三章「恋人未満の恋愛経験値」1
「なぁ、デートしないか?」
教室の自席に辿り着くと遼が振り返って話しかける。
「俺と遼が? いいけど、俺エスコートとか苦手だぞ」
「何が悲しくて野郎同士とデートするかよ。二人でお前の誕生日のプレゼントを用意しようって氷雨と話になってな。ユーヤとトーマってまだデートしたことないんだろ?」
「一緒に買い物とかで出掛けたことはあるけどちゃんとしたデートってないかもな」
デートしたことないのに結婚するって階段を段飛ばしどころかトランポリンで天井突き破っちゃってるぜ。
「だから俺達からデートをプレゼントしようと思ってだな。どうせなら俺達とWデートはどうよ?」
「あぁ、そういうことか。俺は全然構わないぜ。七海さんに聞いてみるわ」
チャットアプリを送信するとすぐに<いいわよ>と短めの返事が来た。
「七海さんオッケーだって」
「うっし。氷雨に話したらユーヤの奥さんに是非会ってみたいって乗り気だったからな。んじゃ、今週の土曜よろしくな」
「デートか。俺初めてなんだよな。何すればいいんだろうな?」
アメリカでは男同士で日本のアニメ語り合う青春を送ってたからな。
自分がアニメの主人公みたいになった気分だ。
「そこらへんは俺達が上手くリードしてやるさ。良く考えりゃ付き合ったこともない二人が結婚するってやべぇよな」
現代の若者の語彙がやべぇのと同じくらい我が夫婦はやべぇらしい。
◇
「ただいま」
「おかえりー」
出迎えてくれる人がいるってそれだけで家に帰る価値があるよなぁ。
いい子で待っていた七海さんの頭をなでる。
キラキラと煌めく髪は光り輝く星のようだ。
手に届かないはずものがこの手にあるような幸福感を与えてくれる。
「んぅほほーい! うへへへへぇ。なでなでしゅきー!」
この反応もおもしろくてついつい甘やかしてしまう。
「着替えたら買い物に行こうか?」
「んー、勇也といっちょにいぐぅー」
「そういえば、勇也の友達とデートのことなんだけど」
七海さんの得意メニューとなりつつあるカレーライスを食べていた時のことである。
「デートって何をすればいいのかしらね」
「それ俺も全く同じことを思ってたよ。七海さんってデートしたことはある?」
「何もかも勇也が初めてって決めてあるから!」
ドーンっと効果音が付きそうなくらいの勢いである。
「デートとは……付き合っている男女が遊ぶことみたいね」
七海さんが携帯で何やら調べたことを言葉にしている。
「……そもそも俺達って付き合ってなくね?」
「えぇ、そうね」
「「……」」
あれ? 俺なんかまずいこと言ったか。
「まぁ、でも上位互換の結婚してるしな。俺ら」
「えぇ、そうね!」
声色が高くなった。良かったぁ。
「遼のカップルは付き合って五年の上級者なんだよな」
「はっ……このままだと年下のがきんちょ共に笑われてしまうわ。事前にデートを体験しておくべきだわ」
言い方よ。遼はわからんが、桜井さんは笑わないと思うが。
また変な見栄を張っているな。年長者のプライドでもあるのだろうか。
「食事を終えたら私とデートしない? ちまたではお花見デートの時期とネットには書いてあるわ」
「花見か。俺達の因縁のスギコーでもいく? 洗い物手伝うから早く行こうぜ」
あそこなら桜の木もあったしな。
七海さんにデートに誘われてなにより気分が高鳴っている俺が居る。
「とりあえず手繋ぐ?」
「なんで!? 洩らすわよ?」
内股気味で言われてら余計な所に目が行ってしまう。
「雰囲気出るかなって。徐々に慣らしておけばアグレッシブモードも抑えられるんじゃないかって思ってさ」
「そ、それもそうね。ふぅー、アイキャンドゥーイット、アイキャンドゥーイット。よし、ばっちこーい!」
右手を開き差し出す七海さん。俺はその手を絡ませて握る。いわゆる恋人繋ぎだ。
「~~~~~~~~っ!!」
ぶんぶんと握られた手を振り回す七海さん。嬉しそうだ。
「な、なんとかいけそうね」
右側はにやけ、左側冷静な顔と物凄い芸当をしている。
「それじゃあスギコーに行こうぜ」
月明りの元、手を繋ぎ歩いていく。
「七海さんは大学で天文学を学んでるって言ったけどさ具体的には何してるんだ? いまいちイメージがつかないな」
「基本は宇宙論と天体力学と宇宙物理学ね。星のことを勉強できるかと思ったらどちらかというと数学や物理を応用して天体について計算してる感じかしら」
「ということは七海さんは理系女子か?」
「そうね。白衣を着る機会もあるのよ」
「写真とかないの?」
