序章
「あんた、そろそろ世界征服したら?」
一人の女性が俺に向かって、意味不明でとんでもないもないことを提案した。なんだこの女、馬鹿なのか? それにここは俺の家だぞ、どこから湧いてきたんだ?
「ほほう、偉大なる母上様に向かって、この女だの、馬鹿だの、湧いてきただの、お前はいつからそんな口をきくようになったのかえ?」
あれ? モノローグが漏れている、まずい。
「おや、これはこれは母上様、今日もまた一段と美しいヴぇヴぁ! ……おぐ!」
なんとかその場を取り繕おうとお世辞を並べようとしたが、その試みは志半ばで母の怒りの鉄拳によって砕かれた。
しかしなんという一撃、ただでさえ馬鹿力なのにさらに魔力を上乗せするとは、息子を殺す気か。
「母上様よ、俺の魔法障壁を簡単にブチ破るのやめてくれないか? さすがにショックだからさ」
「情けないぞ我が息子、そんなものは始めから二重、三重に張っておくものよ」
いや、俺の障壁はデフォルトで五重なんですけどね、本当にショックだ、立ち直れるかな。
「それで? いつになったら世界征服するの? あんたもそろそろいい歳なんだから、いつまでもウダウダしてないで魔王らしくしなさい」
まただ、今まで何度同じようなやり取りをしただろうか、そう、俺は魔王なのである。
魔界を統べる王の中の王。といっても俺はまだ正式に魔王になったわけではない、ぎっくり腰で引退した親父の後を任されたのだ、俺自身はこの魔王という地位に何の魅力も感じてはいない、むしろ俺様的将来なりたい職業ランキングでは下から数えたほうが早いくらいだ。
美容師とかになりたい、ショップ店員とかも憧れるな、他にもまだ知らない職業とかあるだろうしな、バースデーケーキにロウソク立てる仕事とかないかなー?
大体に俺はまだ十四歳だ、将来を決めるにはまだ早いだろ? まだまだ遊びたい年頃だし、彼女だって作りたい、デートとかしたい!
「母上様、俺はまだ正式な魔王ではないので、世界征服はしてはいけないと思います」
「だからさっさと王位継承しなさいと言っているでしょう?」
「無理」
「やりなさい」
「不可能、勇者めっちゃ強いらしいし」
「……召喚魔方陣展開、第一節から五節までの詠唱を省略、最終詠唱を魔文字による自動詠唱にて展開、魔法名、混沌の王発動までカウントダウン開始」
母上様の後ろに青い光を放つ魔方陣が現れた、周囲の空間が歪む。母上様やりおった、息子に最強クラスの魔法をぶっ放す気だ、これは本気で死ねる。
「母上様、俺はどうかしていたようです、魔王なんて素晴らしい職業そうそうなれるものじゃないですよね。いやーこの就職氷河期になんてありがたい話なんだ、さっそく王位継承してきますね」
今までの人生で一番のイケメンスマイルを使ってみた。
「もう、やっとその気になったのね、お母さん安心だわー」
母上様は近所のおばちゃんみたいな話口調で微笑みつつ魔方陣を解除した。母上様、絶対親父より強いだろ。
今までなんとか逃げてきたがどうやらそれも今日までのようだ、面倒だし気は乗らないが正式に魔王になるしか道はないらしい。魔王になって地上世界を征服か、まず魔王になるのが大変なんだよなあ。
王位継承、俺のいるこの「魔界」には実のところ「王」を名乗れる者が複数存在する、そしてその王達はそれぞれで独自のコミュニティを築き魔界に君臨している、王達には「互いに不可侵」という暗黙のルールがあり、それによってこの魔界は安定を保っている。
しかし例外が存在する、ただ一人にのみ許された権限「王への侵略」それが俺がこれから継承しようとしているもの「魔王」なのである、さっきも少し触れたが魔王とは「魔界の王の中の王」なのだ。つまるところ王位継承とは魔界に存在する王を全部倒して舎弟にして来いというなんとも馬鹿げたものなのだ。
俺がやりたくない理由がここにあった、というかここにしかない。俺はまだ十四歳だ、この魔界でその年齢は生まれていないのと変わらない。母上様なんかは今年で二百二十歳になる、クソババアだ。
「あれ、なんか今クソババアって聞こえた気がする、空耳かしら」
「俺は何も言ってませんよ、母上様?」
地獄耳とかいうレベルじゃない、怖すぎるよこの人。
「お弁当作ってあげるから準備しておきなさいよ?」
母上様はそう言って台所へと向かった、なんであれで「王」じゃないのか不思議なくらいだ。まるで勝てる気がしない、これから会いに行く王達もあれくらいの強さなのだろうか。ロールプレイングゲームじゃないが、王と対峙する前にレベル上げでもした方が良さそうだ。
とにかく、これでウダウダした生活とはオサラバ、ぎっくり腰で入院中の親父のためにも何とかして魔王にならなくちゃな。
「母上様、行ってくるよ。お弁当ありがとう」
母上様特製重箱弁当、さすがに多すぎないかこれ?
「いってらっしゃい、死なないようにね」
にっこり笑顔の母上様、その送り方笑えないです。でも死なないように頑張ります。
こうして半ば強引に、俺の魔王になるための旅が始まった、王に会ったらどうしよう、やんわりと魔王になることを許してもらおう、きっと挨拶が大事だ、第一印象は重要だ。
「はじめまして、魔王です」
よし、これでいこう完璧だ。がんばれ俺様!