騎士団長は笑顔が素敵な公爵令嬢にストーカーの上、恋をする。⇒いえ、女は幸せの為にしたたかに動くのですのよ。(後日談追記)
ケルン・ゴットランド騎士団長は、身体つきが大きいイカツイ顔をした騎士団長だ。
今まで、真面目一筋、剣技に生きたそんな騎士団長の彼が恋をした。
マリアーテ・ランデルク公爵令嬢である。
カディス皇太子殿下の婚約者であるマリアーテはそれはもう美しき金の髪の令嬢で、
遠目で見た途端、ケルン騎士団長は運命を感じたのだった。(一方的に)
しかし、ケルン騎士団長、独身、30歳。
マリアーテはまだ18歳の公爵令嬢である。
そして、カディス皇太子殿下18歳の婚約者でもあった。
王立学園へ通うマリアーテ。彼女が馬車から降りる姿を毎朝こっそりと茂みから拝見するのがケルンの日課である。
今日も麗しい。なんて美しくて可愛い令嬢だ。
勿論、彼女と結ばれるとか、恋人になりたいとかそんなやましい想いは一切ない。
ただ、その麗しの姿を毎朝、王宮へ出勤の前にこっそりと拝見出来るだけでケルンは幸せだったのである。
今日もいつもの日課で、学園の校門の近くの茂みに潜り込み、大きな身体を丸めてしゃがみ込んで、こっそりとマリアーテを観察する。馬車から降りるマリアーテの可憐な事可憐な事。
「ああ…今日も麗しい。マリアーテ様。」
とこっそりと見ていると、一人の令嬢がマリアーテに近づいて行くのが見えた。
その令嬢はマリアーテに向かって叫ぶ。
「マリアーテ様。マリアーテ様にカディス皇太子殿下は似合わないと思います。」
「貴方はどなた?」
「私の事を知らないだなんて。ルティナ・ハレソン男爵令嬢です。私と皇太子殿下は愛しあっているんです。」
そこへ、カディス皇太子殿下が皇家の馬車で到着した。
黒髪碧眼の背の高いカディス皇太子。
マリアーテがいてもなんのその。カディス皇太子に憧れる令嬢も多いのだ。
ルティナはカディス皇太子の傍に近寄って、
「私と愛し合っているんですよね?カディス様。」
「確かに…マリアーテといるより、ルティナといる方が癒される。」
ぎゅっとルティナを抱き締めるカディス皇太子。
その様子を見ていたケルン。
ああ…マリアーテ様の綺麗な碧い瞳に涙が…
皇帝に忠誠を誓っているケルンだが、しかしだ。
マリアーテが泣くのをみていられなかった。
「マリアーテ様を泣かせる事は騎士として許さんっ。」
茂みから飛び出ると、思いっきりイチャイチャしているカディス皇太子とルティナに向かって叫んだ。
「婚約者がいながら、他の女性に手を出すとは、あまりにもマリアーテ様が可哀想ではないか。こんな所にマリアーテ様を置いてはおけん。」
そう言うと、ガシっとマリアーテを小脇に抱え、ケルンは走り出した。
猪の如く、凄い勢いで通りを走る。
頭が真っ白だった。何も考えられなかった。
ただ、あの場所にマリアーテを置いておきたくはなかったのだ。
大分遠くまで走って来たなと、我に返り、ふと抱えていたマリアーテを見れば、
目を見開いてこちらを見ている。
そして鈴のような声で、
「おろして下さらない?」
「す、すみませんっ。」
慌てて地にマリアーテを下ろすケルン。
マリアーテの前に跪いて、
「マリアーテ様を連れ出してしまい申し訳ございません。」
マリアーテは微笑んで、
「いえいいのよ。貴方様は確か…」
「ケルン騎士団長です。」
「わたくしの為に怒って下さって嬉しかったですわ。」
その時、声をかけられる。
「こら、ケルン。マリアーテ様を連れ出すのではない。」
