第一章 我が夢は遥か彼方にあり
王の中の王にして絶対強者、魔界を統べる全ての魔族の頂点に立つ者。それが
「魔王、か」
こうして王位継承の旅に出たはいいが、もともとそんなもの目指してたわけじゃないし、不安だらけだ。絶対強者ってのがまた無理にも程がある、母上様にも簡単に負けてしまう程度の強さでは魔界を統べるどころか王位継承すら先の見えない話だ。
魔界に君臨する「王」を冠するもの達、その全てに勝ち魔王として認めさせること、それが王位継承の儀式、この旅の目的だ。
「絶対無理、無理無理無理無理無理無理、あーどうしよう」
正直この選択を後悔し始めていた、といってもまだ家を出て三十分足らずしか経っていないのだが。
「このままどこかでひっそりと暮らそうかな、バースデーケーキにロウソクを刺す仕事をしながら、のんびりゆったり、かわいい奥さんと娘、幸せな家庭、ふふふ」
ああなんだか素敵な人生設計が見えてきた、実はこれすごいチャンスかもしれない、うるさい母上様はいないし、俺みたいな若造は黙ってれば相手にもされないだろうし。そうなるとどこで隠れ住むかだな、とりあえず次の目的地だったドラゴニアまでは行ってみるか。
ドラゴニア、「王」を冠するものの一人、竜王が治める国だ、文献や資料でしか見たことはないが、変わった風習のある土地らしい。なんだかんだで引き篭もりやってたから、実は国外へ出るのは初めてのことだった。
……急に不安になった。
おあつらえ向きに、国境に位置する森に差しかかっていた。通称「迷わずの森」ただの一本道の森である、森林浴にもってこい。
「う、うわぁ。どうしよ、俺一人で旅とかしちゃってるよ、モンスターとか出たらやだなぁ、目くらましの魔法とか使って逃げちゃおうかなぁ、あの木の形やべぇ、モンスターとか隠れてそう。あああ、右側が暗いなあ、太陽の光が少ないなあ、左側見て歩こう、そうしよう。ふんふふ~ん」
親には決して見せられないような駄目っぷりだ。でも怖いものは仕方ない、一人だし、森だし、不安だし、初めてだし。
「おぬし、バカか?」
「ふるわっちゅえええええええい!」
ビビった、まじでビビった、今絶対一瞬だけ心臓出た、口から心臓出たよね? ね?
「ふるわ? なんだそれは、流行っておるのか?」
いきなり話しかけられたようだ、右側から。
しかし不思議なことに右を振り向いても誰もいない、おかしい、確かにこちら側から声が。
「どこを見ておる、ここじゃ、ここ」
声はすれども姿は見えず、アレか、森の妖精的なアレだな? それとも木の声を感じ取れるスキルでも身についたのかな?
