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四章「愛の行方」4

「ただいまぁ」

「おかえりー」


 七海さんの頭をなでなでする。


「んほほほほーんにゅー、ユーヤくちゃいわ」

「汗だくだからな。だったら離れればいいのに」

「この匂いはこれであり! クンカクンカ」

「やめてくれ」


「お風呂沸かしてあるから入っちゃいなさいな。今日は素麺に茹でてあるから」

「助かるぜ。今日は疲れすぎて胃が食べ物を受け付けない感じだからつるっといけるメニューなら食べられそう」


 こういう気づかいは素直に嬉しい。


「それでバイトの方はなんとか続けられそう?」


 風呂上り。どうやら七海さんは俺が帰ってくるまで食事を待っていたらしく一緒に食べている。


「まぁね。向こうも俺に辞められたら立つ瀬ないし、なんとか続けられそうだよ」

「その師匠さんとやらとは幼馴染なんでしょ。で、どうなのよ?」


 やたらとちーちゃんを目の敵にしている節があるな。


「どうって……」

「ほら、久しぶりの再会で何か感じたりとかはしなかったの?」

「別に。相変わらず小さいなとか片時もヌンチャクから手を離さないなーくらいしか」

「そう。良かったわ」


 うんうんと頷いてどこか納得した様子である。


「いくら夢のためとはいえ、わざわざ俺に金を払ってまで道場再建したいなんて何か目標でもあるのかな?」

「それはたぶんユーヤを誘うためのいいわけだと思うけど」

「そうかな? でも何か目標があるっていいよな。俺も何か目標が欲しい」

「あら。給料貰ったら何かしたいとかはないのかしら」


「うーん……そうだ、ある程度給料貯まったらさどこか旅行に行かない?」

「旅行? どうしてまた」

「ほら結婚したのに新婚旅行もしてないからさ。近場で申し訳ないけどどこか行きたいなって」

「それなら七夕の日に天の川を見に行きたいわ。デートした時に約束した隣の県のキャンプ場に行きましょう」

「ちょうど土曜だし泊まりで旅行しようぜ」


 俺にも目標が出来た瞬間であった。これでより稽古に身が入るってもんだ。




   ◇




 数週間後。

 俺と師匠は地道に稽古を重ねてきた。これといって大きな出来事はないが着実に強くなっていると思える。


「それではこちらが今月の月謝だ」


 茶封筒に入った俺の初給料。厚みからして結構ありそうだ」


「ありがとう。俺ももっと精進するぜ。ところで一か月経って思ったことがあるんだけどよ」

「なにかな?」

「他の門下生は募集しないのか? もう一か月経つのにこのだだっ広い道場に俺達二人だけって味気ないよな」


 昔は三十人くらいの子供から大人まで混じっていたから楽しかったっていう記憶がある。


「門下生増やしたいって言ってたよな。門下生が増えれば稼ぎにもなるし、練習設備も充実出来るよな」

「たしかにユウ君の言うことには一理ある。だけど、町内会の回覧板に門下生募集のチラシを入れてるのだけど効果がないのだ」

「このご時世、子供にヌンチャクを習わせたい親もいないだろうしな。そうだ、町内会だけじゃなくて世界中から募集をすればいいんだよ」


「世界とは大きく出たな。して、どうすれば良いのだ?」

「師範代の凄さを世の中に発信すれば、弟子入り志願者も増えるんじゃないか」

「自分の凄さ?」


 首を傾げながらヌンチャクでペットボトルの蓋を開ける。


「それだよ! その神がかったヌンチャク捌きを動画にして投稿するんだよ。とりあえずはヌンチャクに関心を持ってくれる人を増やそうぜ。その中に師匠の元で学びたいって人がいるかもしれないし」