「お前は近衛騎士団のレティオス・ミーティンっ。」
金髪碧眼の美男子レティオスはそれはもうケルンとは正反対で女性にモテている男性だ。
レティオスはマリアーテに声をかける。
「マリアーテ様、お怪我はありませんか?」
「ええ、大丈夫よ。」
レティオスはケルンに向かって、
「まさかお前が茂みに潜んでいるとは思わなかった。通りの向こうにいた私はマリアーテ様を連れ去るお前を追いかけるのに遅れてしまった。」
「何故、通りの向こうにいたのだ?ここは王宮から離れているだろう?」
「そ、それはっ…」
「お前もなのか?お前もマリアーテ様目当てなのかっ?」
レティオスは首を振って、
「いくら何でも婚約者のいる公爵令嬢をストーカーするとは騎士道に反するので私はやらない。お前とは違うぞ。」
「嘘をつくな。それなら何故、ここにいる?」
「そ、それはだな…たまたま散歩だ。散歩。お前こそ茂みに潜んで何をしていた?」
「それは愛しいマリアーテ様を毎朝拝見するのが…しまった…」
「立派なストーカーではないか。」
恐る恐るケルンはマリアーテの顔を見る。
マリアーテはクスクスと笑っていて、
「お二人とも、わたくしをストーカーしていたのね。」
ケルンもレティオスも慌てて、頭を下げ、
「茂みに潜んで毎朝拝見しておりました。申し訳ございませんっ。」
「私は遠目から見ていただけです。こいつとは違って近くで見ようなどとは思ってもみません。しかし、騎士として恥ずべき行動、申し訳ございませんっ。」
マリアーテは楽し気に、
「二人のお陰で涙が引っ込んでしまったわ。わたくし、有難う。学園まで送って下さらない?」
ケルンもレティオスも、
「喜んで警護させて頂きます。」
「勿論、近衛騎士の任務ですから。」
マリアーテが笑っていてくれるだけで、ケルンは幸せを感じた。
マリアーテと共に歩く学園への道のりは、本当に幸福な時間だった。
初めて彼は神に感謝した。
そんな事件があってから、時々、公爵家のテラスで、マリアーテとケルン、そしてレティオスはお茶をするようになった。
あくまでも友達としてである。
ケルンは口下手である。しかし、レティオスは口が達者で、マリアーテをよく笑わせた。
あああ…俺もマリアーテ様を笑わせたい。
「マ、マリアーテ様。マリアーテ様は何故、俺達とお茶を?」
思い切って聞いてみる。
マリアーテは微笑んで、
「面白い方達だからですわ。ケルン様ももっと力を抜いて、気軽にお話して下さってもよくてよ。」
「は、はいっ。本当に麗しい。マリアーテ様。」
「わたくしは普通の令嬢ですわ。」
「いえいえ、とても麗しいです。はいっ。」
レティオスがおいおいと言いながら、
「お前の言動、怪しすぎるぞ。」
「麗しいと言って何が悪い。麗しいものは麗しいっ。」
マリアーテはおかしくてたまらにと言う風に、笑ってくれた。
その笑顔を見ているだけで、ケルンは幸せを感じるのである。
ずっと、この幸せな時が続いて欲しい。
しかし、事件は起こるのであった。
学園の卒業パーティで、マリアーテは、ルティナ・ハレソン男爵令嬢を虐めたとかいう罪で、
カディス皇太子殿下から婚約破棄されたのだ。
そして、国外追放を言い渡された。
それに怒り狂ったのがケルンである。
そして、レティオスであった。
ケルンが怒り狂ったのと、同時に、騎士団員達も、
そして、レティオスが怒り狂ったと当時に近衛騎士達も怒り狂った。
あのような可憐な公爵令嬢を国外追放とは。
婚約者がいながら浮気をしていたのは、カディス皇太子ではないのか?
