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デートとは?

 月曜に提出した企画書は一発OKだった。

土曜日に約束を取り付け、長かった一週間を終え今に至る。

キョロキョロと辺りを見回していたので、一瞬だけクラクションを軽く鳴らした。


「おまたせ、敦史くん」

「いえ、まだ時間前ですよ。乗ってください、椎名先輩」

「今日は宜しくね」

「はい、安全運転を心掛けます」

「じゃあ、出発進行!」


 黒のカンカン帽を脱いだ椎名先輩は、モノトーンなコーデでまとめていた。

ロゴ付きの白Tシャツに黒のタイトスカートを履いていて、先輩の大人っぽさが際立って見える。

眼鏡はサングラスに変わり、それをスッと上にあげる仕草は、出来る女性からクール美人を醸し出していた。

小さめのボリュームで音楽をかけ、ギアをドライブに入れ走り出す。


 車内で一番最初に提案されたのは、お互いの呼び名についてだった。

『課長』から『先輩』と呼ぶようになったけど、「今日一日だけは、呼び方を変えてみない?」と言われた。

『椎名瑞希』と『村上敦史』、まずは先輩の呼び名を考えてみる。


「先輩って、学生時代に何て呼ばれていました?」

「案外ふつうよ。ミズキとか、シイナとか。敦史くんは?」

「俺も普通ですね。アツシとか、ムラカミとか」

「じゃあ、アッくんで良いかな?」


「えっ……、はぃ?」

「前、前! ちゃんと前を見て運転ね」

「すみません、突然すぎて……」

「じゃあ、今日も『椎名先輩』で通すの?」


 そう言われると考えてしまう。

先輩はあくまで友人とのイベントと捉えていて、俺はもちろんデートのつもりだった。

事前のプランニングに集中するあまり、空気作りとかまるっきり考えていなかった。

ユリの『椎名課長は疲れている』という言葉が、頭に残っていたせいだろう。


「俺が『アッくん』なら、えーっと『ミーちゃん?』で……」

「15点!」

「ミズキ……さん」

「30点……。このままじゃ赤点だね」

「これって、かなりハードルが高いですよ」

「おやおやおやぁ? 今日、私をおとすんじゃないのかな?」


 クスクス笑っている先輩は、完全に主導権イニシアチブを取得してしまったようだ。

さすが梶原先輩達から、『人たらし』と呼ばれているだけはある。

こうなったら絶対、『ドキドキ』『キュンキュン』させてやる!

そして呪縛を解き放った後、もう一度『好きさせてみせる』と固く心に誓った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 山間部に囲まれたこの地域は、一瞬『道の駅?』と不安になるような場所だった。

