第1話 チーターに転生してしまったぜっ!!
初投稿です。外出するのが億劫で暇を持て余していたので書いてみました。読んでいただけたら嬉しいです。
放課後、お気に入りの小説の新刊を手にする少年の足取りは踊るようだった。
「やっと『チーター転生!!』の続きが読めるぜ! 楽しみだな~」
楽しみな気持ちを抑えきれず急いで帰路を進む。
『チーター転生!!チーターは最強なんだぜっ!!』は今人気のライトノベル、少年はこの作品の大ファンだった。不慮の事故で異世界に転生した主人公が神様から与えられたチート能力でかわいい女の子たちとハーレムを築き、悪い奴らをバッタバッタとなぎ倒し無双する。そして決め台詞は、
「チーターは最強なんだぜっ!! かっこよすぎるだろ、最高すぎるぜっ!! 俺も異世界に転生してチーターになりたいな~!」
思わず叫んでしまうほど少年はこの作品が好きだった。別に今の生活に不満があるわけではないが異世界という非日常、チート無双の爽快感、たった一人で何でもできるという全能感には憧れずにはいられなかった。
新刊への期待を胸に歩を進めようとしたその時、唐突に歩道横の茂みから猫が飛び出してきた。今の大声に驚いたのだろうかと目で追うとそのまま歩道を駆け抜け車道に侵入してそこで転倒してしまった。そんなに動転していたのだろうか、間抜けな猫だなと前に向き直ると少年は驚愕した。前からトラックが来ている。再度猫に目を移すとまだひっくり返ったままで動けそうにない。
(やばいっ!)
気分が高揚していたせいであろうか、少年の足は考えるより先に動いた。動いた後に考える。間に合う、思っていたよりもトラックとは距離があるこのまま走って猫を抱えて駆け抜ける。それに人間が飛び出せばトラックの運転手だってブレーキを踏むはず、少年は普段より早く回る思考で完璧な計算をする。華麗に猫を助ける姿を思い描きながら車道に飛び出す、猫のもとに走り抱き上げる、自分の今行っている善行に思わず口元に笑みを浮かべながら横目で確認するとトラックはもう目の前にいた。
トラックの運転手がブレーキを踏まなかったからか、自分の足が思ってた以下に遅かったからか、笑みで結ばれていた口は大きく開くが声は出ず息だけが漏れる。さっきまで回っていた思考は急停止し、ただ死ぬとそれだけが頭に浮かぶと少年の意識は一瞬で遠のいた。
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「起きてくださいにゃっ」
声が聞こえると少年は自分に意識があることを自覚する。自分はトラックに轢かれたはず、死んでいなくても大怪我は免れないが痛みは無くむしろ体がとても軽く感じる。少年は不思議に思いつつも目を開けると声の主がいた。仰向けに寝ている自分の顔を覗き込んでいる。
「起きましたかにゃ? じゃあ起き上がってくださいにゃっ」
声の主に促され起き上がる。周囲を見渡すが病院ではない、それどころか何もない真っ黒である。しかし、暗いわけではなく自分の体と声の主ははっきり見える。今度は声の主に目を向ける。顔のつくりや化粧、声の高さから女であることがわかるが、頭の上に猫の耳があるし語尾も何か変だ。コスプレなのかと少年が訝しんでいると女が話し始めた。
「残念ながらあなたは死んでしまいましたにゃ。ご愁傷さまにゃ」
女は少年が死んだことを告げるが少年はすぐに言い返す。
「ちょっと待ってくれ、俺が死んだって? 俺は今ここにいるじゃないか!?」
混乱している少年を宥めるように女が話を続ける。
「落ち着いてくださいにゃ。なかなか受け入れられないかもしれないけどあなたは本当に死んでしまったにゃ。今ここにいるのはあなたの魂にゃ」
女が少年の現状を伝えると少年はまだ落ち着かない様子で問う。
「魂だって!? っていうか大体あんたは誰なんだ? その変な格好と語尾は何なんだ?」
変と言われた女は苦笑いしながらも答える。
「変とはひどいにゃ、でもまだ名乗ってなかったにゃ。私は猫の神、猫神と呼んでほしいにゃ」
少年は目の前の女が神を名乗った事に驚いたが、死んで神様に会っているこのシチュエーションに見覚えがあった。もしやと考え猫神に問う。
「猫神様、あなたが本当に神様だとしたら俺に一体何の用なのでしょう?」
少年はなるべく心象を良くしようと遜ると、猫神は答える。
「あなたは私の眷族である猫を助けるために死んだにゃ。私はあなたにお礼をするために魂を呼び寄せたにゃ。ありがとうございますだにゃ。」
猫神は深くお辞儀して感謝を伝えるが、少年は期待通りの展開に興奮していた。
「いえいえ、命の危機に瀕しているものは人だろうが動物だろうが助ける、人間として当然のことをしたまでです。それで、お礼って具体的に何をして頂けるのでしょうか?転生とかってできます?」
少年は自身の欲望を全く隠せず食い気味に捲し立てる。
「転生したいのかにゃ? それくらいなら全然OKにゃっ。何なら転生先や転生体にサービスするにゃ」
猫神の返答は少年にとって完璧なものだった。そうとなれば心のタガは外れもう止まらない。
「俺を異世界に『チーター』として転生させてくれ!!」
すると猫神は驚いたような顔をして確認する。
「異世界はもちろんいいにゃ、でも『チーター』になりたいのかにゃ?」
少年は何を当然のことをと肯定する。
「もちろん! 俺は生前『チーター』になることが最大の夢だったんだ!!」
少年の本気の思いを聞き猫神は満面の笑みになる。
「さすが命懸けで猫を救おうとしてくれた人にゃっ! 自らも『チーター』になりたいなんてわかってるにゃ!」
猫神の思いもよらぬ大絶賛にこれはイケると少年は乗っかる。
「はいっ!! 『チーター』は最高ですっ!!」
少年の熱意に猫神はうんうんと頷く。
「そうそう、『チーター』はかっこいいにゃっ!」
(そう、チーターのかっこよさは天上天下唯我独尊だぜっ!)
