたいことがあるんです。あなたは最初から、自分のためだけの場所を作ろうと思っていたんですか?」
「……。」
わたしの質問に彼女は答えない。ただ、憑き物が落ちたように柔らかな笑みを浮かべている。きっとそれが答えだろう。
…多分蔓木は、最初からこんなバカげたことをしていたわけじゃない。
きっと初めは、この施設に連れてこられた人達を助けたかったんだと思う。
怪物がうろつき、いつ死ぬかもわからない。食料も限りがあり、人同士で争う。そんな状況を何とか変えようと、していたのだろう。
…それが、何かが原因で狂った。救うはずの場所が、奪う場所に変わり果ててしまった。
「いつから、今みたいになったんですか?」
「さあね、うまく思い出せないわ。…でも、そうなってしまったのはきっと、私が弱かったから。」
「そんなこと…」
「力の強さじゃない。…私は、心が弱かった。傷つくのが怖くて、責任を持つのが怖くて…人の悪意が怖かった。だから、洗脳して他人を従えた。…自分が傷つかないように、そこにいた人達を駒に変えてしまった。」
「…あなたがどんな苦労をしたのか。それをわたしは知りません。理解できるなんて、偉そうなことも言えません。だけど…」
彼女はずっと孤独だった。周りが怖くて、頼ることができず、自分のいう事を聞くだけの駒しか信用できなかった。
…でも、それでも彼女なりに何とかしようとしたのだろう。
だから、きっとこう言ってあげるべきなんだ。
「お疲れ様です。あなたがしてきたことの全てが正しいとは言いません。ですが、そこにいた人たちを守ったことはきっと、蔓木さんが誇るべきことですよ。」
「…はは。あぁ…そっか。私頑張ったんだ…間違ったけど、頑張ったんだよ…うぅ……」
「はい、本当にお疲れさまでした。」
わたしの言葉を皮切りに、彼女は子供のように泣き出す。
それをわたしは、ただ黙って慰め続けた。
「ぐす…ごめんなさい…もう大丈夫よ。」
「そうですか。」
「ええ。…あなたには…いえ、ここにいる人たち全員に、どれだけ謝罪しても許されないことをした。私は、その責任を取らないといけない。」
「どうするつもりですか?」
「まずはシェルターに戻って、みんなの洗脳を解く。その後は、条件を満たしている人たちを上階へ行かせて、ここから脱出させるわ。」
「…あなたはどうするんですか?」
「私は行けない。シェルターには怪我をした人や、絶望して動けなくなってしまった人が何人もいる。彼らを見捨てていくことはできない。まあ、薬は作れるから
、全員を治療した後助けが来るのを待つわ。」
確かにそれも重要なことだと思う。希望を持てず、立ち止まってしまった人たち。そんな人達を見捨てるのは、間違っている。
…けど、それでもわたしは、
「…一緒に、上階へ行きませんか?」
蔓木さんにそう言っていた。
「…それは、他の人が許さないでしょ?…特に彼女は…」
「わたしが説得します。あなたの能力があれば、怪物から人間に戻す薬が作れるかもしれないんです!ですから…!」
「…ごめんなさい、私はいっしょに行けないわ。残った人を見捨てていけないもの…」
食い下がろうとしたが、彼女の決意がこもった目を見てやめた。
どれだけ説得しても、きっと気持ちは変わらないだろう。
「…分かりました。ではできるだけ早く、わたし達が脱出して、あなた達を迎えに来ます。それまで待っていてください。」
「ありがとう。…それじゃあ、まずはシェルターの人達を説得しに行きましょう。」
「はい!」
彼女に手を貸し、立ち上がらせる。出血のせいか、ふらついているので肩を貸す。
彼女を殺さなくて本当によかった。これで彼女だけでなく、シェルターの人達とも分かり合える。
…そうか、きっとこれがわたしの戦い方。
これがわたしが求めていた物。命を奪うのではなく、相手と話して分かり合う事。
この先上手く行くかはまだ分からない。でもわたしは、あきらめない。自分の仲間だけでなく、相手を救うことを。
「そうだ、あなたに渡すものと…伝えておくことがあったわ。」
「なんです…っ!それどうしたんですか?!」
彼女が何かの液体を試験管に入れ渡そうとしてくる。その時、わたしはここに来て初めて、彼女を右手をしっかりと見た。…今まで気づかなかった。
