一章「運命の出会い」3
時は昨日に戻る。彼女との出会いから結婚に至るまでの経緯を見て欲しい。
「オーマイガー! アンビリバボー!!」
って、今日から俺は日本に戻ったんだ。母国語で語ろう。
ニューヨークより飛行機で十数時間。新幹線とローカル線を乗り継いで生まれ育った故郷へ。
そして、俺は出会ってしまったのだ。
「運命の相手だ」
駅のホームで電車を待っていた女の子。
艶やかな長い黒髪は日の光に反射して天使の輪のように煌めく。
潤いを帯びた大きな瞳。桜の花びらのように淡く儚げな色彩の肌。小ぶりで整った唇。
刹那、全身に稲妻が走ったような衝撃。
「あぁ……」
と、見惚れていると彼女は俺とすれ違って乗車してしまう。柑橘系の香水のいい匂いがした。
「ま、待って。アナタノコトガスキダカラ―」
カタコトになりながらも想いを伝えようとしたのだが、乗降口が閉まり電車が走り出してしまう。
人生とは闘いの運命である。
この世はその宿命で成り立っている。
石でマンモスを狩りしてた時から人は闘うことで歴史を重ねてきた。
勉強、運動、地位、名誉はもちろん、争いや喧嘩だってすべては闘いで決着をつける。
人は常に何かと、誰かと競い合って自分の居場所を手に入れるのだ。
「俺の闘いはこれからだ!」
って、旗井先生の次回作にご期待するわけではでないぞ。
この出会いが俺の人生という名の連載作品を彩るのだからな。
打ち切り無しでお願いします。
「負けられないぜ」
恋愛という闘いに勝つ。勝ちの定義とか小難しいことは後回しだ。
きっと再び会える――運命の相手なのだから。
俺は鼻歌交りでキャリーケースを転がして歩き出したのだった。
駅前の景色は変わった。しかし、住宅街に入ると懐かしさを覚える。
「ここを左に曲がって……あった」
迷うことなく目的地へ辿り着く。案外覚えてるもんだな。
ポケットから鍵を取り出して玄関を開ける。
「ただいま」
返事はない。当然か。
居間の窓を開けて深呼吸をする。
「俺の新生活がここから始まるんだな」
九年ぶりの我が家である。
家具や家電はそのままだから持ってきた荷物は着替えくらいだ。
「もしもし、母さん。やっと家に着いた」
国際電話をかけて到着の報告をする。
『無事着いたのね。良かったわ。家は問題なく住めそう?』
「生活する分には問題ない。ライフラインもちゃんと通ってるしな。だけどあちこち傷んできてるみたいだから補修は必要みたいだ。今日はもう夜遅いし、そこらへんは追々って感じだ」
ソファの埃を払い、腰を下ろす。
『日本での独り暮らしは大変よ。戻りたがっていたのは知っていたけれども良く決断したわね』
父さんは世界を股に掛ける国際弁護士だ。父さんの仕事に合わせて俺も色々な国を転々としてきた。
「生まれ育った日本に帰りたい。その気持ちはずっと心のどこかにあってさ。日本の大学進学を見据えて高校三年生になるこの時期に一人暮らしを認めてくれた父さんと母さんには感謝してる」
……表向きの理由はこういうことになっているが、本当は別の理由がある。
グッと拳を握る。
負けられねぇ。
アイツとの決闘の約束を果たす――
『でも子供一人で生活なんて心配だわ』
急に黙り込んだ俺に母さんが心配そうな声を出す。
「俺は父さんと違って家事もある程度出来るし大丈夫だっての。それに俺も来週で十八歳だぞ。もう大人だ」
そう、大人になるからこそ日本に戻ってきた理由だ。
「親の承諾なしで色んな事できるし、最近は選挙権もあるらしいじゃないか。それに結婚だって出来るんだぜ」
『それもそうね。負けず嫌いの勇也ならなんとかなりそうね。あ、そうそう。日本の家だけど、私達戻ってくるつもりないから、名義を勇也に変えておいたわ』
「そういうのは先に教えといてくれよ……ってことはこの家は俺の家ってことか」
ということは税金が俺宛に来るのか……。まぁ、バイトもしないとな。
『そういうことね。勇也が主なんだから女の子を連れ込むのも良し、同棲するのも良し、結婚するも良しよ』
「はぁ? そ、そんな相手いない……」
と、さきほど出会った女の子の顔が思い浮かぶ。
『なに、その反応。もしかして幼いころに約束をした子でもいるの?』
「そんなの居る訳ないだろ」
多分居ないよな。確かめようにも当時の遊び仲間の連絡先どころか名前だって曖昧な人も多い。
『あやしー。……あら、いけないわ。お父さんお仕事に送り出す時間だからそろそろ切るわね』
「そっか。そっちは朝になるのか。ごめんな、時差とか気にせず電話しちゃって」
『家族なんだからいつでも電話してきていいわよ。最後にこれだけは約束して』
「約束? なんだよ」
『女の子を傷物にしたら責任は取りなさいね』
「傷物って表現はどうなんだ……それに責任って、何をすればいいんだよ」
『結婚よ。結婚。それが大人の責任の取り方』
「け、結婚!? まだ早くないか」
『あら、さっき結婚出来るって息巻いていたのは誰かしら』
「ぐっ、俺だけどさ。わかったよ! 結婚して責任はちゃんととるから! それでいいだろ。じゃあな」
母さんの売り言葉に買い言葉で返事をして通話を終える。
「……」
話し相手がいなくなり独りになった寂しさが押し寄せた。
リモコンを操作しテレビの電源をつける。
埃まみれの液晶からバライティ番組の笑い声が。
「明日は掃除をしないと」
誰かがこの家に来る機会があるかもしれないし。