2-38.あたしは…
久しぶりに、神代結視点です。
時系列的には、2-29の後になります。
嫌な記憶ほど、忘れたくても忘れられないもの。あたしにもそういう記憶はある。
断片的に思い出す過去の記憶。その中には、そういった記憶がいくつか…いや、ほとんどそうだ。
小学校生の頃からずっとイジメに合っていた。
理由は…何だっただろう。最初は、家が裕福だからだった。
最初のうちは可愛いものだった。少し小突かれたり、嫌味を言われるくらい。
けど、子供というのは時に残酷だ。加減を知らない。
だからどんどんエスカレートしていった。小突かれるのが、突き飛ばされるのに変わり、嫌味が暴言に変わっていった。
それは中学を卒業するまでずっと続いた。彼女のおかげで、下校中や休日は何事もなかったけれど、学校では毎日が地獄だった。
クラスメイトも、担任も見ないふり。親は仕事で帰ってこない。日に日に心が冷たくなっていく。
何をしても楽しくない。周りにいる人は、全て敵にしか見えない。
そんななか唯一信じられるのは彼女だけ。…そんな彼女も、結局は…
中学の卒業式の日あることをした。式が終わった後に、主犯と教師に仕返しをしてみた。
けれど、何とも思わなかった。ああ、こんなものかと落胆した。
でもあの時は、もう少し上手くやっておくべきだった。
まさか、川に流したの見つけられるなんて思ってもなかった。
まあ、次はうまくやればいいか。それに、高校生になったらきっと…そう思っていた。
その先に待っているのが、さらなる地獄しかないのに…
「…っ…う…」
あたりから漂う悪臭と、全身に残る鈍痛で目が覚めた。
痛みがする箇所を見ても、傷はない。ただ痛みだけが続いている。まるでそこに傷があるかのように。
体の至る所に、乾いた血がついていて、体を動かすたびに剥がれ落ちていく。
口の中が不快で、床に唾を吐く。黒色をしているのを見ると、吐血していたのを思い出す。
…あれからどれくらい経ったのだろう。時間の感覚が曖昧だ。
1秒が何分にも感じられる。声に出して秒数を数えても、それが正しいと確信が持てない。
薄暗く、ただ静か。腕を動かした時に鎖が擦れる音だけが、虚しく響く。
少しずつ意識がはっきりしてくると同時に、忘れていた恐怖が蘇ってくる。
ナイフが肌に食い込み、肉を切断していく痛み。
血管がちぎれ、神経を切り裂かれた時の耐え難い激痛。
痛みで何度も叫び、喉が潰れるほどだ。喉から血が出ても、叫ぶのをやめられなかった。
それを何度繰り返しただろうか。…最後に見たのは、肉が削ぎ落とされ、露出した骨にナイフを擦り付けられているところだ。
泣いて許しを乞い、命乞いをしても続いた。
…これから何度もあの苦しみを味わうのかと思うと、おかしくなりそうだ…
そう、これで終わりじゃない。またすぐに、鶴木が現れて肉を削ぎ落としていく。
…ああ、いっそ殺してほしい。
こんなのが後どれだけ続くの?1日?2日…1週間…1年……
「つっ!ああ…ああ!!ああああぁぁぁあああああ!!!!」
恐怖を誤魔化すように叫ぶ。けれど、鎖の音が聞こえるたびそれは無駄なことだと思い知らされる。
…でも叫ぶ。もしかしたら、誰かが気づいて助けてくれるかもしれない。
そんな、ありもしない希望にすがらないと心が壊れる。自分の運命を受け入れたくない。
…けれど、現れたのは、
「もう、うるさいなー。うんうん、ちゃんと治ってるね。それじゃあ、またお願いね?」
悪魔のような笑みを浮かべた、元凶だけだった。
…けど、まだ諦めるわけにはいかない。きっと誰かが助けに来てーーーー
…どうしてこんな目に遭うんだろう。あたしの何が悪いの?
他人を助けようとしたことが悪いの?自分の罪を償おうとしたことが悪いの?
だって仕方がない。子供の頃から父に言われ続けてきたから。
だから、どれだけ嫌でもやらないといけない。あたしは正直、こんなのは馬鹿らしいと思う。
神代結…神様の代わりに、人を結びつける。
その意味を信じて、子供の頃からみんなの仲を取り持って、結びつけてきた。
………あれ?
あたし、子供の頃にそんなことしたっけ?
