2-41.緊張
「…大丈夫…できる…絶対できる…」
そう自分に言い聞かせ、装備のチェックをする。これで6回目だ。
刻一刻と作戦の時間が迫っている。もう1時間もない。
それを意識するたびに心臓の鼓動が早くなる。装備を確認するのはそれを誤魔化すためでしかない。
けれど、確認している自分の手が小刻みに震えているのをみると、あまり効果はなさそうだと思えてくる。
それもそのはず、確認なんてとっくにやっているからだ。
数時間前には起きて、各種装備の確認と、銃や道具の扱い、装備をつけたまま動けるかの確認などをしておいた。
正直完璧からは程遠いけれど、随分マシになったと思う。
そのおかげで多少自信がついたと思っていたのに、いざ本番が迫ると体は正直だ。
深呼吸をなん度も繰り返し、無理やり落ち着こうとしてもむせて咳き込んでしまう。
…本当に大丈夫なんだろうか。その言葉がずっと頭の中に響いている。
「…できる…絶対にできる…大丈夫…」
その度に、激励の言葉を出して誤魔化す。
…大丈夫じゃないかもしれない。成功できる自信なんてほとんどない。
でも、絶対に成功させなければいけない。結さんのために。そして、みんなでここから生きて出るために。
「雪原さん、そろそろ行きますよ。」
「…はい。」
なけなしの勇気を振り絞って、わたしは…わたしにできることをやる。
筒裏さんを残し、わたし達はシェルターへと戻ってきた。
ここと、鶴木さんのいる場所以外からしか上下階へ移動できないためだ。
皆が緊張の面持ちの中、ついに最終確認が始まる。
「みなさんにお伝えした通り、すでに向こうに連絡はしてあります。30分後に3階のフードコートで。予定通り事前に雪原さんに行っていただきます。」
「はい。…がんばります。」
「おそらく他に何人か連れてくるでしょう。そこで、真壁さんにはその人たちを動けないようにしていただきたい。」
「ああ、任せてくれ。」
「その後僕と合流して、向こうの基地を襲撃します。雪原さんはその間、鶴木が戻れないように足止めをお願いします。」
「…やってみます。」
「雨宮さんは、怪物が出た際にその対処を。それなら問題ないですよね?」
「ええ、人じゃなければ。」
「…では、行きましょう。」
「…はい!」「おう!」「ええ。」
未道さんの合図と共にシャッターが開く。時間は真夜中、前と同じく暗闇で支配されている。
未道さんと雨宮さんは、すぐに出て行った。後はわたし達2人だけ。
震える体を押さえつけて、暗闇へと1歩踏み出す。…大丈夫。
しっかり休んだおかげで体調は悪くない。装備も万全。…後は気持ちだけ。
「…大丈夫…大丈うみゅ!」
うわ言のように自分に言い聞かせていると、誰かに頭を触られた。
見上げて確認すると、龍之介さんだった。
「あんまり気負うなよ。…ってそれは無理か。」
「…はい。絶対に失敗できません。」
「…悪いな、変わってやりたいが…俺じゃあ…」
「大丈夫です、わかってますから。…絶対にわたしが成功させて見せます…」
「…なあ、言っておきたいことがあるんだけどよ。」
大事な場面の前に、言っておきたいことがある?前に何かで見た気がする。確か…
「あの…それって死亡フラグっていうものなんじゃ…」
「ちょっ!おま…なんつーこと言うんだよ!?そんなたいそうなこと言わねーよ!」
「じゃあなんですか?」
そうわたしが聞くと、彼は少し間を置いてから答えた。
「…俺さ………年下の女子高生に告白して、振られたことがあるんだ。」
突然すぎる言葉に、わたしはフリーズした。
少し経ってようやく言葉の意味が理解でき始めると、ますます困惑する。
「は?…え…は?…どう……え?すみません、なんでそれを今言ったんですか?」
「……俺にも、わかんねぇ…なんで今言ったんだ?」
「知りっ…知りませんよ!わたしに聞かないでください!」
思わず大声が出そうになるのを抑え、なんとか小声で訴える。
「え?本当になんでわたしに言ったんですか?」
「いやー、なんとなく。」
「なんとなくでそんな事言わないでください!」
「…しかもよ、その時教育実習中だったんだぜ?」
「もっと混乱させるようなこと言うのやめてください!」
…ちょっと待って。教育実習中に、女子高生に告白した?それってつまり…
何かに気づきそうになったが、深く考えないようにした。
いらない情報のせいで頭が混乱する。何が目的でこんなことを…
「少しは落ち着いたか?」
優しい声で言われてハッとした。
さっきまでは、緊張で全身に力が入っていたせいでガチガチだった。
けれど今は、いらない力が抜けてリラックスできている。
それに、ずっと感じていた不安や緊張も強く感じない。止めようとしても止まらなかった、体の震えも止まっている。
どうやら、わたしの安心させるために冗談を言ったようだ。
「…そういうことですか。ええ、おかげで落ち着きました。」
「ならよかった。俺も少しは役に立っただろ?」
「はい、ありがとうございます。…これなら本当に大丈夫な気がしてきます。」
「なーに、お前なら元から大丈夫だよ。前にでかい犬の怪物から助けてくれたろ?」
「そんなこともありましたね。でもあの時は、無我夢中で…」
「じゃあい大丈夫だ。無我夢中でもそんなことができるんだし、落ち着いてる今なら簡単だろ?」
「…ふふ、簡単に言ってくれますね。わかりました、あなたの言うことを信じてやってみます。」
「ああ。失敗したら、俺のせいにしたらいい。…頑張れよ。」
「はい!」
これは彼なりの激励なのだろう。おかげで心も万全だ。
…後は、自分を信じてできる事をするだけだ。
大丈夫、絶対に上手くいく。今ならそう確信できる。
一度深呼吸をする。
全身が軽い。拳銃を構え直して、暗闇の中歩みを進める。
「それにしても、変なことを突然言わないでほしいです。それじゃあさっきの話は、全部作り話なんですよね?」
「…………………………まあ…おいおい、言うわ。」
「え?…いや、嘘ですよね?…えぇ…」
焦るわたしの言葉に彼は最後まで答えてくれなかった。
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