四章「愛の行方」1
結婚して一か月が経とうとしている。
「やったぜ。明日からゴールデンウィークっだああー! なにするよ、七海さん」
「買い物したいわね。夏物の服も欲しいし」
「いいね。俺も成長期で服がきつくなってきたから新調しようかな」
「ねぇ……勇也丸くなった?」
「何を言ってる。俺は常に尖った人間だぜ。先端恐怖症者は俺に恐れを為すだろう」
「そういうスタンスの問題じゃなくて。シンプルに太った?」
「ん?」
そう言われるて自分の体をあちこち触る。
顔はふっくらした感じがあるし、何よりお腹が張っている感じがする。
「ちょっと、体重計乗ってくるわ」
洗面室の体重計に乗る。見たことない数字が叩き出される。
「アタイ……妊娠しちゃったみたい……」
「うっわ、だらしないお腹ね」
「幸せ太りというのかな」
七海さんが作る料理は美味い。
だが、味付けが濃いのは気になっていた。
「もともと筋肉があったのが脂肪に変わったのかも」
それに闘う必要がなくなったので鍛えるのを止めてしまったのも原因だろう。
「それに比べて七海さんは全然変わってないね」
「私は食べても太りにくい体質だからね」
胸を張る七海さん。ブラの線が見えるのが眼福だ。
それにおっぱいに栄養がいくんでしょうね。くそ、揉みたい。
自分のお腹を揉んで我慢しよう。
「でもこのままの生活を続けていると私も危険な感じがするわ。……よし、ゴールデンウィークの予定決まりね!」
「え?」
「ダイエット。一緒に頑張ろうね」
満面の笑みの七海さんの誘いを断れるわけないだろう。
◇
「勇也、起きて」
「んぁ? 今日から学校は休み……」
時計を手繰り寄せる。午前四時。滅多に目にしたことない時間だ。
「だからこそよ。走りに行くわよ」
揺さぶる七海さんの姿は長袖のパーカーにスパッツとハーフパンツを合わせたコーディネイト。
「ほら着替えてダイエットウィークはもう始まっているのよ。それともあきらめて豚になりさがる?」
「なんだと……やってやるぜ!」
やるからには全力勝負が俺のスタンスだ。
学校指定のジャージを手渡され、促されるままに着替える。
これは七海さんからの勝負と見たぜ。
「いっちにーいっちにー、さぁ、勇也も腹式呼吸で」
「いっちにーいっちにー」
スギコーの周りを二人でジョギングする。もう一時間くらいは走ってるだろうか。
暗かった景色も朝日が立ち上り明るさに包まれてきた。
「(……んっ?)」
視界にはヌンチャクを手にした少女が演舞をしているのが映ったがツッコんでいるどころではない。
「そろそろ家に帰りましょうか。根を上げるかと思ったけど勇也も結構体力あるのね」
「七海さんこそ息一つ乱れてないとは恐れ入ったよ。これを機に朝ジョギングするのは習慣づけてもいいかもな。頭が冴えてくるぜ」
家に帰ると朝ご飯がすぐ用意される。
今朝は何だろうなぁ。楽しみだなぁ。
「これだけ?」
毎朝味噌汁と作ってくれるのは素敵なお話だ。
でもその他の献立がもずくとめざし一匹。
それでもお腹ぺこりんでもう食べちゃった。くすん。
「せっかく運動したのに余分にカロリー摂取したら駄目よ」
「……もしかして三食ともこんな感じ?」
「勇也が元の体重に戻るまではね。大丈夫よ、昼はちくわとところてん、夜は海外の怪しいスーパーフード。献立は豊富だから安心して」
食事が今の生きている楽しみの三割位を占めているのにぃ。
「……くっそーやってられるか。家出だぁ!」
「え、ちょっと勇也!」
慌てふためく七海さんをよそに家を飛び出したのだった。
「師匠ゥゥ!! 稽古つけてください!!!」
「わっ、ユウ君いきなりどうした?」
スギコーに戻り瞑想中のちーちゃんにインターセプトをする。
