2-43.油断
十数時間前ーーー
「…わたしに戦う方法を教えてください!」
「…そうね。いいわ、力になってあげる。」
その返事を聞いてわたしはパッと顔上げた。
「ありがとうございます!」
「気にしなくていいわ。…これも、罪滅ぼしみたいなものだし…」
わたしに背を向けながらそう言う。最後の方が小声で聞き取れなかった。
「?すみません、今何かーーー」
「戦い方だったわね。時間がないし、急ぐわよ。」
「え?あっはい。えっと…それで、どうしたらほかの人みたいにうまく当てられるようになのでしょうか?」
「…あなたには銃の才能がないからあきらめなさい。」
「え?!でも、戦い方を教えていただけるって!」
「はぁ…その固定概念を捨てなさい。ほかの人と同じ方法である必要はないわ。」
「え?」
最初どういうことかわからなかった。この時はまだ、結さんのような戦い方しかわたしは知らなかった。
銃で相手を打ち抜き、近づいてきた相手を刃物で薙ぎ払う、そんな戦い方。…わたしにはできない戦い方。
だから、
「あなたは銃の才能がない。身体能力も高いとは言えないし、弱気で、相手と正面で戦うなんて自殺行為よ。」
「…本当のことですけど、はっきり言われると落ち込みます…」
「でもあなたには、あなたにしかない強みがある。」
そう言われて、喜びそうになったけれどやめる。
彼女の言う強みが見えてこないからだ。でも、栄華さんにはそれが見えていた。
だから、
「わたしにそんな強みなんて…」
「気配で相手の位置を把握できる力、それはあなたの強みよ。だから、それを生かした戦い方をすればいい。」
「…それができるようになれば、わたしでも戦えるようになりますか?」
「私はやり方を教えるだけ、後はあなた次第よ。」
「…わかりました。よろしくお願いします!」
自分だけの戦い方を覚えたときは、世界が変わって見えた。
ようやく役に立てる。隣に立っても恥ずかしくない自分になれたと思えた。
その後、わたしが使う道具の詳細と使い方。
戦闘時の注意点などを聞いた。…悪口の練習をさせられたときは、正直疑った。
そっちの方も才能がないと言われたときは、ある意味嬉しかった。
そして別れ際、最後の彼女の言葉忘れない。
「…雪原舞、これだけは覚えておきなさい。どれだけ準備をしても失敗はする。だから、最後に命運を分けるのは―――」
わたしは煙に身をひそめながら、相手の位置を確認する。机の陰にかくれながら移動したからか、思ったよりも離れられていない。
もし見つかったら、返り討ちに合う。けれど、距離を取ろうとすれば音で位置が分かってしまうかもしれない。
視界は真っ白で何も見えない。本来なら、晴れるのを待つ必要がある。
でもわたしには関係ない。だって、見えないはずの向こう側に揺らめくような悪意が見える。
ポーチからある道具を、落とさないように慎重に取り出しそこへ投げ込む。すぐに身を縮こませ備える。
カツン、カツンっと何度か跳ねる音がし、目的の場所へと転がっていく。
「なんの音…っ!」
彼女の声が聞こえた数秒後、すさまじい音と共に衝撃が響き渡った。
わたしが投げ込んだもの…それは手りゅう弾。以前にも使ったことがあるため、使い方は知っている。
これなら、銃弾が当たらなくても関係ない。使い方だって、ボールを投げると思えばわたしにできた。
それに、これを使う時は相手を見なくて済む。
おそらく、私の銃が当たらないのは相手を傷つけることを躊躇しているから。
だから拳銃を相手に向けたときは全く当たらない。でも手りゅう弾は違う。
たとえ当たらなくても、爆風に巻き込むことができる。拳銃で撃つよりも、感じる罪悪感も少ない気がする。
わたしの使った煙玉は、爆風で晴れつつある。…蔓木さんはどうなっただろう。
警戒とは名ばかりの、怯えた格好で爆発があった場所へと近づく。
…暗くてよく見えない。ポーチからライトを取り出して、周辺を照らす。
「…やっと見つけたわ。」
「っ!」
背後から声がした。背後から感じるすさまじい悪意、それを認識したときには遅かった。
チクリと針を刺したような痛みがした後、滑るように体の中に異物が入る感触がした。
右わき腹が熱い。薬品をかけられた?…違う、何かが差し込まれている。
その個所を手で触って確認する。ぬるりと、何か温かいものが手につく。
手についたそれは、傷口を伝って少しずつ体から流れだしている。
…暗闇になれた目がそれを何なのか教えてくれる。…赤く温かい、むせかえるような臭い…わたしの…血だ。
「うっ…!つぅ…!」
「随分てこずらせせてくれたけれど、やっぱりただのまぬけだったわね。ふふ…」
理解できてしまったからだろうか、さっきまで感じていなかった痛みが襲ってくる。
膝から力が抜け、崩れ落ちそうになるが、わたしに突き刺さったものがそれを許さない。
数センチ動いただけで、今まで味わったことのない痛みが走り抜ける。
…痛い!痛い痛い痛いいたい痛い!なんでっ!なんでこんな目に!