「ふむ、つまりは世界中の人間をヌンチャク色に染めるということだな。おもしろい」

「じゃあ、まず手始めにもう一度ペットボトルのキャップ開けチャレンジを撮影しようぜ。どうせならカッコつけてさ」


 携帯を動画撮影モードに切り替えて構える。


「ユウ君、なんだか恥ずかしいぞ」


 ヌンチャク四六時中回してる図太い神経しといて今更何を言うんだ。


「……」


 瞳を閉じて精神統一を始めた。


「ホワァター!」


 ぷしゅっと爽快な音を上げて飛び上がるキャップ。


「そのキメ顔いいぞー! この動画をヨーチューブにアップして……動画のチャンネル名はどうします」

「ヌンちゃんねる」

「シンプルでわかりやすいな。それじゃあアカウント作って動画アップしておくぜ」


 こうしてヌンちゃんねるによる弟子獲得の普及活動が始まったのだった。




 ヌンチャクというマイナー武術でも女子高校生師範という箔は視聴者に受けが良かった。

 ヌンちゃんねるの反響はまずまずでちーちゃんのルックスと完成された技術はここ数か月で人気になりつつあった。


 ヌンチャクついての基礎を説明する動画は正直イマイチだが。ヌンチャクを用いて色々な出来事に挑戦する『ヌンチャレンジ』は色々と要望が生まれている。


『今日は視聴者の要望にお応えしてだるま落としに挑戦するぞ。ホワァター!』

「ユウ君、見てよ。この動画一万回再生したよ」


 初めは疑心暗鬼だったちーちゃんも今や動画がライフワークの一つと化している。


「ちーちゃんの技術は目を見張るものがあるからな。おっ、熱烈なファンも居るのかよ」

「人気者になるのも案外悪くないな。ふふん」


 ちーちゃんは画面の向こうの視聴者を随分と意識するようになった。

 友達が居ないから交流するのが新鮮で楽しいのだろう。


「なになに、千咲ちゃんの通っている学校教えてだって。ユウ君コメントの返事ってどうやるのだ?」

「待った。こういう発言はスルーだ。道場の場所は告知してるし。学校は関係ないだろ」

 

 視聴者の要望に応えるのはいいことだけど、たまに過激な発言があるのが気になる。

 冗談も真に受けちゃうタイプだしな。愛しの師匠は。


「おっ、スポーツとしてのヌンチャクを見て見たいってコメントがある」

「それなら勧誘チャンスだから返事がてらにこの前の練習試合の動画をアップしてみるか? 編集作業も終えたし」

「それならさっそくヨーチューブにアップしよう。ほら、ユウ君早く」


 ぶんぶんとヌンチャクを振り回すちーちゃん。


「……っと、アップしたぜ」


 隣に正座して携帯を眺めている。

 ウキウキとした様子が伝わる。


「一緒に反応を見ようじゃないか」


 携帯を片手にしている時もヌンチャクは離さない師匠。


『強っ、人間じゃあ敵わないって。千咲ちゃんの強さなら熊でも倒せるんじゃないのw』

『見てみたいーw 熊倒したら弟子入りしようかなww』


「無責任な発言だな。こういうのもスルーだな」

「ふむ……熊か。武闘家と言えば熊を倒して一人前か……それに弟子になってくれると言うなれば要望に応えるのも師範としての役目」

「一昔前のバライティ芸人のノリだぞ。てか、さすがに熊は止めようぜ。師匠はヌンチャクの達人だけどあくまでスポーツとしての域。自分の領域から出ては危険だぞ」

「ふふふ……止めてくれるな。ユウ君。猪は過去に倒したことがある。熊程度我がヌンチャクの敵ではないわー!」


 猪倒したことあるんだ……。

 そういえば昔道場で急に猪鍋食わされたことあったな。


「熊は山を捜索すれば居るのか?」

「逆に捜索される立場になるかもしれないぞ。それに俺らが住んでる地域で熊なんて出ないし」

「ならば隣の県を目指す。山籠もりで修行も悪くない」

「なんで倒す方向になってるんだよ。女の子一人でそんな危ないことしちゃだめだからな。だいたい学校はどうするんだよ」


「自分は就職組だし、就職活動ってことで通るだろう。ユウ君」

「ん?」

「少し早いが今月の月謝だ」

「急にどうした? まだ七月始まって一週間も経っていないぞ」


「残りは自主練とする。これから私は熊を倒す。月末までには帰ってくるさ」

「ちょ、本気かよ!? 行かせるかよ」


 大の字になって師匠の前に立ちはだかる。


「ホアタァー!」

「ぐっは……」


 首の後ろ当たり衝撃が走ったと思ったら意識が飛んでいく……。


「はっ……いつつ……」


 目が覚めた時にちーちゃんの姿は無かった。

 ちーちゃんの両親に確認したところ、もう旅立ってしまったらしい。


<心配なんで生存確認の連絡はくれよ>


 チャットアプリのメッセージを送ると返事が来たので少し安心した。


「というか、この近辺に熊出るような山無いしな。飽きたら帰ってくるだろう」


 今週末は七海さんと天の川見に行く予定で稽古休むつもりだったからちょうどいいか。


「……道場に通って三か月経つのか」


 仕事だと思って真剣に取り組んできた。これはその対価として受けとった給料。

 使い道は働き始めた時から決めている。




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