第1話 セルリタの昔話
僕は『物語の夢』を見ていた。
いつもと同じ部屋、いつもと同じ物語の内容、でも隣にいる彼女からはなぜか寂しげな印象を受けた。
なぜそんなに寂しそうなのか問いかけてみようとしても今までと同じように声は出ず、溶けるように夢の景色が消えていく。
「待って!!」
ようやく声が出た時には既に夢は覚めていて、見慣れた天井があるだけだった。
「ラルフー! 今日はブンさん達が来る日じゃないのー? 早く起きないと遅れちゃうわよー」
夢の内容に不安を感じながら、何も出来ない自分にもどかしさを感じていると
窓から朝日が差し込むのと同時に、下から母さんの声が聞こえてきた。
「そうだった! 今日はブンさん達が来る日だった!」
今日はこの『ラントリールの村』の隣にある『ブコの村』から村長のブンさんが遊びに来る日だった。
ブンさんは物知りで優しくて村の子ども達は皆大好きだ。
村の大人たちも小さい頃ブンさんの昔話で育ったらしい。
いつも付き添いで来るゴンさんの方は力持ちで頼りがいのあるし、僕は二人が大好きだ。
ブンさんはラントリールのセンジュ村長とは昔からの幼馴染で、二人の大冒険の昔話には毎回とてもワクワクする。
期待に胸を膨らませながら僕は母さんが作ってくれた朝食を食べ、皆が集まる村の集会場へ飛び出していった。
村の中央にある集会場は、古いながらもしっかりしたつくりの建物だ。
中に入ると既に村の子ども達が集まっていて、ラントリールだけでなく、ブコ村の子たちも何人か来ていた。
それに大人たちもいつもより多く集まっていて大所帯になっていた。
和やかな雰囲気の中、お話が始まるのを待ちながら談笑している僕らを、窓から差し込む朝日が優しく照らし、建物の中全体を穏やかな空気が包んでいた。
静かに時が流れる中、部屋の真ん中にある小さな椅子に、ブンさんとセンジュ村長が腰かけていて、その横にはゴンさんも静かに座っていた。
「おはようゴンさん」
「おう! ラルフじゃねぇか! 元気してたか?」
「うん! 元気だよ!
今日はブコ村の子たちもたくさん来ているみたいだけど、リンは来ていないの?」
僕がブコ村で一番仲良くしているリンの姿が見えなかったので、ゴンさんに聞いてみた。
「ああ。最初は一緒に来る予定だったんだが、ちょいと体調が悪いみたいでな、今日はお留守番だ。
でもゴーフのやつが看病しているから大丈夫だ」
「そうだったんだ……。心配だけど、リンのお父さんがいてくれてるなら安心だね。
あっ! そうだ! 今日のお話が終わった後、僕が昨日取ってきた木の実をあげるからお見舞いにリンに持って行ってあげてくれないかな?」
「ありがとうなラルフ! リンのやつもきっと喜ぶぞ!」
「ありがとう! ゴンさんの分も合わせて三人分あげるね!」
「そいつは嬉しいな! ありがとう」
リンはいつも元気な印象だったから、体調が悪いのは珍しくて心配だったけど、リンのおじさんが看病してくれているなら安心だ。
「皆、集まったようじゃな。
おお…… 今日はまた随分と大所帯じゃな! こんな年寄りの昔話を楽しみにしてくれるなんて嬉しいのぉ。
これはちょうど良いかもしれないのぉ。
実はのぉ、今日用意してきた話はわしとセンちゃんの昔話ではないのじゃよ」
「うむ、そうなのじゃ。
わしとブンちゃんの昔話はまだまだたくさんあるし、かっこいい話ばかりなのじゃが。
今日はそれとは違う話、ある物語の話をしようと思っているのじゃ。
その名も『魔王様の物語』じゃ。この話をするのは久しぶりじゃからここにいる子ども達や若い者たちには初めて話すことになるのぉ。」
魔王様の物語……。
僕が夢で見ている勇者様の物語と似ている題名だと思った。
「これはまだ魔王様が今みたいに良い人ではなかった頃のお話じゃ……。」
村長はいつもと同じ自然と耳を傾けてしまうような口調で話し始める。
登場人物たちの会話は村長とブンさんがお芝居をしながら話してくれるので、とても楽しく聞くことができた。
二人の息の合ったやり取りに僕たち子どもだけではなく大人たちも夢中になっていた。
お話の内容は、異世界からやってきた恐ろしい怪物達を倒すために、魔王様とこの世界の住人たちが手を取り合い協力した結果。
最終的に怪物たちを退けることに成功し、世界に平和が訪れ今に至るというもので、勇者様の物語とは似ているようで少し違う内容だった。
清々しい朝の空気の中、僕たちは皆物語の世界、セルリタの昔話の世界に思いを馳せていた。
「今日の話はどうだったかのぉ? 皆楽しんでくれたかのぉ?」
ブンさんがお話を読み終わっていつもの問いかけをしたところで、ドンドン! という扉を叩く大きな音が聞こえてきた。
「はて? 誰かお客さんかのぉ? 話を聞きたい子たちは皆ここにいるはずじゃが
わしが出てくるからセンちゃんや皆は待っていなさい。
もしかしたら魔王様が来てくれたのかもしれないのぉ?」
座っていた椅子からゆっくりと腰を上げると、ブンさんは扉の方にゆっくりと歩いていった。
「はいはい、どちら様ですかな?」
ブンさんが扉を開けた先には、剣や鎧を身につけた見知らぬ三人組が立っていた。