「でもその中にも隠せない可愛さがあるんだよにゃ~」
(そう、チーターのふとした可愛さは天下万民をメロメロにしてしまうのだー!)
「そして何より足が速いにゃっ!」
(そう、チーターが走ればそれはまさに風の如しっ!)
少年は猫神がチーターを褒める度に同じくうんうんと心の中で賛同して頷く。
「わかったにゃっ! あなたを『チーター』として異世界に転生させてあげるにゃ。ちょうど私の管理している世界に『チーター』にとって暮らしやすい世界があるにゃ。そこに転生させてあげるにゃ」
猫神の提案に少年は万感の思いで答える。
「猫神様っ!ありがとうございまーすっ!!」
少年は目から涙を流し、膝をつき、首を垂れる。その姿を見て猫神は慌てる。
「頭をあげるにゃ。これは私の感謝の気持ちなのにゃ」
頭をあげた少年の顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている。
「さあ、目を瞑るにゃ。次に目覚めたらあなたは『チーター』に転生しているにゃ」
少年は猫神の言うとおりに目を瞑る。猫神は少年の額に手を置く。
「あなたの次の猫生に幸多からん事をっ!」
(んっ?今なんて言ったっ!?)
少年は猫神の発言に疑問を感じたがそれを問い質す間もなく意識は遠のいた。
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少年の意識が戻ったとき、そこは闇の中だった。目が開かない、体もうまく動かせない、声もうまく出せず甲高いうめき声が漏れるだけ。周囲には自分と同じうめき声を出すモフモフしたものが蠢いている。
(俺は転生したのか? ここはどこだ? いったい今どういう状況なんだ?)
少年は現状を理解できず混乱していたが、次第に目蓋に力が入るよになってきた。何とか周囲の状況を確認したい少年は渾身の力を籠め目蓋をこじ開けた。
するとそこには猫がいた。甲高いうめき声をあげながらのたうち回る猫、すやすやと寝ている猫、周囲を見渡すと5匹の猫がいる。しかしただの猫ではない、自分と同じくらいの大きさがある。ろくに動けない今、こんな化け物に襲われたらひとたまりもない。少年は何とか逃げようと身をよじり移動しようとすると大きな影に包まれる。見上げるとそこには自分の何十倍も大きな猫が見下ろしている。少年は驚愕し腰が抜けて動けない、訳も分からぬままもう駄目だと絶望したそのとき、大きな猫が口を開いて話出した。
「まあ!坊やもう目が開いたのっ、早いわね~」
猫が話していることに、少年はさらに混乱する。声にならない甲高いうめき声上げながら手で顔を覆うが手の平の異様な柔らかさに違和感を覚え自分の手を見る。毛むくじゃらの手の中に肉球と短いが鋭い爪、人間の手ではない、猫の手である。
「あら~、どうしたの坊や?」
大きな猫が自分を心配するように覗き込んでくる。その顔をよく見るとテレビや、図鑑などで見たことがある生き物だ。
(チーターじゃん)
その猫が自分の知っている生き物だとわかると少し安心するが、チーターはこんなに大きな生き物ではない。現状を理解できずあたふたしていると、大きなチーターが大きく口を開けて少年の頭に噛みつこうとする。食べられてしまうと思い強く目を閉じるが、その直後に首の後ろ捕まれる感触があると体が持ち上げられる。
目を開けると大きなチーターに首の後ろをくわえられ運ばれている。そのままさっきの自分と同じ大きさの猫たちのもとに降ろされる。よく見るとこの猫たちはチーターの赤ん坊だった。ここまで来れば少年は、いや、子チーターも気づく。
(俺チーターになってるじゃんっ!!)
自分の状況を理解したはいいが、チーターになっていることに困惑する。
(なぜチーターになっているんだ? 猫神が間違えたのか? 俺はチート能力で無双するチーターになりたかったのに……)
自分の望みが全く違う形で叶えられたことに、ただただ途方に暮れるしかなかった。
読んでいただきありがとうございます。2話はなるべく早くあげられるよう頑張ります。