あまりの痛みで、声を上げのたうち回りたい衝動に駆られるが、彼女はそれを許してくれない。
背中に強い衝撃を感じ、なすすべもなく床へ転がされる。おそらく蹴られたのだろう。
うつ伏せの状態で抵抗もできない。できたことといえば、傷口を手で押さえ、こぼれ出る血を必死に押しとどめることだけだった。
ゆっくりと近づいてくる足音。それを聞いていることしかできない自分。そこでやっと分かった。
「…あ…」
思わず声が出た。わたしはようやく、自分が失敗したのだと理解した。
手りゅう弾を使ったとき、本来すぐにでも身を隠して、相手から距離をとるべきだった。栄華さんにもそう教わった。
でもわたしは、相手がどうなったか確認しに行ってしまった。油断していた。
自分が教わったことが、あまりにもうまく行き過ぎたため、わたしは知らず知らずの内に慢心していたんだ。
さっきまで見えていた悪意が見えなかった。だから相手が死んでしまったか、気を失っていると思い込んでしまった。
確認するにしても、近づく必要なんてなかった。
そうわたしがしたのは、自分の成功をすべて無に帰す愚行だった。
痛みで冷えたおかげで、わたしはそのことを理解できた。けれど、すでに手遅れだった。
視界が滲む。こぼれ出る涙が止まらず、入り混じった感情が整理できない。
痛みと、あふれ出る感情のせいで考えがまとまらない。
……嫌…死にたくない!
「いや…いやぁ…死にたく…ない…」
「あっはははは!無様ね~。さっきまでの威勢はどうしたのかしら?ほら!抵抗してみなさいよ!」
「ひぐぅ!やめ…やめてくださいぃ…ごめ、ごめんなさい…!」
「ふふ…あなたって本当にいじめ甲斐があるわね~。丁度むしゃくしゃしていたところだったし、あなたで発散させてもらうわ!」
「っ!…うぐぅ!…ひぐぅ…えぐぅ…ううぅ…。」
無抵抗のわたしを容赦なくいたぶる蔓木。
何度も蹴られ、切り付けられ、髪をつかまれ、汚れていく。
抵抗したくてもできない。…いや、する気が起きない。
わたしが起こした小さな失敗のせいで、取り返しがつかない状況になってしまった。その事実が、わたしから気力を奪ってしまった。
やっぱりわたしじゃダメだった。これ以上何かをしても、どうせうまくいかない。そんな考えが、わたしから戦う意思を消してしまった。
…もう、楽になりたい。これ以上痛いのも、苦しいのもいや…いっそ…殺して…
すべてを投げ出していた。戦うことも、抵抗することも、生きることさえも。
「あの偽物も可哀そうね~、こんな奴のために捕まってひどい目に合うなんて。」
その言葉を聞いて、さっきまで嵐のようぐちゃぐちゃになっていた感情が止まった。
「…誰のことですか。」
「え?一人しかいないじゃない~、自分を神代結だと思い込んでいた可哀そうな子。本物の神代に利用されて、周りに利用されて、最後は私に利用される可哀そうな末路を迎えた子。」
「…」
消えていた胸の火が、静かに再点火する。
…そうだ。どうして、こんなことをしているのか…それはいったい何のためだった?