「いい加減にせい! おぬし、わざとやっているであろう。下じゃ、下」
下? 視線を下にやる。
「おお、森の精が具現化している」
「誰が森の精じゃ、さっきからおったわ」
ちょうど俺の腰ぐらいの高さに大きな瞳をクリクリさせた、かわいらしい女の子が立っていた。年の頃は五歳くらい、金色に近い瞳と髪、ゆるくパーマがかった感じで肩より少し下位までの長さ、前髪は頭の上でキュッと縛っておでこを出している。服装はあまり見かけないものだった、資料でしか見たことのないドラゴニア特有の民族衣装だ。
「かわいい」
「へ? なんじゃ?」
「か~わ~い~い~!俺こんな娘がほし~い」
抱きついてクシャクシャにしてやった。
「やめいやめい、うなな、犯罪じゃぞ」
おっといけない、俺の幸せな人生設計に前科があってはだめだ、女の子を離し、周りにほかに人がいないか確認する。
「ふう、危ない危ない」
「おぬしが一番あぶないわっ!」
大きな金色の瞳が少しウルウルとしていた。
「いやぁ、ごめんごめん。ついつい、俺ってばかわいいものに目がないから」
「そんなキャラ設定さっきまでなかったではないか!」
「今できた」
「作るでない!」
「だめか、まあそれは置いておいて、こんなところでどうしたのかな、お譲ちゃん?」
ここは普通の森といっても国境にある、それも中立交易国との国境ではなく、魔王の治める国との国境だ。普通に考えて「互いに不可侵」のルールからはあり得ない状況だ。
「ふつう、なんかふつう過ぎるぞい」
「いやぁ、これはこれはかわいらしいベイビーちゃん、僕のことを待っていてくれたのかな?」
最高にイケメンなスマイルを送ってみる。
「気持ち悪いからもういい、ふつうにせい。ちょっと森林浴に来ただけじゃ、そしたらほれ、面白いやつが来おったから」
「面白いって、俺はこれでも真面目に生きているんだよ。それよりも、ここは国境だよ? 本当は来ちゃダメなところなの、知らなかった?」
何も知らないのだろうか、年齢からして知らなくとも無理はないが、親に言いつけられてもいいようなものだが。
「知っておる、ほれ。だからまだ国境は渡ってはおらぬ」
女の子は自分の足元を指さして見せた、そこには淡く緑色に光る線が引いてあった、その線を挟んでドラゴニア側に彼女は立っていた。国境線である、なるほど確かに国境は渡っていなかった。だがしかし、越えなければいいというものでもないだろう、俺の国は特に国境に警備の者は配置していないが、これがもし他の「王」の国との国境で警備兵なんかが配置されていたら大変なことだ。しかもその「王」が残忍な方で、「互いに不可侵」のルールを破らんとするものは見つけ次第処刑! なんて方針だったら。
俺は一呼吸置き、目線を彼女と同じ位置まで下げ、その小さな両肩にそっと手を置いた。
「わかっておる、そなたの言いたいことはちゃんとわかっておるよ」
俺が話し始める前に、先に彼女は俺の心中を察してそう言った。そして少しうつむき気味に、ちらちらとこちらの様子を窺うような、恥ずかしがるような素振りで続けた。
「その、なんというか、す、すまぬ。いや、ちがうのだな。こういうのは初めてで、だから、その」
なんとも歯切れの悪い、さっきまでとはまるで人が違うようだ。
「わかっているよ、君の言いたいことはちゃんとわかっているよ」
今度は俺が、さっき言われたことを、同じように返す。
「うう、そなたが初めての人じゃな……ご、ごめんなさい」
顔を真っ赤にしてしまった、全開のおでこまで赤い。言葉遣いは少し変だし、必死に背伸びしているようにしか見えないけど、こういう姿を見ると少し安心する。それに「初めて」か、俺「初めての人」かあ、なんという犯罪的な響き! というか、
「か~~~~~わ~~~~~~~~~~い~~~~~~~~~い~~~~~~~~~~~~~~~~~」
また抱きついてクシャクシャにしてやる。
「ふわぁぁ、やめいやめい~」
ふう、堪能した。満足げな俺、そして完全に脱力して座り込む幼女。犯罪の香り。
「おぬし~、まったく、調子に乗りおって。でもまあ、あれじゃな、なかなか優しいところもあるではないか、てっきりバカなだけかと思ったぞ」
