婚約破棄された私は大魔導師の運命の人でした
小説を書くリハビリのため、『短編10本ノック企画』を立ち上げました。
その一作目です。
「アレクシア、貴様との婚約は今日限りで破棄する!」
その言葉に、パーティーホールは一瞬でシンと静まりかえった。
人々の視線が私と、その正面でやりきった顔をしているアリスター殿下に集中する。
私はそれを受けながら、アリスター殿下とその左腕に絡みつくようにして立っているピンク髪の女性に目を向ける。
たびたび見かけているその彼女はたしか子爵令嬢。貴族ではあるけれど、明らかに異質な今この状態に甘んじている時点で貴族失格と言える。
殿下の陰に隠れビクビクしているように見せかけて、その瞳には優越感が見え隠れしている。
私は引きつりそうになる口元を、咄嗟に手に出現させた扇で隠した。
扇の影でひっそりとため息を吐く。
「また貴様はわけわからんものを出して」
「わけわからんものではなく、これはただの扇です」
ムッとこちらを睨む殿下に私は言い返した。
この扇は私の固有魔法『創造』で出したものだ。
属性はわからないけれど、私は頭で想像した物を出すことができる。
時間や大きさなどの制限はあるし、ずっと具現化しているわけではなく、いつか消えてしまうものなので、便利かと言われると微妙なところだ。
でも、扇のように少し使う程度の物を出すには重宝していた。
魔法はたいてい属性が決まっている。
六種類ある属性が基本で、その属性から派生した生活魔法や攻撃魔法が主に使われている。
私の場合、一応他の属性魔法の適性もほんの少しずつあるが、得意かと言えばまったく。
魔力は多い方だけど、大きな属性魔法は使えない。
ただ、この属性不明の固有魔法は得意だ。
大きいものや複雑なものは、具現化できる時間が短いけれどそのほかの制限は特になく、たいていの物は作り出せるのだ。
属性に関係ない固有魔法らしく、魔法学園の教師もよくわからないというものだが、魔力は余っているし、小さい物ならばほぼ魔力消費なく出現させられるので、手元にないちょっとした物を出して使っている。
今のように口元を隠したい時の扇とか、ハンカチだとか。
でも、殿下はそれがお気に召さないらしい。
汎用性が高くないからか、そもそも固有魔法にはわからないことが多いからなのかは定かではないが、いつの頃からか私がこの魔法を使うのを毛嫌いするようになったのだ。
そして――
「ここにいるメアリーはなんと属性の適性で三つもSランクを取ってるんだぞ。すべてDランクの貴様とは大違いだな」
殿下はピンク色の髪の子爵令嬢・メアリーのことを自分のことのように得意げに言い放った。
「そんなアリスター様ぁ、恥ずかしいですよ~」
「何を恥ずかしがることがある? むしろ誇っていいことだぞ」
「そうかなぁ」
上目遣いに見上げるメアリーと見つめ合う殿下。
なんなのでしょう、この茶番は……。
一向に進まない話にしびれを切らした私は口を開いた。
「メアリー様の魔法適性はわかりましたが、それでどうして婚約を破棄されるという話になったのでしょう?」
私の言葉にハッとした殿下は、表情を険しく変えて私の方を向いた。
「どうしてだと? 貴様の魔法適性よりメアリーの方が優れているからに決まっているだろう! 王族に連なるにはこのくらいの魔法適性があるべきだ」
殿下の言葉に私は扇の陰で再びため息を吐いた。
「私よりもメアリーさんの魔法適性の方が優れているので、私とは婚約破棄をしてメアリーさんを新たな婚約者にということでしょうか?」
「そうだ!」
自信満々にきっぱりと言い切る殿下に、ほとほと頭が痛くなる。
そもそもの話、私が殿下の婚約者になったことに魔法適性は関係ない。もちろん王族に連なるにはないよりはあるに越したことはないけれど。
私が選ばれた理由は、一に家柄、二に魔力量だ。
アリスター殿下は第二王子で、王太子の席には第一王子がすでについている。
