2‐45.命運を分けるのは
今回ちょっと長めです。
胸が苦しい。
命のやり取り。一瞬でも気を抜けば、死んでしまう状況。
そんな事とは無縁だったわたしにとっては、1秒…いや、1コンマの刹那も気を張り続けなくてはいけない。
相手のわずかな動きを見落とさないように集中し続ける。呼吸すら忘れてしまうほどに。
そのせいか頭が重い。それに煙玉を使っているせいで、空気も悪い。
体はわずかでも酸素を得ようとするが、ヒューヒューっと細い呼吸しかできない。
それに、
「…っあぐぅ…」
刺された傷が痛む。動くたびに、血が漏れ出しているのが分かるほどに傷は深い。
時折、視界がかすむ。このまま血を流し続ければ、意識を失うのも時間の問題。
手持ちの武器も残りわずか。体ももう限界、行動力も判断力も鈍ってきている。
…でも、まだ負けたわけじゃない。
それに苦しいのはわたしだけじゃない。相手も同じはずだ。
現に、さっきまで余裕そうにわたしを煽っていた蔓木は、今は声も出さず血眼になってわたしを探している。
誘い出すように、何度も銃を撃っているがわたしは動じない。
一瞬の隙。それさえつければ、まだわたしにも勝機がある。相手がこちらに背を向けたその時が、わたしの最後の攻撃。
けれど蔓木は動かない。開けた通路から、並べられた座席に姿を潜ませているわたしを探し続けている。
…このままだと煙が晴れてしまう。そうなったら反撃の機会はなくなる。
そうなる前に、回り込んで叩くしかない。
体を屈め、机に姿を隠して移動する。傷口から血がこぼれ出るが、歯を食いしばって耐える。
足音を立てないように慎重に移動。暗闇と煙が蔓延している今は見つかるはずがない。
…そのはずだった。けれど、私の想像通りにはいかなかった。
数歩歩いた時、わたしの近くにあった机が爆ぜたのだ。
「っ!」
「あら、外しちゃった。でも、そこにいるのは分かってるわ。」
発砲音がした事から、彼女が撃ったのは間違いない。でも問題はそこじゃない。
重要なのは、わたしがいる場所を狙ってきたということ。
まだ煙は晴れていないし、明かりも消えている。わたしのように、気配で相手の姿が見えるわけじゃないはずなのに。
偶然…いや違う。明らかにわたしを狙って撃ってきた。その考えを肯定するように、銃弾が隠れている机を壊していく。
「はっ!はっ!はっ!」
心臓の鼓動がひどく早い。それに合わせるように、呼吸が乱れ早くなっていく。
どうやってかは分からない。けれど、彼女はわたしの位置を把握することができている。
そうなった以上隠れていても、簡単に見つけられてしまう。そうなるとわたしにできるのは、正面から戦うこと。
…けれどそれは、無力なわたしにとって自殺行為になる。
さっきも、ライトによる目つぶしで隙ができたのに、1メートルもない距離でまともに当てられなかった。
そんなわたしが、小細工もなしに蔓木に勝てるわけがない。
ともかく身を隠して、チャンスを待つしかない。見つかる危険を冒してでも移動しないと。
意を決して、傷口を抑え走り出す。
姿勢を低くして机に隠れながら移動した。状況はさっき隠れた時と同じ。
見つけられたのが偶然だったなら、これでわたしの姿を見失ったはず。
「今の足音…随分慌ててるみたいねぇ~。でも、それも無駄なことよ?だって」
「あぅ!…つぅ…!」
「あなたの位置は分かってるから。」
銃弾が腕をかすめ、床を削りながら爆ぜる。
なんで!どうして、わたしの位置が分かるの?そう彼女に問いかけたい衝動に駆られる。
分からない。どうして急にわたしの位置が分かるようになった?さっきまでは通じていたのに、突然破られた。
…もしかして、新しい能力?それとも、なにかの薬を使った?
