第2話 冒険の始まりだぜっ!! 2
「チー太郎っ! チー太郎っ!!」
悲痛な声で叫び駆け寄るカリファだが、その声にチー太郎は答えることはない。人型に地面に叩き付けられたチー太郎は息こそあるものの口から血を吐き、意識も無くぐったりしている。直ぐにでも治療が必要だが、その為に邪魔な存在を彼女は睨み付けるとすぐさま襲い掛かる。
チー太郎を攻撃した人型に一瞬で近づくと頭部に回し蹴りを叩き込む。怒りを込めたその一撃に人型は宙で1回転して地面に叩き付けられ動かなくなる。人型をすべて倒したカリファはこの怒りの根源に向き直ると今にも飛びかかりそうな勢いで睨み付ける。睨み付けられた仮面の男はその形相に気圧されながらも牽制するように話し始める。
「おいおい、すげぇパワーだな。まるでゴリラだ。ますます巫女を名乗ったのが嘘だってわかるぞ。
こんなゴリラ女が巫女なわけがないからなっ!」
火に油を注ぐような言葉を吐きかけるも、その程度の燃料ではカリファの怒りの炎には何の足しにもならないようだ。このまま気圧されたままでなるものかと仮面の男は彼女を揺さぶる材料を探すと倒れているチーターが目に留まる。さっきの狼狽ぶりを思い出す。
「なんだそのチーターがそんなに大事なのか?」
カリファはハッとしてチー太郎を見ると、表情からは怒りは消え悔しさや悲しさが窺える。その表情の変化を見て仮面の裏でにやりと笑い男は続ける。
「まだ息があるようだな? 安心しろよ、お前を殺した後にしっかり止めは刺してやる。あの世で再開させてやるからよ」
その言葉で再度仮面の男を睨み付けるカリファは今度は男に向かって走り出そうとする。しかし男はそれを制止するように左腕を前に差し出す。
「影人形を6体倒した程度で調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
仮面の男が左腕の袖を捲ると紫色の大きな宝石で装飾された腕輪が装着されている。そしてその宝石が光りだすと男の影が大きく広がりそこから影人形と呼ばれた人型が無数に湧き出した。
「なっ!? あれで全部じゃなかったの」
6体でも苦戦してチー太郎が重傷を負ったというのにそれが10体、20体と湧いて出てくる影人形たちにカリファは困惑する。その態度に気を良くしたのか仮面の男が笑い出す。
「ハッーハッハッハ、驚いたか? 最初からお前たちに勝ち目なんてなかったんだよっ!」
男はこれ見よがしに左腕の腕輪を見せつける。
「こいつは『魔道具シャドウ・サーヴァント』ッ! 影人形を無限に召喚することができる。魔王様から賜った俺の最強の切り札だ!」
「魔王っ!?」
仮面の男の言葉にカリファは驚愕する。
「なんでっ!? 魔王は1000年前に猫神様の眷族に倒されたはずなのに!」
「復活なされたんだよぅ! 猫神の力など所詮その程度、魔王様はこの1000年間力を蓄えられ世界を滅ぼすために今、満を持して復活なされたのだー!」
魔王の復活はカリファにとって信じがたいことだが、目の前で見せられる超常の力に納得せざるを得ない。しかし猫神の巫女として魔王の手下に絶対負けられないと仮面の男を見やるが、男の周りの影人形がいつの間にか数え切れないほどに増えている。そのことに今度は彼女が気圧される。立場の完全な逆転を感じた男は勝利を確信する。
「偽物ゴリラ女、冥途の土産に教えてやる。私こそが魔王様の右腕にして闇の公爵『ブラックレイヴン』ッ! お前の無駄な抵抗もここまでだ。影人形共やつを殺せっ!」
ブラックレイブンが命令すると影人形達が一斉にカリファに襲い掛かる。彼女は世界の命運を背に立ち向かった。
カリファは襲い来る影人形達の先頭を蹴りや拳で確実に仕留めていく。決して囲まれないように無理はせず逃げ回る。時間はかかるが5体、10体と影人形は減っていく。
「何をやっている! たった一人くらいとっとと押しつぶせ!」
ブラックレイブンにとって無限に湧き上がる影人形が何体やられようが痛くもかゆくもない、逃げ回るのだっていつか限界が来る。しかし自分をコケにした女が善戦していることが許せない。圧倒的な力で一方的に蹂躙したいと思っていると視界の端にいいものが落ちていることに気付く。
「影人形共! あのチーターを狙え!」