クラスメイトを結びつけるどころか、そのクラスメイトにいじめられていた。
そもそも、まともに会話した覚えすらない。ずっと1人だったのだから。
でも私は、みんなの仲を取り持って、結びつけてきた。少し失敗はしたとは思うけれど、私なりに頑張ってきたはず…
………何か変だ。
あたしのお父さんは、研究者で全然家に帰ってこなかった。お母さんが亡くなったせいで、研究しか目に入らなくなって…
…いや、父は政治家だったはず。たまに帰ってきた時は、私の相手をしてくれたのを覚えてる。
難しい本を、よく私に勧めてきて読むのには苦労した。
あれ………何かが……
「ねえ?聞いてる?」
「っ!」
また、いつの間にか気を失っていたらしい。目の前には、ナイフを持った鶴木がいる。
「あら、眠っていたのね。ごめんないさいね〜起こしちゃって。」
「……」
「うーん声も出せないのかな?まあ、いっか少し気になっただけだし。」
「……何を…」
あたしの声を聞いて、嬉しそうに会話を続け始めた。
…全身の感覚がない。痛みも、暑さも、寒さも…何も感じない…
「いえね、ずっと気になっていたのよ。ねえ、どうしてあなたはーーーー【神代結のふりをしているの?】」
「………え…」
今なんて言った?…何を言っているのか理解できない。
脳が彼女の質問を理解することを拒んでいる。
そのことを理解してしまったら、きっと…あたしはあたしじゃなくなる。
「何を…言ってるのかわか…らない。」
「?あなたが、神代さんを庇うために彼女のふりをしていたんじゃないの?」
「……あたしが…神代…結…」
「私はね、彼女に会ったことがあるの。だから言える、あなたは神代さんじゃない。」
「っじゃ、じゃあ…あたしは……あたしは誰…?」
「…ぷっあははははははは!もしかしてあなた、利用されてただけ?これは傑作だわ!あはははははは!」
何かが、欠ける音がした。
…何もわからない。あたしは利用されていた?じゃあ、あたしが今まで思い出した記憶は?
あたしが今まで感じてきた気持ちは?助けたいと思った意思は?…全部偽物だったの?
………わからない…もう、何もわからない……どうしてあたしはここにいるのだろう……
…………………………………あたしは誰…?
「********。********、********?」
目の目の人が何か言っている。…わからない…何も……
…………どれくらい経ったのだろう。再び扉が開いた。
入ってきたのは2人。けど、それが誰かわからない。…でも、どこかで見たような…
ぼんやりとして、何も考えられない。何もわからない。…分かりたくない…
?誰かが、あたしに触れた。…!いや!また、あれが始まる!もう嫌!嫌嫌嫌!!
叫び、暴れ、わずかな抵抗をする。そうしたら、目の前の人は何もせず離れてくれた。
あたしから離れ、何かを話している。その様子を見て、淡い期待が生まれる。……助けてくれる?
そう思ってしまった瞬間、押さえつけていたものが溢れ出す。
必死に声に出そうとするけれど、うまく言葉にできない。
お願い!あたしを助けて!もうここは嫌なの!
ずっと誰も助けてくれなかった!あたしの味方なんて誰もいなかった!ずっと孤独だった!
だからお願いします!助けてください!助けてもらえるなら、どんなことでもします!奴隷になります!
だから…だから……助けてよ…
…あたしの願いが届くことはなかった。
さっき触れた人が、何かを持って近づいてくる。尖ったそれを見て、さっきまでの希望が絶望へと堕ちる。
…ああまた、あの苦痛の時間が始まる。この先もずっと、何度も…もうあたしに救いはない。
そう思っていたあたしに最後のチャンスが来た。
体をゆすられ、鎖が擦れる音に目が覚めた。誰かが、あたしの手枷を外そうとしている。
うっすらと目を開いてみるが、顔が認識できない。誰だろう…でもきっとまた…裏切られる…
けれど、目の前の人はあたしを傷つけようとしない。
ただ、必死にあたしのことを助けようとしてくれてるように見えた。それに、その声には覚えがあった。
もしかして、龍之介?…そうだ。きっと、助けに来てくれたんだ。
さっきまで冷たかった体に、熱が戻ってくる。
…ああ、これでもう辛い目に遭わなくて済む。本当に…ありがとう…
……そう安心しかけていたのに…
彼はあたしのことを諦め、床に転がっている人を背をって部屋を出て行こうとする。
…え?なんで…なんでなんでなんで!!
あたしを助けにきてくれたんじゃないの?それなのに、どうしてあたしを見捨てて…!
待って…!お願い、行かないで!
声になっていたか分からない。けど、彼は立ち止まってくれた。
よかった、届いた。…そう思っていたのに…彼が、振り返ることはなかった。
開いたままの扉に歩み寄ろうとしても、手首につけられた拘束がそれを許さない…手を伸ばすことすらあたしにはできなかった。
もう涙すら出ない。…ああ、やっとわかった。最初から、誰もあたしのことを助けてくれるはずがなかったんだ。
そのことを理解した時、あたしの心は砕けた。
意識は急速に闇の中へと堕ちていく。
生き残るために信じてきた自分自身は、全て嘘だった。
あたしが助けてきた人…仲間は、誰も助けてくれない。
もうあたしに残っているものは、何もない。
…結局、この世界は地獄でしかない……誰も、あたしを救ってくれない…
ああ…全てが、憎い…
気温が下がったおかげで、作業しやすくて助かる。
モンハンNOWにハマっているおかげで、運動不足が少し改善された…気がする。
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