2-37.来訪者
ソファーに座って、ただ天井を見ていた。
未道さんと雨宮さんは、作戦で使う道具の調整をしていて調合室に篭っている。
筒裏さんを別室に移したと思ったら、ずっと何かの作業をしている。
少し覗いてみたら、銃の弾を分解して粉を取り出したり、よくわからない薬品を機械にかけて何かしている。
…わたしが加わっても邪魔にしかならなそうだったので、がんばってとだけ伝えた。
龍之介さんは、少し1人になりたいと言って出ていってしまった。
外はまだ照明がついていなくて暗い。それに怪物が彷徨いている、そんな中を1人で出歩くのは危険すぎる。
最初わたしは止めようとしたけれど、彼の表情を見てやめた。
さっきまでは無気力そうな感じだったけれど、ここを出て行く時はそれとは真逆で、気力のようなものがあった。
少し心配だけど、その様子を見て見送った。きっと、彼なりに前に進もうとしているのかもしれない。
そして残ったわたしは、手持ち無沙汰になって座っていた。
未道さんが考えた作戦を実施すのは、明日の夜中。夜明け前に行うことになった。
わたしや龍之介さんは、すぐにでも行きたかったけれど、まだ爆弾の準備が整っていない。
それに、筒裏さんの治療や、龍之介さんの話。作戦の説明などを聞いていたら、かなり時間が経っていた。
今から無理に行っても失敗するのは目に見えている。食い下がろうとしたけれど、
「失敗したら、ここにいる人達だけでなく、結さんも死ぬことになります。…やり直しはできないんです。」
その言葉で何も言えなくなってしまった。
けれど、それが正解だった。
話が終わって座り込むと、今まで感じてなかった疲労感や眠気が押し寄せてきた。
それも当然だ。今は夜中、普通なら眠っているはずの時間。
それに、結さんを助ける方法を1日中考えていたからか、頭もぼーっとして少し熱っぽい。
こんな状態で行っていたらと考えると、ゾッとする。…彼の言う通り、失敗はできない。
だから今は、すぐにでも休んで明日に備える。…それが一番なのに、目が冴えてしまって眠れない。
理由は単純で、わたしが任された役割だ。
「…わたしが、鶴木さんを止める…1人で…」
…言葉にしてみたが、ただ不安が増すだけでしかなかった。
未道さんにこの提案をされた時、すぐに断った。当然だ、わたしにできるとは到底思えない。
自分でも恥ずかしいが、この施設に連れてこられてからずっと…誰かの後ろについていくだけだった。
未だに拳銃は上手く扱えないし、怪物を見ただけで足がすくむ。ちょっと怖い人でも、怯んでしまうほどだ。
そんなわたしが、1人で鶴木さんを止める…誰が見ても不可能と答えるだろう。
けれど、わたしがやらなければいけない理由があった。鶴木の能力だ。
龍之介さんが言うには、正確には薬品を作り出す能力で、その応用で男性を魅了して洗脳するそうだ。
原理はよくわからないけれど、つまり男性は彼女と戦えない。
一応、強い痛みを感じれば洗脳は解けるらしいが、確実とは言えないし、そんな状態でまともに戦えない。
筒裏さんは動けない。雨宮さんは、何かしらの理由で戦えない。…結さんは、いない…わたししか、できる人はいない。
未道さんがどうにかして、男性陣で対処すると言ってくれたが、わたしは受けることにした。
…正直その場の勢いもあったと思う。けど、それ以上にわたしがやるべきことだと思った。
わたしは、ずっと後ろにしか立てなかった。怖くて、情けなくて、頼ってもいいと分かった時、彼女に全てを押し付けていた。
それじゃダメだと思っていても、行動が伴っていなかった。だからこれは、変わるために必要なことだと思った。
そもそも、今回のことも元を辿ればわたしのせいだ。わたしのせいで、酷い目にあっている。いつもそうだった。
だからこそ、この作戦で変わる。この先、隣にいると言えるように。
……引き受けた時は、そんなふうに思っていた。