ブラックレイブンの命令によりすべての影人形がカリファに背を向け、動けないチー太郎に向かっていく。それとともにカリファの顔面は蒼白になる。
「やめてっ! チー太郎!」
前を塞ぐ影人形達を押し退けチー太郎のもとへ向かう。その表情には戦っていたさっきまでの勇ましさはない。必死に進みチー太郎がいた位置までたどり着き、目の前の影人形を押し退けると視界が開ける。そこには蹴り上げられ空宙に浮くチー太郎がいた。
「だめぇっ!!」
カリファは夢中で飛び込み抱きとめると倒れこみ、チー太郎の様子を確かめる。先ほどまでよりも傷が増えている。自分がたどり着くまでに抵抗もできず何度も踏まれ、殴られ、蹴られたのだろう。呼吸はもはや聞こえずか弱い心音だけが抱きしめた体から伝わってくる。このままでは本当に死んでしまうと恐怖に顔を歪ませ逃げるために周囲を見渡す。
周囲は完全に影人形に包囲され隙間はない。それでも何とかしなければと逃げ道を探すが、踏みつけるように足が飛んでくる。カリファは体勢を入れ替えチー太郎に覆いかぶさり踏みつけられる。
「ぐぅっ!」
背中を思い切り踏みつけられ苦痛に声が漏れる。それからは抵抗もできず影人形達の攻撃が続き、肉を打つ鈍い音の中に混じりたまに骨が折れる軽い音が広場に響く。
熾烈な攻撃の中、死にゆくチー太郎の顔を見つめる。チー太郎の顔はカリファの涙でびしょびしょになっている。
「ごめんね……チー太郎」
痛みではなく守れなかった自分の無力さに涙が出る。
(ごめんね……、ごめんね……、ごめんね……、ごめんね……、また……守ってあげられなくて)
もう声も出ず薄れゆく意識の中ですら許しを乞い続けた。
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「起きてくださいにゃっ」
声が聞こえるとチー太郎は意識があることを自覚する。不思議な感覚も2度目だとすんなり受け入れられた。目を開けると見知った顔が覗き込んでいる。
「起きましたかにゃ? じゃあ起き上がってくださいにゃっ」
促されるまま起き上がると、相変わらず真っ黒な空間の中だ。前回と違うのは自分がチーターになっていることだが、そんなことはどうでもいい。チー太郎は現状を確認する。
「猫神様、俺は死んだのか?」
猫神は少し驚くとすぐに悲しい顔をする。
「残念ながらその通りにゃ、ご愁傷さまにゃ」
二度目の死亡報告を受けるが不思議と驚きも悲しみもない。ただ映画を見終わったときのような妙な脱力感がある。あの世界は自分にとっての現実ではなかったんだと今になって理解する。当たり前のようにチーターが喋っている世界なんて普通に考えておかしい。そんなことを考えていると猫神が続けて話す。
「いやー、まさか魔王が復活するなんて思わなかったにゃ。タイミング悪いにゃ。」
「えっ? 魔王が本当にいたのか?」
生前自分が半信半疑だった設定が出てきて驚く。
「そうにゃ、君が死んだのも魔王の手下のせいにゃ」
(あの男が魔王の手下だったのか)
チー太郎は仮面の男を思い出す。顔はわからないが自分を殺した相手だと思うと腹が立ってくる。
「これはこっちのミスにゃ。幸多からん事をと言っといて、こんな悲惨な末路で申し訳ないにゃ。ごめんにゃ。」
猫神は頭を下げる。
「悪いのは魔王だろ? 猫神様は悪くねーよ」
チー太郎にとって一応恩人だ。望み通りの転生ではなかったがまぬけな死に方をした自分に新しい命をくれたんだから感謝はしても恨みまではしない。短かったがチーター生も悪くなかったとカリファの顔を思い出しながら振り返る。
(カリファ大丈夫かな? まあ、カリファならあんな奴に負けはしないか)
少し不安になるが昔から人間離れした女だし大丈夫だと納得する。
「いやいや、そう言ってくれるとうれしいけど気が収まらないにゃ。お詫びをしたいにゃ、また転生でいいかにゃ?」
チー太郎は猫神の提案に考え事が吹き飛ぶ。
「猫神様それって?」
「前みたいに転生先や転生体もサービスするにゃ」
前回同様にチー太郎にとって完璧な答えだ。
(よしっ、今回はうまく説明してチート無双のチーターにしてもらうぞ)
「猫神様!俺をチート無双のチー…ターに……」
(なんだ? 言葉が詰まる。俺はチーターになりたいのに)
「ん?チート無双がなんだにゃ?」
(そうだ、俺はチート無双をっ……したいのか?)