分からない…なんで、どうして?目の前の疑問が思考を埋めるのに、さらに疑問を重ねていく。
考える間も、傷口から血が漏れ出ている。もう時間がない。いっそ、正面から挑むしか…
「…違う。それじゃあダメ…」
考えることを放棄して、正面から挑む…そんなのは、あきらめているのと同じ。
自分にできないことをしようとしても、失敗するのは目に見えている。
今わたしがすることは、落ち着いて疑問を解くこと。
なぜ急にわたしの位置が分かるようになったか。その謎を解くことができれば、また隙をつける。
それこそが、わたしの勝利へと繋がっているはず。だからこそ今は考えて、答えを見つけるしかない。
「っ!」
腕が痛む。表面ををえぐられただけとはいえ、強引に体をちぎられた痛みは擦り傷とはわけが違う。
幸い握力は残っている。まだ両手を使って戦える。
傷口を確認しようと、左腕を見る。…そこにあったのは、予想だにしていない物だった。
「…?なにか…光ってる?」
緑色の光。わたしの背後で、淡く周囲を照らしている。
慌てて背後を確認しても、光はない。けれど変わらず、わたしの後ろで何かが光っている。
わたしは着ていた上着を脱ぐ。なぜわたしの位置が分かっていたのか…そこに答えはあった。
「…何かが光って…これって、サイリウム?」
棒状のものなら見たことがある。中の管を割ると、薬品と混ざって光る。ライブをした時に、ファンのみんなが振っていた。
背中にいくつもつけられたそれは、少量ながらも煙の中でもはっきりと視認できる。
それだけじゃない。わたしの髪にも付着しており、動くたび光が動いて見える。
そう答えはすぐそばにあった。…これだ。間違いなく、これが原因だ。灯台下暗しとはこの事だろう。
蔓木の銃弾を避けて机にまぎれた時、彼女が何かの薬品を撒いていた。
躱したと思っていたけれど、避けきれていなかった。厄介なことに、これ自体に危険性がない。
硫酸と違ってかけられても気づけない。まさかこんな手段で、わたしを見つけていたなんて思いもしなかった。
…でもこれで、まだわたしにも勝ち目がある…そう考えていた。
蔓木は新しい能力を身に着けたわけでもなく、薬品で視界を良くして見えるようにしたわけでもない。
わたしにマーキングをして位置を確認していた。つまり、それがなければわたしを見失う。これはわたしにとって有益な情報だ。
上着は捨てればいい。髪は…
「あれって…」
目線を上げた先に何か見え、拾い上げる。赤い液体が付着したそれは、さっき蔓木がわたしを刺したナイフだ。
わたしが撃ったあの時、銃に持ち変えるためにナイフを投げ捨てたのだろう。
運がいい。これがあれば、薬品がついた部分を切り取れる。
「……」
その時、頭の中を電気が走ったよう感じがした。
煙、手持ちの武器、サイリウム、ナイフ。手元にある一つ一つが、線を結ぶようにつながっていく。
そして…ある作戦を浮かび上がらせた。
「勝てる…かもしれない。」
後は、隙さえできれば…
栄華さんが言っていた、最後に命運を分けるのは…ひらめきと、それを実行する勇気。そして…わずかな運だと。
side:蔓木真白
「…そろそろ、あきらめて出てきてくれないかしらぁ?」
…返答はない。思わずため息が漏れる。
彼女にかけた薬品で、位置は分かっている。今も隠れている場所は分かっている。
いくら煙と暗闇に身を隠そうが、私には筒抜け。だというのに、いまだにあきらめようとしない。
「つっ…少し油断しすぎたわね。まったく、雑魚だと思っていたのに…」
先ほど受けた銃弾。そして、手りゅう弾の傷が痛む。
直撃はしなかったが、衝撃を体に受けたせいで動くたびに鈍痛がする。
まさか人に向かって、そんなものを投げてくる子だとは思わなかった。
最初に見た時から、私は雪原舞を下に見ていた。
弱気で、おどおどとした態度。他人に付きまとうことでしか生きられない弱者。
そんな雑魚が、私と一人で相対した時には、ああ…捨て駒だなと思っていた。
だというのにどうだ?そんな格下の雑魚に、私はここまで追い詰められた。
…イライラする。
私は女王。他のやつらは、私の下僕でしかない。
…でも最初はそうじゃなかった気がする。
最初は、全員で生き残るためにシェルターを作った。
皆が協力してこの状況を打開する。けれど、先の見えない不安な状況…そんな中で安心できる場所を作りたかった。
初めは上手くいっていた。…でも、状況が変わらないと分かると、隣人を傷つけるものが出始めた。
それはすぐにシェルターに蔓延し、喧嘩が絶えない日々。安心できるはずだった場所は、いつからかそこに無かった。
ある時、一人の男子が女子をいじめていた。髪を引っ張り、お前のせいで食料が減る、出て行けと怒鳴っている。
なにも抵抗できずされるがままの女の子。
…その光景はまるで、ここに来る前の私のようだった。
仕事と家事をこなしている私に、理不尽な暴力をふるう夫。
そんな夫に何もできず、毎日無力な自分を責めていた。
毎日心が擦り切れ、言い返す気力もなくなり洗脳されていく日々。
このままだと、いずれあの子も同じ思いをすることになるだろう。
…そう思うと、胸が張り裂けそうになる。でも私は動けなかった。あの悪意が、私へ向くのが怖かったのだ。
心の奥底に刻まれた暴力への恐怖が、男性への抵抗という行動を縛っていた。
…このまままた、暴力への恐怖におびえる毎日が来るのだろうか。そうなってしまったら、本当にこの場所は終わってしまう。
そんな時だ、能力に目覚めたのは。
最初は薬を出して、治療や怪物への抵抗手段にしていた。
でもある時気づいた。薬を使って、男性を魅了できるのではないか?
