2-39.悪夢
今回からまた、しばらくは雪原舞視点です。
「……といったものが欲しいのですが、どうでしょう…作ってもらえませんか?」
「そこまで難しい物ではないからできるわ。ただ、材料がないから数は作れないわよ。」
「構いません。よろしくお願いします。」
雨宮さんにお礼を言い、部屋から出る。緊張していたのか、ため息が溢れた。
わたしは栄華さんに言われた通り、雨宮さんに必要な物は頼んだ。あれこれ説明するのには本当に苦労した。
彼女に頼んだものがあれば、今までできないと思っていた作戦もできるような気がしてくる。
本番でうまく使えるように、受け取ったら練習をしておこう。それに拳銃も、少しでもうまく扱えるようにしておかないと。
…それにしても、ずっと気になっていることがある。栄華さんのことだ。
わたしに戦い方を教えて、必要な道具の説明をした後、気がついたらいなくなっていた。
すぐそばに居たはずなのに、煙のように消えてしまい混乱した。おかげで、道具の説明をするのには本当に疲れた。
せめてお礼くらいは言いたいかったのに、どこに行ってしまったのだろう。無事にまた会えることを祈っておこう。
彼女と雨宮さんのおかげで、わたしも戦うことができる。
今まで感じていた不安もおさまってきている。まだ怖いけれど、わたしにできることを精一杯頑張ろう。
「ふぁ…はふ…」
一息ついたら眠くなってきた。
時間は4時を回ったところ。外はまだ暗く、練習するには少し危ない。
かといって、ここでできることはない。まだ時間はあるし、少し休んでおこう。
わたしはソファーに横たわり、目を閉じる。疲れていたのか、すぐに眠りについた。
夢を見た。
どこか分からない暗い場所。
見渡しても何も見えず、暗闇だけが広がっている。
どうしていいか分からずオロオロしていると、どこからか声のようなものが聞こえた。
声の方に近寄ってみるけれど、暗くて何も見えない。
不意にポケットに重さを感じ、取り出してみる。無くしたはずの、Gフォンだ。
電源をつけ、画面のわずかな光で照らす。…わたしは息を呑んだ。
…鎖で繋がれた彼女がそこにいた。
薄く開いた目は、地面を見つめている。
至る所に血が固まった物が付着しており、呼吸で体が上下するたびに剥がれ落ちている。
すぐに駆け寄り、彼女に声をかける。
けれど、何度声をかけても反応しない。
とにかくここから彼女を連れ出さないと。そう思い、拘束具を外そうとするが固くて外れない。
どうしたらいいのかと辺りを見渡していた時だ。
彼女が何かを言い続けていることに気づいた。声が小さくて何を言っているのかは聞き取れない。
けれど、気づいた時になぜか背筋が凍った。…一体何を言っているのだろうか。
心配とわずかな好奇心から、彼女の声を聞こうと耳を傾ける。
瞬間、わたしの首に手がかけられた。
突然の出来事に対応できず、万力のように占められた手で声も出ない。
何もできずもがいていた時、ようやく彼女が何を言っているのかがわかった。
「…なんで、あたしがこんな目に会わないといけないの?あたしの何が悪かったの…?」
「っ!ゅ…いさん…」
わたしの声にさっきまで俯いていた顔をあげ、わたしと目が合った。
…何の感情も感じない、見ていると吸い込まれそうな不気味な目がわたしを見ている。
それに、声色はいつもの明るいものではなく、感情が抜け落ちたとても冷たいもの。
とても同じ人が発する声とは思えなかった。
「ねえ、見てよこれ。ここを何度も切られてさすごく痛かったんだよ?」
そう言って肩を指差す。綺麗な肌に突然、切れ込みが入る。
透明な何かが、少しずつ彼女肩を裂いていく。隙間から血が溢れ、腕を伝って地面へと流れていく。
「そこだけじゃないよ。腕も、足も、お腹も、背中も、胸も、内臓も、いろいろな所を何度も取られて、すごく痛かったんだよ?」
体が引き裂かれ、バラバラになっていくのに微動だにしない。
今すぐにでも彼女を助けてあげたいが、わたしにできるのは無駄な抵抗だけ。
