第0話〜暗夜に霜が降る如く
〜2010年夏〜
ここはベトナムのある熱帯雨林の中である。
少し地面がくぼんだ所にある狙撃兵が三八式狙撃銃を構えていた。
姿勢は伏せ撃ちだ。
三八式「狙撃銃」というのは旧日本軍屈指の名銃、
三八式歩兵銃から特に精度の高いものを選抜し、
特別な改造を受けたという銃で、製造から70年近くたった今でも
現在の狙撃銃と比べてそん色のない精度を誇っている。
第二次世界大戦において旧陸軍はこれを装備した狙撃隊を効果的に運用し
連合軍を苦しめた。
「ターゲット確認。距離700。10時の方向」
淡々とした調子で告げたのは観測手を務めるケビン・ロジャーだ。
狙撃手、吉崎昇は沈黙で肯定する。
彼は25歳と若いが、その圧倒的な狙撃能力で「神の弾丸」の異名を持っている。
昇とケビンは、昇の父が経営する民間軍事会社に所属していた。
この会社は世界でも5本の指に入る兵力を持っている。
そして昇など個人に対する依頼も請け負っていた。
今回のターゲットはベトナム親米政府に反対するゲリラの軍事顧問の中国人将校だ。
現在急速に力をつけた中国と覇権国家たろうとするアメリカの関係はかなり悪化していた。
ちなみにこれはゲリラに手を焼くベトナム軍の依頼である。
ターゲットはまったく油断していた。
そして昇はそのこめかみに照準を合わせると、ゆっくりと引き金を引いた。
火薬は計算通りに燃焼し、銃口から6.5mm弾を送り出す。
弾丸は予定された進路を見事にトレースし、
ターゲットのこめかみのあたりに収束した。
わずかに残った首の力で弾丸が飛んできた方を向くとそのまま仰向けに地面に倒れ
そのまま動くことはなかった。
「命中。ターゲットの死亡を確認。さすがですね、こんかいも一発でぶちぬいた」
「ふぅ、終わったか。彼は誰にやられたかもわからなかっただろうなあ」
「それが狙撃ってもんじゃないですか」
「まあそうか」
「さあ、こんな不快なジャングルからはさっさと帰ろう。
基地に戻ったらまずは社長に報告だ」
彼等はたった今人を殺めたとは思えない、
日常の業務を終えたサラリーマンのような口調で話しながら
特別に休養や補給のために使わせてもらっているベトナム陸軍の基地へと戻っていった。
‐to be continude‐