「猫神様……、俺を……生き返らせてください……」
(なに言ってんだ俺? 今更あんな魔王がいる危ない世界に戻ってどうするんだ。ただでさえ野生のチータ生活は命懸けだっていうのに)
自分でも思ってもいない言葉が出て困惑する。よくわからない感情が胸の奥でつっかえている気がする。
(あんなチーターが喋れるだけの世界だぞ。飯を食うにも全力疾走で獲物を追わなきゃいけないのに)
チー太郎が前世を思い出しながら悶々としていると猫神が申し訳なさそうに答える。
「ごめんにゃ、生き返らせるのは難しいにゃ」
その答えを聞いて力が抜ける。なぜかすごく悲しくなってきた。
「どうしてできないんだ……転生はいいんだろ?」
(諦めろよ俺。猫神ができないって言ってるだろ。あんな苦労だらけのチーターじゃなくて、何でもできるチーターになれるってのに、なんでこんなに生き返りたいんだ?)
「転生はあくまで死後に別の存在になる事にゃ。すべてを一から始めないといけないにゃ。でも、死んだものを神が生き返らせてしまえば死んでも大丈夫なんて思ってしまうにゃ。本気で生きなくなってしまうにゃ。本気で生きるから楽しいんだにゃ。」
(本気で生きるから楽しい?)
その言葉とともにいろんな記憶がよみがえる。初めて一人で狩りに成功して食べた肉の味は美味かった。ヌーにいじめられてボコボコにされたこともあった。幼馴染の雌チーターに告白したら俺の兄弟とすでに付き合ってて頭が真っ白になった事もあった。苦い記憶も多いが何だかんだ楽しかったんだろう。
(それに大体あいつがいたな)
カリファのことを思い出す。初めての狩りに成功したときは褒めてくれた。ヌーにボコボコにされたときは怒り狂ってヌーをボコボコにしてた。失恋したときは自分のことは棚に上げてゲラゲラ笑ってた。
そんな思い出に浸りながら、死んだと言われた時の脱力感の正体に気付く。
(俺、もっと生きたかったんだな)
楽しい時間が終わったことがただ悲しかった。だからこそ諦めきれない。
「猫神様っ!それでも俺っ……」
「まあ待つにゃ、生き返ることは難しいけどできないとは言ってないにゃ」
猫神は一度深呼吸をすると今までにない真剣な目つきでチー太郎を見つめる。
「ただ生き返る。それは許されないにゃ。だから生き返るには理由が必要にゃ。」
「理由?」
チー太郎はまだ要領を得ない様子で聞く。
「使命と言い換えてもいいにゃ。自分の為ではなく使命のために生きてもらうにゃ。まあ、使命を果たした後は死ぬまで好きにすればいいけどにゃ。」
猫神の説明にチー太郎は何となく理解はできた。つまり生き返るために一仕事しろと言いたいのだろう。
「わかった。で、俺は何をすればいいんだ?」
生き返るためなら自分にできる事なら何でもすると言わんばかりに猫神に問うが、猫神はしばらく黙り込むと呟くように答える。
「魔王を倒すにゃ」
「えっ!」
チー太郎は耳を疑った。それは自分の今の状況を考えれば困難極まりない要求だった。
「待ってくれっ、俺はその魔王の手下にすら敵わず殺されたのに!」
チー太郎は死ぬ直前を思い出す。自分を殺した仮面の男、いや、自分を殺したのは男が使役する黒い人型、そんな手下の手下にすら敵わない自分が魔王を倒す?そんなことは不可能だ。
そんな悲痛な気持ちを無視するように猫神は答える。
「まさか子供のお使い程度の使命かと思ったかにゃ? そんな都合のいい話はないにゃ。生き返るのは死ぬより苦しいくらいが丁度いいにゃ」
猫神は今までにない低い声で迫るが、そんなことを言われても無理だとチー太郎は頭を抱える。抱えた頭の中死んだときの情景を思い出す。自分は何もできず人型に地面に叩き付けられて死んだ。敵を倒していたのは全部カリファだ。死ぬ寸前に見た彼女の顔は泣きそうだった。
(俺が生き返ったら喜んでくれるかな?)
