眠さに負けるのは前提として勝負にならない事は忘れないでおこう。
馬車の中から見上げる今朝の空は澄んでいて、新緑は青々しく美しい。
「姉さん…最近少し顔色悪くない?夜眠れてる?」
学園は向けて走り出し暫く経った頃、向かいに座る義弟に少し心配そうに声をかけられた。
「寝てるわよ?あっ、それとも美肌パックが効いたのかしら!美白で美肌になれるらしいのよ。シルクにもいくつか譲ってあげましょうか?」
「いや…僕はいいよ」
「そう?まぁシルクは既に美肌で美白だものねぇ〜」
うんうんと頷いて、また外を眺める。
ホント言うなら、イマイチ寝れてない日が多い。
卒業式の後から、何故だか断片的な断罪される光景が夢や白昼夢として、ちらつく事がある。
「やっぱり彼女がヒロインだったのかしら…」
ポツリと呟き漏れた言葉は、シルクには届かなかった様で一安心して、暇つぶしに教科書を開く。
「姉さん酔わない?」
「うん、大丈夫よ。ホントにあっという間に2年生ね。まだ新しい教室に慣れないわ」
「学園は楽しい?」
「楽しいわ」
「なんか…困ってることは無い?」
「特に無い…って、ふふっ、あなたはわたしを心配してばかりね」
そんな質問攻めの会話が可笑しくて笑いが溢れる。
「最近たまにさ、アベイルさんと何か話してるけど、何の話?」
「…大した話じゃないのよ? 学年首席のお話聞いて、成績上げたいからね」
「姉さん、いつも上位じゃないか」
「あなたもね、シルク!姉として負けたく無いプライドもあるのよ!一年の最後のテスト4番よ!?アベイルさんにロイさんにシルクに負けた…わたしの悔しさ伝わるかしらっ!!折角賢い頭があるのに、使いこなせて無い気がするわ」
両方の指を頭に当てて、ぽくぽくぽくぽくちーんって閃いたら良いのにとか、とんちの神様の事を思い出す。
「姉さんは昔から不思議な物言いをするね」
「そう?」
「まるで身体が借り物みたい」
その物言いがなんだか的を射ていて少し驚いて、頷く。
「そうね。そうかも。信心深い方じゃ無いけど、身体って借り物なのかもしれないわ。わたしの心がこの身体を借りているのかも。ふふふっ、そう考えたら素敵な身体だわ。だってわたしの心でシルクの心と入れ替わったら我が家は大変じゃない?」
想像したら可笑しくてクスクス笑ってしまった。
「なんでこの身体なのかしらとも考えても、やっぱり周りの人達が大好きだし……この身体で良かったって思うわ……、うん。」
「姉さん眠い?」
「うん、やっぱりちょっと…ごめんなさい…」
「……膝使う?」
「ふふっ、駄目…なのでしょう?」
「大丈夫、僕は…家族だよ?」
重たい瞼に耐えられなくなった頃、シルクは隣に移動してゆっくりとわたしの身体を倒して寝かせてくれるのに素直に甘える。
「ありがとう。大好きよ…」
「姉さんはいつもありがとうや好きの大盤振る舞いだよね…」
「うん…離れた時…別れた時………伝えられなかった…って思いたくないも…の………」
睡魔に負けて何を言ってるのかイマイチ分からず、眩しさから守ってくれる瞳の上のシルクの大きな手の暖かさに安心して、ストンと久しぶりに深い眠りに落ちてしまった。
だからわたしは、シルクがその時どんな辛そうな顔をして「なんでいつも離れる前提で話すのさ…」なんて呟いていたなんて知らなかった…。