甘い蜜を放つように、男を手玉に取って洗脳する。そうすれば、もう理不尽な毎日から解放される。
…それだけじゃない。私が男を支配することだってできる。
そうだ、そうしよう。そうすればもう、誰かが傷つくことはなくなる。
私がすべてを支配して、誰もが苦しむことがない場所を作ればいいんだ…それがきっと正しいんだ。
その後、能力で男共を洗脳していった。
そうやって、下僕を増やしていくうちに自分の中の何かが膨れ上がっていく。
私が生きている限り、ずっと続いていく私の国。下僕が減っても、すぐに新しい下僕が送られてくる。
…女は洗脳が効きにくいから、下僕にはできない。けれど、使い道はいくらでもあるから仕方なく置いておく。
唯一の問題は食料。施設に合った食料は探しつくし、送られてくる食料もわずか。いずれ足りなくなるのは分かっていた。
だから、下僕を食料にすることにした。
最初は怪物を食料にするつもりだったが、邪魔な奴、使えない奴、魅力がないやつを排除するのに丁度良かった。
でも、それにも限界がある。いずれ下僕が送られてこなくなった時、怪物が出なくなった時、私の国は崩壊する。
そんな時だ。彼女、神代結が現れたのは。
彼女の能力を知った時、神様が私に贈り物をしてくれたと感謝した。
彼女がいれば、私の国が滅ぶことはない。すぐに引き入れるつもりだった。だというのに…
下僕どもが余計なことをしたせいで、彼女は私に敵意を持ってしまった。
何度も手を変え、彼女を仲間にしようとしても全て失敗に終わった。
…家畜の分際で、よくも私の手を煩わせてくれる。イライラが募るばかりだった。
好機が来たのは、家畜の連れが置いていった荷物を確認した時だった。
Gフォン。それを見つけた時、思わず笑みがこぼれた。
私と違ってここから出るつもりなら、必ずこれを取りに来る。
その時こそ、彼女を捕らえるチャンス。幸い、あいつらの仲間は洗脳して仲間に引き込んでいる。
そしてわたしは、見事チャンスをモノにした。
家畜を捕らえ、食料問題も解決。後は私に従わない邪魔な奴らを始末するだけ。
そんな折に、未道鈴蘭から連絡があった。
おそらく何か考えがあるのだろう。そう思っていたけれど、私には関係ない。
男である未道鈴蘭、そして私から逃げ出した奴。2人とも男だ。私に手を出すことはできない。
筒裏真那は動けない。問題は雨宮雫だが…彼女はなぜか私の邪魔をしてこない。
ああ、そういえばもう一人いた。…ふふ、でもあの子に何かができるとは思えない。
もう私の障害になる物はない。…ないはず。
「っ!」
…ここに来る直前、家畜…いや彼女に会った時のことを思い出して身震いした。
早くこの戦いを終わらせて、シェルターに戻らないといけない。こんなことをしている暇はない。
だというのに。私がとるに足らない雑魚だと決めつけた彼女は、勝ち目がないこの状況でもまだ諦めずにいる。
「もういい加減あきらめなさい。あなたに勝ち目はっ!」
そう叫んだ時、遠くから何かが爆発するような音がした。
広い空間に音が反響して、何処からのものかはっきりしない。
けれど、今私がここにいる状況でそんな派手な爆発が起きるとしたら、場所は一つしかない。
「…やってくれたわね!」
正直言って、彼れがこんなことをするとは思っていなかった。
精々、私がいない間に数人を殺して、上階にでも逃げ込む程度のものだと思っていた。
でも違った。彼らを甘く見すぎていた。もっと警戒しておくべきだったのだ。
怒りで煮えたぎるが、すぐに目の前のことに切り替える。
…いつまでもこんな雑魚に、時間を掛けている場合じゃない。
すぐに始末する。そう決め、光を頼りに近づこうとした時、
「っ!」
私目掛けて、何かが投げ込まれた。
咄嗟に飛び退き、投げ込まれたそれを躱そうとするが避けきれない。
それは激しい爆発を起こし、私の体を吹き飛ばす。周囲の煙もろとも。
何度か地面を転がり、体を打ち付けたが致命傷ではない。
それに、煙が晴れたおかげで、光がよりはっきりと確認できる。
光の位置…さっきと同じ場所。服と髪についた2つの光が、視認出来ている。
逃げることもせず、そこから手榴弾を投げ込んだということは、もう手札がないのだろう。
最後の悪あがきに投げたのだろうが、結局失敗。私を殺せなかった。
口元がニヤけているのがわかる。ようやく雪原舞を殺せる。
光の位置へとゆっくり路歩み寄っていく。