故に王太子の第一王子よりも秀でることなく、さらに王位に就かれた際には王子から公爵に降下することが決まっているため、すべては王太子との釣り合いを保つために選ばれた婚約者が私なのだ。
侯爵家の令嬢で魔力量が豊富。ここに魔法適性までついてきたら今頃はアリスター殿下ではなく、王太子殿下の婚約者になっていた可能性もある。
さらにいうと、この婚約は私の家から言い出したことではない。
王からの打診により当家にもちかけられて結ばれたもの。どうしてもと陛下に請われて、当主である父が渋々頷いたのだ。
そのいきさつについては私とアリスター殿下が同席の上で説明された事柄だったが、この様子だと彼は完全に忘れているのだろう。
この話を父と陛下が聞いたら何ということか……。
私は周囲に視線を走らせる。
今日のパーティーは王が主催のため、この会場にはいるはず。
きっと今頃だれかが知らせを走らせていると思うけど、この場は私がどうにかするしかなさそうだ。
――と、その時。
私たちの周囲を囲っていた貴族の人垣が左右に割れた。
その中を男性が二人歩いてくる。
「アリスター、お前はなんということを……」
一人はこの国の王太子であるエリオット第一王子だった。
彼は絶望した声でアリスター殿下に詰め寄った。
しかし、アリスター殿下はそんなエリオット殿下が目に入っていないのか、ぱあっと表情を明るくさせた。
「兄上、紹介します! 私の新しい婚約者メアリーです」
そして、空気も読まず、アリスター殿下はエリオット殿下にメアリーを紹介しだす。
「はじめま――」
「貴殿に発言を許可した覚えはない」
ドレスのスカートを摘まみ、挨拶の言葉を述べようとしたメアリーを遮ったエリオット殿下は、彼女と視線を合わせることなく、私の方へとやってくる。
「アレクシア嬢、このたびは愚弟が申し訳ないことをした」
「いいえ、エリオット殿下が謝られることではありませんわ」
エリオット殿下は、本当に申し訳ないと言わんばかりの表情で私に謝罪の言葉を述べる。
アリスター殿下がしでかしたことなので、エリオット殿下が謝ることではないのだが、どんなに不出来でも兄弟である。私たちが婚約した事情もエリオット殿下は知っているので、王家の一員として謝ったのだろう。
「どうするにしろここでこれ以上話を続けるのは得策ではないだろう。別室に場所を移してもいいだろうか?」
エリオット殿下の申し出に大賛成だ。
「はい、かしこまりま――」
「ねえねえ、これってどうやってだしたの?」
急に顔を覗き込んできた人影に、私はびっくりして言葉尻を飲み込んだ。
彼はエリオット殿下と共にやってきたもう一人の人物だった。
好奇心いっぱいの黒曜石の瞳がじっと私を見つめてくる。
至近距離で目が合った瞬間、私の体の奥底にある何かがドクッと脈打った。
そして、それは相手も同じだったのかもしれない。好奇心だけだった目に、驚きの色が混じる。
「ねえ、君の名前は?」
問いかけに私はハッとしてスカートを摘まむ。
「……私は、ティンダル侯爵家のアレクシアと申します」
「アレクシアか。僕はラザレス・リーヴィス。大魔導師をしているよ」
彼の言葉に周囲がざわめいた。
私も驚いて彼の姿をまじまじと見つめてしまう。
青を何度も塗り重ねたような濃紺の髪は肩口で切り揃えられ、左側だけアシンメトリーにカットされている。
その髪から覗く耳には、滴型のピアス。
彼の大魔導師という言葉を証明するように、身体には金糸と銀糸がほどこされたローブを纏っていて、それは魔法塔に属する一般の魔法使いが着るローブよりも豪華な造りのものだった。
一見した年齢は、エリオット殿下と同じくらいに見える。
しかし、大魔導師という肩書きがその年齢を疑わせる。
大魔導師とは、魔法の研究研鑽を目的とした魔法塔という独立機関のトップの役職である。
魔法塔はどの国にも属さない中立の機関で、各国から選りすぐりの魔法使いが集まっているという。魔法塔という呼び名ではあるが規模は小国ほどあり、魔法塔がある地区だけで経済が回っている。