彼女の正確なら俺が死んで大泣きしてるだろう。俺が生き返ったら一発ド突いてやっぱり泣くんだろうと考えるチー太郎の口元には笑みが浮かぶ。なんだか覚悟が決まった気がした。
「猫神様、俺……やるよ。」
チー太郎の答えに猫神はさっきとは打って変わって明るく返す。
「わかったにゃ。じゃあ生き返らせてあげるにゃ」
その態度にチー太郎は拍子抜けする。猫神はその様子を見て言う。
「やると決めたものにどうこう言うつもりはないにゃ。頑張るにゃよ。」
猫神の考えはよくわからないがそれでも応援してくれるのはうれしい。
「ありがとうございます。猫神様!」
その応援に全力で答える。
「うむっ、それでは早速生き返らせる……その前にこれにゃっ!」
猫神が手の平を上に向けるとそこに光る紋章が浮かび上がる。チー太郎にとってはよく見る紋章だ。カリファの持ってるお守りや村のあちこちに描かれているものである。
「猫神様、それは?」
「これは私の加護にゃ。1000年前の戦いでも眷族に与えたものにゃ。魔王を倒すには絶対必要にゃ」
それを聞いてチー太郎はズッコケそうになる。
「猫神様、そんないいものがあるなら先に行ってくれよ」
魔王を倒せる力をくれるんなら力不足を悩んでいたのがバカみたいだ。
「加護も万能じゃないにゃ。現に魔王は復活してしまったにゃ……まあいいにゃ、さあ目を瞑るにゃ。生き返らせるにゃ。」
猫神は少し悲しそうな顔をするとすぐに切り替えてチー太郎を目お瞑るよう促す。チー太郎も促されるまま目を瞑り猫神がチー太郎の額に手を置くが、チー太郎はふと浮かんだ疑問を質問する。
「猫神様、もしかして最初の転生のときからこうなることがわかってたのか?」
思えば転生の理由だって猫を助けようとしただけである。それだけで回りまわって魔王退治とは出来すぎている。すべては猫神の掌の上、計画通りなのではないか? そう思っていると猫神が答える。
「そんなことはないにゃ。たまたまにゃ、神様だってわからないこともあるにゃ」
その声はどこか悲しそうに聞こえた。
「転生させたのは気まぐれにゃ、猫の神様だからにゃ。にゃはははは」
笑い声を聞くと意識が薄れてくる。
「今度は幸多からん事をなんて言えないけど、まあ頑張るにゃ。魂は拾ってやるにゃ」
そんな猫神の応援を受けながらチー太郎は遠のいていった。
「ふう、これですべての加護は地上に降りたにゃ。」
チー太郎を生き返らせた猫神はひとり呟く。
「1000年前と違い戦えるのはチーター族だけ、厳しい戦いになるにゃ」
両手を胸の前で握りしめる。
「わが子らよ、どうか魔王を救ってあげておくれ」
自身の願いを託し祈ることしか出来なかった。
読んで下さりありがとうございます。
1話でまとめようとした話が全然まとまりません。
次回はちゃんと冒険に出発できるよう頑張りますので引き続き読んでいただけたら幸いです。