その手は欠けていた。中指と薬指が第二関節からなくなっている。
「誰がこんなことを…!」
「…これは彼女がやったの。」
「彼女って誰…まさか…」
「ええ、そのまさかよ。神代結、いえそう名乗っている人。」
「…あなたもご存じだったんですね。」
「ええ。わたしは学校で面識があったから。それよりも、覚えておいてほしいのは」
その言葉は最後まで聞くことができなかった。
すぐ横で話していた彼女の体から血が噴き出し、地面へ崩れ落ちた。
手に持っていた試験管は、地面を転がり暗闇へと消えていく。
「…え…」
わたしはその光景を、ただ呆然と見ていることしかできなかった。
その間も足元には、流れ出た血で赤く染まっていく。
目の前で起こった事態を処理できなかった。数秒後、はっと意識が戻るように事態を理解し始めた。
「蔓木さ……!」
彼女に駆け寄ろうとした時だった、突然全身から汗が噴き出した。
体中の血液が凍り付いたような悪寒。心臓が握りつぶされ、命を握られているような感覚がわたしを襲った。
…こつ…こつと、靴音がわたし達に近づいてくる。それと、鉄がこすれるような音が聞こえる。
暗闇で顔が見えない。…それが私の恐怖を駆り立てた。
暗闇の先、人の気配を頼りに感情を覗く。…すぐに後悔した。
絶望、憎しみ、怒り、苦しみ、憎悪、恨み、そして殺意…この世のあらゆる負の感情がそこにはあった。
死神。…この場を飲み込むほどの、どす黒い気配をまとった人物を見てそう思ってしまった。
存在を知ってしまっただけで、これから自分が死ぬのだと理解できてしまうほどの黒い意思。
そんな存在が近づいてくる。靴音が、時計の針の音のように、時間を刻んでいく。
歯がかちかちと音を鳴らし、涙があふれて止まらない。
今すぐ脇目も降らず逃げ出したい。だが、体が言う事を聞いてくれない。
目をそらすことができない。瞬きすらもできない。…目の前の存在を見ていないと、生きていることを手放してしまいそうだったから…
そして、わたしの目の前まで来て立ち止まった。
「やっぱり!久しぶりじゃん、舞ちゃん。」
そう言って太陽のように笑う彼女、結ちゃんを見てわたしは…失禁した。
目の前にいる彼女の姿をしたそれが、わたしの知っている彼女と同一人物だと到底思えなかった。
両手に手枷をはめ、所々黒ずんだ鎖をたらしている。
怪しく光る赤い瞳がわたしを見るたび、まるで品定めをしているようで…恐怖があふれて止まらない。
そんなわたしを無視して彼女は、蔓木さんに近づくと何かを話し始めた。
…目の前の人が楽しそうに話す言葉を聞くたび、蔓木さんの気配が絶望で染まっていく。
ゆっくりと、染み込ませるように悪意が彼女を蝕んでいく。
…やがて、彼女の気配が絶望に染まり切ったところで…その頭が潰れ、中のものがまき散らされた。
「つ、つる…き…さ…」
分からない。今何が起こっているの?…この人は…誰なの?
「っぷ…くくく…あっはははははは!!あ~面白。ん~人間の頭って、結構やわらかいよね~。まあ数が少ないのが難点かなーもっとつぶしたいのに。…そう思わない?舞ちゃん。」
…突然話を振られるが、口がうまく動かない。
首元に鎌を突きつけられているようで、少しでも彼女の気を損ねればわたしは死んでしまう。…そんな錯覚がわたしを縛っていた。
けれど…そんな恐怖以上に、彼女に…わたしの友人の姿をしている目の前の奴に聞かなければいけない。
「…あ、あなたは…」
「ん?何か言いたいのかな?」
「あなたは…誰ですか?」
「え~ひどいなぁ…舞ちゃんはあたしが誰か、もう知ってるでしょ?前にあったことが…あったっけ?まだ全部は思い出せないな~。」
「っ!…ちゃんと答えてください!あなたは誰なんですか!」
「…うざ。はぁ…やっぱりさっさと」
「待ちなさいっ!」
誰かの声が聞こえた。
…その声はどこか苦しくて、悲しい…悲痛な叫びだった。
「…久しぶりだね、結ちゃん。」
「…そうね、雫。」
結ちゃんと言われた人物…そこにいたのは、雨宮雫だった。
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