いわゆる魔法都市だ。
その中でも飛び抜けて優れていないと大魔導師の役職には就けない。
見た目通りの若さで大魔導師になっているとしたら、彼はよほどの傑物なのだろう。
「ねえ、エリオット。アレクシアはもう君の弟の婚約者ではないんだよね?」
「いや、それはまだ微妙なところだが……」
ラザレス様の言葉にエリオット殿下は、苦い顔をしながら答えた。こんな騒動が起きてしまった以上、これまで通りとはいないことがわかりきっているので殿下は言葉を濁したのだろう。
我が侯爵家への配慮もあるのだと思う。父がこの話を聞いて、抗議をしないわけがない。
けれど、それをぶち壊すのがアリスター殿下だった。
「兄上、私はアレクシアではなくこのメアリーと婚約したいのです!」
空気が読めないアリスター殿下にエリオット殿下は激しく顔を歪め、ため息をついた。
「ほら、こう言ってるけど?」
ラザレス様はアリスター殿下を指さして言う。
すべてを台無しにするアリスター殿下の言動に、エリオット殿下は言葉もない。
そして、ラザレス様は私に向き直る。
「アレクシア、婚約者がいなくなったのなら、僕の元においで。君の固有魔法はとっても希有で素敵なものだよ。……なにより君は僕の運命だと思うんだ」
――運命。
それは魔法使いの中で、昔からいい伝えられているもの。
力の強い魔法使い同士が本能的に感じるものなのだそうだ。
その運命がラザレス様と私……?
たしかに初めて目が合った瞬間、今まで経験したことのない感覚が私の体に起こった。
「あれが、運命……?」
ぽつりと溢すと、ラザレス様は嬉しそうに破顔する。
「アレクシアも感じてたんだね! 僕たちは運命なんだよ!」
「ひゃッ! ラザレス様!?」
急に両手を取られ、私は驚く。突然の行動もそうだが、それよりも繋がれた手からビリビリと何かが伝ってきた。
次第に手が溶け合うようにじんわりと熱を持っていく。
「ほら、触れ合うとわかるでしょ?」
「は、はい……」
お互いにしかわからない感覚を共有することが少し恥ずかしくて、私はラザレス様から視線をそらすように顔を俯ける。
そこにわざとらしい咳払いの音が聞こえてきた。
「……二人の世界を作らないでもらえるか?」
エリオット殿下が複雑そうな顔でこちらを見ている。
「あ、ごめん、エリオット。運命を見つけちゃったからつい……」
まったく悪びれる様子もなくラザレス様が言った。
「運命か。本当にあるんだな」
「僕もアレクシアと会うまで半信半疑だったけど、こうしてわかっちゃったらもう離れられないね」
「なるほどな」
エリオット殿下は納得したように頷いた。
「なっ⁉ 運命だと⁉ そんなものがあるはずないだろう! そう言ってアレクシアの方が婚約破棄をしたかったんじゃないのか⁉」
今度は何を言い出すかと思いきや……。
「アリスター殿下、私がラザレス様とお会いしたのは今が初めてですけれど」
「そんなことが信じられることか!」
本当に何を言ってるんだろう……。
正直なところ、アリスター殿下と婚約を続けたかったかと言われたら、いいえ、だ。
まっすぐと言えば聞こえはいいが、思い込んだら聞く耳を持たない性格のアリスター殿下と一緒にいるのは結構な苦痛だった。
頭は悪くないはずなのに、考えが偏っている。
そんなアリスター殿下の気性もあって、陛下は手綱を握れそうな私を婚約者にしたとも父伝いに聞いた。
家と国のため、婚約を受け入れはしたが、私個人の気持ち的にはアリスター殿下と将来一緒になりたいとは思えないでいた。
だから、彼から婚約破棄を言い渡されて、内心ではとても解放された気分だ。
かといって、婚約者がありながら正当な手続きも踏まず、大衆の面前で他の女性に乗り換えるような発言をいきなりするアリスター殿下と、たった今、ラザレス様に運命を感じた私とを同列にしないでもらいたい。
ラザレス様に両手を取られた状態で、つい口からため息が零れてしまった。