反乱が起きたのである。
皇帝に忠誠を誓っていたはずの、騎士団員や近衛騎士達が武器を取り、こぞって皇宮へ襲い掛かったのだ。
慌てたのが皇帝である。
一人の公爵令嬢を皇太子が追放を言い渡しただけで、騎士団員や近衛騎士達が反乱を起こしたのだ。
皇帝は押し寄せた騎士団員達や近衛騎士達に向かって、叫んだ。
「お前達の要求はなんだ?」
ケルン騎士団長が進み出て、
「マリアーテ・ランデルク公爵令嬢がカディス皇太子殿下に婚約破棄され、無実の罪を着せられたとの事。彼女の無実と、国外追放の取り消しを求めたい。」
皇帝はカディス皇太子を睨みつけて、
「お前と言う奴は、なんてことをしでかしたんだ。あれ程、軽々しい行動をするなと普段から注意していただろう。カディス。お前は謹慎を言い渡す。お前が夢中になっている男爵令嬢は真実を調べた上で、厳正に処分する。もしランデルク公爵令嬢が無実ならば、その男爵令嬢は見せしめの上、処刑する事にしよう。ランデルク公爵令嬢の国外追放は取り消す。それでよいか?騎士団長。それから近衛騎士達。」
ケルン騎士団長は跪いて、
「承知いたしました。」
レティオス近衛騎士も同じく跪いて、
「感謝いたします。」
ケルンは誇らしかった。
レティオスと共にマリアーテを助ける事が出来たのだ。
今やレティオスは友だった。
レティオスならマリアーテを任せられる。
二人が愛し合っているならば、応援したい。そう素直に思えた。
二人で、公爵家にいるマリアーテに報告をしに行く。
マリアーテはいつものテラスで待っていてくれた。
ケルンは、マリアーテに向かって、
「もし、マリアーテ様がレティオスの事をお好きならば、俺は応援したいと思っています。
それだけ、レティオスはいい奴です。他にお好きな方がいるならば、祝いたい。
俺はマリアーテ様には幸せになって貰いたい。」
レティオスは慌てて、
「いやその…俺は実は近々、伯爵家の令嬢と婚約する事が決まっていて…
本当に楽しかった。3人で、テラスで色々と話をした事は。
ほら、ケルン。お前、告白しろよ。」
「何を言っている。マリアーテ様はこんなオジサンなんて、それに身分違いだから。
失礼しました。マリアーテ様。」
マリアーテはにっこり笑って、
「そうですわね。でも、わたくし、構いません。ケルン様なら、わたくし、嫁いでもいいと思っておりますのよ。とても、素直で優しい方…。
もし、父が反対するならば、わたくしを又、さらって行ってくれませんか?出会った時のように…」
「マ、マリアーテ様っ。いいのですかっ。俺で…」
「ええ…愛しておりますわ。ケルン様。」
ケルンの手を握ってくれたマリアーテの微笑んだ顔は今まで見た中で一番、美しくて愛しかった。
それからしばらくして、ケルンはマリアーテと結婚した。
騎士団員達も、近衛騎士達も皆、祝ってくれて…
ケルンは幸せだった。
マリアーテは結婚式場でこっそりとケルンの耳元で、
「わたくし、貴方がわたくしをさらって行って下さったときから、好きでしたのよ。
でも、二人きりで会うのは、皇太子殿下の婚約者でしたから、問題があって…
想いも告白出来なかったのですわ。こうして、貴方様の妻になれてとても幸せですのよ。」
そう言って、頬にキスをしてくれた時はもう、天にも昇る心地がして。
愛しい花嫁をお姫様抱っこをすると、皆に向かって叫んだ。
「うおおおおおおおっーーー。騎士団長ケルン。かならずやマリアーテ様を幸せにしてみせますぞ。皆、応援してくれ。」
「「「「わぁーーーーー。」」」」
挙式へ立ち合った客達がはやし立てる。
空は晴れ渡った青空。花婿と花嫁は世界で一番幸せに包まれていた。
貴方は覚えていないでしょう。
ずっとずっと好きでしたのよ。
わたくしが10歳、貴方が22歳の時でしたわね…
