泣く時鼻水出るのなんとかならないの?ヒロインってなんであんな綺麗に泣けるのかしら?もしやめっちゃ啜ってる!?
「おはようシルク!今日はいい天気ね!!…ッ!」
「おはよう姉さん。無理は良くないよ?」
ニコリと微笑むわたしに、ニコリとシルクが返してくる。
『嫌だわシルク?もう良くなったわよ』
の台詞は、
「…ゲヘゴホゴヘゴホッッッ!!」となって口から出て行った。
「今回の風邪、咳が長引くねぇ?」
背中をさすりさすりする手も慣れたものよ。
「うん、今日も熱はなし。しんどい?」
「ううん。大丈夫よ…時折とんでもなく咳が出る以外は絶好調よ!…ッッッ!!」
「はい咳、無理に止めない。ほっぺが詰め込み過ぎたハムスターみたいに膨らんじゃってるよ?」
「…ゲェホッ…!!は〜…せっかくの冬休みも残り3日よ?このまま屋敷から一歩も出ずに終わりそう…泣いていいかしら」
「泣いてもいいけど、泣くと多分喉に鼻水回って更にえずくよ?」
「…レディに何てこと言うのかしらこの子は」
ハイハイごめんねと、椅子を引いて座らせてピッチャーからお水を入れて渡してくれる。
気の利く義弟ナンバーワンの座をプレゼントだわ。
「あら?もう朝食を食べ終わってるし…そっか今日はシルク用事があるのよね。…ゴホッ!」
「うん、午前だけね。少し…勉強させてもらってくるよ」
「年明けて間もないのに偉いわね。帰ってきたら宿題一緒にやりましょう?風邪のせいでまだ終わってないところがあるのよ…」
「うんわかった。約束するよ。ごめんね、行ってきます」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
シルクが出掛けて少しすると、アナがやってきて一度頭を下げて話し出す。
「後ほどロイ様がご都合が付けば来られるそうですが、どうなさいますか?」
「どう…って、断れる相手な訳でなし、咳もまぁマシになっては来てるし、良いのではなくて?」
「そうですか…シルク様もお出掛け中ですが…」
「そうねぇ、でも都合がつけばって事はきっと午後よね?なら帰ってくるかしら?あ!そうそう、料理長にお粥美味しかったってあとで伝えておいてくれる?あとお昼はもう少し硬くても…ゴホゴホっ!」
無言で背中さすりさすりしてくれる。
気の利く侍女ナンバーワンの座はアナのものね。
「は〜…この咳じゃ失礼だし、こんな長引いてる厄介な物移しても大変よね。どうしようかしら?」
「では距離を取って頂きますか?」
「そうね。鼻水でも飛んだら大変よね」
「……お嬢様ならやらかしかねませんね…」
「いや冗談よ?わたくし完璧秀才美少女だもの!」
「………見た目だけは……」
「出てるわよ!?心の声!?出ちゃってるゴホゲヘゴホゴヘゴホッ!!いや、わかってるけど、自分でもそんな完璧じゃなゲヘッって!」
「ゲヘッて…」
新しく手渡させた水と、のど飴を貰って少し落ち着く。
…どうでも良いけど、『ゲヘッて』がツボに入ったらしく、アナが小刻みに揺れてるわ…
「少し外を歩いてもいいかしら?」
「本日は快晴で気温もそこまで低くありませんし…上着を…くふっ」
「わたくしアナのツボがイマイチ分かりませんわ」
「失礼いたしました。では後程上着をお持ちします。ロイ様が来られる前にドレスにお着替え致しますか?」
王族が前もって連絡してくるのだから、当然準備はしなきゃいけないわよね…
「そうね…お昼頃に着替えようかしら?でも少し楽に着られそうなものにしてくれる?」
「かしこまりました。庭園はお一人で?」
「うん。でもクロモリ連れて行くから安心して?」
ニコリと笑えば、かしこまりましたとお辞儀をして一度下がり、暫くするとコートを持ってきてくれた。
黒豹のクロモリの背に乗り、のんびりとお庭のお散歩。いやむしろもうこれさ、子に介護されてる状態じゃ無い?
いや〜…体力落ちてるわ〜。てゆーか風邪引っ張りすぎじゃない?ヒロインならちょっと風邪ひいて、ヒーローに看病イベントとかされてすぐ治ってパターンじゃない?
はっ!わたしが悪役だから!?悪役令嬢だから!?ゲヘゴホガハゲヘ咳してる悪役令嬢も聞いたこと無いけどね!あれか!!悪役令嬢はそーゆー時は『こんな姿お見せできませんわっ!』って引きこもるのか!!カッコイイな悪役令嬢!!そう考えたらゼーハーしてヒーローに風邪うつすとかアレダメよね!!ヒーローなんてだいたい偉い人なんだから大問題よ?
まぁもうそんな事どうでも良くて、年末年始ガッツリ寝て過ごす羽目になって、楽しみにしてたお爺様のお屋敷に行くことも出来ず、初詣にも行けなかったわ。…まぁ、神社もお寺もないから、行くとしても教会でミサ風の新年の挨拶なんだけど、それすら行けないし。強制引きこもり。一応ヒーローポジの義弟にも看病はされたけど、悪役令嬢だから移さないシステム。ユリエル偉い。
あと正直言ってミサとかよりも、新年は熊手で福とか掻き入れたい派。
それであれを壁に飾りたい。
でもねぇ〜、熊手を作って飾ったらシルクあたりにガチで心配されそう。
そうよね、普通にみたら箒に飾り付け…普段の行いを考えたら『姉さん!掃除に思い入れ強いのはわかったけど!新しい何かを開眼しないで!!!』とか涙目で言われそう。うんシルクの為にやめとこう。そしていつか平民落ちしたら飾ろう。本気で福を掻き入れなきゃならなくなるしね!
「ゴホゴホっ!!は〜…悪いけどクロモリ、あそこの東屋まで連れて行ってくれる?ちょっと休憩しましょ?」
東屋に行けば長椅子には柔らかいクッションが引かれている。わたしが散歩するから誰か準備してくれたのね!めっちゃ気が効くわ。
柔らかいそれに座り、クロモリの首から掛けていた水筒からコップ2つにお茶を注ぐ。
普通なら誰か入れてくれるけど、わたしは子供の頃から水筒を持って庭園探索が趣味だった。
敷地外に出ない約束で水筒を持たせてもらい、好きな所で飲む。1人の時も、庭師の人と飲むこともあったし、シルク連れてきたり、たまに来るロイさんも誘って3人で歩いて回って…懐かしい。
クロモリも人型になって、お茶にフーフーしてる。
「連れてきてくれてあり…ゴホゴホ…」
御礼を言おうと思ったら咳になってしまった。
「えりゅー…辛い?どこ?まだ辛い?」
大きな身体なのに猫背でコップを持つ姿に思わず微笑んで、「喉がね…うん、もう大したこと無いのだけどね?」
無表情ながらに心配そうなその顔に思わず頭を撫でれば、目を細めて、グリグリと頭を擦り付け…そのままグリグリと腕を押して肩に、そして喉に押しつけてくる。
「ちょ…クロモリ…苦し…てか重っ!」
そしてそのままドサリと押し倒された。