「最初はうるさかったわよ~。肉をそぎ落とすたびに喚いて、おしっこ漏らしてね。でも今は人形のようにおとなしく解体させてくれるから、便利になったのよ~。」
「……だま…」
こんな時、彼女なら絶対にあきらめない。どんなに絶望的な状況でも、最後まで抗っていた。
その姿を、わたしはずっと見てきたはずだ。だから…だから…!
「え?何か言ったからしら?」
「黙れ!」
そう叫び、右手に握ってたライトを蔓木の目に当てた。とっさの行動、けどそれがこの場では功を奏した。
暗い場所に目を慣らしていたため、突然目に当てられた光は彼女の行動を阻害するのには十分だった。
わたしは自分でも信じられない速度で、拳銃を引き抜き撃った。完全に無意識だった。もう一度やれと言われても、絶対にできない。
痛みのせいもあって、照準は定まっていなかった。けれど、距離が近いこともあり2発の銃弾が命中した。
「きゃああああ!!」
「…っ!このまま!」
1発は腕をかすめた程度だが、2発目が彼女の左肩を貫いた。
さっきまでの余裕な態度が消え、痛みでもだえている。…その姿を見て、思考が加速する。
このまま接近して蔓木を撃つ。そうすれば、すべてが終わる。わたしがどれだけ下手でも、密着して撃てば外すことは絶対にない。
そんな考えが頭をよぎる。それこそが正解のように、道筋が見える。
反撃される前のわたしなら、間違いなくそうしていた。でも…今は違う。
…本当に?
正解だと思われる道筋。1秒にも満たない思考に対して、そんな疑問が投げかける。…それが命運を分けた。
蔓木を見る。肩と腕から、血が飛び散っている。それに、痛みの影響で感情がぶれている。
…だけど、その中にはまだわたしへの敵意が消えていない。隠し切れない殺気が向けられている。
それに彼女が持っている物、それはわたしを刺した刃物じゃない。…いつのまにか、拳銃を持っている。
それらを感じ取った時、背中を駆け抜ける悪寒。お告げのように、わたしに教えてくれる。
追撃をしに行っていた体制から、床を蹴り横へ飛ぶ。着地のことなんて考えている余裕はない。机や椅子を巻き込み、倒れこむ。
刹那、数発の乾いた音が響く。さっきまでわたしがいたところを、鉄の塊が通り抜けていく。
「なっ…!」
蔓木が驚いた顔をしている。きっと、わたしも同じ顔をしているに違いない。
彼女は撃たれてすぐに、わたしを殺すための罠を張っていた。
最初、わたしはそれに気づかずにそれにはまる所だった。…いや、はまりかけていた。
だというのに、直前でわたしが避けた。まるで…心を読まれたように。
そのことにいまだ動揺を隠せない蔓木をよそに、わたしは煙玉で身を隠す。
「…っ!逃がさないわよ!」
そう言って何かをまき散らしていたが、間一髪でかわし発砲しながら距離をとる。
…今のが最後の煙玉。手りゅう弾は残り1つ。拳銃は替えの弾がまだあるけれど、煙が晴れたら持っている意味がなくなる。
これが最後のチャンス。失敗したら、さっきの苦しみをもう一度味わう。…いやそれ以上の苦しみを知ることになるだろう。
もう、止めるなんて半端なことはもうできない。逃げることもできない。
この場でわたしができること…しなくてはいけないことは一つだけ。
…わたしが、蔓木さんを…蔓木を殺す。
寒くなってきて嬉しい限り。
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