第2話 冒険の始まりだぜっ!! 1
1話目読んでいただきありがとうございます。
初投稿なのに意外とアクセスしてくださる方がいてうれしいです。
今回もお楽しみいただけたら幸いです。
広大なサバンナに1頭のチーターが佇んでいる。転生して早2年がたった元少年は立派な成獣のチーターになっていた。この2年間で異世界の生活にも十分慣れたが、元の世界と同じところもあれば全く違うところもある。猫神の言った通りこの世界はチーターにとってかなり暮らしやすい、チート無双なチーターにあこがれいた熱も冷め、今はこの世界での普通のチーターとして暮らしている。そんな元少年のチーターを大声で呼ぶ声がする。
「おーい、チー太郎っ!」
自分のこの世界での名前が響き渡る。ああ、またうるさいのが来たとチー太郎と呼ばれるチーターが振り向き、自分に向かって走ってくる女に向かって返事をする。
「なんだカリファか、今日も声がでかいな。また男に振られたのか?懲りないなー」
何故ばれたと驚いた顔をするカリファだが、愚痴を聞いてもらいたくて堪らない彼女はそんな嫌味を気にせず話し始める。
「聞いてよチー太郎っ! ナシムったら酷いのよっ! 私が必死にアプローチしたのに、僕は君にふさわしくないだとか、君にはもっとマッチョな男が似合うとか訳わかんない言い訳ばかりで人を袖にして~!!」
振られたことに怒り心頭の様子だが、やはりそんなことだろうととチー太郎はいつものようにカリファの愚痴を聞く。
チー太郎にとってカリファは生まれた時からの付き合いである。母チーターがカリファの住む村、チータッタ族の村の近くに住んでいたこともあって幼い頃からの遊び相手だった。
そしてこれが元の世界との大きな違い、この世界はチーターと人間が当たり前のように話ができる。チーターは人間相当の知能があり共に暮らしているものも多い、チーターにとって暮らしやすい世界とはチーターと人間が平等に暮らしている世界だった。
「カリファ、モテたかったらお前はもっとお淑やかにしたほうがいい、お前は声も態度もでかすぎる。」
「何よっ、チー太郎まで私がダメだっていうのっ!」
カリファ自身に魅力がないわけではなく、目鼻立ちはくっきりしているし、出るとこ出て締まるところは締まっている。手足も長く、よく日に焼けた褐色の肌がそれをよく際立たせている。だがやはり性格がすべてを台無しにしている。カリファはよほど怒り心頭なのか反応もせず愚痴を続ける。
「私巫女なのにっ! 猫神様の巫女なのにっ! 巫女って神秘的で魅力的じゃないのっ! なんでモテないのよーっ!」
神秘性のかけらもない発狂ぶりだが、カリファはチータッタ族の中では猫神の巫女ということになっている。年寄り連中はありがたがっているが若者は誰一人信じていない。チー太郎もその1頭だった。
「巫女って言ったて祭りの時の踊り子役だろ? 何か不思議な力があるわけでもないし、巫女ってガラじゃないだろ」
全然慰めてくれないチー太郎にカリファも反論する。
「そりゃあ今は平和だから猫神様の加護は無いけどさ、魔王がいた昔は巫女だった活躍してたんだから。大体チーターが話せて繁栄してるのだって猫神様の加護であんた達の祖先が魔王を倒した功績のおかげなんだからもっと信心深くなりなさいよ」
カリファは巫女を名乗るだけあり猫神やその歴史についてはよく勉強している。チー太郎も猫神の力で転生した身なので猫神の存在はもちろん信じているが、今ひとつ信じられないものがある。
「でも、魔王なんて本当にいたのか?」
魔王なんてRPGじゃあるまいしと訝しがる。チート無双を諦めてなっかた頃なら魔王という言葉に心ときめいたものだが、もう倒されていないとなれば興ざめだ。
「もちろんいたわよっ!1000年前の戦争で猫神様の眷族達に倒されたけれど、もし復活したらあんたなんてひと口で丸呑みにされちゃうんだからね」
