一章「運命の出会い」4
「あれ? 道場の看板無くなってる」
昔、通っていた道場。師匠に帰国の挨拶をと思ったのだが……。
「こんにちは」
「っ」
気配も無く背後からの声に驚く。
振り返れば同世代くらいの女の子が経っていた。
口元だけ動かし微かに笑みを浮かべている。そして、右手にはヌンチャク。
背丈は頭一つ小さく、見上げるように俺を見つめる切れ長の目。右目尻の泣きぼくろが印象的だ。
鼻は高い方ではなく、唇も薄い。
腰まである髪を後ろで一本に結っており、ジャージのズボンにTシャツにカーディガンを羽織ってサンダルの出で立ちはちょっと散歩がてらに出てきたという感じである。
そして、右手にはヌンチャク。
さっき駅であった人が太陽ならばこちらは月といった感じだな。
「こ、こんにちは。確かここって道場やってましたよね?」
「道場は休館中だ」
申し訳なさそうに頭を下げる女の子。
「マジかよ。俺、ここの門下生だったんだけどなぁ」
「あれ? 君……ユウ君?」
「その呼び方はもしかして師匠?」
「やっぱりユウ君だぁー! ホワァアアアター!!」
頭上から渾身の一振りが飛んできたヌンチャクを白刃取りの要領で抑え込む。
「ぐっ、危ねー。頭にまともに当たってたら怪我してたわ!」
「我が愛弟子のユウ君ならこれくらい反応できると信じてたぞ。師弟愛は時が経っても色あせないな」
藤宮 千咲。
ここの道場の師範の娘で同級生で幼馴染だ。
そして俺の師匠でもある。
彼女の特徴は一言で表せばヌンチャクガール。
二十四時間ヌンチャクを回し続ける奇人である。
とある理由により強くなりたいと願った俺は近所の道場の門を叩いた。
藤宮流双節棍道場――そこがヌンチャクの道場とは知ったのは後からだった。
いや、道場っていうと柔道とか空手とかのイメージじゃんか。まさかのヌンチャクを振り回すことになるとはなぁ……。
知らない人が大半だと思うが沖縄発祥の古武術の双節棍は現代社会でスポーツヌンチャクとして競技もあるんだぞ。
親が月謝を一年分先払いしたので道場を変えるに変えれなかったんだよな。
結局、一年間真面目に通い続けた。
その後、俺は海外に行ったので彼女とは久方ぶり。
「っと、挨拶が遅れました。お久しぶりです師匠」
「自分とユウ君は師弟関係を超えた関係性。敬愛は通り越して親密。タメ口、あだ名じゃないとだめだぞ」
「さすがにこの歳になってあの名前は恥ずかし……いいいいい!」
俺が否定しようとしたら脛を狙ったなぎ払いが飛んできたのでジャンプして回避する。
「わかったよ。……ちーちゃん、久しぶり」
相変わらず師匠の愛が重い。
「それでこそユウ君だ」
確かに師匠もといちーちゃんは敬愛している。
弟子として愛しているからこそ強くなりたいと願う俺を稽古つけてくれるのはありがたいけど、師匠の愛が重くて厳しかった記憶が思い出される。
「ユウ君こそ立派になって。自分よりも随分と背が伸びたな」
背伸びをして手を伸ばして俺の身長と自分の身長を比べる。耳元でぶんぶんと鳴るヌンチャクの音と風圧が恐い。
「休館と言っていたが道場はどうなったんだ?」
「……時代の流れなのか門下生が段々と減ってな。師範代――父も歳だからって看板降ろしたんだ」
彼女がうなだれるとヌンチャクのスピードも遅くなる。
ちなみに感情と動きはリンクしている。
「そっか。それは残念だな」
「それにしてもユウ君はいつ帰ってきたのだ?」
「ついさっきだよ。来週からこっちの高校にも通う予定なんだ」
「ほんと! どこの高校だ?」
「宮藤高校だ。三年生からの転校生は珍しいだろうな」
「奇遇だな、自分も宮高だ。昔みたいに一緒に登校しようじゃないか?」
「いいのか? 道がまだよくわからないから助かるぜ」
「うむ。じゃあ、七時半にスギコー前待ち合わせだ」
「了解、よろしくな。スギコーはまだあるんだな、懐かしいぜ」
俺と奴の因縁の場所が無くなってたら困る。
「スギコー、か。ユウ君が今戻ってきたのって……」
「あぁ、奴との因縁に決着をつけるためだ。俺は奴と再び決闘をする。そのために海外の様々な格闘技を学んできた。っ!」
落ち着きなく動き回っていたヌンチャクが俺の脇腹へ目掛けて襲い掛かる。
最小限の動きで交わすと満足気に拍手をするちーちゃん。
「本当に強くなったんだな」
「あぁ! もちろんだ。俺は奴に決闘を申し込むつもりさ」
「勝てるといいな……いや、勝てるさ。自分とユウ君の師弟愛の強さを見せつけるが良い」
「さてと、思い出話にばかり浸ってもしょうがねぇ。ちーちゃんにも会えたし、そろそろ帰るわ。元師範にもよろしく言っておいてくれ」
「ねぇ、ユウ君」
呼び止められて振り返る。
「愛してるよ!」
師匠の弟子を思う愛は相変わらずだった。