皇宮の庭で、優しくわたくしに話しかけて下さいましたわ。
初めての皇宮は、わたくしには広すぎて、怖くて怖くて。
それを安心させてくださって、その時の笑顔にわたくしは惚れたのですわ。
でも、わたくしは公爵令嬢。
貴方と結ばれる事は許されない身でしたから…
カディス皇太子殿下の婚約者。
だから、仕掛けましたの。
男爵家に内密に、闇の者を差し向けて、あのルティナ・ハレソン男爵令嬢が学園に通えるように、
そして、皇太子殿下に好意を持つように…
上手くいきましたわ。
わたくしが虐めていると、錯覚させる事も成功しましたのよ。
カフェで来客を待っていると、背後から声をかけられた。
「マリアーテ。上手く行ったな。」
「レティオスお兄様。有難うございます。貴方のお陰ですわ。」
レティオスお兄様とは、父違いの兄妹…
二人の母である現ランデルク公爵夫人はそれはもう美しかった。
その美貌に惚れ込んだランデルク公爵が昔、強引にミーティン伯爵から奪い取り、そしてマリアーテが生まれたのだった。昔は有名な事件だったのだ。
レティオスは笑って、
「お前は愛する人と結婚出来た。俺もお前のお陰で、よい令嬢と知り合えた。
感謝しているよ。」
「わたくしこそ、ケルン様と結婚出来て感謝していますわ。本当に有難うございます。
それはそうそう、例の男爵令嬢、今日、広場で公開処刑でしたわね。」
「ふふん。それこそ、無実な男爵令嬢を…気の毒な事だな。」
「わたくしが錯覚させた…虐められているように…それは無実でしょうけれども、
婚約者のいる皇太子殿下に取り入った事は許される事ではありませんわ。
世間へのいい見せしめになるでしょうね。」
マリアーテは立ち上がる。
「男爵令嬢の処刑を見にいきますわ。それではお兄様。失礼致します。」
「ああ、それではな。」
そう、わたくしはとても幸せ…
愛するケルン様を手に入れられたのだから…
え?わたくしは悪女?
わたくしは愛する人と結婚する幸せをただ手に入れたかっただけの女ですわ。
ええ、今、とても幸せです。
後日談のおまけ
ケルン・ゴットランド騎士団長は、幸せの絶頂にいた。
笑顔の素敵な美人公爵令嬢マリアーテと結婚出来たのだ。
彼女ほどの優しくて素敵な女性はいない。
ケルンにとってそれは自慢だった。
親友である近衛騎士団のレティオス・ミーティンとは酒場で時々酒を飲み、
新妻自慢をする。
レティオスはハイハイと楽し気に聞いてくれて、
「お前のマリアーテ自慢にはもう、聞き飽きた。」
「自慢したいものはしたいのだ。しかし、何で言ってくれなかったんだ?
お前の父違いの妹だなんて知らなかったぞ。」
ぐっとジョッキをあおってから、レティオスはハハハと笑って、
「そりゃ、なぁ…。マリアーテがお前の事が気になるって…かと言って二人きりで会うのも、当時、皇太子殿下の婚約者であったから、マズイって事で。
お前を焚きつける事も目的で黙ってた。悪い悪い。」
本当にレティオスはいい奴である。
「今夜は俺のおごりだ。レティオス。」
「悪いなーー。今夜は飲むぞーー。」
したたか飲んで、公爵家に戻れば、マリアーテが出迎えてくれた。
ケルンはマリアーテの家であるランデルク公爵家に婿に入ったのだ。
ランデルク公爵夫妻も気さくないい人達で、ケルンをとても大事にしてくれる。
マリアーテが出迎えてくれて、
「貴方。また、お兄様と飲んできたのですね?」
「ただいま。マリアーテ。レティオスはいい奴なんだ。俺の親友だ。
たまに飲むくらいはいいだろう?」
「ええ。お兄様はとてもいい人ですけれども、わたくし、新婚なんですもの。貴方に早く会いたくて。」
あああああああ…なんて可愛いマリアーテ。
頬を染めるその可憐な姿に、ケルンは昇天しそうだった。