ニコニコと満足げに笑顔を浮かべる彼女。
「それはてっきりしすぎ」
全開のおでこを人差し指の腹で突いてやる。とにかくここにこれ以上いては危なそうなので、ドラゴニアまで送っていくことにしよう。
「君、名前は?家まで一緒に行こう」
「ユユだ、というかおぬし、おぬしもその線よりこっちには来れぬであろうに」
「ユユか、名前もか~わ~い~い~」
「聞いておるのか?」
「ああ、ごめんごめん、つい。俺のの心配はしなくていいよ、魔界中どこに行っても問題ないから」
「うむ? おぬしもしかしてあれか? 世に言う、あれじゃな?」
お、さすがにユユ位の歳でも魔王の存在は知っているか、驚くかなあ、驚いたユユもかわいいかな? おっといけない、自重せねば。
「あれじゃ、ニートじゃ!」
「ズコー! っておい! ズコーなんて効果音初めて使ったよ! いや、そっちじゃない、ニートって。違うよ、わかるかなあユユちゃん、ニートってのはね、働こうとも思わない人たちのことを言うんだよ、俺は確かに今は無職だけれども、バースデーケーキにロウソクを刺す職人を目指す立派な魔王なんだよ」
「ケーキにロウソクを! ほう、それは興味深いのう、世の中にはそんな楽しげな仕事があるのか、いいのう、ケーキにロウソクを……ふむふむうぅぅ」
「うお! わかるか、わかってくれるのか! なんということだ、今まで誰一人として俺の夢を理解できる者はいなかった、そろそろ諦めて一人孤独に夢に向かって歩き続ける覚悟を決める時が来たかと思っていたが。こんなところに、救世主がいようとは!」
「気に入った! ユユもその仕事を目指すぞ!」
「まじか! まじですか! 来ました、人生最大のビッグウェーブ!」
拳を天に突き上げる俺!まさかこんな幼女に俺の夢を理解してもらえるとは、うれしくて涙出ちゃいそう。ちょうど森を抜けドラゴニアが見渡せる高い丘の上に来ていた、風が気持ちいい。
ドラゴニア、本当に変わった国だ、見たこともない建物がたくさんある、家の屋根には国の名前にあやかってか竜の飾りが必ず付いている。中でも中央の城の飾りが一際目を引く、金色の竜。千年前の魔界大戦の頃に天より舞い降りた一匹のドラゴン、その力はすさまじく俺の親父と互角以上に戦ったとか、考えただけで恐ろしい。全盛期程の力はないとはいえ、そんな輩とこれから一戦交えようとしてたなんて、自殺行為も甚だしい。俺はユユと一緒にロウソク刺し職人を目指そう。
「ん? さらりと聞き逃してしまったが、おぬし。今魔王とか言わなかったかの?」
「あ、そうそう、俺次の魔王みたいなんよ」
「そうかそうか、魔王か、魔王、魔王、魔王。おお、それで国境渡れるのか!」
「そうだよ、だから家まで送るね」
あれ、驚かないや。あんまりよくわかってないのかな? でもいいや、今はそんなことよりもとっても気分がいいんだ、ちょっと残念なのは美人のお姉さんじゃなくて幼女だったことだけど、そこは将来に期待ということで。
「ユユちゃん、家はどの辺かな? ご家族にご挨拶もしなきゃいけないかなあ、なんちゃってえ」
「家はあそこじゃ、あの屋根に金竜の飾りの着いておる家じゃ」
「あっれえ~、おかしいなあ、金竜ねえ。家っていうか、城に見えるなあ」
「そうじゃ、竜宮城という」
やっべええええええええええええええええええええええええええ!
この子竜王の娘とか何かだよ、やっちまたよ。何、この展開、ベタすぎない? 何かの陰謀?
ご家族にご挨拶とかしてる場合じゃないよ、ご挨拶と同時に戦いのゴング鳴っちゃうよ!
どーーしよう、どうやって切り抜けよう、魔王だってバレなきゃいいのか、そうだなロウソク刺し職人を目指すいたいけな少年を装って……。
だめだぁぁ、さっきユユに魔王だって言っちゃたよ、自分でフラグ立てちゃったよ。
「どうしたのじゃ? 家はもうすぐそこじゃ、早う行こう、送ってくれた礼もしたいしの」
「ははは、そうだね、さあいこうか、はははは」
急にユユの笑顔が怖く見えてきたーー、どうなる俺、絶体絶命だ!
と、とにかくあれだ、第一印象だ、挨拶は決めていたアレでいこう「はじめまして、魔王です」でいこう、大丈夫、大丈夫だよね? 大丈夫って言ってーーーー!