「実はかくかくしかじかで」
「まったくわからない」
「エクササイズ目的で武術に手を出す意識高い系クソ女みたいなことをしたいです」
「ならば一緒にヌンチャクの稽古するか?」
「しますしますぅ。痩せるためなら大して実用的には役に立たないと思ってるのもやります」
脳に栄養が届いてない所為かついつい本音がダダ洩れてしまう。
「そんな風に思っていたのか……まぁ、いいか」
ちーちゃんは嬉しそうにヌンチャクを構える。
俺は誕生日にちーちゃんからプレゼントで貰ったヌンチャクをぶんぶん振り回す。
「うーん……ちーちゃんみたく縦横無尽に振り回せないな。受け身は得意なんだがな」
「ユウ君は基礎的な部分を忘れてしまっているみたいだね。持ち手は裏打ちできるように下は少し空けておくんだ」
「こう、か」
「そうそう! あとヌンチャクはそもそも暗器だから出所がわからないように後屈で構えて……」
両手で抑えたちーちゃんのヌンチャクは上下どちらから放たれるかわからない。
「一瞬の隙を見て……放つ!」
ひらひらと舞い降りた木の葉を打ち払う。
「おぉ! 一見無駄に思えるヌンチャク捌きも狙いを定めてる構えなんだな。なんだか面白くなってきた」
「自分も久々に愛弟子に教えることが出来て嬉しいよ。さぁ、もっと愛を受け取ってくれ。いくぞっ!」
後屈で猫足に構え、三百六十度からの攻撃に備える。
「っ」
遠心力を生かしたなぎ払いが足元に飛んできた。
「ゼアァ!」
跳躍し、落下の勢いをつけて振り下ろす。
しかし、繫ぎ目の鎖をピンポイントで弾かれ攻撃は届かない
それどころか勢いよく引っ張られ手元からヌンチャクがすっ飛んでいく。
「いでっ」
ぽこんと優しく脇腹を叩かれる。贅肉がついてるから揺れる。
「自分の勝ちだな」
「今回は、だからな。次は負けない」
俺とちーちゃんの師弟愛が灯り夕方まで稽古は続いたのだった。
「よーし、ユウ君も基礎が仕上がってきたね」
「自分でも成長がわかるぜ。やっぱ師匠の教えは上手いな」
「それにしても懐かしいね。二人で稽古するのは」
「そうだな。道場があったころは毎日切磋琢磨してたよな。また稽古出来ればって……すまんな」
「いや、いいんだ。自分も久しぶりに教える楽しさを覚えてしまったよ」
「ちーちゃんって本当に師匠の器というかお手本になるよな。敬愛すべき所だよ」
「ねぇ、ユウ君。ユウ君は道場が再開したらヌンチャクを習いたいと思うかい?」
「どうだろうな……たしかに面白いとは思うけど……今、私生活で色々あってお金かけられないしな」
「ユウ君はお金に困っているのだな。由々しき問題だな」
「でもちーちゃんの稽古の相手ならいつでも付き合うぜ」
ダイエットにもいいしな。
「ふむ……色々と考えてみるか。よし、今日の稽古はこれまで」
「お疲れさまでした」
一礼をしてちーちゃんと別れる。
「腹減った」
すっかりデブキャラみたいな口癖がついてしまった。
「勇也!」
家路を目指す道中で俺を見つけた七海さんが抱き着いてくる。
「ど、どうした? そんな汗だくで、って泣いてる?」
「ごめんね! 私が厳しくしすぎた。勇也が家出するほど嫌だったらダイエット強要しないから、ご飯たくさん食べてもいいから戻ってきてぇ!」
あ、俺家出してたんだ。腹減ったら家に帰る習慣が身についてしまってる。
「七海さん……俺こそごめんな。七海さんは俺を思ってのことだったのに自分の都合しか考えてなくてさ」
「そんなのどうでもいいの。私、ご飯一杯食べれるダイエットメニュー考える。だから一緒にご飯食べよ」
「いいのか? うん、じゃあ家に帰ろう」
ちなみに朝夕のジョギングを習慣づけたら連休最終日には体重が一か月前と同じくらいに戻った。若い体って素晴らしい。