大きく口を開けてチー太郎を食べる真似をするカリファの語気は明るい。どうやら機嫌は直ったようだ。やれやれと思いながらもチー太郎は彼女と談笑をするのであった。
チー太郎はいつも通りの日常を楽しみながらふと空を見ると一筋の煙が上がっている。煙が上がっているのはチータッタ族の村の方角だが、その煙は明らかに炊事で出るような量ではない。
「おい見ろよカリファ、あの煙が上がっているのは村からじゃないか?」
チー太郎に促され空に上がる煙を見たカリファはギョッとする。
「まさか火事! すぐに戻らないと」
カリファは緊急事態だと察し、すぐに煙の上がっている方角に向かって走り出す。
「俺も行くぜっ」
チー太郎もカリファに並んで走る。1頭と1人は急いで村に向かうのであった。
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チー太郎達が村に近づくと煙の上がっている位置も大体わかる。どうやら村の奥の方、長老の家のあたりだ。急いで向かおうとするが村の入り口で異常に気付く。
「止まれっカリファッ!」
チー太郎はカリファを制止する。
「どうしたのチー太郎?急がないと」
「火事だってのにやけに静かじゃないか?」
チータッタ族の村人は200人程、辺鄙な場所の割にはそれなりにいる。火事ならば川に水を汲みに行く人間がひっきりなしに出入りし、村中が大騒ぎになっているはずだ。それなのに村の入り口に誰もいないし声も聞こえない。不審に感じながら村の中の様子を窺うと入り口近くの家の陰から誰か出てくる。
「おーい、村の奥から煙が上がって……えっ!?」
カリファが手を振りながら話しかけるが途中で言葉が止まる。原因は出てきた人間だ。いや、人間かどうかもわからないそれは人型ではあるがまるで影のように真っ黒だ。
その真っ黒な人型がカリファの声に反応してこちらに振り向く。1頭と1人はとっさに近くの茂みに飛び込んだ。
「何よあれっ! なんであんな変なのが村にいるのよっ!」
「知らないよっ! てかなんで話しかけるんだよっ! こっち見たぞっ!」
「だって村の誰かかと思うじゃない! というか村のみんなは大丈夫なの?」
声を抑えながら取り乱すがやはりカリファは村の状況が気になるようだ。チー太郎は茂みから顔を出し様子を窺うが、人型はさっきいた位置でうろうろしている。
「気付かれてないようだな、これからどうする?」
「村のみんなが心配だわ。とりあえず煙の出元、村長の家まで行ってみましょ」
茂みに隠れたまま入り口を迂回し村に入る。村の中には入り口のとは別の人型が数体歩き回っているがどうやら同じルートを行ったり来たりしているだけのようだ。動きも緩慢だったこともあり問題なく隠れて移動し村長の家の近くまでたどり着く。
村長の家の前は広場になっている。そこで普段は集会や催事が行われるためかなり広い、民家の陰から広場を覗くと村人が集まってその周囲を人型が囲んでいる。
「みんな捕まってんじゃん」
気付かれないように小声ながらもカリファは村人たちことが心配で仕方ないようだ。チー太郎は村長の家を見る。確かに火事になっているようだが、もう火はだいぶ小さくなっている。その家の前には村長と変な格好をした人間が何か話している。
「なんだあいつ!?」
黒を基調に派手な装飾の服と鳥を模したような仮面、カッコイイとダサいの紙一重のような服装に少々のむずがゆさを感じながらもチー太郎は聞き耳を立てる。
「村長さん、そろそろ猫神の巫女を差し出したらどうですか?この村にいるのはわかっているのですよ」
声からして仮面は男のようだ。丁寧な口調で村長に問い詰める。
「猫神の巫女などこの村にはおらんっ! みんなを開放してとっとと帰ってくれっ!」
村長は抵抗するように声を荒げる。