「くいつき早っ。私の白衣姿見て見てみなくなった? 今度着て見せてあげるわ」
「是非、眼鏡付きでお願いします!」
「ふふ、考えておくわ。三年生になってゼミのフィールドワークが増えるって聞いてるから楽しみだわ」
「フィールドワークって天体観測みたいなのか?」
「大方その見識であってるわ。高校の時にも天文学研究会に所属してたんだけど友達と望遠鏡持って天体観測に行ったのはとても充実してたわ」
「七海さんの高校時代も気になるな。って、話してたらあっという間にスギコーに着いたな」
ベンチに腰を下ろして夜桜を眺める。
僅かに照らし出された明かりに花びらが舞っていく。
「桜をちゃんと見るのも久方振りだ。海外ではこういう習慣って無いからなぁ」
広げた掌に桜の花びらが乗る。
ふと、七海さんの頭に花びらが舞ったので優しく取ってあげる。
「ああああーん! いきなりなでるのはじゅるい」
「頭についた花びらを取っただけだ」
「はっ、言われてみればそんなに撫でられた感がない。……嵌めたわね」
すこし物足りなさそうに口を尖らせる七海さん。
「夜にあまり外に出ないからこういう景色って新鮮だ。ちょっと悪いことして気分だぜ」
「慣れれば罪悪感も薄れるわ」
「ということは七海さんは夜出かけること多いんだ?」
「夜は星を見に独りで出かけることが多いわね。たまに妹の車を借りて遠出したりもするのよね。キャンプ場で泊まり込みで夜通し眺めるのは最高よ」
「それは面白そうだな。今度俺も連れて行ってくれよ」
「もちろんよ。隣の県の山間のキャンプ場の景色は絶景なんだから。一緒に見る約束、しましょ?」
七海さんは小指を立ててウインクをする。
「あぁ、約束だ」
お互いの小指を絡ませて指切りをする。
「ちょっと子供っぽかったかしら」
「そんなことないぜ。約束は大事だからな。約束したからこそ俺達は再び会えたんだから」
「約束ね……勇也は私のことをずっと憎んでたのよね? それがどうして結婚しようと思ったの?」
「そうだな……好き、という感情がすべてを塗り替えてしまったとでも言うのかな。でも、七海さんが七海さんじゃなきゃ結婚は申し込んでいなかったな」
「えへへ、ありがと。私も好きだよ」
「七海さんこそ良く結婚を了承してくれたよな」
遼達みたく恋人として付き合ってから結婚に至るのが王道だろう。
「私は夢だったから」
「夢?」
「勇也のお嫁さん。だからなんの抵抗もなく受け入れられたかな」
「そうかい」
我ながらなんだその反応は。
照れ隠しをするように七海さんの手を握る。
「にゅへへへ」
この人を選んで本当に良かったと思った瞬間である。
「そういえばさっきコンビニに寄ってたけど何か買ったの?」
俺が手にしたコンビニの袋を指さす。
「カレーを食べて火照った体にちょうどいいかと思ってな」
「ガルガル君! 確かに何かデザートが欲しいと思っていたところだったわ」
ソーダ味のアイスを手渡すと満面の笑みを見せる。
「やっぱり花より団子になるよなぁ」
「そうね。私も出店とかに目が行っちゃうわね」
アイスを食べて夜桜を見上げる。
七海さんは桜というより星を見ているのかもな。
「勇也は夢って何か持ってる?」
「夢か……トーマと決闘することだったな。結局叶わなかったけど」
「ふふっ、叶えてあげましょうか」
アイスの棒を喉元につきつけて不敵に微笑む。
「結構です」
今思うと無謀な闘いに望む所だったのかもしれない。
「今、高校三年生よね。進路はどうするつもり?」
「帰国子女の俺が普通に勉強して日本のセンター試験でいい点を取るのは難しいし英検の資格持ってるし、推薦で外国語大学入って翻訳・通訳の仕事を目指すかな」
「意外と堅実なのね」
「堅実と言えば就職もありかなと考えてる。結婚して家庭を持ったしさ、それくらの責任はあると思うな」
「ダメ。私が夢を叶えたのに勇也が夢を追わないのはダメ。勇也の夢はもう私の夢でもあるんだからね。生活費は私も稼ぐから一緒に頑張ろう」
「七海さん。うん、一緒に頑張って行こう。だって俺達夫婦だもんな」
「そうね……へっくちゅ!」
ずいぶんと可愛いくしゃみだ。
「アイス食べて体も冷えてきたしそろそろ帰ろうっか」
「そうね。花見のはずが散歩ながらお喋りしてアイス食べた思い出しかないわ」
「でも、デートとしてはすごく楽しかったよ。七海さんはどうだった?」
「私も! 独りの夜は寂しいと感じることもあったけど勇也といると楽しくてしょうがないわ」
こうして初デートは無事終えたのだった。