全世界に自慢しまくりたい。
俺の嫁はこんなにも可愛くて可憐だ。
愛しの妻をお姫様抱っこすると、マリアーテは頬を染めて、
「今宵も、旦那様に愛して頂きたいですわ。」
「ああ…愛しのマリアーテの為ならもう、今宵も離さないぞ。」
マリアーテとの熱い夜を想像し、ケルンの気持ちは高揚するのであった。
「本当にうっとおしい虫ね…うっとおしすぎたから、殺してしまったわ。」
翌日の午後の事である。
公爵家の庭のテラスでは血にまみれたピンクの髪の女性が倒れていた。
黒服の使用人が、マリアーテに向かって、
「申し訳ございません。まさか、庭に侵入していたとは。」
「本当よ。せっかくのお茶の時間が台無しだわ。」
「急ぎ片付けますので。」
マリアーテは手に持っていたナイフの血を、メイドに渡された布で拭っていれば、
背後から声をかけられた。
父違いの兄のレティオス・ミーティンである。
「あの男爵令嬢の身内か?」
「ええ。わたくしが、以前、処刑に追い込んだ男爵令嬢の妹だそうよ。わたくしの事を調べていたみたい。ああ、嫌だわ。こういう下賤な輩は大嫌いよ。」
死体を片付けている黒服の使用人に向かって、レティオスは命じる。
「上手くやっておけ。」
「心得ております。夜盗にでも殺されたように、装って森に捨てておきますので。」
メイドが報告してくる。
「ケルン様がお帰りになりました。」
「急いでドレスの替えを早く。」
メイドに命じて、急いでドレスを着替える。
そして、何事も無かったかのように、ケルンを出迎えた。
「お帰りなさい。貴方…今日もわたくし、寂しくて寂しくて…お早いお帰りで嬉しいわ。」
「今日は仕事を早く切り上げて帰ってきたんだ。愛しのマリアーテ。」
そこへ、レティオスが現れると、ケルンは嬉しそうに、
「レティオス、来てたのか。一緒に夕食を食べていってくれ。」
「有難う。そうさせて貰うよ。」
マリアーテはほっとする。
ケルンには何も知られたくない。
ケルンにとって自分は、汚れのない天使のような妻でいなくてはならない。
ケルンを愛しているから…
ああ…わたくしは血なまぐさいかしら…
この生活を守るためなら、どれだけ血を手で染めようとも、構わないわ。
愛しているわ。ケルン…
そして事件は更に起こるのであった。
とある日、騎士団へ出勤したケルン。
皇帝陛下に呼び出されて、皇宮へ出向けば、
「マリアーテ、並びにランデルク公爵夫妻に逮捕状が出ている。お前にもだ。
ランデルク公爵家は、裏で禁じられた荷の取引をやっていたそうだな。
黒い商売もやっていた。それから、マリアーテには殺人の容疑だ。ケルン騎士団長。其方も拘束させて貰おう。」
ケルンは信じられなかった。
これは何かの間違いだ。
ケルンは大男である。
ケルンを捕らえようとする近衛騎士達に一喝した。
「この俺を捕らえようとは、100年早いわ。」
皇宮の調度品を近衛騎士達に投げつけて、廊下を走り抜ける。
マリアーテをっ…公爵夫妻を助けないと。
何かの間違いに決まっている。
そうだ?レティオスは?レティオスに訴えて…
レティオスを見つける事が出来なかった。
馬に飛び乗り、公爵家に向かう。
急いで知らせないと…急いで急いで。
公爵家に着くと、扉を開け、叫んだ。
「マリアーテっ。義父上、義母上っ。」
静かだった。人が誰もいない…もぬけの空で。
誰もいない…
どういうことだ?
その時、背後から声をかけられた。レティオスだ。
「急いで、逃げよう。ケルン。」
「レティオスっ。マリアーテがっ。公爵夫妻がっ。」
「ともかく、急いでっ。馬にっ。」
レティオスと共に馬に乗って屋敷を離れる。
もうすぐ、近衛騎士団と騎士団が押し寄せるだろう。
何かの間違いだっ。・・公爵家が黒い商売?マリアーテに殺人罪っ?