「ほう、まだ白を切るのですか? これ以上続けるならば燃えるのはあなたの家だけではすみませんよ」
仮面の男からの脅しに村長は黙って歯噛みするしかないようだ。
「おいカリファ、あの男どうやら猫神の巫女を探しているようだぞ」
チー太郎は聞こえた内容をカリファに伝える。
「えっ!?わたしをっ」
カリファは仮面の男が自分を探していることがわかると額に青筋を立て鬼気迫る表情になる。
「落ち着け、見つかったら何をされるかわかんぞ」
怒りをあらわにするカリファを宥めようとするチー太郎だったが、その努力もむなしくカリファは民家の陰から飛び出した。
「おいあんたっ! 私が猫神様の巫女よ、相手してやるから早く村のみんなを開放しなさいっ!」
仮面の男を指さし、大声で見栄を切る。やれやれとチー太郎も出てきてカリファに並ぶ。村長は青い顔をしてうな垂れ、村人たちもざわついている。そして望みどおりに巫女が現れた仮面の男だが反応が悪い。
「私もなめられたものですね。巫女の偽物を用意するにもこんな淑やかさのかけらもない女を用意するなど」
仮面の男は肩をすくめて首を横に振る。カリファが巫女だということをまるで信じていないようだ。
「はあっ!? ふざけんじゃないわよ、私は巫女よ! ねえ、村長っ! ねえ、みんなっ!」
カリファは同意を求めるが村長はうつむいて口をつぐみ、村人たちは懐疑的な態度でよい答えは得られない。誰も自分を巫女だと認めてくれないことに目から涙がこぼれそうになる。
「もういいです。偽物はとっとと消えてください、差し出す気がないなら自分で探しますから」
仮面の男は完全に興味をなくすとカリファから背を向ける。チー太郎は恐る恐るカリファの様子を窺うと額の青筋の数が1本、また1本と増えていく。
「カリファッ!落ち着け、お前は巫女だから、立派な巫女だからっ!」
必死に宥めるがもはや聞こえていそうにない、諦めて怒りの矛先に目を向ける。
仮面の男の向かう先には10人ほどの若い娘たちが並べられ、ほかの村人と分けられて座らされている。仮面の男は値踏みするかのように1人1人娘たちを見ていくと、とある娘の前で立ち止まり顔を覗き込む。娘は顔を背けようとするが顎をつかまれ動かせない。その様子に村の若い男たちがざわつき始める。チー太郎は何度も村に来ているから知っているがあの娘はカリファと違ってかなり男達から人気があったはずだ。そんな娘の腕をつかんで無理やり立ち上がらせた仮面の男は嬉々とした声で語りだす。
「この幼さが残りつつも品のある顔立ち、慎ましくも瑞々しい肉体、控えめで清純な態度、さっきの偽物とは雲泥の差、この娘こそ本物の巫女だあっ!」
娘は強く腕を掴まれているせいで痛みと恐怖で涙を流している。村の男たちがもう我慢ならんと立ち上がろうとしたとき、誰よりも速く仮面の男に迫るものがいた。
「私が巫女だってっ、言ってんでしょうがあー!!」
雄叫びをあげながら走るカリファはその速度を落とすことなく踏み切り跳躍する。仮面の男は声に反応し振りむこうとするが間に合わずその側頭部をカリファの揃えられた両足裏が打ち抜いた。男はきりもみしながら吹き飛びまだ火が燻ぶる村長の家に突き刺さる。カリファは蹴った反動で空中で身を翻しきれいに着地すると掴まれていた腕を離され倒れそうになっている娘の肩に手を回し、支え、抱き寄せる。
「大丈夫っ?」
さっきまで恐ろしい目に遭っていた同胞を見つめ心配するカリファだが、娘のほうは目が合うとすぐに目を逸らし顔を真っ赤にして小さな声で呟く。
「ありがとぅ……カリファ」
その光景を見た村人の若い女達からは黄色い歓声が上がり、男達からはため息や舌打ちが聞こえてくる。その状況を見てチー太郎はまたかと思う。カリファが男にモテない理由の1番は単純に村の男たちよりカッコいいからだ。男達からしたらカリファは恋敵、悪く言えば嫉妬の対象だった。