ああ、きっと彼女はこんな目に合い続けているのだろう。今この瞬間も。
それなのにわたしは、呑気に眠って…でも、必ず助けにいきますから。だから、もう少しだけ…
「誰のせいでこうなったと思ってるの?あんたのせいでしょ?」
「!それ…は…」
「ずっとわたしの後をついて、怪物を殺すのも、人を殺すもの全部押し付けて。役立たずのくせに、人を利用する。」
「……」
「それにさあんた、あたしが神代結じゃないってこと…ずっと黙ってたよね?」
「っ!」
…そう、わたしはずっと知っていた。記憶を取り戻した時に、知ってしまった。
ここに連れて来られる前、わたしは神代結と会ったことがある。妹の心臓が止まった時彼女の顔を見た。
その時見た顔は忘れられない…だから、困惑した。
ずっと一緒にいる、結と名乗っている人の顔は完全に別人だったからだ。
顔だけでなく表情も声も、何もかもが違う。同姓同名かと思ったけれど、それも違うと分かった。
…それなのに、どうしてそう名乗っているのか分からなかった。
だからわたしは、彼女に不信感を抱いた。…抱いてしまった。
よく考えてみれば、彼女を疑う必要なんてない。ずっとわたしを助けてくれた、命をかけてまで。
そんな人を疑うなんてどうかしている。だからすぐにでも彼女に伝えようと思った。
けれど、どうしても伝えることができない。
彼女が本当のことを知った時、どうなるのかずっと不安だった。
伝えた瞬間、別人のような彼女になってしまったら?別人のふりをしているのは、わたし達を罠にかけるため?
もしかしたら、わたし達を…そんな被害妄想ばかりが膨らみ、結局伝えることができなかった。
わたしは彼女を信じている。信じているはずなのに…
「そうやって信じるふりをしてるのは、自分にとって都合がいいあたしでいてほしいからでしょ?仲間を騙して利用する気分はどう?心の中では、あたしのことを都合のいい駒だっあざ笑ってたんでしょ?」
呪詛のような言葉がわたしに降り注ぎ続ける。
それは違うと言いたい。でも、首を絞められているせいでそれも叶わない。
次第に視界がぼやけて、体が重くなっていく。きっと夢から覚めるのだろう。
そんなわたしに、彼女が言った。
「全部お前のせいだ。絶対に許さない。お前も、周りの奴らも…だからーーー」
何かが砕けるような音が首元から聞こえた。
「次に会った時に全員殺してあげる。」
「っ!はっ!…はぁ…はぁ…」
バネのように飛び起きると、さっきまでの光景が嘘のように明るい場所だった。
…どうやら、夢だったようだ。けれど、感じた恐怖は本物だったようで、全身に冷や汗をかいている。
それに、寝る前にはなかった毛布が、いつの間にかかけられていた。
「大丈夫か?」
「!…龍之介さん…戻ってたんですね。」
外に出ていたはずなのに、いつの間にか戻っていたようだ。
彼の顔を見て、僅かながら安心していたが、さっき見た夢が脳裏にちらつく。
…結さんは今は、どんな気持ちであそこにいるのだろう。
わたし達の助けをずっと待ってくれているのかもしれない。…けれど、もしかしたら…憎まれているのかもしれない。
「おい、大丈夫か?さっきもうなされてたし、心配したんだぜ?」
「そう…ですか。少し、嫌な夢を見てしまって。」
「この状況だ、そういう夢も見るだろう。顔でも洗ってきたらどうだ?」
「…そうですね、そうします。ありがとうございます…」
洗面台で、顔を洗い気持ちを整える。でも、夢で見た彼女の顔が頭から離れない。
彼女があんな目にあっているのはわたしのせいだ。
恨んでいるのだろうか、憎んでいるのだろうか…彼女の心情は計り知れない。
…絶対に失敗できない、必ず彼女を助ける。
そして叶うなら、もう一度彼女と一緒に……
キーボードを買ったら、1週間で壊れました。流石に酷い…
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