なんていう悪夢だ…
レティオスと共に、国境まで馬を走らせ、山沿いに隣国へ逃げた。
レティオスは、ケルンに、
「公爵夫妻もマリアーテも居場所は解っている。これは陰謀だ。」
「陰謀?」
「皇帝はランデルク公爵家が邪魔なのだろう。」
あああ…なんてことだ。マリアーテ、どうか無事でいてくれ。
レティオスに案内されて、隣国のマリアーテがいると言う、スタンダード公爵家へ向かった。
スタンダード公爵家に行けば、マリアーテが泣きながらケルンに縋りついてきて、
「御無事でよかったですわ。ケルン様。そしてお兄様。」
「ああ、無事でよかった。マリアーテも。怖い想いをしただろう?」
「ええ…でも、こうして貴方に会えたのですから。わたくしは…」
愛しの妻に会えたのだ。
そしてランデルク公爵夫妻も無事という。
ケルンは神に感謝した。
「皇室はどういう風の吹き回しだ?」
「まったく、今までは我々の商売を見て見ぬふりをしていたではないか?」
匿ってくれているスタンシード公爵と、ランデルク公爵である父が、お話していますわ。
今、ケルン様は風呂に入っておいでですから…
わたくし、マリアーテはお父様とスタンシード公爵、そしてお兄様とお話をしているのですわ。
「わたくし達が邪魔になったのでしょう。」
本当に忌々しい。わたくしの事が目の上のコブだったのね。皇室は…
スタンシード公爵はランデルク公爵に、
「ともかく、お前は大事な友だ。いくらでもこの屋敷にいるがいい。」
「すまんな。」
レティオスがマリアーテに話しかけて来る。
「皇帝は特にお前を処罰したいみたいだな。」
「そうね…皇太子殿下を廃嫡に追い込んだんですもの。男爵令嬢を皇太子殿下に近づくように陰で仕向けたのはわたくし。男爵令嬢を処刑に追い込んだのもわたくし。男爵令嬢の妹を殺したのもわたくし…なんてわたくしの手は血に染まっているのでしょう。」
「本当なのか?マリアーテ…」
扉を開けて、ケルンが茫然と立っていて、わたくしは焦ったわ。
「いつからそこにいたの?ケルン様。」
「話し声がしたから…つい…立ち聞きを…本当なのか?マリアーテ。」
「ええ。そうよ。わたくしは貴方が好きなの。だから…皇太子殿下と婚約破棄するように仕向けたわ。わたくしは…貴方の思っている女ではないのよ。」
涙がこぼれる。すべては終わったのだ…愛しのケルン…
でも、その身を離すわけにはいかない。
「国に戻ったら、貴方は拘束されて、わたくし達の仲間と思われて処分されるわ。下手したら処刑されるかもしれない。だから、ここから返すわけにはいかないわ。」
ケルンはわたくしを抱き締めてくれた。
「俺の愛しい妻は君しかいない。君がどんなに汚れていようとも、俺は構わない。
王立学園へ通うマリアーテ。君を毎朝、茂みの中から見る時、俺はとても幸せだった。
君が俺に見せてくれるあの笑顔…その笑顔を見るたびに、俺は幸せを感じた。
マリアーテ。君は俺の命だ。
もう、国へ戻れないなら、君の夫として君を一生守っていこう。どこへでも君と一緒に行くことにしよう。マリアーテ愛してる。」
「ケルン様、嬉しい。」
レティオスが声をかけてくる。
「俺もずっとお前を騙していた。いい友人ぶって、傍にいて…」
ケルンは笑って、
「俺にとってお前は一生友人だ。3人でテラスで話をしたのは良い思い出だ。お前と共に飲む酒は美味く楽しかった。大事な友だ。それは変わらない。どんな悪人だろうと…」
「有難う。ケルン。」
例え地獄の底までも…わたくしはケルンと共にありたいわ。
愛しいケルン。ありのままのわたくしとお兄様を受け入れてくれて有難う。
マリアーテ達は隣国のこの王国で、スタンシード公爵家の事業を手伝う事になった。
マリアーテはケルンと共に、子にも恵まれ、幸せに暮らしたという。