けど、1人になって落ち着いて考えてみると、無謀でしかないことに気づいた。
…ひょっとしたら、未道さんもそう思っているのかもしれない。
でも諦めるわけにはいかない。実際、できるのはわたしだけなのだから、どうにかするしかない。
「でも、どうしたら…」
結さんのように、刃物を振り回して戦ったり、片手で拳銃を撃って当てたりできない。
龍之介さんは、結さんと同じようにはできないにしても、わたしより銃の扱いが上手だし、大きな銃も撃てる。
…一方わたしはというと。拳銃は狙ったところに当たらない。大きな銃は重くて持てないし、撃った衝撃で転んでしまう。
刃物で相手を切りつけるなんてできそうにない。やろうとしても、直前で止めてしまうと思う。
…どうしよう。引き止めるだけなら、隠れてやり過ごせば…いや、それだと戻っていってしまう。
考えれば考えるほど、自分がいかに何もできないかを思い知らされてしまう。
ため息をついて、天上のシミを見つめ続ける。…今は眠って、明日考えた方がいいのかもしれない…
「どうして無駄な時間を過ごしているの?」
「ふぇっ!?ごめんなさい!」
突然の声に驚いた。思わず変な声が出てしまい、反射的に謝罪の言葉が出た。
声がした方を見て硬直した。
「え、ど、どちら様ですか?」
さっきまでそこには誰も立っていなかった。シャッターが閉まっているから、外から入るのは無理だし、開いたら分かる。
にもかかわらず、わたしを見下ろすように知らない女性が立っている。
すぐに拳銃を取り出そうとするが、上手くいかない。しまいには落としてしまい、彼女の足元へと転がった。
…殺される。腕で目の前を覆い、小動物のように震えてしまう。
けれど、いつまで経っても銃弾はやってこない。そっと、目の前をみると、
「もっと慎重に扱いなさい。暴発したら、周りにも迷惑がかかるわよ。」
「え、あっはい…すみませんでした…」
何と、落とした拳銃を普通に手渡された。わたしの頭の中は、?でいっぱいになっている。
…この人は一体何がしたいのだろう?困惑しながらも、目の前の女性をしっかり見る。
ボサボサの銀髪で、メガネの奥の瞳は眠そうに開いたり閉じたりを繰り返している。
ジャージにスカートという服装からも、何だかやる気のなさが伺える人だ。
首から下げたヘッドホンのコードは、何にもつながっておらずフラフラと揺れている。タブレットを持っているのに、なぜ繋げないのだろうか?
それにこの声、どこかで聞いたような…
「何か?」
「え?あっすみません、じっと見てしまって。わたしは雪原舞といいます、…えっとあなたは?」
「わたしは栄華。」
「………」
「………」
「………あっはい、よろしくお願いします。それで、こちらにはどのようなーーー」
「戦えるようになりたいのでしょう?」
「!」
会話の流れを無視して、そう問われる。
どうして突然、そんなことをいきなり言い出したのかわからない。まるで心を読まれたかのように、わたしが悩んでいることを言い当てた。
声に出していた?…そんなことはない。それに、聞こえる範囲にいたのなら、流石に気づくと思う。
それに彼女から、何か変な感じがする。
敵意は感じない。いやむしろ、存在感を感じない。目の前にいるのに、そこにいないような不思議な感覚だ。
栄華と名乗った人のことを、考えれば考えるほどわからない。…けど、こちらを見る目からは、真剣さが伝わってくる。
だからだろうか。
「どうなの?」
「…なりたいです。結さんのように…だから、お願いします!方法を教えてください!」
初めて会った幽霊のような人に、必死になって頼み込んでいた。
キャラ紹介などを入れて、100話行きました!失踪だけはしないように、これからも頑張ります!
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