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四章「愛の行方」3

 一週間かけて掃除や設備整備も終わって今日から本格的な稽古開始だ。

 胴着とかはバイトでもよくある制服貸与の感覚で貸してくれた。

 どうやら元師範のお古らしい。胸元に藤宮って書いている。ちょっと汗臭い。


「なんかユウ君が『藤宮』って書かれた胴着着てるとお婿さんに来たみたいだね」

「じゃあ嫁さんはちーちゃんってところか」

「……」


 ヌンチャクのスピードは変わらない。

 この手の話には全然興味がないらしい。 


「して、愛弟子ユウ君よ。昔は強さを追い求めていたけどその志は変わないか?」


 師匠ことちーちゃんと正座をして向き合う。


「そうだな……今も変わらず強くなりたいと願っているぜ」


 強くなりたい――

 昔はトーマを思っての願いだが、今は七海さんを想っての願い事。

 彼女をどんなことからも守れるくらい強くなりたい。


「そういえば倒したい相手がいるって入門してた、その相手は倒すことは出来たの?」


 結婚した今やもう倒す理由などなくて……いや、ベッドを押し倒す理由ならあるか。


「うへへへへへ」

「大胆不敵な笑み。やる気に満ちているね。そういう姿勢を愛してるよ。では稽古に励もうか」


 振り回すヌンチャクも気合いが入っている。


「よろしくお願いします師匠!」


「その意気だ。よーしまずは掛け声かだ……ホァタァー!」

「ホアタァー!」


 恥っず……。他に誰も居なくて良かったわ。


 空手の押忍や剣道の面、胴、小手よろしくヌンチャクにも掛け声があるのだが、藤宮流の独自の掛け声(カンフー映画を真似ただけ)なので公式ではないのだ。それが余計に恥ずかしさを生む。


「……ジュウワァター。よし、次は素振りだ。いくぞ」


 ちーちゃんの掛け声に合わせて無心でヌンチャクを振る。


 確かに面白い武器ではあるんだけどなぁ。だが、自慢したいとは思わないよなぁ。


 俺が異世界転生したとしても武器は絶対にヌンチャクを選ばないだろうな。

 リーチ、汎用性、攻撃力すべてにおいてこれほど劣った武器はない。似たようなので三節棍があるがあれはもっと理解不能だ。

 映画の世界では昔のアクションスターが愛用しているが筋骨隆々なら殴った方が手っ取り早いと思う。


 心は無心でありたいと願いながらこの時間は雑念が物凄い生じる時間である。


「ユウ君、もっと手首のスナップを聞かせるんだ」


 俺の後ろに立って手を握り正しいフォームを教える師匠。


「こ、こうか?」

「もっと、ぐいっと」


 こうも密着されると変に意識をしてしまう。

 向こうは真剣に教えているのに失礼なのはわかってるだが。


「そうそう、良く出来たな」


 頭をぐわんぐわんと雑になでられる。

 これはこれでちーちゃんの不器用な愛情が伝わってくる。


「百ゥ! オワァター!!」


 左右百回の素振りの時間が終了する。

 結構腕に来るんだよな。

 ちなみにスポーツとしてのヌンチャクは相手の体にとにかく当てればいいので回したり脇に挟むのはそれほど意味はなさない。

 むしろ無駄な動きのカッコつけだ。


「はぁー暑い」


 閉め切った道場は蒸し風呂のようだ。


「水分補給はまめにしておいてくれ。用意しておいたから」


 胴着の下のシャツの裾をぱたぱたとするちーちゃん。おぉ、腹筋割れてる。


「んー、どしたの? じっと見つめて」

「なんでもないっ。スポドリ貰うわ、テンキュー」


 意識しないようにと思っても昔とは違う。お互い色々と成長しているし、見えてくるものもある。


 それなのにちーちゃんは時が止まったかのように当時のままで俺に接してくる。それが少し戸惑う。


「準備運動も終えたし、今のユウ君の実力も知りたいから実戦形式で試合をしよう。審判役は居ないからお互い自己申告で点数をカウントしよう」


 防具一式を手渡される。


「実戦か。昔から一度もちーちゃんには勝ててないんだよな。だが今日こそは勝つ」


 シールド面とアームガードを着けて臨戦態勢へと入る。


「基礎能力は向上してるみたいだけど、ブランクは結構あるからどうかな?」

「ヌンチャクも大分手に馴染んできた。さっきまでの俺と思うなよ」


 何度か素振りをしてヌンチャクを両手で引き延ばし精神を統一する。


「それでは試合開始。デェーン!!」


 ちーちゃんの口でドラの音を表現して試合開始。


「……」


 まずは相手の出方を伺う。

 左右に振っているヌンチャクが生き物みたく動き回る。


「ホォアター!」


 刹那、頭部に鈍痛が走る。


「ぐっ、当てられたのか!?」

「上段二点獲得っと」


 右手から左手に持ち帰る瞬間に攻撃されたのか。

 目で追っていたはずなのに……見えなかった。


「くそっ、速すぎるだろ。おらっ」


 今度は先手を打って攻めに転じる。


「一点。ふふっ、直線的すぎるね」


 最小限の動きで避けられ、カウンターで胴に打ち込まれた。


「動きが単調すぎるのだよ。手に取って読めるね。先ほどまでの威勢はどうしたのかな?」


「まだ三点差だろ。それくらい埋めて見せる」


 立ち上がり構える。


「おもしろい。ならば見せてやろう藤宮流奥義。『やたらめったら動き回るヤツ』をくらうがいい」


 体操選手の如く宙返りや側転を繰り返し場内を動き回る。

 バランスを崩して場外に出てくんねーかなと思ったけどそんな様子もない。


「シッ」


 さすがに掛け声の叫ぶ余裕が無かったのか一瞬の息遣いのあとに後ろに回り込まれる。


「っ」


 意表をつかれ反応が遅れた。

 即座に振り返り一振りを放つが弾かれてしまう。

 回転攻撃に対応するように右手を振るが先に脳天を叩かれる。


「五点。リーチだな」


 あと一点でも取られたら負ける。零点だけは避けたい。

 技術でも力でも劣っている俺が見出した活路。

 己の感覚を研ぎ澄ませる。


「ほう、居合いねぇ」


 ヌンチャクを脇で抑え動きを止める。気を練り一撃に込めるために。


「さては、何かの漫画知識だな」


 不敵な笑みを浮かべ近寄ってくるちーちゃん。余裕ぶっている今こそ好機。


「……」


 右手を振り抜き、自身の出せる最速の一撃を放つ。


「……ヌンチャク落下。自分に一点だな」


 勢い良く放った一撃は勢いが良すぎて手元からすっぽり抜けてしまう。自殺点だ。


「あれー……」


「六対零。勝者藤宮。礼」


 慌ててヌンチャクを拾い相手方に礼をする。惨めだ。


「ま、十年振りの試合となればこんなもんだろう」


 防具の手入れをしながら微笑むちーちゃん。


「くっそー! 負けた負けた。負けたのが悔しいからもっと稽古つけてくれ」

「その姿勢、自分好きだよ。さて、次はピンポン玉を投げるから撃ち落とす練習をするか」

「よっしゃ、何だか面白くなってきたな」

「うん、自分も楽しいよ」


 このあと二人っきりの稽古は夜遅くまで続いた。



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