見えている光の位置、そして高さから間違いなくそこにいる。後は銃弾を撃ち込めば終わり。
何度か驚かされたが、所詮は雑魚。私に1人で挑んだのが間違いだったと後悔しなさい。
笑いを堪えながら光の元へと辿り着く。
「さぁ…これで終わり!」
そう宣言しながら、銃弾を放った。
「そうですね。これで終わりです。」
直後、背後から声が聞こえた。
side:雪原舞
これがわたしにとって最後のチャンス。
残され力を振り絞り、蔓木の背中にナイフを突き立てた。
やわらかい皮膚を貫き、ずぷりとナイフが沈み込む嫌な感触。
「ああぁああああ!!」
絶叫。その痛みをわたしは知っている。
異物が体を裂きながら、内部へと入ってくる不快感。そして、傷つけられた細胞が…体が悲鳴をあげる。
気を抜けば意識を手放してしまいそうな痛み。…けど、蔓木はこれくらい耐えてしまうだろう。
「ぐぅう!このっ!小娘!」
でもこれで終わりではない。ここで逃したら、わたしは負ける。だから…ここで終わらせる。
暴れる彼女に、空いている手で抱きつき、背後を取り続ける。
そんなわたしを引き剥がそうと、蔓木が必死にもがく。腕に爪を突き立ててくる。
そしてすぐに、わたしの腕に異変が起こり始めた。じゅっ…と何かが溶ける音が聞こえたと思えば、焼きごてを当てられたような痛みが襲ってくる。
「ぐぅ…!ああぁ…!」
「早く離しなさいっ!ああぁ!つぁああ!!」
焼かれる痛みに耐え、突き立てたナイフを押し上げる。
ここで離すわけにはいかない。絶対にここで終わらせる!
「はな…しません!わたしが絶…対!あなたを倒します!」
瞬時に突き立てたナイフから手を離し、拳銃へと持ち変える。
そして、肩へ押し当て引き金を引いた。
乾いた音が響き、零距離で打ち出したそれは、彼女の右肩を貫き機能を奪った。
「っああ…!ーーーー!!」
声にならない叫びを上げながらも振り返り、殺意のこもった視線を向けてくる。
ナイフと銃弾によってできた傷から、大量の血が流れ衣類を赤く染めている。
客観的にわかるほどの出血、おそらく痛みも想像を絶するものだろう。
だというのに、いまだに立ち続けわたしへの敵意を止めない。
残った左手。そこに握られた拳銃の銃口がわたしへと向けられる。
「―っ!わた…しは……まだ!」
体は限界のはずなのに、向けられた銃から執念のようなものを感じる。
すぐに避けようとした時。
「あっ!」
ずるりと、なにかを踏み足を滑らせた。そのまま尻もちをついて、床に倒れてしまった。
そこで気づいた。…足に力が入らない。
足だけじゃない。銃を握ろうにも、力が入らず地面に落ちてしまう。
視界はぼやけ、揺れている。どうにか状況を打破しようと考えようとしても、頭が働かない。
「どうや…ら、お互い…限界のようね…」
「はぁ…はぁ…そう、ですね。」
「…でも、わたしはまだ…動けるわ。これで…終わりよ。」
「……そうですね。」
「っ…どう…してこの状況でそんな顔ができるの?」
「え?…ああ、これはきっと。」
…なぜだろう。不思議と焦りはない。むしろ穏やかな気持ちだ。
銃で撃たれ、ナイフで刺されたというのに、怒りや憎しみもわかない。
あるのはただ一つ。
「わたしの役目を果たせたから…ですかね。」
達成感。やるべきことを終えた後に来る、充実した気持ち。
そうか…わたしは、やりきったんだ。きっと今のわたしは、優しい笑みを浮かべているのだろう。
後はみんなに任せよう。…わたしはここまでみたいだから。
「そう。じゃあ、あなたはここで死になさい!」
「…ごめんなさい、みんな…ごめんなさい、結さん…」
彼女が引き金を引く。わたしは黙ってそれを見届ける。
その光景が映画のワンシーンのように流れていく。指がすこしずつ沈み込み、押し込まれる。
最後まで沈み込むと、カチリ…歯車がはまったような音がした。
…そこから銃弾が放たれることはなかった。
呆然とするわたしが見たのは、銃弾が引っかかって動かなくなった銃。
…以前龍之介さんが教えてくれた現象。ジャム、不発。
蔓木もそれに気づき、動かなくなった拳銃を見ると…微笑む。
そして、糸が切れたように地面へと倒れこんだ。
…本当に、命運を分けたのは…わずかな運だった。
4000字前後を心掛けているのに、今回気づいたら7000だったよ。
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