それを聞いて、アリスター殿下はカチンときたらしい。急にこちらに詰め寄ってくる。
その際に腕にくっついていたメアリーを振り払っていた。
小さく「きゃッ」という声がしたが、アリスター殿下には聞こえてないらしい。
「アレクシ――」
「それ以上、近づかないでもらえるかな?」
距離を縮めてきたアリスター殿下に対して、ラザレス様が私をかばうように前にでる。
さらにはどこかから取り出した杖をアリスター殿下に突きつけた。
「アレクシアを傷つける言動をした場合、僕自身、何をするかわからない」
運命というのはそういうものだよ、とラザレス様は至って朗らかに言った。
アリスター殿下は突きつけられた杖から逃れるように後ずさる。
「ねえ、エリオット、どうする?」
目だけでチラリとエリオット殿下に視線を送るラザレス様に、エリオット殿下はやれやれと言わんばかりに口を開いた。
「大魔導師様が運命というのでは仕方がない。私の方から陛下に進言しよう」
「ありがとう、エリオット。そして、よろしくねアレクシア」
「よろしくお願いいたしま、す……?」
状況がよく飲み込めないがひとまずそう返すと、ラザレス様はとびっきりの笑みを浮かべた。
話がまとまりそうになったその時――
「ちょっと運命とかよくわかんないんですけどぉ、それって本当にアレクシア様に感じてるんですか?」
声の方を見るとそれを言ったのはメアリーだった。
彼女は期待するような眼差しをラザレス様に向けている。
「……どういう意味かな?」
「だってぇ、アレクシア様は属性魔法のランクが低いじゃないですかぁ。それで運命を感じられるはずないと思いません?」
この子は私をとことんこき下ろしたいらしい。アリスター殿下の婚約者の座を奪うだけでは飽き足りないのだろう。
私への対抗意識かそれとも肥大した自己顕示欲か。
大魔導師の運命は、自分こそふさわしいとでも言いたいのだろうか?
「んー? よくわかんないけどさ、そもそもその属性ランクだけで魔法の優劣を決めてる
のって全然意味のないことだよ。それはあくまで通常教育と生活していく上での必要最低限の系統分けなだけだから」
ラザレス様の言葉は私にとっても目から鱗だった。
「属性魔法なんてだいたいのものはランクEで使えるし、それよりも固有魔法の方がよっぽど珍しくて貴重だよ。それと魔力量もね」
魔法塔に所属している大魔導師が言う信憑性のある言葉に、メアリーは愕然とした顔になった。
「だからアレクシアはちゃんと運命を感じたんだよ。運命は潜在的な魔法の力が大きくないと気づきもしないらしいからね」
そう言って、ラザレス様は優しい眼差しを私に向けた。
「あ、ちなみに」
何か思い出したようにラザレス様は呟く。
「君の属性ランクが、えっとSって言ったっけ? 僕にはどうみてもそうは思えないんだけど? せいぜいCランクくらいじゃない?」
メアリーに言い放った言葉にぎょっとしたのはアリスター殿下だった。
「メアリ―⁉ どういうことだ⁉」
アリスター殿下に詰め寄られたメアリーは気まずそうに目を泳がせる。
「何のことですかぁ? 私は間違いなくSランクで……」
「君、何か体に入れてるでしょ? 魔法属性の増幅は医術的な理由がなければ違法だよ? ま、調べたらわかることだけどね」
とどめのようなラザレス様の言葉に、メアリーは突然無言で走り出した。
悪くなった状況で選んだのは、逃げるという選択だった。
「メアリー⁉」
咄嗟に追いかけるアリスター殿下。
遠ざかっていく足音に混じって「ついてこないで!」というヒステリックな声が聞こえてくる。
いろんなことが立て続けに起こって騒然とする会場の中、私は繋がれたままだった手で引き寄せられた。
「僕の運命、アレクシア。あんな王子と違って大事に大事にするよ」
蕩けるような微笑みと甘い声で囁かれ、私の顔は一瞬で熱くなる。
「……お手柔らかに、お願いしますね」
私は小さくそう答えることしかできなかった。