二章「二人の新婚生活」2
学校の授業はほぼ上の空で終わった。
自転車を走らせ、駅前のマッゾへと向かう。
<二階席で待ってるから>
学校を出る前にチャットアプリで連絡が来た。
大分待たせちゃったな。勝気ツン子さんに文句言われそう。
「お待たせ」
七海さんを見つけて向かい側に座る。
「別にいいわよ。待ってるのもなんか楽しめたわ」
ポテトをぽりぽりと食べながら微笑む。
「そういえば七海さんも学生なの?」
透明なプラケースには分厚い本やら筆記用具が入っている。
「隣町の大学に通っているわ。今年で三年生になるの。ちょうど駅で勇也に会った時も大学に行く時だった訳よ」
「そうだったんだ」
俺もポテトをつまむ。ジャンキーな味はアメリカを思い出す。
「……むー」
急に不機嫌になる七海さん。
「むにむに」
良く解らないのでほっぺをつまむ。
「うにゅーん、ポテトあーんしてほちいのー」
なるほど。
「あーん」
「は? いきなり何!? 周りが見てるかもしれなあーん♡」
欲望には勝てなかったらしい。
「今更だけど七海さんって俺が触れるとテンションおかしくなるよな」
「勇也に一目惚れして十数年溜まりに溜まった想いが漏れちゃうのよ……我慢してた分甘やかして欲しいな。うっひょっしょひょーなでなでうれすぃ~」
上目遣いで頬を真っ赤にして言われると甘やかしたくなっちゃうじゃないか。
年上なのに可愛いところがある。
「自己分析が出来てるんだね。自己制御は出来ないみたいだけど」
もう一つポテトをあーんすると喜んで食いつく。
「おいちー。……でね、ここに来る前に両親から証人になってもらったわよ」
「今度、挨拶に行かないとな。それで両親は結婚に対して何か言ってた?」
「おめでとうって」
「それだけ? 随分と淡泊な気もするけど……娘はやらんとか怒ってなかった?」
「大丈夫だって。それより勇也も自分の名前を記入してよ。役所閉まる前に提出しましょう」
「あぁ、そうだな」
俺は婚姻届けに名前を記載する。そして、判子を取り出す。
ここで押印すれば俺は七海さんと結婚をする。
「勇也めっちゃ手が震えてる」
「……武者震いだ」
その場の勢いで申し込んだ結婚だったが、冷静になる時間を設けても気持ちは揺らがなかった。
この勝負俺の勝ちだ!
「っしょっと」
押印をした。これで俺らは婚姻関係が結ばれた訳だ。
「さぁ、婚姻届けを出しに行きましょう」
「随分と急いでるな。何かあるのか?」
「後で説明するからとにかく行こっ」
市役所に婚姻届けを提出して晴れて夫婦となった。
「なんとか今日の受付で間に合ったわねー。今日中に提出したかったのよねぇ」
背伸びをしてやり遂げた表情の七海さん。
「そもそもどうして今日にこだわっていたんだ?」
「……だって、今日は勇也の誕生日でしょ。プレゼント何も用意してなかったから……私がプレゼントってことじゃダメかな?」
両手を後ろに回して上目遣いで見つめる七海さん。
「七海さん! 大事にするぜ」
猛烈な愛おしさが胸一杯に満ちる。
俺は七海さんを抱きしめる。
弱い香水の匂いと七海さんの匂いが鼻腔をくすぐる。
柔らかくて温かい。これが人の温もり。
「きゃっほほほーい! うれすぃー! しゅきー!!」
興奮した様子で走り出した七海さんは駐輪場に置かれていた俺の自転車に跨りどこかに行ってしまった。
「鍵かけてるのにどういうことよ……」
愛の力なのかよくわからない事態である。
「勇也、これからのことなんだけど」
僕の周りを自転車でぐるぐる回る七海さん。落ち着け。こっちが酔ってくるわ。
「どこか二人で暮らせる部屋を探す? 私は早く実家から出たいし」
「そ、そうか。結婚したんだから同棲は当たり前だよな」
住まいは問題ない。
「じゃあ七海さんさえ良ければうちに来る?」
ぴたっ、と自転車を止める七海さん。
「この前ちょっと話したけどうちの両親海外暮らしだから、俺は実家で独り暮らししてるんだ。二人っきりの新婚生活満喫しようぜ」
「いぐぅー! 勇也といっちょー! 同棲すりゅのー! えへへへへー」
頭をなでると即座に従ってくれた。ちょろ可愛い。
「じゃあ引っ越しの準備とか出来たら教えて俺も手伝うからさ」
女の子だから色々荷物もあるだろうけど、うちは幸い空き部屋はたくさんある。
「さっそく今晩からお世話になるわ。今から帰って仕度してくる」
自転車を漕ぎ出して去っていく七海さん。
「それ俺の自転車なんだけど……」
◇
<もう少しで着くみたい>
<了解。玄関から出て待ってる>
チャットアプリの履歴を眺めていると乗用車が家の前に停まった。
「お待たせ―」
大きなカバンを三つと衣装ケースを四段重ねにした七海さんが車から降りてくる。
「俺も持つよ。って、重っ」
「これくらいどうってことないわよ」
両手に鞄をぶらさげて衣装ケースを持ち上げさっさと玄関に入ってしまう。
物凄い力持ちだな。
「君が旗井君?」
運転席の窓が降りて、五十代くらいの紳士風の男性が顔を出す。
「あ、はい。そうです」
「私は七海の父です。この度は娘を貰っていただきありがとう」
「いえいえ、急な話で挨拶に伺わずに申し訳ありません」
「いいんだ。昨晩、星を見に行くと出かけた七海が帰ってきたら結婚をすると言ったときは何事かと思ったよ。だが、君達が決めたことなら私達夫婦は応援するよ」
「ありがとうございます。俺が彼女を傷つけた責任はちゃんと取ります」
「それにしても七海も血を流しながら家に帰って来た時はびっくりしたね」
あれ? トーマは親が迎えに来てそのまま病院にいったよな。
まぁ、俺も興奮していて記憶が曖昧だったけど。
「そのことを問いただしたら好きな子と喧嘩したの一点張りでね」
「きっかけは何だったか忘れちゃいましたけど確かに喧嘩しました」
「本当だったんだね。私は七海のいつもの癖で……おっと先入観を与えてはいけないね。見ての通り体力と腕力しか取り柄がないけど一途ではある。父親としてはずっと好きだった人と結ばれて嬉しい限りだよ」
やっぱり脳筋なんだ。七海さん。
「ねー、勇也。荷物どこに運べばいいの?」
「あ、ちょっと待って、今大事な話してるから」
「行ってあげなさい。これからは君があの子の手綱を握るんだよ」
力強く俺の両肩に手を乗せるお義父さん。
……苦労してきたんだな。
「頼んだ」
「はい」
男と男の約束を交わしてお義父さんを見送る。
……てか、俺の自転車は?
自転車のことを話したら七海さんが全速力で走って取りに帰って行った。足早っ。