そんなことをしていると近くにいた人型が動き出しカリファの背後に迫る。
「カリファッ!」
チー太郎は駆け出しチーターの加速力を生かし一瞬で距離を詰める。そのまま人型の背中に飛びかかり肩に噛みつくが血は出ず、何の味も臭いもしない、しかし肉を割く感触はある。人型は振り払おうと体を揺らすがうまくバランスをとり噛みつき続ける。
「チー太郎、離れてっ」
カリファの声が聞こえるとチー太郎は口を離し背中から飛び退く。すると間髪入れずに人型の顔にこぶしが突き刺さる。人型は大きく仰け反るとそのまま仰向けに倒れる。
「チー太郎、大丈夫?」
チー太郎を心配するカリファだが、チー太郎もすぐに言い返す。
「それはこっちのセリフだ。油断しすぎだぞカリファ!」
チー太郎の返答に嬉しそうにカリファも返す。
「そうね、ありがとうチー太郎」
カリファからのお礼にチー太郎もふんっと胸を張る。
1頭と1人が互いに信頼を確かめ合っていると後ろから怒号が飛んでくる。
「貴様ぁ!くそ偽物女がよくもこの私を足蹴にしてくれたなっ!」
振り向くと仮面の男が立ち上がっていた。装飾のついた服はボロボロになり仮面にはひびが入っている。憤怒に歪んでいるであろう表情を仮面で隠し、さっきまでの丁寧な言葉づかいも忘れているようだ。
「もういい、面倒だ。娘は全員連れていく。殺す気はなかったが、ほかの連中も皆殺しだ!」
仮面の男が叫ぶとすべての人型が動き出す。並べられていた娘たちは全員拘束されてしまい、村人たちを囲っている人型もその包囲を縮めていく。広場の空気が一気に張り詰める。
「その前に偽物女ぁ、お前を全員の前でなぶり殺しにしてやる!」
仮面の男は特にカリファに対して殺意をむき出しにする。人型がその殺意に応えようと取り囲む。全部で5体、さっき倒した人型の強さを考えれば勝てない数ではない。そう思ったカリファはチー太郎に視線を送り、チー太郎も尻尾を揺らしそれに応える。
先手を取ってカリファが動き、目の前の人型を蹴り飛ばす。左右の人型がカリファを捕えようとするがそうはさせまいとチー太郎が飛びかかる。
まずは左に飛びかかり顔をひっかき怯ませ、体を蹴って右に飛びかかる。頭を飛び越し背中に回ると最初の人型のように肩に噛みつく。また振り払おうと体を揺らされるが耐えている間にカリファが怯んだ左をぶっ飛ばし、こちらに向かってくる。
チー太郎は飛び降りると後ろから迫ってくる2体のうち1体の後ろに回り込むと3度目の背中に飛びつき肩に噛みつく。右の人型はすでにぶっ飛ばされているので、残り1体をカリファがタイマンでぶっ飛ばすまで耐えればいいとチー太郎は勝利を確信した。
残りの人型をカリファがぶっ飛ばし、最後のチー太郎の噛みついている人型に向かう。チー太郎は飛び降りようと肩から口を離したそのとき、人型が後ろ手に回した腕に足を掴まれる。抵抗することもできず肩から引きはがされると人型は腕を振り上げチー太郎は頭上に掲げられる。
掲げられている時間がやけに長く感じ、戦闘中だというのに思考はずいぶん穏やかだった。視線をカリファに向けると彼女は大きく目を見開き口を開けてこっちを見ている。
なんて顔してるんだと面白くなり思わず笑いそうになったが視界がいきなり動き出す。しかしそれもゆっくり動く、動くほどに彼女の表情は引きつっていく。
今度はなんて顔させてるんだと悔しくなってきたチー太郎は彼女の目から涙があふれるその寸前に意識を失った。
読んでいただきありがとうございます。
2話目ももっと早く上げるつもりでしたが書いてるうちにドンドン予定より長くなって、終いには前後編にすることになりました。
頭の中のプロットと作品として形にした時のボリュームの違いに驚くばかりです。
次話の後編も少し時間がかかりそうですが読んでいただけたら嬉しいです。