緩い傾斜の坂を少し登れば、そこは複合型テーマパーク『小江戸忍者パーク音隠』がある。

廃線間近の駅からアクセスも良く、運良く大手企業の誘致に成功したらしい。

忍者村と遊園地と飲食街がミックスされたここは、一言で言えば混沌カオスな観光地だった。


 街おこしも兼ねているようで、アクセスとマニアック度で極端なターゲットに集中している。

年配者と孫世代、そして半数を占める外国人観光客がメインの客層だ。

先輩へのプレゼンの後、返信はダブリューが敷き詰められた草がいっぱいだった。

車を駐車場に停めて、助手席側のドアを開ける。


「はい、到着しました」

「よくこんな場所にテーマパークを作ったわね。土地代とかは安そうだけど」

「俺も、ここ初めてなんです。今日は楽しみましょう、み……ミズキ」

「うん、アッくん」


 多少、敬語交じりなのは許してもらった。

窓口で絵馬型のチケットを購入し、桃色忍者に半券を切ってもらう。

中には神社があるらしく、そこで願い事を書いて奉納するのが人気のようだ。

二人で手を繋いで入場すると、赤い豪華な着物をきた姫さまが挨拶を行っていた。


「――皆さまの幸運と健康をお祈り……きゃぁぁぁぁぁ」


 姫さまの話が終わりそうになった瞬間、大名行列のような集団が速足で近付いてきて、姫を籠に押し込めていった。

一連の行動の間中、模造刀を抜いた武士が周囲を警戒していて、この集団に立ち向かう客はいなかった。


「もし、私が攫われそうになったらどうする?」

「もちろん助けますよ!」

「アッくんは、喧嘩とか強いの?」

「一般人に何を期待してるんですか? でも、どんな手段をとっても何とかします」

「ふーん、そうなんだぁ」


 見事な手際で連れ去られた姫は、最後に「あーれー」と声をあげていた。

あの悲鳴って、帯をぐるぐる……いやなんでもない。

忍者村なのに、武士が姫を連れ去るなんて……。

あまりに唐突な展開に茫然としていると、突然高速で近付く忍び装束の何かがやってきた。


「あー、『影にゃん』だー!」

「にゃん!」


 小さな子の呼びかけに、忍び装束のトラ猫がコクリと頷く。

ゆるキャラっぽく頭がでっかい割に、体は比較的人間サイズに近い。

目元だけで猫と分かるのが何ともおかしいけど、手首から先も肉球が出ているので『影にゃん』に相応しいと思う。

キョロキョロと見回している『影にゃん』に、少年は「お姫様あっち」と指さした。


 『影にゃん』は胸の前に手を添え紳士のように腰を折ると、キッと進行方向を睨み駆け出した。

「がんばれー」と複数の声援が飛ぶ中、何人かいるカップル達が正気に戻る。

確か『影にゃん』を挟んで写真を撮ると、幸せになれるはずだったと……。


「アッくん、行こうか?」

「そうですね。み、ミズキ」

「段々と慣れて行こうね」

「はい、善処します」


 こうして俺達のデートが始まった。

きっと、『乙女回路』のことを四六時中考えていたら参ってしまうだろう。

まずは椎名先輩――いや、ミズキと仲良く一日を過ごしたいと思う。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「正直ナメてたわ」

「木造ジェットコースターって、怖いですよね」

「コースも速さも、凄いのはいくらでも経験したけど……」

「もう一回並んでいる人は少ないですね」


 和風な遊園地だからといって、チャチな作りかと思ったら痛い目を見る。

安全には人一倍気を遣う日本人ならではなのか、座り心地・肌ざわりに配慮しつつもトロッコ風コースターはかなりのスピードで日本家屋の上空を飛び回っていた。

二周目で少し余裕が出ると、この『忍者パーク』の全容が見てとれた。

大きなアトラクションとしては、ジェットコースターと観覧車があり、後は比較的低年齢層向けの乗り物が多い。


 午前中は遊園地エリアを遊びつくして、お昼の後はゆっくり過ごそうと思っている。

メリーゴーランドに乗って何故か矢を放ち、コーヒーカップならぬ茶道で使う茶器に乗って、二人して茶筅を避けながらキャーキャーと騒いだ。

この茶筅、雰囲気は自動洗車機と同じようなイメージで、当たっても痛くも痒くもない。

だけど、避ける為には身を屈めないといけないので、その時顔がグッと近付くことになる。


「ハァァ、顔が熱い……」

「可愛かったですよ、ミズキ」

「それ、急に言われるとドキッとするわね」

「正直、俺もアッくんに慣れません……」

「そのリアクションは年相応だね」

「言うほど、年の差はないと思いますよ」


 二人して『お化け屋敷:百鬼夜行』で大声を上げ、外に出た瞬間『影にゃん』と遭遇したので追いかけた。

ゆるキャラなのに超高速で走って逃げる姿は、運動神経が良い某千葉の非公認キャラと似ていると思う。

案の定、誰にも捕まえることが出来なかったので、途中でソウトクリームを買って二人で食べることにした。

お昼の店も二人で選び、午後はお土産を物色しながら甘味処でマッタリ過ごした。


 峠の茶屋風の店にやってくる虚無僧や、笠を被った素浪人達はスタッフなのかコスプレなのかは謎だ。

園内にある神社でお参りをし、その後は商店街エリアを散策する。

動物と触れ合う場として『綱吉ドッグラン』があり、多くの犬と何故か蹴鞠するスタッフがいてカオスだった。

マメシバと戯れ、穏やかな時間を二人で過ごす。

犬を追いかけまわしている子供達は、ドッグランの大人達に怒られていた。


 夕方から『エレキテルパレード』があるらしいけど、平賀源内のコスプレがいたって分かる人は少ないと思う。

日が暮れ始め徐々に人影がまばらになる頃、とうとう俺はミズキを観覧車に誘った。

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