五章「夏の思い出」1
「来週から夏休みだな!」
休みが楽しすぎて遼の背中を何度も叩く。
「まだ月曜日だぞ。それに俺達は受験生。八月からの夏期講習を忘れるなよ」
「受験組はお疲れだな。講習はテキトーに済ますぜ。なにせ外国語大学の推薦条件の英検の資格を持っているし、海外生活の経験って自己推薦の強い武器があるからもう進路は決まったようなもんだぜ」
二学期が始まれば推薦入試の始まり。俺の独壇場だぜ。
「あのな、お前期末テストの点数……」
「ユウ君今日の放課後道場に来れるかい?」
突然、すごい勢いでヌンチャクを回すちーちゃんがやってきた。
「そのつもりだけど、何かあったのか?」
「実はだな……」
◇
二代目藤宮双節棍の道場に入門者が来た。
無名ヨーチューバ―、カンフー映画好き大学生、育ち盛りの小学生。
三人だけだが貴重な人材である。
動画の視聴者らしく俺達の作戦勝ちという訳だ。
「やはり人が増えるのはいいことだな」
「道場内に活気が溢れてるきがするぜ。俺も負けていられねぇ」
「だが、まだ全盛期の頃に比べれば人数は少ない。もっと推進活動に力を入れたい。愛弟子よ、次なる作戦は用意してあるのだろうな」
「うーん、ネットじゃなくて直に普及活動しても面白いかもな。ちょっと考えてみるぜ。おっす、大橋君。今日も練習に来たか。偉いぞ」
入門者の一人の大橋 大和。俺のお気に入りの後輩がやってきた。
「うん、今日も頑張るよ」
入門した三人の中では最年少でまだ小学三年生の八歳児である。
「受け身が重要なんだ。受け身を取れれば大抵のダメージは抑えられる。今から大橋君を軽く放り投げるから受け身とってみろ」
「わかったよ。えいっ」
「上手いじゃないか」
俺とは兄弟弟子の間柄になるのだが本当に弟が出来たみたいで嬉しい。
「次はミット打ちするか? 練習相手になってやるよ」
「いいの? やったー!」
なんだが自分の小さい時を思い出すなぁ。
「今日の稽古はこれまで。礼」
『お疲れさまでした』
師範代のちーちゃんの締めの挨拶で稽古は終了した。
「あの……旗井さん」
「ん? どうした大橋君」
「ちょっと相談したいことがあるんですけどこの後お時間いただけますか」
なにやら神妙な面持ちである。
「いいぜ。スギコーに行くか」
師匠の方をちらっと一瞥したのでここでは言いにくい話なんだろうと察した。
「で、話ってなんだ?」
自販機で買ったジュースを渡し、二人でベンチに腰を下ろす。
「……」
大橋君は缶をぐるぐると回して俯いている。
「そんな下ばかり見てないで空を見上げてみろよ。星が綺麗だぜ」
肩をポンっと優しく叩く。大橋君は空を見上げると「わぁ」と小さく息を漏らした。
「あ、本当だ。星がたくさんだ」
強張った表情が少し和らぐ。そして、空を見上げながら言葉を紡ぎだした。
「僕、強くなりたいんです」
「入門した時の最初の挨拶の時も言ってたな。大橋君はどうして強くなりたいんだ?」
「実は両親が離婚して、それでお母さんの故郷の大越市に最近引っ越してきました。……これからはお父さんの代わりに僕がお母さんを守らなきゃいけない。そのために強くなりたいんです」
「なるほどな。小さいのに考えがしっかりしてるぜ。俺がお前くらいの時は喧嘩で勝ちたくて強くなりたいと思ってたぜ」
自嘲めいた言葉を吐いてジュースを一口飲む。
「それなのにヌンチャクってどういうことですか!?」
「ブッフォッ! けほっ、けほっ……す、すまん」
思わず噴き出した俺を尻目に、興奮して話を続ける大橋君。
「強くなりたいと願った時に近所に道場見つけたんで通い始めてみたものの、中身はヌンチャクって……道場って言ったら、柔道とか空手とか連想するでしょ。それなのにヌンチャクって。なんですかこの実用性と汎用性のない武器は……僕が異世界に転生しても絶対にヌンチャクでは闘わないですよ!」
あれ? なんかデジャブ……。まさかこれは俺のリバイバルか。
「それにホワァターって掛け声も恥ずかしいし、師範は真面目な話してる時もヌンチャク振り回してふざけてる風に見えるしな」
俺の言葉にぶんぶんと頷く。
「あーもう! 辞めたいけどお母さんが一年分の月謝の先払いしちゃったんで辞められないし……」
気づけばそっと抱きしめていた。コイツは俺だ。
「実はだな……」
俺の過去を話し始めたら、大橋君は共感して泣き始めた。
「うぅ……これからは旗井さんのことを勇也さんって呼んでもいいですか?」
「いいに決まってんだろ。俺がお前を強くしてやるよ! 大和っ!」
俺達はヌンチャクに翻弄された兄弟。その絆が兄弟愛を生んだのだ。
「決闘をするために強さを磨いていたんですね」
決闘じゃなくて結婚しちゃったんだけどね。
「たとえ変な暗器だとしても武術は武術だ。強くなれる」
「僕も強くなりたい。家族を守れるくらいに」
大和はグッと拳を握り頷く。
「何か困ったことがあったらいつでもまた相談してくれよ。俺達は兄弟弟子。家族みたいなもんなんだからな」
「はい、勇也さんと家族は嬉しいです。あ、お母さんが迎えに来たみたいなので今日は失礼します」
「おう、また明日な」
視線の先には軽自動車が止まっている。運転席に乗っている大和のお母さんと目が合うと会釈をしてくれた。
来週からは夏休みだ。何が起こるか楽しみでしょうがない。




